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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
二章 反撃の章
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第八話 次の一手




 アードルフの攻撃を防ぎきったウィペット要塞では、戦後の処理が始まっていた。

 看護のコボルトがちょこまかと走り回り、コボルト語で『安全』と彫られた木の帽子を被った戦士達が倒れた柵の修復や荒れた要塞の整地を行っている。


 それ以外の者達は戦没者を埋葬し、粛々と目を閉じていた。


 そんな戦後慌ただしい要塞の居住区の一室。



「いたた! 痛い痛い! おい、もうちょい加減を!」

「うるさいですねータマさんが悪いんですよ。怪我なんてするから」

「無茶言うなよ……」



 真正面からアードルフと闘う羽目になったタマは満身創痍の状態で、自分の仕事が無くなったシルキーから治療を受けていた。

 彼女も指揮官として看護の知識も多少は身に付けている……が、ほぼ素人である。



「何で俺だけお前なんだよ」

「看護隊は大忙しなので。タマさんの怪我、一つ一つは浅いですし」



 大きな体に清潔な包帯をぐるぐる巻きながら、彼女は溜息を吐く。

 実際は自分の目で見なければ軽傷と信じられず、看護隊から仕事をもらっていたのだが、それは当然ながら口には出さなかった。



「悪運いいですねー。タマさん。てっきり駄目かと」

「わはは! 俺は何故か強い奴ばかりと戦ってるからな。耐えるのは得意だぜ」

「ふん。褒めてないです」



 最後の包帯を巻き終え、シルキーは苦笑しながら悪態を吐く。

 そんな彼女にタマは、真剣な表情を向けた。



「これからどうすんだ?」

「予定通りです。ラルフエルドに使者を送ってます。クレリア様が来てくれると思うのですが……向こうの状況がわからないのです」

「投降者とあの件か……可能なのかね」



 座りながら太い腕を組んだタマがシルキーに問い掛けると、彼女は不安げに俯く。



「五分五分……です。でもクレリア様なら……」

「暗い顔すんなって。失敗しても何度でも俺がハイオークを防いでやるから、お前は自信を持って悪巧みしてりゃいいさ」



 明るく笑ってタマはシルキーの背中を叩く。

 コボルト相手には力を入れすぎたのかシルキーは涙目でタマを睨んだ。



「痛いですね! でも、たまにはいいこといいますね」

「ふふん、見直したか」

「はい。次も盾になってもらいますね」



 戦争が終わってから始めて明るい笑顔を見せたシルキーにタマは少し安心しながら、彼女に対して冗談の混じった抗議をするために、口を開いた。



 シルキーからウィペット要塞の防衛の報告を死の森中央部に建築中の『オッターハウンド要塞』で受けたクレリアは、一緒に仕事をしているシバと前線に詰めている幹部とで会議を行っていた。


 中央部はゴブリンの魔王候補であったハイゴブリン、ラインドラスの統治領域であり、彼がオーク族に全面降伏をしたため、北東部とは異なり、オーク族とゴブリン族の団結は強固で切り崩しが容易ではなく、その上、建築中に全面的ではないものの、様子見のための小さな襲撃が何度も起こっている。


 そのたびにクレリアは訓練を積んだ熟練兵と未訓練の義勇兵を使い分けて防いでいたが、何時ハイオークの全面攻勢が起こるかわからない情勢にあった。


 だが、シルキーからの報告書には数日から一週間、クレリアに手伝って欲しいと書かれていたことから、会議に掛けられたのである。


 急作りのぼろぼろの会議室に数名の幹部が椅子に座って顔を見合わせていた。



「カナフグ。私がいなくても防衛は可能か?」



 キジハタの右腕であり、パイルパーチの戦いでは、ラルフエルド防衛を担っていた古参の幹部であるゴブリンのカナフグは、クレリアの問いに黙って首を横に振った。



「ゴブリンならいける。ハイオークは無理。今の状態では持って一日」



 物静かで限界を弁えている彼は、物事の判断基準としてクレリアは重宝している。

 彼は同じ問いをパイルパーチの戦いの際に受けたとき、三日と答えていた。


 それはクレリアの予測に近く、安心して彼に任せたのである。



「ウィペット要塞ほど、戦士がいない」



 カナフグの言葉にクレリアは頷く。

 死の森中央部は、北部にハリアー川が東から西に流れ、それが一気に西部で曲がって北から南に流れている。


 オッターハウンド要塞が完成しても優位を取れるのは、川の東側のみであり、戦力の限界の関係もあってクレリアはこちらの方面を守備側と位置づけていた。


 そして、攻勢側である北東部に少しでも戦士を回すため、こちら側は少数の熟練兵と新兵とで防ぐことに決めていたのである。


 そんな中、話を聞いていた皇帝のシバはクレリアに不思議そうな顔を向けた。



「んー、クレリア。シルキーはどうしてクレリアを呼んでいるの?」

「はい。まずは投降者の帝国加入手続き……私達しか真実降伏したのかわかりません」

「そうだね」



 ふむふむ、なるほど……と、シバは小さく頷く。



「もう一つ。こちらが私を指名している理由です。北東部のラウフォックスの集落に、モフモフ帝国への協力を求めて欲しいと。要職に付いている私から」

「え、どうして僕じゃ駄目なの?」

「敵地ですから。シバ様と私二人で行ければ最高……もとい、最善なのですが」



 東部を走り回った頃も危険ではあったが、現在の北東部の危険さはそれ以上である。戦闘力は高くないシバを送ることは、クレリアとしても帝国としても論外であった。


 現実的には皇帝であるシバに、投降者の手続きを取ってもらう……それが限界だろうとクレリアは考えていた。


 個人としては彼女はすぐにでもラウフォックスの集落に行きたい気持ちではあったが。



「だけど、シルキーも大変そうだし、何とかしてあげたいね」

「ふふふふっ! 私の出番だなっ!」



 シバが困ったような表情をした時である。

 会議室の扉を大きな音を立てて開き、銀色の髪に褐色の肌……尖った耳の美女が会議室につかつかと入ってきた。



「貴女はラルフエルドに居たのでは。モフモフ帝国初の受刑者として」

「マイダーリンから頼まれてね。状況は把握している」



 クレリアのじと目を軽く無視して美女……エルキー族のターフェは不敵に笑う。

 以前、彼女が引き起こした大問題……それは、ケットシー族の族長、ブルーを強引に(?)襲ったことだった。


 ブルーが襲われたことを否定している以上は当人同士の問題であることもあり、クレリアは関わらないつもりだったのだが、それを隠さない彼女にケットシー族全体から猛抗議が上がり、仕方なく、ケットシー族が許すまでラルフエルドの自宅周囲からの移動を禁止したのである。



「恋愛は自由だ……そう、そこの皇帝が言っていた。問題あるまい」

「うんうん。そうだね。恋愛なら問題ないよ」

「シバ様、甘いことを言っては駄目です」

「ふふ……冷たいクレリアも可愛いな。撫で撫でしていいか?」



 ある意味クレリアは敵以上にこの舌舐めずりしている美女が苦手であり、目的を達成するためなら手段を全く選ばないその手口を警戒していた。


 天才的な変態だと。現にブルーは同族から非難を受けていない。

 そこまで計算をしつくしているのだ。



「会議で決めたことを反故にしては、示しが付かない」

「そう怒るな。許しはちゃんと得た。条件として、皇帝の護衛を頼まれたのだ」

「貴女に任せるのは、敵地に送るより怖いのだけど」

「いやはや、狐のもふもふ……はやくこの手に抱いてみたいものだ」



 くっく……と低く笑うターフェにこいつは重症だ……と、クレリアは改めて思う。

 感情的にはともかく、理性としては確かに戦闘力もあって機転も効く、最高の人選であるのが、彼女としては辛いところではあった。



「じゃあ、ターフェ。悪いけど僕の護衛をお願いしていいかな?」

「うむ、可愛い少年の護衛だ。喜んで」



 華麗な仕草でターフェはシバに対して一礼する。

 それは一分の隙も無いもので、彼女の使う人間の礼儀作法を教えたクレリア以上に優雅な所作だった。


 そんな彼女に見蕩れている一同を放置し、クレリアはターフェに近づくと小声で耳打ちをする。



「ターフェ。シバ様に手を出したら、首を撥ねるわよ」

「ふふ……心配するな同志。私はマイダーリン一筋だ」

「誰が同志だ。変態」



 こうして、多分に不安要素を残しつつ、動きの取れないクレリアに変わって皇帝であるシバが暫くの間、工作活動に携わることになる。


 結果的にこのことがどのような結果をもたらすのか、現時点では誰にもわからなかった





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