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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
二章 反撃の章
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第五話 反撃の狼煙




 モフモフ帝国ウィペット要塞では、コボルトリーダー、シルキー主導の作戦の第一段階である、アードルフの領土で暮らしている住民の切り崩しが順調に進み、逃げ延びてきた者達で賑わっていた。


 持つ物も持たずに逃げ出してきた彼等は、戦士になることを希望する者を除き、東部の各集落へとその居を移していく。

 それまでの短い期間を彼等はこの要塞で、不条理から解放されたことを喜んでいた。


 とはいえ、モフモフ帝国にも労働はないわけではない。

 余裕を持って増築している建物が埋まるほどの亡命者が出たのはあまりにもアードルフの統治が過酷だったからだとシルキーは考えていた。



「よう、シルキー順調そうだな」

「全部上手くいってるわけじゃないですよ。タマさん。それに喜べません」



 事務官達と打ち合わせを行っていたシルキーに、部下への訓練を終えたオークリーダー、タマが声を掛ける。彼は鋼鉄で出来た槍を杖代わりに地面に付き、溜息を吐く。



「ま、そうだろな。俺も複雑な心境だ。ここに来る連中は皆、怯えながらも俺に対して殺意を持ってやがる。相当だぜあれは」

「短気は起こさないで下さいね」

「はんっ! どっかの小娘のせいで俺の気は長くなったからな。大丈夫だ」



 そう大笑いすると手を上げてタマは会議室の方へと去っていった。

 元敵であるタマはこういうとき、恨みを一身に浴びることになる。


 頭ではクレリアの教えでシルキーは学んでいたが、実際に見ると想像以上だった。

 だが、彼はそれを気にすることもなく、常と同じに接している。



「伊達にクレリア様から信頼されているわけではない……か」



 吹いている風で少しだけ乱れた毛並みを整えながら、彼女は彼の事を少しだけ見直していた。



「ちょっとだけ……ね」



 シルキーは小さくそう呟くと、タマを追いかけて会議室へと駆けて行った。



 ウィペット要塞会議室には既に幹部達が集まっていた。

 その表情は一様に堅い。ある二つの報告が『隠密』ヨークからもたらされたからだ。



「ラウフォックス族は中立の立場を取るそうだ。協力は出来ない……と」

「慎重だな」



 アードルフ領に住む魔法を得意とする狐の一族、ラウフォックスはオーク族の侵攻の際、積極的に彼等に味方することでオーク族の支配からは免れていた。とはいえ、それも他の種族の集落に比べればではあるが。


 キジハタの慎重という言葉に全員が頷いたのは、彼等がオーク族に味方をしない……そう宣言したことについてだった。敵に廻る可能性が高いと考えられていたのである。



「朗報じゃないですかい?」

「そう考えるべきだろうな」



 三毛柄のケットシーリーダー、クーンにキジハタは頷いて同意する。



「続けるぜ。次の情報はもっと重要だ。『サーフブルーム』の様子が慌ただしい。恐らく……来るぞ。怒り狂ったアードルフが」



 ヨークの言葉に全員が言葉を失う。


 彼等全員にとってハイオークとは暴虐の象徴であり、かつて絶対勝てないと散々思わされた相手だった。コンラートには勝利したが、それもクレリア・フォーンベルグという圧倒的な存在……個人の力が大きい。だが、今回彼女はいない。


 来るべき時が来た……それだけであることはわかっているにも関わらず、全員に緊張が走る。会議室の上座に座る司令官であるゴブリンを除いて。


 司令官『剣聖』キジハタは立ち上がり、皆の不安を吹き飛ばすように一人笑う。



「拙者達の準備に怠りはない。喧嘩と戦争の違いを奴らに教えるぞ」

「「「了解っ!」」」



 自信に溢れる、落ち着いたキジハタの言葉に全員が慌てて返事をする。

 彼等の表情には、もう緊張の色は無かった。



「くく……それじゃ、俺は敵の具体的な人数を調べるぜ」

「任せる。後は打ち合わせ通りだ。タマ、シルキー、クーン。全員に戦闘が近いことを伝え、所定の準備を行え」

「わかったぜ。今回は暇かね。俺は」

「何言ってんですか。タマさんは壁になってください。無駄に大きいんだから」

「やれやれ、相変わらず仲のいいこって」



 各々がキジハタに答え、何時も通りの展開にクーンが呆れ、それぞれ準備のために要塞のあちこちに幹部は散っていく。


 最後にクーンは残り、会議室を出る前にキジハタの方に振り向いた。

 彼女は彼を試すようにニィっとからかうように笑う。



「旦那のお手並み拝見……果たしてあの化物……ハイオークに勝てるのか」

「期待してもらおう」



 席に座りながらキジハタが短くそう返すと、クーンは一つ頷いて彼女自身の準備を行うために部屋から出て行った。

 彼女が出ていくと、キジハタは自らの剣を手に取る。



「錆びの無い心で己の剣を伝える……か」



 鞘から抜くと剣には錆一つなく、刀身は輝いている。

 クレリアに剣の手入れの方法を教えてもらってから、彼がそれを欠かしたことはない。


 この剣は彼の師匠である物好きな人間が死に瀕したとき、形見として手渡されたものだった。師弟といっても言葉は通じず、剣を通じてしか会話をしていない。

 最期まで彼を理解することは叶わなかった。何故自分を殺さず、剣を教えたのか。


 キジハタはクレリアの言葉を思い出す。

 彼女は自分の剣を人間に伝わる正規の剣術だと言っていた。


 弟子としてその剣を受け取ったならば、剣術とその心を伝える義務があると。

 そして剣術とは……。



「努力によって弱者が強者を打ち倒す術」



 ならば、その心とは。



「生まれではなく、努力により全てが決まるということだ。拙者はそれを証明し続ければいい」



 ただの『ゴブリン』であるキジハタは力強く頷くと、彼自身の部下への命令を下すため、会議室から外へと歩いていった。




 数日後、『隠密』ヨークからの報告がウィペット要塞に届く。

 彼の報告を受けるキジハタの前には要塞の全ての戦士達が整列していた。


 それぞれの部隊の先頭にはリーダーである幹部が立っている。



「『サーフブルーム』が動いた。アードルフ自らの出陣だ。オークリーダー2、オーク10、ゴブリン100。約半分ってとこだな。舐められたもんだ」



 キジハタはヨークに頷き、全員を見渡す。

 整列している戦士達の表情は一様に堅い。


 戦争を初めて経験する者もいる。ハイオークの強さをパイルパーチで見たものもいる。オーク族に住処を逐われた者もいる。仇を持つ者もいる。

 それぞれの想いを持って、彼等は上官の姿を見つめていた。


 キジハタは全員の顔をゆっくり見回すと、口を開く。



「これから勇猛なハイオークが攻めてくる。だが、恐れることはない」



 誰も一言も話さない。真っ直ぐにキジハタを見つめ続けている。



「彼等は諸君らのように、苦しい訓練を耐え抜いた戦士を相手にしたことはない」



 コボルト達が手に持った弓を強く握り締め、ゴブリン達が拳を作る。



「これまで我々はオーク族に敗北を続けてきた。しかし、クレリア殿はオーク族に勝利することができるのだと教えてくれた……だが!」



 キジハタは語気を強め、大きな声で叫ぶように声を出す。



「オーク族に勝てるのは彼女だけではない! 今回の敵の攻撃はそれを帝国の同士にも、オーク族にも知らしめる最高の機会だ!」

「「「おおおおおおー!」」」



 槍を地面に付いているタマが「上手いねぇ」と呟いてにやりと笑い、シルキーとクーンは愉快そうに司令官の激励を見守っている。


 歓声が収まるのを待ち、辺りが静まるとキジハタは剣を抜き放ち、逸る気持ちを抑えている戦士達に号令を飛ばした。



「全員配置に付け! ハイオーク、アードルフを迎撃する!」







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