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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
一章 建国の章
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第十八話 死の森東部制圧戦 北と南




 モフモフ帝国北東に位置する集落『サーゴ』の近くでは、クレリアと彼女が率いる20名のゴブリン達が最後の休憩を取っていた。


 クレリアが考えた手はずはそれほど難しいものではない。全く警戒せずに油断している集落に対し、ケットシーの破壊工作隊によって攻める場所以外のところに意識を向けさせ、正面から最短距離で、他には目もくれずにオークを仕留めるという作戦だ。


 彼女に付いてきているゴブリンは、キジハタが鍛えた中でも最精鋭だが、緊張は隠せないようで、誰一人、ひそりとも口を開かない。


 だが、クレリアだけは涼しい顔で彼等の真ん中に立ち、ケットシー達からの報告を待っていた。しばらくすると、木の上から三毛猫柄のケットシー族の少女が飛び降りてくる。 



「ブルー様からの伝言です。いつでもいいと」

「ご苦労。さて、行きますか」



 ケットシー族の少女の頭を撫でて、もふもふ分を補給するとクレリアはゴブリン達を一瞥する。ゴブリン達はそれだけで全員が揃って直立した。



「ゴブリン族の勇敢な戦士達よ。貴方達の力を見せなさい。だが、我々は無益な殺生は行わない。わかっているな?」

「承知っ!」



 ゴブリン族はすっかりキジハタ色に染まっている。今では『戦士の誇り十六箇条』というものまで出来ているようで、クレリアもなかなか愉快な種族だなと思っていた。



「よろしい。では作戦を開始する」

「了解っ!」



 ゴブリン達の返事にクレリアは頷くと、木々が生い茂る森の中を、平野を駆けるような速さで走り出した。その後ろを皮の鎧を身に付けたゴブリン達が続いていく。


 村に近づくと、攻め手の反対側でケットシー族が爆発音を鳴らし、そちらにゴブリン達が集まっているのが騒ぎ声で良くわかった。


 クレリアは集落の入口の扉をミスリル製の剣で一撃で切り裂くと、混乱している村の中に突入していく。何が起こったのか理解できないのか、彼女達を捕まえようとするものは誰一人いなかった。



「あれね」



 クレリアが猪頭のオークとそれを守るように立っている二十名程のゴブリンを確認する。



「全軍突撃。オークは私に任せなさい」

「了解っ!」

「な、なんだこいつらは! お前ら! 殺れ!」



 オークはその声でクレリア達に気付き、慌てるような大声で周囲のゴブリン達に攻撃命令を出していた。だが、キジハタに鍛えられたゴブリン達はオークにも恐れず、なだれ込むように相手に切り込んでいく。


 戦士隊はクレリアのための道を作ると、邪魔をされないように周囲のゴブリン達と戦い始めた。ゴブリン達の怒号が響き合う戦場で、クレリアは相手のオークと対峙する。


 未だ状況がわからないといった顔で呆然としているオークを見ながら、彼としては理解しがたい光景だったのだろうとクレリアは思った。


 自分より遥かに小さなゴブリンやコボルトに圧倒されるのは。

 そんな風に考えながら、彼女は静かに剣を相手に向ける。



「降伏か死か。選べ」

「何をいってやがる。コボルト如きが!」



 巨体のオークがクレリアを見下ろして睨みつけ、槍を振りかぶる……が。

 クレリアは頷くと一瞬で相手の懐に飛込み、流れるように右足を切断した。声を上げる間も無く、転けたオークの首に剣を無造作に突き立てる。



「タマの方が張り合いがあったな。さて、名も知れないオークは討ち取った。武器を捨てるならば、命は取らない。治療もしてやる……降伏しろ」



 クレリアの静かな、だがよく通る声がゴブリン達が闘う戦場に響く。

 戦闘に参加していないゴブリンやコボルトが、戦っている者たちを呆気にとられながら囲み、戦闘しているゴブリン達の戦いも、ぴたっと止まった。



「私はモフモフ帝国大元帥、クレリア・フォーンベルグだ。私は皇帝シバに代わり、君達に食料と生活を保証する。それぞれの能力に見合った役割が与えられるだろう」



 クレリアは剣に付いた血を払い、剣を収める。


 茶色の髪の小さな少女の圧倒的な強さと威圧感に、戦っていたゴブリン達全員が武器を捨てた。

 コボルト達はクレリアがコボルト族の族長、シバの眷属であるのに気がついたのか、嬉しそうに彼女に近付いていく。


 コボルト族の痩せた子供を抱きしめながら、クレリアは周りを確認し、北の集落にいる全員が降伏したことを確認すると、自分の部下を見た。



「看護隊に治療の連絡を。被害報告」

「戦死1名、軽傷2名! 敵死者11名!」

「よし、軽傷の者はこの村の全員と共に、ビリケ族のモーブの待機地点に」



 クレリアは敵味方の死者の埋葬など、全ての指示を出し終えると、ケットシー族の報告があるまで待機命令を出した。


 仲間に犠牲者を出したことは辛いが、彼女は表には出さない。

 軍人として、指揮官としてはそうしなければならないのだ。



「戦士達よ。よくやった。まずは勝利だ」

「はっ!」



 ゴブリン達は尊敬の視線をクレリアに向けていた。彼女は鷹揚に頷く。

 しばらくして、ケットシー族のブルーから逃げようとしていた者達も全て捕まえたとの連絡が入ると、彼女は表情を引き締めて立ち上がった。


 ここからが本番だと。



「よし! 次の目標地点に移動する。この集落は予定通りに放棄する」

「了解!」



 クレリアは看護隊を一名だけ村に残し、残りの者を率いてキジハタとの合流予定地点に向かって移動を開始した。



 一方、モフモフ帝国の南東集落『ベイカ』周辺では『剣聖』キジハタを中心としたゴブリン族、コボルト族の混成部隊が最後の休憩を取っていた。



「拙者達は流石に警戒されているか」

「ああ。だが、連絡に向かったコボルトは俺達が捕まえた」



 黒い布をマスクの様に巻いている、黒わんこの『隠密』ヨークがキジハタにそう報告する。



「キジハタ……どうする?」

「なるべくオークを早く仕留めて、戦いを終わらせるしかない」



 そう呟いてキジハタはシバの方を見る。



「血なまぐさいものは、あまり見せたくはないが」

「シバ様を馬鹿にするな。あの方は我々の族長。覚悟は出来ておられる。キジハタは勝つことだけを考えておけば良い」



 ヨークはキジハタの肩を叩いてにやりと笑うと、木を掛上り、枝を飛び跳ねながら森の奥へと消えていった。その機敏な動きを感心するように見ながらタマがぽつりと呟く。



「あいつはまるでケットシーみたいな奴だな」

「タマ殿。シバ様と……コボルト弓兵隊の指揮を頼む」

「わかってらぁ。怪我させると姐さんが怖いしな。お前の戦士隊だけでいけるか?」



 オークリーダーのタマは、キジハタに確認する。

 心配しているわけではなく、ただ確認するといった風に。



「問題無い。それにタマ殿の長槍隊は守備で力を発揮するはず」

「まあ、状況見て判断するわ」

「うむ、頼む」



 二人は頷き合い、作戦の確認を行うとそれぞれの指揮する兵の下へと戻り、南東集落『ベイカ』攻略作戦の開始を告げた。



 集落に到着したキジハタの軍は、集落の前に立ち止まると、木を一本切り倒した。


 枝を落としていく作業を眺めながら、タマは不安そうな表情のシバに話し掛ける。茶色い髪の少年のような皇帝は、顔を青くしながら立っていた。



「姐さんが心配ですかい?」

「ううん。北部はもう決着が付いたみたいだから……それは」

「嘘だろ。姐さんはどんだけ強いんだ」



 俺、良く生きてたよなぁ……と、タマは彼女と闘うことになったであろうオークに同情しながら苦笑した。と、同時に、疑問も沸き上がる。



「じゃあ、どうしてそんなに浮かない顔を?」

「戦争になれば、誰かが犠牲になるからね。僕もわかってはいるんだけど」

「俺は姐さんに任せときゃいいと思いますがね」



 太い腕を組んで、タマはうんうんと頷く。だが、シバは首を横に振った。



「ダメだよ。クレリアに全部背負わせちゃ。彼女は優しいから全部やろうとすると思うけれど、少しは背負ってあげないと」

「姐さんが優しい……ねぇ」



 理解できないと首を横に振り、まあしかし……と、タマは笑った。



「俺はそういう臭いのは嫌いで勝てばいいと思ってやしたが、シバ様を見てると女に向かって格好つけるのも悪くないと思えるのが不思議でさぁ」

「クレリアには内緒ね」

「わかってますとも。まずは俺とゴブリン達で門をぶち破りますが、その後は俺の後ろにいてくださいよ? シバ様は戦闘には向いてないんですから」



 了解、と笑ってシバが頷くのを見て、タマはシバの側を離れて完成した丸太の真ん中を持った。長槍隊のゴブリン達もその丸太を掴む。


 そして、タマはキジハタの方を見てにやりと笑った。



「キジハタ。何時でも行けるぜ?」

「承知。これより、『ベイカ』を攻略する。狙いはオークだ!」

「了解っ!」



 鬨の声を上げながら丸太を持ったタマ達が、勢いよく門にぶち当たると、木で出来た集落の門は一撃で倒れ、そのタイミングに合わせて剣を抜いたキジハタ達が、集落の内部に突入していく。



「突撃っ! 臆するな。拙者達はオークにも勝てる戦士だ!」

「よし、キジハタは行ったな。コボルト弓隊、キジハタを援護するっ! 俺と長槍隊は弓兵の防御だ。キジハタ達に敵を近づけさせるんじゃねえぞ!」



 タマがキジハタに続き、コボルト弓兵隊もその後に続いていく。

 そして、キジハタ達が戦闘状態に入ると少しだけ距離を開けて弓を構え、キジハタ達に近づこうとする敵に矢を放った。


 前を阻むゴブリンの返り血を浴びながらも、オークを探してキジハタは進んでいく。

 数の有利、練度の有利、装備の有利から圧倒的な差を見せながら。



「戦闘の勝敗は始まる前に決まる……か。さて、オークは見つけたが個人の勇を奮う暇はないな……タイメン、タウナギ。拙者に付いてこい。前方のオークを斬る!」



 オークを守る兵士達を仲間のゴブリン達が抑えている間に、キジハタとその部下二名がオークに向かって駆けた。



「拙者はモフモフ帝国軍『剣聖』キジハタ! 降伏するや否や!」



 キジハタが大声で叫び、オークは無言で槍を構える。



「ならば打ち取るまで!」



 正面からキジハタは恐れずに向かっていく。オークはキジハタに向かって槍を突き出したが、彼は左手に剣の鞘を逆手で持ち、滑らせるようにして、相手の槍を流しながら接近する。



「ゴブリン流剣術、流水槍破!」



 そして剣で切り上げ、相手の左手を断ち切った。同時にタイメンと、タウナギがオークの左右から剣を突き立てる。その攻撃で呻いたオークの首をキジハタは断ち切った。



「敵将は討ち取った! 武器を捨てたものは殺さぬ。降伏しろっ!」



 戦闘を続けていた者達はしばらく困惑していたが、倒れている首のないオークを見ると信じられないように、呆然と立ち竦んで戦意を失い、武器を投げ捨てた。


 戦闘が止まったのを確認すると鞘に剣を収める。


 オークを倒しても当然といったように堂々としているキジハタに、同じゴブリン達が驚きの視線を向けていた。


 その様子を見ていたタマはシバに笑いかける。



「終わったようですぜ。シバ様」

「うん、怪我人の治療を急いで」



 シバはタマにみんなから見えやすいようにと肩車をしてくれるように頼む。


 彼は血の臭いで、攻めるときよりも顔色を悪くしていたが、それを我慢しならが味方と敵、全員の注目を受けていた。



「僕はモフモフ帝国の皇帝、シバ。えっと……みんなに食料と生活を保証するよ。とりあえずは、オークの支配を打ち破るために協力して欲しい。詳しいことは『パイルパーチ』を落としたら説明するからね。今後のことはキジハタが説明するから、良く聞いて欲しい」

「ご苦労でさぁ」



 タマが笑って、小声でシバを労う。


 彼はオークリーダーである自分が、こうしてシバに対して従順に協力していることを見せることが、彼が偉いのだとわからせるのに有効だと考えていた。


 だから、しばらくこうしているのが良さそうだと判断し、弓兵隊のコボルトと看護隊のコボルトに指示を出し、シバを担ぎながら集落を廻る。


 そんな彼らの姿は『ベイカ』の住人達に、新しい時代を印象づけるのに十分な光景だった。



 全ての準備を終えると、キジハタは負傷していない者達に指示を出す。



「全軍、クレリア殿と合流する。目的地は『ゼゼラ』と『パイルパーチ』の中間だ!」

「了解っ!」



 作戦の第一段階は被害を出しつつも終了し、次の段階に移る。

 オーク達は連絡を断ち切られ、未だ、自分達の敗北に気付いていない。




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