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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
二章 反撃の章
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第七話 第一次ウィペット要塞攻防戦 後編




 翌朝早朝、日が昇る頃にはウィペット要塞では全員が起床し、アードルフ側が橋を準備している中央付近で防衛の準備を行っていた。


 肌を刺すような冷たい風が微かに吹いているが、誰もそれを気にしている様子はない。

 毛並みや肌のあちこちに土を付けながらも、直立不動で立っている。



「やはり強引に来るか」

「さっさと逃げてくれれば助かるんだがなぁ」



 相手に視線を向けているキジハタに身体を軽くほぐしながらタマがぼやく。



「コボルト弓兵隊100名、迎撃体制完了しました」

「ご苦労。途中からのゴブリンの指揮は任せる」



 前を向いたまま、キジハタはコボルト達の準備をさせていたシルキーに短く答えた。

 彼女は頷いて微笑む。



「了解です。お気を付けて。タマさんはヘマしないように」

「おいっ! その扱いの差はなんだよ」



 軽やかに笑って去っていくシルキーにタマはわざとらしく怒り、その様子にキジハタがくっくと小さく笑った。



「一応気遣っているのだろう」

「まーそうなんでしょうがね…………来るか」

「やるぞ」



 タマの表情が真剣なものに一瞬で変化する。

 彼等の目には、要塞に向かっていくつもの木の橋を担いで走ってくるゴブリン達の姿が映っていた。




 同じ頃、アードルフは必死の形相で走っていくゴブリンを見ながら笑っていた。

 どう攻めるにしろ被害が出るのは彼にもわかっている。



「オークは全員中央に集まれ。ゴブリン共は前方、左右に配置だ」



 彼にとって他人は道具、あるいは駒でしかなかった。

 だが、それ故に彼は迷いなく、弱い味方を矢除けに使い、戦力を温存するという手段を取ることが出来たのである。



「全員後ろに下がるなよ。下がったゴブリンは殺せ」

「りょ、了解!」



 これまでにない厳しい命令にオーク達が青ざめながら頷く。

 苦戦という苦戦を知らないオーク達は、『戦争』になったとき、どういうことになるのかを理解していなかった。


 そういう意味では要塞を落とすという目的を果たす上で、アードルフはオーク族の中では善悪を別として唯一、正しい意味で指揮官であったに違いなかった。



「行け! 巣に篭もる犬共を殺し尽せ!」



 だが、彼は大きな間違いを犯していた。

 相手の実力を過小に見積もっていたのである。


 彼が指揮する戦士達にとって不幸なことに。




 当然ながら戦力を集中すれば守る側の戦力も集中することになる。

 コボルト弓兵隊を指揮する二人の女性は、冷や汗を背中に感じながらも、何でもないことのように真っ直ぐ立ちながら、タイミングを見計らっていた。


 そして、先頭のゴブリンが半ばまで来たことを確認し……。



「斉射っ!」

「撃てっ!」



 それぞれの部下に号令を下す。

 左右から矢の雨を浴びせられたオーク族側のゴブリン達は次々に倒れ、堀の中へと落ちていく。100名からなる弓兵達の射撃は苛烈で、あちこちから悲鳴があがった。



「長槍隊、中に入れるな!」

「数はこちらが上だ。落ち着いて囲むのだ」



 柵を押し倒し、何とか侵入した者も次々にゴブリン達に囲まれ、打ち倒されていく。

 今度も楽勝……そんな空気が流れた一瞬……一気に状況が変わる。



「はっはー! どけどけ雑魚共っ!」

「アードルフ。来たか! 全員アードルフから離れろっ!」

「なんてやつ……」



 アードルフのいる中央にもコボルト達の矢は届いている。だが、彼には一切刺さらなかった。運が良かったわけではない。


 彼は酷薄に笑い、味方のゴブリンの頭を掴んで文字通り矢よけに用いて振り回しながら内部に乗り込んできたのである。

 訓練された戦士達もそのあまりの暴虐に絶句し、唖然とする。


 オーク族の他の戦士達もアードルフが空けた穴から侵入し、場所を確保していった


 アードルフは挑んできた二名の長槍兵を次々串刺しにすると、楯変わりに使っていた既に息絶えたゴブリンを投げ捨て、タマの方を向き、槍で肩を叩きながら笑う。



「おぅ、弱虫ルートヴィッヒじゃねえか」

「見間違いだな。俺の名前はタマだ」



 あちこちでオークと……そして、ゴブリン同士の戦いが始まり、アードルフの前にはタマ……それと、見向きもされていないキジハタだけが残る。



「アードルフ殿とお見受けする」

「なんだこのゴブリン。見りゃわかるだろ」



 目の前の小さいゴブリンを見たアードルフは馬鹿にするように薄ら笑いしながら、槍はタマの方に油断なく向ける。


 だが、彼は今度の勘は信じていた。



(こいつ……違うな。何だ?)



「拙者は『剣聖』キジハタ。卑怯なようだがタマ殿と二名でお相手仕る」

「くくっ……ははは! 冗談が過ぎるな」

「いやーこれが本気なんだぜ。女より弱いアードルフちゃん」



 アードルフの正面にタマが立ち、キジハタが側面に立つ。

 軽口を叩きながらも緊張した面持ちでタマが槍を構え、アードルフはキジハタを気にしつつも、野獣のようなしなやかな身体を何時でも飛びかかれるよう、重心を低く構える。



「馬鹿め。同郷の誼みだ。命乞いすれば命だけは助けてやったものを」

「馬鹿はお前だろ。そんな気ねーくせによ」

「ふん……死ねっ! ルートヴィッヒ」



 ガキンッ! と鋼の槍同士のぶつかり合う音が要塞に響く。

 神経をすり減らす闘いの始まりの合図であった。



 その頃、シルキーとクーンは役割を分担し、指揮を行っていた。

 クーンはコボルト全員の指揮を取り、第一防衛線から第二防衛戦への移動を行っている。


 一方シルキーは近接戦闘部隊の指揮を取り、アードルフを除くオークとゴブリンの相手を続けていた。



「第二防衛線に向けて、反撃しつつ徐々に後退。オークは囲んで訓練通り仕留める。司令官に敵を近づけないように注意して位置を取りなさい」



 彼女はアードルフとの戦いを横目に見ながら、乱戦にならないように注意してじりじりと下がっていく。何度も訓練した行動で、ゴブリン達も仲間の邪魔をしないよう、ゆっくりと下がっていた。


 タマ達もアードルフの攻撃を捌きながら、後退している。



(苦戦している『振り』をしなくては)



 戦場の中、シルキーは一人冷静に考える。

 彼女の考えている勝利はこの戦場にはない。


 最終目標である北東部奪取のための一歩目でしかないのだ。

 横目でキジハタとタマが無事、予定の場所まで辿り着くと彼女は、ばっ! と指揮棒を上げる。



「全員、第二防衛線へ撤退っ!」



 彼女の命令を受けたゴブリン達が戦闘を中断し、後方へと逃げるように下がっていく。



「逃すなっ! 追いかけろ!」



 当然に、オーク達は追い掛ける。

 それまで苦戦していた事実も忘れて、勝利は近いのだと信じて。



「さあ、こっから本気ですぜ。コボルト弓兵隊、斉射!」

「うわああああ」



 第二防衛線となっている柵の向こうには100名のコボルト達が既に待ち構えて、弓の準備を行なっていたのである。

 狭い道から強引に攻め込もうとしたオークは、次々に囲まれて打ち取られ、残った者は進むことができず完全に立ち止まっていた。



「おつかれさん」

「疲れましたね。後はみんなにお任せです」

「いや、こっちを任せていいですかい?」



 クーンが弓を握りながらシルキーを笑顔で労い、肩を叩く。

 彼女の後ろには数名のコボルトが弓を持って立っていた。



「旦那方の援護もせんとね」

「なるほど。タマさんが不安ですしね」

「気にしすぎ」



 三毛柄のケットシーはけらけら笑いながら弓の名手を連れ、キジハタ達が闘い続けている第二防衛線の別の道へと駆けていった。




「往生際が悪いぞ、ルートヴィッヒ」

「うっせ。はぁ……はぁ……タマだって言ってんだろ」



 じりじりと下がりながらタマはアードルフの槍を受け流し、受け止め、一方的な攻撃を耐え続ける。当然に無傷ではなく、あちこちの毛並みが赤く染まっていた。


 だが、攻撃を続けるアードルフも余裕はなく決め手にもかいている。

 必殺の一撃を繰り出そうとすると、上手く側面のゴブリンが牽制してくるのだ。


 積極的には攻めてこないがその剣は鋭く的確で、とても油断の出来るものではない。



「ゴブリンの癖に……生意気な」

「アードルフ殿。周りを見ろ。もう決着は付いている」



 アードルフは、はっとして辺りを見回す。



(いつのまにか戦闘の音が消えてやがる。それに、柵の向こうに射手)



「てめえ……ゴブリン。お前名前は?」

「『剣聖』キジハタ。モフモフ帝国北東部司令官だ」

「覚えたぜ。この借り、必ず返すっ!」



 ハイオーク、アードルフは槍を引き、颯爽と身を翻して走り去っていく。

 何とかといった様子で立っていたタマは座り込んで、顔をしかめてキジハタの方を向いた。



「本当に仕留めなくていいんですかねぇ」

「判断が正しいことを信じるしかないな」



 キジハタも厳しい表情で、アードルフが去っていった後を眺める。

 勝てないと判断すると相手は一瞬で判断し、躊躇なく去っていった。


 強いだけではない……二人にはそんな思いが過ぎっていたのである。



「ま、とりあえずは勝利だな」

「うむ」



 タマは楽しそうに笑うと槍を大きく空に掲げる。



「ハイオークを退けたぞっ!」



 彼の明るい大声に答えるようにウィペット要塞中から大歓声があがる。

 自分達だけでの初めての大きな勝利に両手を上げて皆が喜んでいた。


 クレリア抜きでの初めてのハイオークとの戦いになる、第一次ウィペット要塞攻防戦はこうして幕を下ろす。


 だが、この戦いは北東部を巡る闘いの始まりに過ぎなかった。





────第一次ウィペット要塞攻防戦について



 北東部攻略の拠点とするために創られたウィペット要塞。


 これはクレリア大元帥の原案を元に、後に『要塞の父』と呼ばれることになる、レオンベルガーが設計したモフモフ帝国初の多重構造の防衛施設である。


 拡張に拡張を重ね、自然に多重構造となった帝国首都『ラルフエルド』と異なり、初めから防衛を目的に多重構造に作られている。

 川の水を引いた堀を持っているこの要塞は多大な結果を残し、後に作られる要塞群に設計思想は受け継がれている。


 そのウィペット要塞が始めて戦場となったのが、第一次ウィペット要塞攻防戦である。

 ハイオーク、アードルフはオーク10名、ゴブリン100名で要塞に攻め寄せたが、北東部司令官『剣聖』キジハタは冷静に対処。

 コボルト100名、ゴブリン100名による連携により、少ない被害で撃退に成功した。


 クレリア大元帥抜きでのハイオークとの戦いに置ける始めての勝利であり、この防衛戦は多くのモフモフ帝国臣民に希望を与えることになる。


 だが、この防衛戦の勝因の多くはハイオークの油断にあった。

 モフモフ帝国の半数で攻めてきたことがその証左であろう。


 この後、ハイオーク達の油断は無くなり、厳しい戦いが何度も続くことになる。



 しかしながら、北東部参謀シルキーはそれすらも計算に入れていたのである。




『モフモフ帝国建国紀 ──反撃の章── 二代目帝国書記長 ボーダー著』









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