第三話 絶対者のいない会議
北東部司令官を決めた帝国会議から二ヶ月が経過した頃、ウィペット要塞の大まかな部分は完成し、新たに訓練を積んだ戦士達と共にキジハタ達四名はその拠点を移していた。
ウィペット要塞には会議用兼司令部となる大きめの建物が中央より少し川沿いの位置に建てられており、その中では十名ほどの諸種族の幹部が話し合いを行っている。
「……当初の予定より多いな」
「はい、キジハタ様。事務官と『隠密』ヨークさんを借りておきました!」
キジハタの左側に座っている茶色と黒の斑模様のコボルトが明るく手を上げる。
コボルトリーダーであるシルキーは要塞運営の戦闘以外を主にキジハタから任されていたのだが、要塞の人口がこれから増えるという建前で、クレリアから数名の事務官を借り受けていた。
それぞれに食料担当、武器担当、建設物担当、民事担当と分担し、自分自身は彼等の報告を受けるだけという体制を作り上げたのである。
「レオンベルガーさんも居てくれれば楽なんですけど」
「無茶言うな。姐さんが倒れるぜ」
キジハタの右隣に座っているオークリーダー、タマが苦笑いしながら嗜める。
「んじゃま、はじめますかい?」
シルキーの隣に座っている三毛柄のケットシー、クーンがキジハタに窺う。
彼女は軍の幹部として派遣されてきたケットシーリーダーで、主にケットシー族の諜報網とヨークの探索隊の情報を纏める役割と、三人の補佐の役割を担っていた。
キジハタは黙って頷く。
彼はクレリアから一つの助言を受けていた。
総大将は堂々として、話をしっかり聞いておけばいいと。
そしてもう一つ、意見が分かれたとき決断をするだけでいい……と。
彼は自分が頭が良くないことを自覚しており、彼女からの助言を有難く受け取り、愚直に実行しようと心に決めていた。
クーンはキジハタが頷いたのを確認し、北東部の大まかな地図を机に広げて、肉球の付いている手に細長い棒を持ち、芝居がかった仕草で説明する。
「そんじゃ状況を説明しやすぜ旦那方。オーク族の大きな拠点は二つ。西部にハイオーク、アードルフが治める『サーフブルーム』、東部にカロリーネの治める『コモンスヌーク』。最終的にこの二つを制圧するのが目標になりやす」
「どれくらい敵はいるんだ?」
大きな腕を組みながら説明を聞いているタマがクーンに尋ね、彼女は頷いて続ける。
「オークの人数は東西同数でオークリーダー4名、オーク20名。ゴブリンは『サーフブリーム』が戦闘員だけで200名。『コモンスヌーク』が150名くらいと報告を受けてやす。コボルトは戦闘員として考えられてないようですぜ」
「ようするに、どちらも『パイルパーチ』と同レベルというわけか」
「こちらの戦力は精鋭のゴブリン剣士隊が20名、ゴブリン戦士隊が50名、ゴブリン長槍隊が30名、コボルト弓隊100名、コボルト看護隊が10名。人数的には半分くらいす」
全員唸りながら地図を見つめる。
モフモフ帝国では生産を重視しているため、軍の人数は少なめになっていた。
その分選抜と訓練は施しているのだが……このウィペット要塞に詰めている兵力は全体の約8割であり、敗北するわけにはいかなかったのである。
皆が黙り込んでしまったのを見て、キジハタは全員を見回す。
「誰か意見はあるか?」
「はいはーい! キジハタ様に許可もらってた件、報告します。ヨークさんが」
「サボるな馬鹿者。お前がやれ」
明るく返事しながらシルキーが『隠密』ヨークに任せようとしたが、苦笑いしながらそう返され、少ししょげながらも渋々立ち上がった。
「アードルフの治める周辺集落のコボルト族、ゴブリン族を中心にモフモフ帝国への参加を呼びかけています。効果は結構出ていて、まとまった人数が一時的に要塞で暮らしており、ラルフエルド、パイルパーチと受け入れの調整をしています」
「それで?」
「アードルフは怒ってるみたいです」
「そりゃ怒るだろ」
シルキーの話を聞いていたタマが呆れるように小声で呟く。
「何でアードルフなんだ? カロリーネの方が少ないのに」
「あ、はい。それには理由があります」
ええっと……と、シルキーは説明を考えるように小首を傾げながらタマに答える。
「二人を同時に相手をすることは出来ません。これが一つ。北東部に置ける帝国の交易ルートはカロリーネの統治範囲を通過しています。刺激したくありません。これが一つ。後もう一つは……言っちゃっていいのかな?」
言いにくそうにシルキーは服の端を握りながらキジハタを見た。
彼は黙って頷く。
「構わん」
「集めた情報とタマさんの話から、彼を罠に嵌める方が楽そうだからです」
「罠に……嵌める?」
胡散臭気にタマは首を傾げ、キジハタも苦々しく顔をしかめている。
戦いの得意な種族であり、戦士でもある彼等には、罠というのはあまりいいイメージではない。
だが、シルキーやクーンは力の弱い種族であり、狩猟にも罠を普段から利用している。
勝ち目のない力の強い相手に罠を張るのは寧ろ当たり前であった。
「一番楽なのはアードルフとカロリーネを戦わせることですけど、流石にそれは難しいと思います。ですから、彼等に協力させないことを一番に考えました」
「まぁ、それはいいとしてだ。罠ってのは?」
「クレリア様の戦術を応用します。この要塞を利用して──」
シルキーは駒を使って、クレリアと相談しながら考えた戦術を説明していく。
彼女の説明が終わったとき、会議に参加している全員が納得の表情を見せていた。
「な、なんつー性格の悪いコボルトだ」
「ええーっ! タマさん酷い! 大体タマさんなんて『正面から倒せばいいだろ』って格好付けてたけど、そんなの無理無茶無謀ですー!」
「なんだと! 小娘!」
「ふんっ、大きいからってなんですか! 小娘なめんな!」
引き気味で嫌そうな声を上げたタマにシルキーは声真似をしたりして抗議し、そのまま口論に入りそうになったため、キジハタは咳払いすることで止めさせる。
シルキーはクレリアの影響を受け、さらに常に一番危ない最前線に連れて行かれるなどした結果、性格がコボルトにしては、すっかり攻撃的に変わってしまっていた。
それでも、初めて会った頃はシルキーも普通のコボルトっぽく、巨体のタマに怯えていたのにな……と、キジハタはこっそり溜息を吐いた。
それが今では名物のように毎日のように口喧嘩している仲である。
「基本的にはシルキーの案を使う。『隠密』ヨークはハイオーク達の動きをよく見ておいてくれ。シルキー。他に注意することは?」
「あ、はい。オーク領の北部から干渉があるかもしれないので、大丈夫と思いますけど一応注意をお願いします。援軍にこられたら流石に守る以外方法がなくなります」
「ヨーク、聞いたな。では、事務官達は新しい住人の方をお願いする。拙者達と戦うものは戦士として迎え入れる方向で考えておいてくれ」
キジハタはそうやって様々な指示を出していく。
(一人の戦士として、剣の道を極める……と思っていたが、どうしてこうなったのだろうか)
司令官を務めることに不満はないし名誉なことだ……だが……向いていない気がする。
最近ではコボルトの奥さんの助けを受けながら、慣れない書類仕事もこなしているゴブリンのキジハタはそう思い、心の中だけで大きな溜息を吐いた。