第十九話 死の森東部制圧戦 各個撃破
モフモフ帝国東部集落『ゼゼラ』近郊では、ビリケ族と荷運びを行うゴブリン達が会議でのクレリアの指示に従って、作戦日の前日から準備を行っていた。
牛頭のビリケ族は全員全力で荷物を運び続け、ゴブリン達は現地に着くと物資を仕分けしていく。現場の指揮を取っているモーブなどは寝る暇もなく、物資の分配のための整理作業に没頭していたのである。
「こら大変だな。しかし、こんなことで勝てるのか。大体、戦闘向いてるのはおらんしなぁ……攻められたらどうしょうもないで。いや、大体北と南も本当に勝てるのか……」
整理されて積まれている二百人分の食料と、木の棒を眺めながらモーブは低い小さな声で呟く。彼がクレリアから命令された内容はこうだ。
『ゼゼラ』近郊に物資の集積所を作り、北と南から来る住人達に食事と木の棒を与える。そして、彼等に食料の続く限り、大声で集落を揺さぶらせる。
相手が攻めてきたら引いても構わない。
これだけだ。ただ、クレリアは攻めれないようにすると説明しており、戦いの苦手なモーブとしてはそれを信じて仕事を続ける他無かった。
クレリアとキジハタ達は合流すると、お互いの無事を喜びつつ、次の作戦の打ち合わせを行っていた。合流した場所は『ゼゼラ』と『パイルパーチ』の間、即ち、モーブ達とは集落を挟んで反対側である。
「モーブの方は本当に大丈夫ですかい? 姐さん」
実際に効果があるのかとタマは不安そうにクレリアに問いかけ、キジハタもうーむ、と腕を組んで唸っていた。だが、クレリアは冷静に返答する。
「ええ、『ゼゼラ』には北と南の住人を一人ずつ、壊滅したことを伝えさせている。東部のオークが余程の馬鹿か天才でない限り、その意味を考えるでしょう」
「余程の馬鹿だったら?」
「その時は『ゼゼラ』から落とす。『パイルパーチ』は辛い戦いになるわ」
戦争では何が起こるかわからない。だからこそ、コボルトやケットシー達の情報集めが重要になってくる。作戦を成功させるにも変更するにも情報が必要なのだ。
彼女達は森に身を潜めながら、時を待っていた。
そして……。
「モーブより報告。『ゼゼラは動かず』。『ゼゼラ』から伝令のコボルトを確認」
黒わんこ、『隠密』ヨークが相手の動きを報告すると、クレリアは小さく息を吐き、シバは木の根元にへたり込み、キジハタとタマは頷いていた。
「予定通り、そのコボルトは通してあげなさい。帰りは捕まえるようにね」
「『ゼゼラ』のオークは普通だったようですな」
キジハタが安心したように笑い、クレリアも頷き……シバに跪く。
「シバ様。辛い戦いになります。必ず私かタマの側に」
「うん。ごめんね。クレリア……一番危険なことさせて」
申し訳なさそうなシバにクレリアは笑って首を横に振る。
「私はシバ様に生きる意味を与えていただきました。みなが楽しく暮らせる国を作るためにも、今は貴方の剣となって戦いましょう。シバ様は、後でねぎらってくれればいいのです」
彼女は心の中でねぎらい方の例を想像していたが、それを口から出していれば美しい光景に感動している周りの戦士達は、反応に困ったであろうことは間違いない。
クレリアは表情を引き締めた戦士達を見渡して命令する。
「全軍、『パイルパーチ』から『ゼゼラ』への援軍を殲滅する。タマはコボルト弓隊を指揮しなさい。ただ、一射目は私が指示を出す。先鋒はキジハタ。私は状況を見て判断する。ヨークは敵の移動経路を特定するように」
「わかったぜ。姐さん」
「承知」
「了解」
クレリアが今回の戦いで一番悩んだ点は『パイルパーチ』の戦力が多すぎることにあった。ハイオークを始めとする単体が強力なオークも多く、普通に攻めた場合、短期間で落とそうとすれば被害が大きすぎると考えたのだ。
かといって、集落を順番に落とせばオーク達の本国に連絡が行き、警戒されてしまう。そうなればモフモフ帝国は挟撃の危機に陥ることになる。
結局短期決戦を行うしか道はなかったのである。
そうなれば、なるべく被害を抑えなければならない。
彼女はそう考え、結論を出した。
その結果が今回の綱渡りのような作戦である。コボルト族とケットシー族の諜報力……オーク達がひ弱だと考えている彼等の本領を活かすことに活路を見出したのだ。
『隠密』ヨーク達からの報告を受けて、相手の援軍が通る道を特定したモフモフ帝国軍は待機位置で息を潜める。
援軍の数はオークリーダー1名、オーク3名、ゴブリン50名。対してモフモフ帝国の戦力はゴブリンが63名、コボルト弓隊は80名。数の上で優位に立っていた。
クレリアにとって朗報だったのは、援軍にコボルトが混ざっていないことだ。オークには弓を使う習慣がないために有用性に気付いていなかったのである。
恐らく戦いが進めば敵も気付く。クレリアはオークを甘くは見ていない。今回以上に先の戦いは厳しくなる……彼女はそう考えていた。
目の前をオークリーダーを先頭に、援軍が通って行く。
クレリアはオークリーダーが通り過ぎたのを見計らって、命令を下した。
「撃てっ!」
「ぎゃああぁぁぁぁっ!」
矢が放たれ、ゴブリン達が悲鳴を上げて倒れていく。コボルトの矢は決して強くはないが、鉄の矢じりは確実にゴブリン達を負傷させていった。
突然の横からの攻撃に、オーク側のゴブリン達が混乱する。
コボルトの射手達は木々にまぎれているが、平常ならゴブリン達も見つけて反撃に移っただろう。だが、彼等は敵が東部集落を攻めていると思っていたため、不意の攻撃に対応出来なかったのである。
先頭を歩いていたオークリーダーが事態を把握し、大声を上げた。
「全員退却だっ! 立て直すぞ! 今は逃げろっ! くそっ! 卑怯な……っ!」
「全軍突撃っ! 一人も逃すなっ!」
長槍を振り回しながら、命令するオークリーダーの声をかき消すかのように、キジハタが叫んで、オークに切り込んでいく。
クレリアはオークリーダーの方にタマが向かったことを確認すると、キジハタの援護をするべく、オークに狙いを定めて駆けて行った。
「な、お前はルートヴィッヒ!」
「誰だそりゃ。俺はモフモフ帝国軍のタマってんだ。降伏してくんねーか?」
タマは真剣な表情で鋼の槍をオークリーダーに向ける。
「くく……惰弱なコボルト如きに降伏したお前が何を言うかと思えば」
「昔のよしみだ。カスパル……出来れば殺したくねーんだ」
「断る。裏切り者め。コンラート様に首を届けてやる」
カスパルと呼ばれたオークリーダーは、馬鹿にするように笑うと問答無用とばかりに、踏み込んで鋼の槍をタマに向かって叩きつけた。
「残念だ。本当によ!」
だが、タマはあっさりと弾き返すと、距離を空ける。
「種族には長所と短所があるんだ。俺達は確かに強いが、それだけじゃいけねぇ」
「ふん、強い奴が支配する。当たり前だろうが」
タマが突き、それをカスパルが払う。槍を振り、力と力でぶつかり合う。
コボルトやゴブリンとは比較にならない膂力を持つ二人が槍を振り回し、ぶつかり合っているため、他の者は近づけない状況を作り出していた。
「じゃあ、今の状況はなんだってんだ。負けてるんだろうがよ」
「俺達が臆病なコボルトに負けるわけが!」
「負けんだよ。勇敢なコボルトに」
互角の勝負を続けていた二人だが、徐々にカスパルの息が上がり、タマの攻撃が相手の身体にかするようになっていく。
対して、タマは冷静にピタリと槍を相手に向けていた。
カスパルは理解できないといった様子で歯を食いしばり、タマを睨みつける。
「弱くて飛ばされたお前が何故……」
「俺は俺より強い頭のおかしいゴブリンと、化け物みたいな姐さんに鍛えられてるからな」
「認めん……俺は認めん……!」
我武者羅に突き掛かってきたカスパルの槍をタマは柄で逸らす。そして、驚愕するカスパルの首に槍を突き刺した。
カスパルの巨体がどす……と、大きな音を立てて横たわる。
タマはふん、と鼻を鳴らすと戦闘を終えた仲間達の元へと歩いていった。
タマが相手のオークリーダーと戦っている間に勝敗は既に決まっていた。相手が混乱していることに加え、オークの三名のうち、二名が早々に討ち取られたからだ。
「味方被害戦死者1名。負傷者2名。敵は戦死12名、降伏20名。オーク1名を含め残りは逃走」
「十分ね」
ヨークからの報告を聞きながら、クレリアは呟き、タマの方へと近付く。
「タマ。ご苦労様」
「……姐さんが労うなんて珍しい」
ぺしっと腕を叩いて声を掛けたクレリアにタマはおどけたように笑顔を向ける。
「貴方は頑張ったから」
「姐さん……ありがとうございやす」
「ただ……化け物?」
「頭がおかしいゴブリンって誰だろうか?」
正面の無表情なクレリアの静かな圧力と、背後からの殺気にタマは敵より味方の方が余程怖いと痛感することになった。
「さて、クレリア殿。これからどうする?」
負傷者の治療が行われている中、キジハタはクレリアに確認する。ここから先はクレリアもまだ説明していない。状況の変化で取る策を変えていくつもりだったからだ。
「ヨーク。捕まえたコボルトは『ゼゼラ』に報告させたわね?」
「はい。報告したあとは逃げるようにと」
ヨークに頷くと、クレリアは全軍に命令を下す。
「負傷者、コボルトは待機。他はタマを先頭に全員で『ゼゼラ』の“援軍”に向かう」
「本当におっかねぇなぁ」
「タマ。今度はオークも降伏させる。一人も死なせない」
「了解」
味方と勘違いしてクレリア達を引き入れた『ゼゼラ』の集落は中心であるオーク達が人質になったことにより、あっさりと陥落することになる。
降伏した中でも戦意のある者を加え、編成しなおしたモフモフ帝国軍は『パイルパーチ』近郊に布陣した。
だが、『パイルパーチ』にはまだ、まとまった戦力が残っている。
東部制圧戦の最終局面、『パイルパーチ攻防戦』が始まろうとしていた。