第二十三話 死の森東部制圧戦 戦後処理
『パイルパーチ』を制圧したクレリア達は落としたそれぞれの集落に住人達を戻し、戦後処理を行っていた。
落とした全ての集落の住人を合わせると、モフモフ帝国と同じくらいの人口になるため、モフモフ帝国の首都には入りきらない。それに一ヶ所に人口を集めすぎるのも問題がある。
そこで、東部の制圧をした場合には落とした集落はそのまま使うことを戦争前にクレリア達は決めていた。これにはこの先、東部以外の集落を落とした場合の運営をするための経験を積む意味も含まれている。
「キジハタ。ゴブリン戦士隊はどんな様子?」
「拙者の戦士隊は戦死者15名、負傷者23名」
今回の戦いで、ゴブリン戦士隊の半数近くの戦士が戦死、もしくは負傷した。負傷者は治療できるが、戦死はどうしようもない。
彼ら以外にコボルト達やクレリアの指揮したゴブリン達の死者もかなりの人数に上っている。被害はクレリアの想定よりも多かった。
「思った以上に被害を出してしまったわね」
「申しわけない」
「貴方のせいではない。それで戦士隊への希望者は?」
制圧した集落のゴブリン族は合計で270名程。コボルトもかなりの人数になる。彼等から新しく戦える者達を集め、訓練を施していく必要があった。
「予想以上に多い。コボルト族は70名、ゴブリン族は150名」
「多過ぎるわね。半分に選抜を。後は統治を安定させながら増員する。コボルト達も同じ」
「了解」
キジハタは頷くと一礼し、自分の仕事をこなすために戦士の志願者達の所へと戻って行った。キジハタだけでなく、全ての者が忙しなく働いている。
「一気に忙しくなっちゃったね」
「シバ様……」
一息ついたのを見計らい、シバはクレリアに駆け寄っていった。
彼も族長として各集落を飛び回ってコボルト達の取りまとめを行っていたが、ようやく、クレリアが戦後処理をしている『パイルパーチ』へと戻ってきていたのである。
クレリアは彼の笑顔を見ると、少しだけ気を緩めて微笑んだ。
お疲れ様~とシバはクレリアの頭を撫でると彼女は無表情なまま、ぶんぶんと尻尾を振る。彼女にとっては何よりの褒美だ。
「降伏したオーク族はとりあえずタマに任せたよ。後は、それぞれの集落から何人か代表者を選んで貰ったんだけど……」
「はい。シバ様、ありがとうございます」
幹部が足りないというのは、現在のモフモフ帝国が抱える問題であった。
降伏した集落もそのままで放っておくわけにはいかない。
そこで、クレリアはシバにコボルト達を取りまとめるのと同時に、集落の代表をゴブリン族、コボルト族の双方から選んでもらっていた。
人口100人前後の三つの集落はモフモフ帝国から政務官を派遣し、代表者達に幹部教育と技術指導、生産物の管理を教えていく……という手筈になっている。
モフモフ帝国の方はキジハタと軍を戻し、彼を中心に現状を維持してもらい、クレリアとシバ、護衛のタマはパイルパーチをモフモフ帝国の第二の都市にするための準備を行うことになる。
パイルパーチの準備は主にシバの魔法による来年のための農場の整備とクレリアによる幹部教育、ビリケ族の幹部を呼んでの産業振興が中心だ。統治の目処が付けば、今度は五つの集落を道で繋げることをクレリアは考えている。
正直、こういった統治は彼女にとって苦手なもので、出来れば誰か変わって欲しい思いが強かったが、愛するモフモフ達のためになることなので頭を抱えながらも彼女は頑張っていた。
「すごいなぁ。流石クレリアだね……でも無理していない?」
「大丈夫です。問題ありません」
要所要所で皇帝であるシバはクレリアを労っていた。
彼女はどれほど大変な仕事が山積みでも、シバと一緒に毛繕いをしたり、一緒に寝たりしているだけで精神力が回復する便利な性格をしている。
シバの皇帝としての最大の仕事はクレリアの世話なのかもしれない。
こんな風に忙しい日々を彼等は送り、二ヶ月ほどの時が流れ……ようやく各集落は安定し、クレリア達もモフモフ帝国の首都に帰還することが出来ていた。
執事兼書記長のコリーとメイド兼事務長のポメラが喜んで泣きながらシバに抱きつき、クレリアは少年に抱きつくモフモフ達という絵に視覚的に癒されつつ、コリーとポメラがまとめてくれた報告書に目を通す。
「なるほど。ゴブリン士官のカナフグは、戦士以外のゴブリンにある程度の訓練をしてくれていたのね。政務の方はエルキーのコーラルが手を貸してくれた……と。何故彼は協力的なのかしら。有難いけれど。ん? ターフェがケットシー族と対立?」
ちなみにクレリアはコボルト語の読み書きを習得している。人間の文字とは大きく異なるが、彼女にとっては簡単なことであった。
軍事と政務、内容で分けて見やすく作られた報告書の最後にはそれぞれの担当者の署名が書かれている。医者のターフェのところは問題だが……おそらく、ケットシー族にしつこく付きまとっただけだろうと、クレリアは判断していた。
「ケットシー族はコボルト族と違って、きまぐれで人見知りが激しい。ターフェは……まだまだわかっていない。彼らと仲良くなるには時間が必要なのに」
クレリアは一人、小声で呟く。だが、このとき彼女は気付いていなかった。
実はかなり大きな問題になっていることに。
それを知るのはまだ先のことである。
帝国歴二年 『死の森』東部制圧戦 パイルパーチの戦い
モフモフ帝国が『死の森』の平定を目指す上で、東部の制圧は後方の安全を確保すること、国力を増大させること、ガルブン山地に住む部族との交易の安全を確保することの三点から、必須となるものであった。
モフモフ帝国大元帥、クレリア・フォーンベルグは以上の理由により東部の制圧を計画。大規模な戦争が始まる前に『剣聖』キジハタに命じてオーク族の支配に属している小集落をモフモフ帝国側の味方に付けている。
『剣聖』キジハタの作戦は大集落の『サーゴ』『ゼゼラ』『ベイカ』、そして東部におけるオーク族の本拠地である『パイルパーチ』を残して完了。この時点で、東部のみにおけるモフモフ帝国とオーク族の人口差は無くなっていた。
この作戦と同時に、モフモフ帝国大元帥クレリア・フォーンベルグは『剣聖』キジハタの作戦を進めながら、『パイルパーチ』を攻略するための準備を慎重に進めている。
モフモフ帝国歴二年 秋 皇帝シバ・フォーンベルグは帝国会議において、『東部制圧作戦』の開始を宣言。皇帝自らが親征することを全臣民に告げた。
モフモフ帝国大元帥クレリア・フォーンブルグによる『東部制圧作戦』に従ってモフモフ帝国軍は進軍し『サーゴ』をクレリア大元帥が、『ベイカ』を皇帝シバが陥落させ、両軍は『ゼゼラ』、『パイルパーチ』の中間点で合流。『パイルパーチ』から『ゼゼラ』に向かう援軍を撃破。その後、『ゼゼラ』を陥落させる。
オーク族拠点『パイルパーチ』の司令官、コンラートは三集落での敗北から、集落で守備に専念することを選択。一方、モフモフ帝国軍には本国の守備に不安があり、短時間で『パイルパーチ』を陥落させる必要があった。
こうしてパイルパーチに置いて『死の森』東部を賭けた戦いが行われることになる。
コンラート率いるオーク軍は弓、投石を用いて激しく抵抗したが、大元帥クレリアによる陽動作戦により戦力が分散。側面より皇帝シバは突撃したため、オーク軍は総崩れになり、パイルパーチは陥落。東部司令官コンラートは逃走した。
パイルパーチの戦いはモフモフ帝国の初めての大規模な戦争である。
この戦いにおけるモフモフ帝国の勝因は複数あるが、最も大きい勝因はオーク族の油断であろう。
この戦争の後、オーク族は我がモフモフ帝国を対等の敵であると認識し、激しい戦いが繰り広げられることになる。
『モフモフ帝国建国紀──建国の章── 初代帝国書記長 コリー著 より抜粋』