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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
二章 反撃の章
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第六話 第一次ウィペット要塞攻防戦 前編




 ウィペット要塞はハリアー川の水を利用した堀、土を固め、堀よりも高い位置に柵を張り巡らせた第一防衛線。

 その後方に空堀を掘り、もう一段高い場所に第二防衛線が作られた防衛施設である。


 第一防衛線から第二防衛線には、コボルト技師により道がわかっていれば迅速に逃げられるように設計されており、例え第一防衛線内部に侵入されても第二防衛線に即座に移れるように作られている。


 さらに背後から筏ですぐに東部へと逃げられるように作られている辺り、コボルトという種族の性格が出ているかもしれない。


 そんな一面があるにせよ入口に掛けられた橋を引き上げれば、強固な要塞として機能するよう基礎設計図を作ったクレリアにより、考えられていた。



 その要塞の中央、入口近くでキジハタとタマは要塞を囲む敵の様子を眺めている。



「キジハタの旦那。落ち着いてるな」

「今回はまともに戦えれば負けはない。人数が違う」

「なるほど……ま、そりゃそうか」



 落ち着いたキジハタの言葉にタマは遠くの敵を見ながら頷く。

 指揮官である彼らにとっては、この戦いはあくまで始まりであった。



「戸惑っているようだが……さて。どう来るか」

「木を切っているな。まあ、そう来るわな」

「計画通りに行くぞ」

「ほんと、あの小娘きっつい作戦考えてくれるぜ」



 タマは頷き、見張り台に立つコボルトを見上げる。

 その顔には覚悟を決めた、真剣なものがあった。


 それは、彼だけではなく種族関係なく……全員が同様の表情を浮かべていた。




 一方、アードルフは目の前のコボルト族の拠点の意図がわからず、部下のゴブリンに橋代わりにするための木を切らせながら、要塞を睨みつけていた。


 『死の森』の集落は柵で囲む程度で、防衛施設としてはそれほど機能していない。

 これはオーク族だけでなく、ゴブリン族もコボルト族も同じである。



「ふん……弱い者の小細工か」



 川の水を引いて堀を作り、攻め難くする……理屈としてはアードルフも理解出来ているのだが、これまでの常識が素直に認めることを拒絶していた。

 彼にとって戦いとは正面からぶつかり合い、相手を蹴散らすことだったのである。



「木を二本縛り付けた橋を十本、用意できました!」

「よし。オーク一名、ゴブリン共を十名を一組にする。アルノー、エゴン。リーダーはお前らだ。三組ずつ指揮をしろ。残りは俺がやる」

「はっ!」



 オークリーダー二人を副将として要塞の左右へと配置し、アードルフは中央から堀を超えて攻める準備を進めていく。


 この時、アードルフの優秀な戦士としての直感は危険を訴えていた。

 だが、相手はこれまで戦いにすらなったことのないコボルト族とゴブリン族であったことが、自身のそれを疑う結果となった。



「相手はコボルトとゴブリンだ! 中に入れば勝てる。行け!」

「おおおおおおー!」



 自慢の槍で要塞の方を指し、アードルフは叫んだ。

 普段通りの勝利を確信しながら。




 昼過ぎのウィペット要塞左翼では、茶色と黒の斑模様のコボルトリーダー、シルキーが攻める準備を進めているゴブリンの姿を見ながら、薄らと楽し気な笑みを浮かべていた。

 その笑みを見た戦士隊のゴブリンがびくっ! と震える。



「落ち着いて訓練通りにやりますよ。いい的です」

「はいっ!」



 彼女のゆっくりとした声に、弓を構えたコボルト達が頷く。

 普段は可愛らしさが滲み出ている彼等の表情は一様に引き締められており、敵を見つめる視線は鋭い。



「本当に大丈夫なんでしょうか」

「要塞を落とすには最低私達の三倍の戦士が必要です。心配ありません」



 近くにいた不安げなゴブリンにシルキーは答えると、指揮棒を構える。

 彼女は多少の魔法を使えるが弓は使えるものの得意ではなく、剣も苦手であるため、指揮に徹するようにクレリアから教えを受けていた。



「コボルト弓兵隊構え! 引きつけなさい」



 アードルフ配下のオークリーダー、アルノーがアードルフの号令と併せ、ゴブリン達に木を持たせて突っ込ませ、要塞の柵を薙ぎ倒しながら橋を架ける。


 シルキーは慌てず、コボルトとゴブリンを十名ずつの班に一瞬で分けた。

 その橋を利用してゴブリン達はウィペット要塞に入り込もうとするが……。



「よく狙いなさい。容赦は不要……斉射っ!」



 先頭の二名が針鼠のようになって堀に落ち、次の矢をコボルト達が準備している間に侵入を果たそうとした三名目は要塞で待ち構えていたゴブリンに切り殺される。

 あまりの呆気なさにオーク族側の攻撃がぴたりと止まった。



「これで九名。見なさい。戦い方次第で私達は勝てる」



 自分達のやったことに驚いている仲間達に、シルキーは微笑んだ。


 彼女の守る左翼だけでなく、クーンが守る右翼、キジハタとタマが守る中央でも同じ光景が広がっていた。あまりにも一方的な結果に戦場は静まり返る。



「一旦引くようですね。次の攻撃が本番です。それまで橋を堀に落として待機」



 淡々とした口調でシルキーは命令を出しながら、指揮棒を腰の鞘に戻し、オーク族の動きを一つも見逃さないよう、じっと見つめていた。



 即座に一時撤退の指示を下したアードルフは、オーク達を集め、不機嫌な表情を隠さずにいた。そんな彼にオーク達は怯えながら、次の命令を待つ。


 彼等は要塞を見たときに容易ではないと思っていたものの、ここまで一方的な展開になるとは想像をしていなかったのである。


 コボルトが弓を扱うことは知っていたが、小動物を狩るための粗雑なものであり、鏃も木の先を尖らせただけの物を用いていた。


 だが、ここを守るコボルトの矢の威力と精度は想像を超えていた。

 殆どを命中させ、確実に仕留めている。


 一度の攻勢で二十名近くの死者を、アードルフ達は出していた。



「忌々しい犬共が……」

「こ、これは落とせないのでは……ぐっ!」



 気弱な発言をしたオークをアードルフは無言で殴り飛ばす。



「腰抜けはいらん……お前はサーフブルームに帰れ。奴らが篭っているのは弱いからだ。中に入りさえすれば容易に崩れる。多少の被害など気にすることはない」



 萎縮している部下を面白くもなさそうに見回し、静かに、怒りの込もった声でアードルフは命令を下した。



「一箇所から集中して突入する。準備を行え! 皆殺しだ」

「はっ!」



 オーク達は震えながら返事をし、殴られたオークは土まみれになりながら、憎々しげにアードルフを睨み付けていた。




「まずは予定通りだな」

「同じ失敗をするほど愚かではないでしょうね」

「やっぱそうですかい?」



 一時的に引いたことを受けて、幹部達は一度集まり、小さな会議を行っていた。

 日は暮れ始めており、オーク側はもう一度橋を作らなければならないため、攻めてくるのは明日になるとの意見で一致している。


 現在は負傷者もいないため、戦士達には毛布と食事を配給して休ませていた。



「キジハタ様はどう思われますか?」

「アードルフは自分の強さを信じている。そうだな。タマ」

「あー間違いねぇ。一人でも突っ込んでくるぜ。そんで恐ろしく強い」



 言葉とは裏腹に、自信あり気にタマはにやりと笑い、キジハタは頷く。



「分散して失敗した。ならば、今度は集中してくるだろう」

「なら、罠を仕掛けるチャンスですね」

「被害を出さないためにも、シルキーとクーンはタイミングは見極めてくれ」

「了解ですぜ」

「了解」



 短く返事をした二人は自分達の持ち場へと戻っていき、



「んじゃ、俺は少しだけ休ませてもらう。キジハタの旦那も休みなよ」

「承知」



 タマも自分の持ち場で仮眠を取るために戻って行った。

 去っていった彼等の背中を見送ってから、先程、一瞬の防衛戦を行った仲間達を見る。


 新設された剣士隊はキジハタと共に小集落を攻め、あのパイルパーチの戦いにも参加し、戦いに慣れているがその他の隊の者は先程の戦闘が初めての者も多い。


 特にコボルトは戦うこともできずに逃げ続けていた者が殆どであるため、戦いに慣れた者は殆どいなかった。



「若いな。戦争は初めてか?」

「は……はい……!」



 キジハタはそんなコボルト達の一人一人に弓を離して座るように声を掛け、隊で一番若いコボルトの所で立ち止まった。

 彼の友人である『隠密』ヨークに似た、黒い毛並みの少年。


 成人したばかりの若い少年は、寒くもないのにカタカタと身体を震わせながら頷く。



「よく志願したな……いや、見覚えがあるな。ラルフエルド出身か」

「はい。僕は帝国が出来た時の感動は……忘れません。だから、クレリア様を守るって……」

「なるほど、帝国の民としては先輩だったか」



 キジハタは笑う。初めは彼もクレリアと命を賭けて戦った。

 だが、少年はラルフエルドに元々住んでいた子供。自分とも戦った間柄なのだ。



「クレリア殿の助けになりたくば、何が何でも生き残り強くなることだ。コボルトならばシルキーをよく観察すればいい」

「僕は……キジハタ様みたいになりたいです!」

「物好きだな。戦が終わったら剣士隊の訓練に混ざればいい」



 夕暮れの紅い光を受けながら、若いコボルトはきらめくような瞳をキジハタに向ける。

 若いゴブリン達から受けるのと同じ種類の……。



(拙者の行動は常に見られているということか)



 こうやって次の者が育っていくのかもしれない……キジハタはそう考えていた。



「お主、名は?」

「グレーです」

「よろしい。グレー。今日のところはその弓を離してゆっくり休め」



 笑いながらキジハタはグレーの固まった手を弓から離してやり、地面に座らせた。




 

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