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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
一章 建国の章
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第二十二話 死の森東部制圧戦 パイルパーチ攻防戦 後編




 ハイオークのコンラートは、思わぬ強敵との一騎打ちに心踊らされながらも、何処か不自然さを感じていた。確かに目の前のコボルトは強い。気を抜くと一瞬で殺されそうなほどに。



(殺気はある。だが、何処か逃げてるような……臆病? んなわけねぇ。なんだ? 気持ちの悪い戦い方だな。やる気がねぇのか?)



 両手剣で相手の攻撃を弾き、牽制しながら周囲の様子を冷静に観察する。

 周囲ではクレリア達のゴブリンと部下のゴブリン達が戦っている……が、違和感を覚えてしまう。そう、まだ戦っている。


 自分達の周囲で。



(何でこっちのが数が多いのに互角なんだ?)



 相手に合わせてコンラートも時間を稼ぐ戦い方に切り替え、その違和感の原因を探る。

 正面からぶつかっているゴブリンは普通。二匹が並んでこちらの部下の攻撃を必死の形相で防いでいる……が、その後ろに控えている槍持ったやつは違う。


 あれは別物だな。と、コンラートは判断した。



(それにあのコボルトの的確な援護射撃! うちのも臆病な癖に頑張ってやがるが……まさか、こいつらも相当時間掛けて準備したのか。相手になってねぇ。だが、負けはしないな。数が違う。いや、待てよ……)



 打ち込んできた剣をコンラートは弾き、後ろに飛び下がって距離を取る。



「てめえ、まさか……」

「……」



 表情は完全に殺しているが一瞬だけクレリアの動きが止まった。

 コンラートはその反応でクレリアのやったことをようやく理解する。彼は背中に、この戦争中で初めて冷たい汗を感じていた。




 やはり強い……クレリアはハイオークと剣を合せながら、相手を打ち崩せずにいた。


 彼女は相手が弱ければ、一気に決着を付けようと考えていたのだが……コンラートの実力が高すぎたため、その方法は諦めている。



(まるで傭兵)



 型も技も何もない。だが的確に殺そうと襲ってくる。騎士や剣士ではない。

 圧倒的な力と戦いのセンス、そして経験で戦っている相手だとクレリアは判断していた。


 クレリアは傭兵出身であることもあり、そのような戦いにも慣れていたが、あまりにも力と武器のリーチに差がありすぎる。


 かすっただけでも死ぬかもしれない相手の攻撃を掻い潜りながら、クレリアは時間稼ぎに専念していた。幸い周囲のゴブリン達は効果的なコボルトの援護もあって善戦している。


 リスクの高い戦術を選ぶ必要はない。後は仲間を信じればよい。

 そう判断し、彼女はハイオークを自分に引きつける。


 が、今度は相手の動きが時間を稼ぐものに変わる。

 付け込むように今度は逆に積極的に切り込んでいくが、防御に徹する相手を倒しきれない。



「てめえ、まさか……」



 クレリアは少しだけ動きを止める。

 だが、動揺はしなかった。なぜなら、彼がここにいる時点で既に決着は決まっているからだ。そして、勝利は目の前にある。


 クレリアは引きつった笑みを浮かべているコンラートを、静かに見上げる。



「戦争は一人でするものではない」

「何……?」

「それに」



 用心深く剣を構えながら、クレリアは彼と対峙してから初めて笑みを浮かべた。

 すでに相手の後方では、武器の打ち合う音と悲鳴と怒号が響きわたっている。



「軍隊に民間人が勝てるわけないでしょう」

「舐めすぎてたな。まさかこれほどの差があるなんてよ。参ったぜ……うちのオーク共じゃ止めることもできねぇか。不甲斐ない」



 東部の司令官、コンラートは剣を構えながら、からっとした笑みをクレリアに向けた。

 彼は牽制するように両手剣をクレリアに向けながら大声で叫ぶ。



「降伏したいやつは降伏しろ! 逃げる奴は北から逃げるぞ! 殿はこの俺様がやってやる。早く逃げろ! 挟み撃ちにされるぞっ!」

「なっ!」



 降伏するか逃げるかを迷うゴブリンやコボルトに紛れるように、コンラートはあっさりと逃げていく。

 乱戦になると彼の武器は戦いにくいため、広い場所に出るつもりだろう。


 クレリアは追いかけることは出来なかった。


 彼女が迷っているゴブリンを止めなければ、コンラートと一緒に付いていってしまうだろう。そうなれば、戦力を持ったコンラートの対策をするために、相当の労力が必要になってしまう。逃げた人数が多いほどその労力は増大してしまうのだ。



「クレリア、よぉく聞けっ!」



 遠くからコンラートの大声が響く。

 クレリアは追撃をしようとする味方を止め、コボルト達に看護隊を呼びに行かせ、治療を開始するように命令する。



「また戦場で会おう!」



 まったく負の感情を感じない明るい笑い声を響かせながら、ハイオークのコンラートは集落から逃げ去っていった。



「姐さん、勝ちやしたね!」

「ええ。でも、まずいのを逃がしたかもしれない」

「大丈夫じゃないすかね。失敗したやつにはきっついですぜ? オークは」



 明るいタマと違って、クレリアは変な男に目を付けられたとげんなりしていた。




 逃げ延びた『パイルパーチ』の北の森で、自分に従った少ない部下から詳細な報告を受け、コンラートは笑みを浮かべていた。


 敗北の惨めさ、悔しさは感じていたがそれ以上に愉悦を感じていたのである。


 彼は木の根にその巨体を預けて座りながら、無精髭を撫でる。



「結果的に北と南を一瞬で抜き、中央はすぐに攻めず、俺達の援軍を潰し、中央はその後か……最後はあのおかしいコボルトが自分を囮にして、本命は側面から奇襲」

「はい。オークリーダー、ディルク様は『剣聖』キジハタと名乗るゴブリンに。エーベル様もケットシー族の族長、ハイケットシーのブルーに打ち取られました」



 コンラートの周りには10名前後のゴブリンと同じくらいの人数のコボルトが集まっていた。『パイルパーチ』から脱出した者達である。


 彼等は一様に自分達の主人の怒りに触れないかと怯えていたが、二名だけは怯えることなく、真っ直ぐに立っていた。解説しているのはそのうちの一人。



「お前の説明を聞く限り、勝負になってないな」

「はい。屋根の上から見ていましたが、相手は同じゴブリンとは思えない強さでした」



 ハイオークを恐れることなく彼女は淡々と事実を説明し、戦いの様子を自分の主へと説明していく。客観的に。


 だが、彼は納得できないように唸った。

 コンラートが納得できなかったのは、彼女の説明ではない。



「お前の説明じゃ族長自ら来てたんだろ? なんで逃げたんだ。お前」

「人間に与するような者を、族長とは認めておりません」

「人間?」

「はい、あのクレリア・フォーンベルグという女です」



 なるほど、と彼女の話を聞いてコンラートは納得した。

 確かに見かけはハイコボルトだったが、どこか不自然な違和感を持っていた……それが、目の前のコボルトの説明で消えていく。


 あの戦い方は人間のもの……そう考えれば理解出来る。

 やつらは戦争が大好きな種族だから。いつか戦ってみたいもんだとコンラートは思った。



「お前、確か一日でコボルト共を戦えるようにした奴だったな。名前は?」

「コボルトリーダー。バセットです。コンラート様。有効な動きが出来ず、申し訳ありません」

「付け焼き刃であれなら十分だ」



 茶色と黒のまだら模様の頭を持ったバセットは深く頭を下げた。

 コンラートは黙って立っているゴブリンにも目を向ける。


 追撃を抑えるために殿に立っていたコンラートの背後で数名のゴブリンを率いて、最後まで残っていたゴブリンだった。



「お前は?」

「チャガラ。ゴブリンリーダー」



 負けたが全てを失ったわけではない。

 役に立ちそうな奴だけが残ったと思えばいいのではないか。



「物好きな奴らもいるもんだな……あいつらの戦い方はお前達、覚えたな?」

「はっ!」

「あいつらより強い軍隊を作る。そして、あいつらに勝つ。俺の軍ではオークもゴブリンもコボルトもねぇ。使える奴を出世させてやる。お前らが新しい軍の中心だ」



 二十名ほどのゴブリン、コボルトの視線がコンラートに集中する。



「お前らは馬鹿な魔王候補の部下じゃねぇ。『俺』の部下だ。俺を選んだお前らは絶対に最後まで面倒みてやる。付いてこい」



 コンラートは新しい部下を見渡し、大声で笑った。



 こうして『パイルパーチ』の攻防戦は幕を閉じた。

 モフモフ帝国は『死の森』東部を完全に制圧し、オークに対抗する勢力として名乗りを上げることになる。



 だが、同時にこの戦争はオークを目覚めさせるきっかけとなる戦争だった。

 そのことを知っている者は、今はまだ少ない。





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