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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
一章 建国の章
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建国の章 エピローグ




 今年最後の帝国会議を終えた後、クレリアは新しく『ラルフエルド』と名付けられた集落の中をゆっくりと歩き回っていた。


 彼女は集落の住人達の表情を見ていたのである。

 モフモフ帝国の住人達は新旧関係なく馴染み、その顔色はそれぞれが自分の役割を果たしているという自信に満ちているし、明るい。


 一方で、落ち込んでいる住人達もいた。

 戦争で家族を失った住人達だ。


 クレリアは彼等の一人一人と話をする。

 コボルト族、ゴブリン族、ケットシー族……分け隔てなく。


 そして、それが終わると肩を誰もわからないくらい僅かに落として家へと戻る。

 そのまま部屋に戻ると、普段と変わらず事務官の用意した報告書の山に目を通して行き、サインを書き込んでいく。


 彼女の手はよどみがなく、次々と仕事は進められる。感情などそこにはないように。


 書類の残り枚数も後数十枚程度になったとき、クレリアの仕事部屋にノックの音が響き、それに続いてシバが木で作られた二人分のコップを持って中に入ってきた。

 続けてメイド長のポメラが水桶と布を用意し、頭を下げて部屋から出ていく。



「クレリア。ターフェが薬草茶をくれたよ。一緒に飲も」

「はい、しかし、仕事がありますので後ほど……」

「だめ。命令」



 彼女は断ろうとしたがシバは首を横に振り、どこにでも居そうな無邪気な少年のように、はにかんで笑う。クレリアは小さく息を吐いて頷き、彼と一緒に部屋にある小さなテーブルを挟んで座った。



「随分クレリアが疲れているみたいだったから、僕がターフェに頼んだんだ。疲れがとれそうなやつをって」

「……私はいつもどおりです」



 クレリアは否定したが、シバは手を開いて縦にし、ぴしっと軽くクレリアの頭を叩く。



「もうすぐ三年だからね。クレリアの嘘はわかるよ」

「申し訳ありません」



 クレリアはうぅ……と、小さく呻いて下を向いた。

 彼女のそんな姿を見て、シバは仕方がないなぁ……と、苦笑する。



「クレリアが回っていたのは戦争で亡くなった家族のところだよね」

「ご存知でしたか」

「……僕はクレリアが心配だったから。あの戦争から元気が無かったし……だからよく見てた。そしたらすぐにわかったよ」



 両手でコップを掴み、シバはゆっくりと口を付ける。



「クレリアが責められないことを気にしてるって」

「私は……わからないのです」



 クレリアは迷っていた。彼女は人間であった頃に兵士を指揮したことがある。傭兵の両親を持っていたために率いていたのは殆どの場合が傭兵隊だった。


 傭兵は金に対して命を賭ける。死んだとしても、それは仕方がないこと……彼女はいつもそう割り切って指揮を取っていた。


 上からの命令に対し、最善の結果を出す。それが彼女の騎士としての戦いだ。

 人間関係も希薄。淡々と仕事をこなしていたのである。


 だが今は違う。責任を持つ立場として、自らが共に笑いあい、国を作る為に働いてきた仲間を戦わせること……その辛さに彼女は思い悩んでいたのである。



「僕達、弱い魔物にとっては生死は日常のことなんだ」

「え……?」



 見た目の幼さには不似合いな達観した表情でシバはクレリアを見つめる。



「強い魔物の気分次第で僕達の生死は決まっていたんだよ。魔王がいても」

「そうなのですか?」



 シバは頷く。悲観的な話ではあるが、彼の瞳には希望の色があった。



「僕達はそうでない国を作りたいね。僕もクレリアも辛いこともあるかもしれないけれど」

「……はい」



 クレリアは微笑んで頷く。彼女が村に来たばかりの頃は、保護して上げているという感じだった二人の関係も、いつの間にかお互いを支えるようになっていた。



「でも三年前は、今みたいになるなんて想像もできなかったよ」

「コボルトには元々それだけの力があったのです」



 力が弱いとか手先が器用とかの身体的な面ではない。愚直なまでに他人を信じるところや、嘘をつかないところ、助け合うところ……。


 他の種族からの信用が得られる資質が彼等にはある。

 彼女はシバの穏やかな顔を見つめて言った。



「私はそう思います」

「ありがとう」



 シバは笑って礼を言うと立ち上がり、ポメラに用意してもらっていた水桶に布を浸けて絞る。クレリアは黙って後ろを向いた。


 彼女の長い髪と尻尾の手入れをするのはシバの仕事である。

 彼は族長という立場であり、初めはこのような手入れも慣れていなかったのだが、長い時間の中で手入れも上達していた。



「クレリア。ごめんね。本当なら家族のところに返してあげたいんだけれど」

「私の剣はシバ様に捧げられていますから」



 ぴんと上を向いた耳の後ろも丁寧に布で拭いていく。クレリアはそこだけは少し苦手で、くすぐったくて、ぴくっと反応する。

 彼女としてはここを離れるつもりはなかった。もふもふだらけという彼女の理想の場所であるし、愛着も出てきている。



「そうじゃないんだ。僕がクレリアに居て欲しいから返したくないんだ」

「シバ様……」

「僕にとってはクレリアは……その……運命の人だったんだ。逃げてばかりではなく、闘うことを教えてくれた。そ、それだけじゃないんだけど、えっと……」



 髪の毛を手入れする手が止まったため、クレリアが後ろを振り向くと、シバの顔は真っ赤に染まっていた。褐色の肌なのにも関わらず、ひと目でわかるくらいに。



「……襲ってもいいですか?」

「え、え?」

「間違えました。私自身もここに居たいのです。楽しいですから」



 親愛の情を示すように、クレリアはシバを優しく抱きしめる。彼もそれを嫌がらずに受け止める。



「クレリア。辛いのは僕と半分ずつだよ。今日みたいな時は僕が一緒にいるから」

「はい。楽しいことも、嬉しいことも……共に。魂と同じように」



 シバが彼女と出会ったことを運命であると感じていたように、クレリアもまた彼に出会ったことを運命だと考えていた。人間であるのを捨てたことに後悔していない。



「辛いときはシバ様を頼ります。理想の国を作っていきましょう」

「うん。これからもよろしくね。クレリア」

「はい」



 二人は笑いあうと、お互いの髪や尻尾の手入れを再開する。

 部屋からは楽し気に語り合う二人の声が響いていた。





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