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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
一章 建国の章
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建国の章 プロローグ




────コボルトとは。



 魔物・獣人族の中の犬人科に属する生き物である。コボルト族は自身を狼人だと主張しているが、身体的特徴からそれを認めることは難しい。彼らは非常に愛嬌のある顔をしている二足歩行の犬である。


 主に彼らは森や森に近い草原に群れを作って集落を形成しており、人間より多少小柄で非力ではあるが手先の器用さと俊敏さを利用して小動物の狩猟や採集、簡単な畑を作って生活を営んでいる。


 また、特に織物を得意としており、その技量は『鍛冶のドワーフ、織物のコボルト』と称されるほどである。が、不幸なことにこの技術のことを知られるのは、殆どの地域で彼らが奴隷として乱獲され、絶滅した後であった。現在彼らが住んでいるのは、魔王領のみだと考えられている。


 彼らは総じて人間並みの高い知性を持ち、個体によっては精霊魔法を扱う上位種もいる。

 上位種は他の種族の上位種と同様に人に近い容姿を持っている。何故上位種になるほど人に近くなるのかは学者の間でも長年議論されているが答えは出ていない。


 性格は臆病だが温厚、そして礼儀正しい。人を襲うことはまず無い。魔物であるのに、時に天敵であるはずの人間やハーフエルフの捨て子をきちんと教育して育てていたり、森で迷ったと旅人を助けたりといった行動すら報告されている。


 これらのエピソードでもっとも有名なのは『氷の女神』と呼ばれている元人間、クレリア・フォーンベルグがコボルトに命を助けられたというものだろう。ある上位種のコボルトが彼女の命を助けたことが人間と魔物の関係を大きく変えたのは間違いなく、この事件はコボルトに関する最も有名な歴史的事件の一つである─────────



『魔物の生態・一章 ライオネル・ワーグ著 より抜粋』




「ここまで……か……」



 顔に掛かる銀色の髪をわずらわしそうに払いながら、鎧を着込んだ美しい女性は大木の下に座り込んで葉の間から漏れている日の光を浴びながら自嘲まじりに力無く呟いた。


 もし、誰かがこの光景を見ていれば一枚の絵画のようだと思うに違いない。彼女はそれだけの……神から与えられたと言われても信じられる程に整った美貌を持っていた。

 例え彼女が血に塗れ、赤く染まっていたとしても損なわれない程に。


 彼女の名前はクレリア・フォーンベルグ。『氷の女神』の異名を持つ、大国であるリグルア帝国でも剣技、集団戦共に国で有数の実力を持つと言われた『元』騎士である。

 彼女は国の貴族と同僚達に罠に掛けられ、売国奴の烙印を押されて戦いながら逃げ回り……そして今、死の淵にあった。


 彼女はその目立つ容姿が災いして、国外に逃げようとして失敗し、負傷し、追い詰められて魔物の巣窟である魔王領の入口、『死の森』に逃げ込み、そこで魔物とも戦い続けた。

 負傷しながらも二日間生き延びることが出来たのはひとえに彼女の実力故だろう。

 そんな彼女もついに疲労に伴うミスにより、致命傷を負ってしまったのである。


 クレリアは巨大な木の根元に座り込んで運命を受け入れ、静かに最期の時を待っていた。



 何故このようなことになったのか。

 彼女が嵌められた理由は多数ある。一流の芸術品と称される程の美貌を持っていたこと、平民出身であること、男社会の騎士の中で女性なのに有数の実力を若くして持っていたこと、内心が表情に出ず、無口で誤解を受けやすかったこと、そして直接の原因となった大貴族の求婚を丁重に断ったこと。


 多くの嫉妬を買う土壌があったところに、最後の事件が起爆剤となり……恥をかかされた貴族の仕返しに仲間であるはずの騎士団まで協力する事態になってしまったのである。



 クレリアは貴族の求婚を断ったことや、かつての同僚と闘うことになった事を全く後悔していなかった。例えそれが自分の死に繋がるものであったとしても。


 彼女は理想を曲げなかった自分に満足していた。

 氷のような冷たい美貌を持ち無口で自分を語らず、国中の誰からも恐れられ畏敬されてきた彼女の本当に求めるもの。理想。高位の貴族の求婚を断った理由。



(年上なんて有り得ない! 年下のかわいぃ子がいいっ!)



 ……クレリアは可愛いものが大好きであった。

 彼女がそんな危ない、もとい、少女趣味になってしまったのには原因がある。そもそも、彼女は騎士にはなりたくなかったのだ。


 傭兵の団長の両親を持つ彼女は、人形遊びの代わりに剣を振らされ……普通の少女に憧れる子供時代を過ごしてきた。

 成長するに連れて彼女は強く美しくなっていったが、背も高く可愛さとは無縁の雰囲気へと成長してしまい……根底には劣等感が強く残ってしまっていたのである。



「あ、逃げる前に部屋処分するの……忘れちゃったな。うう、恥ずかし」



 その結果、代償を求めるように可愛い人形を買い漁り……誰もが恐れて踏み入らなかった彼女の部屋は様々な人形が占拠する桃色の空間になっていた。

 あの部屋を他人に見られるのは間違いない。追われることには後悔していないが、この件に関してだけは時を戻して欲しいと彼女は心底願う。



 ま、しょうがないか……と呟いて、クレリアは木の根元に座り込みながら微笑む。


 結果はこうなってしまったけれど、何だかんだで自分の思うままに生きることが出来た。最後まで自分を曲げずに貫けた。


 だけど願わくばと、彼女は木に背中をもたれさせて木々の葉で隠れている天を見る。



(可愛い男の子と可愛い動物と……仲良く平和に暮らしてみたかったなぁ)



 諦めて目を閉じ、死を受け入れようとしたその時、正面の草むらがごそごそと動いてその中から人影が現れた。彼女の目はもうぼやけているが……その姿が彼女が追い求めていた理想の少年に見えた。何か耳が頭の上に付いている気がするけれど。



「ああーっ! みんな~人間だ! 怪我してるっ! うう、どうしよどうしよっ!」



 犬耳が付いた少年と可愛らしい二足歩行のわんこが慌てている光景を見ながら、クレリアは最後に神様が願いを叶えてくれたのかな……と、満足して意識を放棄した。





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