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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
二章 反撃の章
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第四話 舞台の裏




 モフモフ帝国の北東部攻略作戦決定から遡ること数ヶ月、女性のハイオーク、カロリーネが治める『コモンスヌーク』には二十名程の来客が訪れていた。


 彼等は一様にボロボロの姿で、濃い疲労の色が表情から滲み出している。

 ただ、先頭の三名は他の者と違う雰囲気を放っていた。


 無精髭を生やした精悍な顔立ちのハイオーク、コンラート。

 彼の後ろに控える茶色と黒のまだら模様の女性のコボルトリーダー、バセットとゴブリンとしては大柄な身体を持つ、寡黙なゴブリンリーダー、チャガラ。


 『パイルパーチ』で敗北した彼等はこの集落まで落ち延びて来たのである。



 彼等はハイオーク、カロリーネの住んでいる集落で一番大きな館に通され、椅子を進められる。カロリーネの側には護衛も兼ねているオークリーダーが二名、左右を固めていた。


 彼女は自分より弱い護衛など必要無いと思っており、護衛の存在にうんざりしているが、魔王候補の命令なので渋々それを受け入れている。



「よお。カロリーネ。退屈そうだな」

「……本当に負けたのね。驚いたわ」



 目の前の薄汚れたコンラートの姿を見て、黒髪を腰まで伸ばした大柄な、だが、愛嬌のある雰囲気を持つハイオークの美女、カロリーネは素直に驚いていた。


 だが、コンラートはそんな姿でも萎縮することなく、ふてぶてしく、護衛達に外で待つ部下達を含め、全員分飲み物を用意するように命令し、堂々と椅子に座って笑う。



「完敗したぜ。言い訳のしようもないくらいにな」

「それにしては悔しくなさそうね」



 すらっとした長い足を組み、興味深そうにカロリーネは目を細める。

 東部の支配に関して彼女は特別な興味はない。


 彼女にとって大切なのは強敵との戦いだ。

 エルキー族との戦いから外され、退屈に過ごしていた彼女はコンラートの姿を見て、愉快なことが起こりそうな予感を感じていたのである。



「でも、信じられないわね。魔王候補が覚醒でもしたの?」

「違う。ある女がコボルト共をまとめ上げたんだ。そいつが何年も掛けて力を蓄え、コボルトやゴブリン共を鍛えたらしい。気が付いたら勝ち目が無くなってたぜ」

「ふぅん……どう負けたか詳しく聞いていいのかしら?」

「俺の部下に休める場所を提供してくれたら」



 護衛のオーク達にカロリーネは迷わず手配するように指示をする。



「感謝する」



 別に大した苦労でもない。自分と同じで強さにしか興味がなかったコンラートが部下の心配をし、頭を下げたことにカロリーネは驚いてはいたが、顔には出さなかった。


 護衛達が命じられた仕事を行うために、館から出たことを確認すると、コンラートは北、中央、南の三集落とパイルパーチの戦いの顛末を詳しく説明し始めた。

 カロリーネは楽し気にその説明に聞き入る。


 そして、全ての説明を聴き終えると、カロリーネは秀麗な眉をひそめ、納得がいかないといった表情で唸った。



「……本当にこんなことが?」

「奴等は時を置けば置くほど強くなる。次はこの程度じゃないだろうな」

「ふふ。面白いことになりそうね。その女の名前は?」



 心底愉快そうな笑みを浮かべて彼女は問いかける。

 自分を楽しませてくれる相手の名前を心に刻むために。



「クレリア・フォーンベルグ。見た目はハイコボルトだ」

「その子、賢そうだけど……強いの?」

「俺と一対一で五分に戦えるくらいには」

「文句なし。最高ね」



 どれほど心を躍らせてくれるのか。

 カロリーネは間近に迫る戦いを想像しながら声を上げて笑った。


 だが、彼女は気付かなかった。コンラートが不敵な笑みを浮かべていることに。



 それから少し遅れ、ハイオーク、アードルフの集落『サーフブルーム』にも『死の森』東部の陥落の報は届いていた。

 連絡のコボルトが怯えながら、粗暴な性格の上司を見つめる。


 だが、彼は幸いに何もされずに下がるように命令され、ほっと一息を吐いた。


 コボルトが下がった後、薄暗いが広い部屋の中でアードルフは顔を歪ませ、部下のオーク達を見て上機嫌そうに笑い声を上げる。



「くくっ……聞いたか。あのコンラートがコボルト如きに負けたそうだ」

「信じられません。いくらなんでもコボルトに負けるはずが……」

「あいつが無能なだけだ。オーク族の恥だな……く……はははは!」



 彼は立ち上がり、堪えきれずに爆笑する。

 アードルフはハイオーク特有の巨体を持ち、その強さはカロリーネと比べられることが多いが大きく劣るものではない。


 事実北東部の制圧の際は、抵抗を続けるゴブリン族を少数で打ち破っており、部下達からは残酷だが勇猛な戦士との評価が殆どである。


 戦士に対しては寛大だが、それ以外の者……特に弱い者は高圧的に扱っていた。

 支配欲も強く、弱者は自分に平伏するべきだと考えている。



「東部を奪い返せば……当然俺の物だな」



 獰猛な笑みを浮かべながら、そんなアードルフは一人、そう呟く。

 その時、一人のオークが駆け込んで着た。



「コボルト族がハリアー川を超えて廃集落を修復しております!」

「ふむ。雑魚共が無駄なことをしに来たか」



 アードルフは得物の長槍に手を掛けようとしたが、オークは報告を続ける。



「もう一つ、こちらはコンラート様からの伝言……忠告だそうです」



 掴もうと腕を止め、彼はもう一度伝言のオークの方を不機嫌そうに向いた。



「なんだ!」

「そ、それが、『今のうちに全力で潰さなければ、後悔することになる』とのこと」



 怒りの表情を浮かべ、アードルフは無言でオークを殴りつける。

 オークの巨体が宙に浮かび、まるで軽いボールのように部屋の奥まで転がっていった。


 周りの部下達も思わず息を飲む。



「負け犬が。コンラートに伝えろ。コボルト共の小細工など俺には通じんと」

「う……ぐ……は、はい……」

「聞いたな。コボルトなど放っておけ。全てが無駄だということを、後で教えてやる」



 恭しく頭を垂れるオーク達を見ながら、アードルフは面白くなさそうに鼻を鳴らした。



 『コモンスヌーク』に滞在していたコンラートは、与えられた小さな家で伝令に出したオークからアードルフの反応を聞き、そのオークを労ってから、おかしそうに笑っていた。


 側で彼の世話役としても細々と働いているバセットはそんな主が理解できず、質問する。



「よろしいのですか? 恐らくあれは奴らの本拠と同じもの。完成すればまず落とせません。アードルフが負ければ、北東部そのものが危機に陥ります」

「やれやれだな。あいつもお前くらい頭がキレればいいんだが」



 コンラートは肩をすくめておどけた振りをし、小さなバセットの頭を撫でた。

 言葉と違い、残念そうな雰囲気は欠片もない。



「お戯れを」

「コボルトの怖さを知らしめるには必要なのさ。あいつという生贄が」



 バセットの部下が差し入れてくれた果物を手で弄びながらコンラートは目を細める。

 遠い先を見ているようだ……そう、彼女は思う。


 コンラートはパイルパーチでの敗北後、性格が少し変わった。


 優秀だが退廃的なものが見えていたのが無くなり、生気に溢れ、気力に満ち、それでいて深く考え込むことが増えた。

 また、穏やかになり、他の者に対して寛容になった。


 それでいて以前以上の覇気を醸し出している。


 バセットが考え事をしている間にコンラートは果実を半分に割り、彼女に投げた。



「それで、奴らの鉄の仕入れについて調べは付いたか?」

「はい。ビリケ族を利用し、ガルブン山脈で仕入れた物をカロリーネの領土を通過して交易を行なっているようです。攻撃しますか?」



 頭を下げ、果実を小さな口で齧りながら彼女は主に伺う。

 だが、コンラートは首を横に振る。



「それをやれば俺は負けるな。短期的には苦しめるだろうが。他の方法を考えろ」

「ならば我々もビリケ族と取引をすればいいかと」

「だが、俺達には取引する物がない」



 無精髭を触りながらコンラートが考えるように俯く。



「いえ、あります」

「ほう……どういうことだ?」



 興味深そうに唸りながらコンラートはバセットを見つめる。


 彼は魔物を生み出した者は公平だと今では考えていた。

 オークである自分は力は強いが、知性という点では恐らく目の前の茶色と黒の毛並みのコボルトリーダーの少女に敵わないだろうと。


 力と知性を兼ね備えたあのクレリア・フォーンベルグを打ち倒すには、それぞれの部族の特徴を完全に生かさなければならない。それが彼の考えた結論だった。


 何もしなければ、間違いなくオーク族の魔王候補の首に剣を突き付けることになるだろう……彼はそう確信していた。



「一つは安全。彼等に手を出さない代わりに一部を要求します。もう一つは……東部での彼等の戦い方を考えると、まずはコボルト、ゴブリンの離反を誘います」

「……そういえばそうだったな」

「カロリーネの集落は緩いですが、アードルフの集落の収奪は過酷です。間違いなく……特にコボルトは集落を捨て、あちら側に走ります。そこで、彼等の残した生産道具を集めて売ります。我々の人数程度の武具は集まるでしょう」



 なるほど、とコンラートは頷き、大笑いする。

 奪うのではなく、残っているものを売り捌くというのはオーク族には絶対にない発想だった。それでいて現在の手持ちの部下を危険に晒さず、実行が可能。

 さらにアードルフを挑発することができるだろう。



「それでいこう。コボルトだけで行けるか?」

「はい。可能です。後、私もやりますがチャガラにもアードルフの領地に住む同族の勧誘を。余り目立つ訳にはいきませんが……」

「構わん。責任は俺が取ってやる。やれ」



 了解です。と、バセットは恭しく頭を下げる。そんな生真面目な彼女の姿にコンラートはからかうような笑みを浮かべた。



「本当にお前は使えるな。優秀な奴は俺は好きだぜ」

「……お戯れを」



 様々な思惑が重なり、それぞれの主役達が舞台の準備へと動いていく。

 一度は落ち着いた『死の森』北東部では、再び戦乱という演劇が開催されようとしていた。






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