第一話 要塞建築
『死の森』北東部の攻略の拠点はモフモフ帝国首都ラルフエルドと第二都市、パイルパーチの中間に位置する集落、サーゴの北に建設を進めている。
サーゴと要塞として再利用することに決めている廃集落との間には、ハリアー川と呼ばれているそれなりの幅がある川が東から西に向かって流れており、要塞の背後にサーゴに向かうための臨時の簡易な橋が掛けられていた。
その橋を利用し、モフモフ帝国側から必要な物資や資材を運んでいるのである。
そんな要塞建築予定地では、頭を保護する木製の帽子を被ったコボルト達やゴブリン達、ケットシー達が木材を抱えて忙しなく働いていた。
木材を叩く音や「わうわう」「ギャギャギャ」「にゃにゃ!」と掛け合う声で辺りはかなり騒がしい。そんな様子を見ながら、クレリアは目を細める。
「け、計画ではよ、要塞がかかっ!」
「落ち着きなさい。貴方はよくやっている。レオンベルガー」
そんな中、責任者である短毛種のコボルトが尻尾を巻いて震えながら、クレリアとシバに説明を行っていた。
深呼吸して必死に緊張を抑えようとしているが、一向に落ち着く気配はない。
仕方なくクレリアは彼が話しやすいように助け船を出す。
本心ではもう少し見ていたかったのだが。
「役割を上手く分担しているのね」
「は、はいぃぃっ! その……得手不得手がその……」
耳を伏せながらコボルトでも小柄なレオンベルガーはクレリアを見上げる。
彼はコボルト族で家を作るときに、集団を上手く指揮していたのをクレリアが発見し、今回の要塞の建築に抜擢したコボルトだった。
勿論、原案はクレリアが作ったが、改良は任せている。
レオンベルガーの微笑ましい様子にクレリアは、名前は強そうなのになぁと思いながら、彼のたどたどしい報告を聞いていた。
報告によると彼は制作班と運搬班、建築班、仕上げ班に分け、それぞれにコボルトやゴブリン、ケットシーを割り振ってテキパキと仕事を進め、彼女の想像以上に要塞の完成を早めている。
以前からある分業制を効率的に進化させたようだ。
「レオンベルガーすごいねー」
「あ、あ、ありがとうございます!」
シバは笑顔で彼を賞賛し、クレリアは驚きつつも、このコボルトの集団行動力は侮れない……可愛いしと頷いていた。
「それで、重大な変更点について聞かせて欲しいのだけど」
忙しいレオンベルガーが怯えつつも二人に声を掛けたのは、彼がクレリアの立てた要塞計画の変更を求めたからであった。
「と、当初の計画では廃集落をそのまま使う……という計画でしたが、倍くらいの敷地を確保したいとお、思っています」
「理由は?」
「その……物を置く場所の確保と、北東部から逃げてきた者の仮住居を建てるためです」
「設計図は出来ている?」
はい! と今にも倒れそうな表情で彼は返事してクレリアに丸められた大きな紙を渡し、彼女はそれを広げてシバと並んでその設計図に目を通す。
そこには敷地を広げるだけでなく、それに伴った新しい防衛線の構築、修正された防衛計画書までが付けられていた。逃げ道がいっぱい増えているのは彼等らしいとクレリアは思ったが……。
「すごいねー。クレリアの書いたやつみたい」
「……コボルトの学習能力は素晴らしいですね。これ一人で考えたのかしら?」
「い、いえ、みんなで集まって相談しましたっ!」
「みんな?」
「コボルト族もゴブリン族もケットシー族もみ、みんなです」
恐縮するように縮こまってレオンベルガーは答える。
クレリアは三角形な自分の耳を掻きながら、魔物を理解したつもりで、まだ魔物達を侮っていたことを少し反省していた。
彼等も順調に学んで育っている……クレリアは小さく微笑み、必死に構造を理解しようと設計図と格闘しているシバの方を向く。
「如何なさいますか? シバ様」
「うーん、守るときに問題は出ない?」
「はい。シバ様の負担は増えますが」
クレリアはシバの様子を伺いながら彼の返答を待つ。
あくまで彼女は部下であり、決定権は皇帝であるシバにある。
二人きりでない限り、彼女は周りに自分が下であることを常に示し続けていた。
シバは気にしていないが、組織としてはそうあるべきだと考えていたのである。
しばらくシバは唸りながら設計図を見ていたが、「おお」と、声を上げてぽんと手を叩き、にこやかに笑みを浮かべた。
「僕がしんどいのはいいよ。やっちゃおやっちゃお」
「了解です。レオンベルガー、この通りに計画の修正を」
「はっ……はいっ!」
震えが止まり、ぱーっと明るい表情になって尻尾を振っている彼にシバの土木工事魔法が必要な場所を案内してもらいながら、クレリアは働くもふもふ達を眺めて和んでいた。
北東部要塞は北東部を攻めるための足掛かりであった。
モフモフ帝国にとって東部での戦いは自己防衛の戦いであったが、今後の戦いは侵略の側面も帯びてくる。
クレリアは要塞建築の一環でシバの魔法で堀を掘ったために出来た土砂の上に座り、周囲の要塞建築のために伐採された森を見ながら考えに耽っていた。
被害を少なくしつつ、勝つ。
軍人としては彼女がシバのために出来ることはそれだけだ。
明るい表情の裏で悩むのだろうけど、と、クレリアは苦笑する。
だが、彼女が悩んでいるのはそこではない。彼女はシバを信じていた。
問題は別にあった。
守るだけであれば、クレリアは難しくないと考えている。
一番恐れていたのはある程度完成する前に、全力でオークに攻められることであったが、それもなく、堀が完成すればこの要塞は落ちない……と。
弓と投石の攻撃を受けながら川の水を引いた堀を渡り、その土砂で出来た段差を超えるのは困難だ。オーク族にはそれを攻略するのに必要な攻城戦の知識もない。
「また悩んでいるね。クレリア」
「はい。情報がまだ少ないので無駄だとは思うのですが」
木製の帽子を被った泥だらけのシバが寄り添うようにクレリアの隣に腰を下ろす。
太陽は既に西に傾き初めており、二人の頬を赤く染めていた。
「ヨークの報告を待って会議に掛け、攻める方法を検討します」
「じゃ、今日はゆっくり出来るよね」
悩みのないやんちゃな少年のように笑っているシバを見て、クレリアはハンカチを取り出し、頬に付いた泥を拭き取って微笑む。
「でもゆっくりする前にシバ様は身体をお拭きにならないと」
「ええっ! そんなに汚れてる?」
「はい。尻尾の先まで泥だらけです。私にお任せを。綺麗にしますから」
「え! 一人で大丈夫だって!」
ぴょん! と逃げるようにシバは飛び上がり、照れくさそうに顔を赤らめる。
クレリアも追いかけるようにゆっくり立ち上がり、砂を払ってシバの手を取った。
「幸い水はたくさんあります。行きましょう」
「うう、わかったよ」
シバはしばらく渋々といった様子で手を引かれて歩いていたが、突然「あっ!」と大きな声を上げて、立ち止まる。
「忘れてた。ここの要塞の名前……どうする?」
尋ねられたクレリアは少しだけ考えて微笑み、
「設計図を作った者達に考えてもらいましょう」
そう、彼に答えた。
後日、北東部要塞はこの要塞を建設した者たちによって『ウィペット』要塞と名付けられた。
この言葉は『みんなの』という意味が込められている。
ウィペット要塞はレオンベルガーを中心に改良が続けられ、拠点構築の見本として重要な位置を占めることになる。