第二十四話 楽園の始まる場所
モフモフ帝国歴二年がそろそろ終わろうかというある日、モフモフ帝国では一年を締めくくる帝国会議が行われていた。一年の総決算である。
この会議が終われば、モフモフ帝国は建国祭に向けて準備をすることになる。
帝国会議には戦後に加わった集落の代表、幹部候補も参加しているため、前回までの会議より遥かに賑わっていた。
「欠席はヨークだけかな。じゃ、帝国会議を始めるよ」
周囲の情報集めに奔走している『隠密』ヨークを除いて全員が揃ったことをシバは確認し、いつも通りに会議の開催を告げた。
慣れている者は悠々と頷き、初めて参加する者達は緊張しながら頷く。
「まずは事務長、ポメラから報告かな?」
「はい。それでは現在の状況について説明します」
メイド兼事務長のポメラはまとめた資料を確認しながら、モフモフ帝国の軍事や政務などの説明を行なっていく。
新しい幹部達が参加する今回の帝国会議の開催が年末までずれてしまったことには、一気に臣民が増え、支配領土も広がったことも影響していた。
「……以上のように、モフモフ帝国とパイルパーチをビリケ族との交易拠点化する計画を進めています。また、農業に関しては次回の作付けまでに予定の50%程の整備が進む予定です。残りは来季に改めて計画します」
それぞれの担当者が、自分の部分の説明の時にはコクコク頷く。
コボルト族もゴブリン族もケットシー族も……この会議では全ての者が真剣な表情で参加している。
「では、次にクレリア様お願いします」
全ての説明を終えるとポメラはクレリアに振った。彼女はポメラを労うと席を立って今後の戦略についての説明を始める。
キジハタやタマなど、戦士として幹部になっている者達に一番関係のある話であるため、彼らの表情が一言も聞き漏らさないといった雰囲気に変わる。
「政務の者には負担を掛けてしまうけれど、来年はシバ様の能力を農業に振り分けることは恐らく出来ない。だが、50%の収穫量があれば十分な余剰は出来る。すまないがよろしく頼む」
まずはクレリアは新しく出席している農業の政務にあたっているコボルトとゴブリンに頭を下げた。彼女はその上で……と、続ける。
「現在、シバ様には五つの集落を結ぶ道を作って頂いている。これはビリケ族との交易や、各集落との物資のやり取り、臣民の行き来などを考えて作られている。勿論、道が出来ることにより、攻められた場合の防衛には支障が出るのだが……」
そこまで、説明したところで執事兼書記長のコリーが大きな『死の森』全体の地図を用意した。その地図に集落を示す置物を置いていく。
「オーク領である『死の森』中央部の最前線は首都であるここ。要塞化してあるからそう簡単には落ちない。だけど、ここを本気で攻められれば農業や産業にも大きな被害を出してしまう。そこで……」
クレリアは新しい置物をモフモフ帝国の西、中央部に少しだけ入った地点と、モフモフ帝国の北東部に位置する集落『サーゴ』から真っ直ぐ北に行った辺り……『死の森』北東部に少しだけ入った地点に置いた。
「この二地点にある集落を利用して要塞化し、それぞれの地域の攻略の足掛かりとする……とは言っても同時には難しいから、まずは北東部から」
棒を受け取って地図を指しながら、説明を続けていく。
「首都に加え、それぞれの集落からも少しずつ人手を回して欲しい。そして、ある程度北東部の安全を確保した時点でこの拠点に通じる道を作る。道はエルキー達が治める南部にも引きたいのだけど……」
楽しそうにニヤニヤ笑いながら話を聞いているターフェに視線を向けると、彼女は首を少し傾げた。
「現状認めるとは思わないが、一応は伝えよう」
「……こちらが軌道に乗らないと難しいか」
「お互い信用しきっているとは言えないからな」
怜悧な顔に皮肉の込もった笑みを浮かべ、腕を組みながらターフェはクレリアに応える。クレリアも難しいということはわかっていた。
だが、オーク族に勝つためには必要になる可能性が高いため、交渉していく必要があるのだ。
「そのことは、話し合っていくとして……結論を言うと次の制圧目標は『死の森』北東部になる。ここもオークの本国からは遠く、統治が行き渡っているとは言えない。しかもここを抑えることで、ビリケ族達との交易はさらにやりやすくなる」
「拙者達は拠点が出来るまでは何を?」
『剣聖』キジハタが、軍事に関わる幹部達と顔を見合わせ、代表してクレリアに問いかける。
「新しい人員に訓練を。戦士としての心得をしっかり教え込みなさい」
「了解」
軍事関係の幹部達が頷く。キジハタの鍛えたゴブリン戦士隊やコボルト弓兵隊からも新しい幹部を選出し、クレリアは今回の会議に参加させていた。
戦争時に動ける指揮官がいなければ作戦を立てても遂行することが出来ない。
実戦時に使える指揮官にするためにも戦略や戦術に対する知識を身に付けさせる必要があったのである。
クレリアが今後の方針に付いての説明を終えた後は軍事や政務のそれぞれの担当者が報告、提案を行い、話し合いが行われた。
そして、それらも終わり……。
「他に何か議題はあるかな?」
最近ではクレリアが何も言わなくても毎回、会議では激論が繰り広げられる。
今回も数時間話し合われ、皇帝であるシバも会議の参加者達もちょっとぐったりとしていたが、それもなんとかまとめあげて終わらせ、シバが全員に確認する。
「すまぬのじゃ。儂から一つ」
手を挙げたのは皇帝であるシバの後ろで控えていた、執事兼書記長を務めているコリーだった。
「モフモフ帝国はパイルパーチも領土に加えたのじゃ。今はここをモフモフ帝国と呼んでおるが、ここに新しく名前を付けなければいけないと思うのじゃ。全部合わせてモフモフ帝国なのじゃから」
「なるほど……みんなはどう思う?」
大きく慌てるようにぷにぷにの肉球のある両手を振りながらコリーが力説する。
シバはそんな彼の様子を見て微笑み、会議の参加者達に確認した。
「いいのではないかと。案はありませんが」
「拙者も」
「いいんじゃねえか?」
反対する理由もないため、ざわざわと騒ぎながらも皆がどちらかというと肯定している……そんな雰囲気になっていた。シバはみんなの反応を確認し、小さく頷く。
「コリーは何か案があるのかな?」
「もちろんですじゃ! 『ラルフエルド』、コボルト語で『楽園の始まる場所』と言う意味ですじゃ!」
おおー! と会議室がどよめく。
シバも笑顔で頷き、クレリアもシバの隣で微笑んだ。
「モフモフ帝国首都『ラルフエルド』……いいかもしれないね」
「確かにここには相応しいかもしれない」
「皆はどうかな?」
シバが確認を取ると全幹部が頷いた。
「では、これからここの集落は『ラルフエルド』と改名するね」
皇帝であるシバが宣言すると、拍手が湧き上がった。
彼の宣言はある意味で、この小さな集落だけでなく、モフモフ帝国が『死の森』東部地域全体を指すことを示したものであった。
「じ、実はもう一つ報告があるのですじゃ」
盛り上がる会議場が落ち着くまで、コリーは少しだけ待ってから声を張り上げた。
「儂と嫁……ポメラは引退してシバ様の執事とメイドだけの仕事にしたいのじゃ」
「何故?」
クレリアは不思議に思い、ふさふさな毛並みのコリーをじっとみつめる。
彼やポメラの能力にクレリアは不満は持っていない。理由がわからなかったのだ。
「儂もポメラも、もう25歳を超えとる……いつお迎えが来るかわからんのじゃ。この一年の間に仕事は息子と娘……そして、有望そうな者に、もう引き継いでいるのじゃ」
「なるほど。コボルトの寿命は30年くらいだからな。彼等の仕事は激務……医者としても彼等の引退は認めて欲しいと思う」
ターフェが苦笑しながらも、コリーの引退に賛同する。クレリアは医者としてはターフェを信じており、彼女の言葉が真実であると理解していた。
それに国家という体裁を取っている以上、次世代に引き継いでいく……というのは重要だろうと。クレリアは……シバの方を見た。
「シバ様」
「わかってるよ。コリー、ポメラ。大変な仕事を今までありがとう。それから、これからもよろしくね。クレリアを叱れるのはコリーとポメラくらいだし」
「勿論ですじゃ。クレリア殿の無茶を止めるのは死ぬまで儂の仕事ですじゃ」
冗談めかしてシバは言い、コリーも自信満々に自分の胸を叩いて頷いた。
モフモフ帝国元年 モフモフ帝国二年度報告
1月 建国日に建国祭が行われる。建国祭は毎年行われる
『剣聖』キジハタ、ゴブリン戦士隊を率いて東部制圧作戦に従い、小集落の攻略を開始
7月 『剣聖』キジハタによる小集落の攻略が完了。オーク側の集落は『サーゴ』『ゼゼラ』『ベイカ』『パイルパーチ』の4つとなる
8月 『死の森』東部攻略作戦の準備が始まる
10月 農場からの収穫が終了。『死の森』東部攻略作戦開始
パイルパーチの戦いに勝利。敵司令官コンラートは逃走。モフモフ帝国、『死の森』東部を完全に制圧
11月 モフモフ帝国の新しい集落から幹部を選出。モフモフ帝国の発展に参画する
産業振興と物資流通のために各集落に通じる道が作られる
12月 戦争で荒れた集落の立て直しが完了
モフモフ帝国首都が『ラルフエルド』と名付けられる
『モフモフ帝国建国紀──建国の章── 初代帝国書記長 コリー著 より抜粋』




