第二十一話 死の森東部制圧戦 パイルパーチ攻防戦 中編
罵詈雑言に効果がないと判断したクレリアは、それを止めさせ、『パイルパーチ』の方を厳しい表情で睨みながら、考えに耽っていた。
当然、彼女は罵詈雑言の通用しない場合は考えている。
むしろ、そちらの可能性が高いと考えての軍隊配置だ。
ただ、この場合……相手にそれ相応の指揮官がいるということになる。
敵は臆病ではない。それはタマの情報から明らかだ。
「動きやせんね……姐さん、どうすんで?」
「『本隊』と補給担当のモーブにはすでに伝令を出している。私達は囮として、援護に廻る。時間が掛かるかもしれないけれど、『パイルパーチ』は必ず落とす」
タマは黙って頷き、彼もまた、かつての上司が指揮を取っている『パイルパーチ』を、覚悟を決めた表情で見つめる。
「被害は出やすね。なるべく死なせたくないんですが」
「可能な限り減らす。任せておきなさい」
「……了解っ!」
タマは空元気を出すように笑い、クレリアの指示通りにゴブリン達に矢よけの楯を持たせていく。コボルト達も自分達の小さな身体を隠して矢を撃つための、簡単に立てられる薄い木の板を手に取った。
「全員に告ぐ。これより敵正面から攻撃する。先頭はタマ。彼が相手の集落の門を破壊すると同時に内部に突入する。指示を聞き漏らさないよう」
タマの長鎗隊が景気良さそうに、了解だ~っ! と陽気な声を上げる。そんな彼らに釣られるように楯を持ったゴブリン達も戸惑いながらも頷いた。
「コボルトは私達の突入の援護。可能な限り近くから集落の射手を狙う。貴方達の腕前を見せてあげなさい。援護はお願いね」
40名のコボルト達は緊張するように身体を固くして直立しながらも、はいっ! と大声で彼女に返事を返した。
クレリアは剣を抜き……大きく息を吸う。
そして、引き抜いた剣を集落に向けた。
「『パイルパーチ』攻略戦を開始するっ! コボルト射手隊っ……前進!」
「了解っ!」
クレリアの命令を受け、木の矢寄けを担いで相手に矢が届く位置まで走っていく。
「コボルト弓隊! 援護射撃準備! タマっ!」
「あいよーっ!」
巨大な鋼の長槍を担ぐように持ったタマが大声で返事をした。
コボルト弓兵隊の前進に気付いた敵は、矢よけに隠れた彼等に攻撃を始めている。
タマは先頭に立つと、集落の門に向かって緩やかな坂を駆け登っていく。
「うおおおおおおおおおっ!」
「全員続けっ!」
コボルト弓隊が柵の隙間を狙って矢を放ち、援護をするが相手の攻撃を完全に封じることは出来ていない。木の矢じりの矢や石が無数にクレリア達を狙って放たれる。
当然、楯を持たない上に身体も大きいタマにはいくつもの矢や石が命中するが、彼は止まらずに門を槍の柄で打ち倒した。
クレリアは彼が空けた入口から真っ先に飛び込んでいき、入口を塞ごうとしたコボルトやゴブリンを冷静に切り捨てる。
「よしっ! 全員敵射手を攻撃っ! 絶対に深追いはするなっ!」
「了解っ!」
そして、クレリア自身はタマと並んで前面から押し返そうと集まってくるゴブリン達と剣を合わせる。彼女の遠目には、ゴブリン達から逃げ、距離を取ろうとしているコボルト達の姿が見えた。
その隙にコボルト弓兵隊は集落の柵を逆に利用するように並び、援護射撃の準備を整えて行く。
コボルトを追いかけていたゴブリン達もクレリアと、タマの戦っている場所へと集まっていき、膠着状態になろうとしたその時、一番前に踏み込んでいたゴブリンが真っ二つにされた。
敵のゴブリンの攻撃も止まり、その真っ二つにした者を前に通すように場所を空ける。
一度戦闘を止めたクレリア達の前に褐色の巨大な人型のハイオーク……コンラートが両手剣を構えて凶暴な笑みを浮かべながら立っていた。
「お前がクレリアか? 素晴らしい手際だな」
「勝負は既に付いている。降伏しなさい」
タマがクレリアを庇うように槍を構え、長槍隊達もゴブリン達の先頭に立って槍を向ける。だが、コンラートはクレリアの言葉にも向けられた武器も気にせずに、タマに笑いかけた。
「おい、ルートヴィッヒ。お前、もう一度俺の部下になれよ。使えそうだ」
「生憎、あんたより姐さんの方が俺は怖いから遠慮するぜ」
「おう、言ってくれるじゃねぇか」
コンラートは、げらげらと大笑いして両手剣をクレリアに向ける。
「お前を殺ったらコボルト共は終わりだ。随分準備をしただろうに、最後はそんな少ない人数で攻めてくるお粗末さ。無数にいる雑魚共を壁に使えばいいのによ」
「その程度の考えで動く以上、貴方達オークは永遠に私には勝てない。コボルト達、撃て!」
それを合図として、コンラートは矢を弾きながら、クレリアを狙って剣を振り下ろす。
「く、早いっ!」
「ほう、かわすか。本当にコボルトにしとくのは勿体ない女だな」
コンラートとクレリアに巻き込まれるのを恐れた敵も……そして、味方も二人には近づけない。唯一タマだけがクレリアに加勢しようとしたが、視線で止められる。
「しゃあねぇ。自分の仕事をするか。全員、敵を食い止めろ。コボルトは味方に矢を当てないように注意しろ。後は当初の取り決め通りだ! 耐えろよ!」
乱戦になっていく戦場で必死に指揮を取りながら、数の不利を埋めるべく、戦闘に不慣れな新しい仲間を庇うように長槍隊を戦闘を続けながら配置し直して、じりじりと下がりながら戦闘を継続する。
「こっちに来たのはコンラートだけか。こりゃあ、まじいかな」
圧倒的な数の前に、内部に侵入したクレリア達は徐々に押し返されようとしていた。
「皇帝さん、キジハタ、ブルー……頼んますぜ」
タマが祈るような気持ちで必死に倍近くの敵を相手に凌いでいる頃、側面のシバ達も既に行動を起こしていた。
「シバ様。クレリア殿は囮になると」
「みんな、向こうを早く助けるよ?」
「承知」
伝令のコボルトの報告を受けたシバは、覚悟を決めたように堂々と立っていた。
側にはケットシー族のブルーと『隠密』ヨークも控えている。
「モフモフ帝国軍はクレリアだけじゃない……よね?」
「当然」
「……ん」
皇帝であるシバの側にいる全ての戦士達は、シバの問いかけるような言葉に頷く。
コボルト族もゴブリン族もケットシー族も。
ここにいるのは、全て一年以上の時をクレリアと共に苦労を重ねて来た者達だ。
実戦と訓練を乗り越えてきた自信と自負が彼等にはあった。
「じゃあ、それを見せよう。勝利しよう……僕達の国を作っていくために」
奇襲をしなくてはならないため、声は出せないがそこに立っている全ての者が高揚感を感じている。シバも彼等から立ち上る熱気でそのことを理解していた。
「それでは、『パイルパーチ』を攻略する。僕の魔法は攻撃には確かに使えない」
全ての者が見守る中、シバの周りに魔王候補としての膨大な魔力が集められていく。
「だけど、土を動かすことは僕が一番得意とするところだからね」
シバは土の精霊に、攻め込む部分の柵の周りの土を移動させてくれるように頼む。いつもの土木作業と同じ要領で。
シバ達が待機している場所から柵を乗り越えることが出来るように、巨大な土の道が一瞬で完成する。これがクレリアに頼まれたことだった。
柵の後ろに遠距離攻撃が出来る部隊が篭ると攻めるのに危険。ならば、柵そのものの意味をなくしてしまえばいい。
クレリアが前面である程度の兵士を引きつけている今、邪魔もない。
予定通りにキジハタを先頭に、全ての戦士達が集落の中に突入していく。ケットシー族の破壊工作隊や、コボルト族の特殊工作隊も全て。
「全員、目指すは西側入口。中央を抑えて敵を挟み撃ちにする! 前に出てきているオークリーダー、オークは複数で当たるんだ。逃げた者は追わなくていい!」
シバは武器を持っていない。身体も震えている……だが彼もまた、必死に戦っていた。