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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
一章 建国の章
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第十七話 死の森東部制圧戦 帝国会議




 時は流れ、畑からの収穫を終えたモフモフ帝国の帝国会議室には、かつてないほどの重苦しい雰囲気が流れていた。

 皇帝であるシバの表情も、今日はいつもの穏やかさがない。


 『剣聖』キジハタによる『死の森』東部集落平定作戦が終了し、食料も確保した今、次の目的は東部を賭けたオーク軍、東部駐留軍との決戦である。


 今までのような小競り合いではなく、本当の戦争が始まるのだ。

 そんな緊張感に溢れる雰囲気の中、クレリアとターフェだけは平然としている。


 前者は慣れているため……後者は戦争に興味がないために。


 現在のモフモフ帝国に所属している幹部全員が室内に集まったことを確認すると、シバは帝国会議の開催を告げる。


 まず、立ち上がって最初に口を開いたのは何時も通り、メイド兼、事務長のポメラだ。



「政務関係の報告は前日の臨時会議で終えていますので、省きます」



 彼女は緊張で手を震わせながら、資料を読み上げていく。



「我が帝国は人口こそ増加していますが、戦力としては訓練が間に合っていない者も多く、劇的に増えているわけではありません。具体的な戦力は、ゴブリン戦士隊が60名、ゴブリン長槍隊が10名、コボルト弓隊が80名、コボルト特殊工作隊が15名、ケットシー破壊工作隊が20名、コボルト看護隊が10名となっております」



 長い説明を終え、ポメラは一礼して席に座る。


 彼女の話が終わると、口にマスクをあてた黒い毛並みのコボルト、『隠密』ヨークが立ち上がる。彼はコボルト探索隊と、ケットシー諜報網を管理している情報の要だ。


 普段は外で走り回っている彼に全員の視線が集中する。

 だが、彼は動じずに淡々とした口調で報告を始めた。



「今回の目標の情報を報告します。まずは、モフモフ帝国の北東集落『サーゴ』。コボルト族40名、ゴブリン族50名、オーク族1名が暮らしております」



 執事兼、書記官のコリーがわせわせと、重そうに運んできた大きな地図に目印の人形を置きながらヨークが説明する。



「続いて、東部集落『ゼゼラ』。コボルト族30名、ゴブリン族80名、オーク族3名。最後に東南集落『ベイカ』にはコボルト族40名、ゴブリン族30名、オーク族1名が暮らしております。これが、まず初期段階の目標となります」



 全員が頷く。この時点でゴブリンの人数だけであれば既に、モフモフ帝国よりも多い。


 クレリアは全員を見回す。体は大きいが、気は小さいタマは落ち着かない様子でそわそわしている。その点、キジハタは緊張が見えるものの、動揺することなくどっしりと座っていた。二人の性格がよくわかり、内心、小さく笑った。


 シバは緊張で少し震えているから、後で抱きしめよう。そう彼女は考えながら、ヨークに続きを促す。これで終わりではない。



「最終目的地、東部奥集落『パイルパーチ』……この東部におけるオーク軍の拠点です。コボルト120名、ゴブリン170名、オーク5名、オークリーダー2名……ハイオーク1名。恐らく東部の責任者と思われます」



 クレリアは大仰に首を縦に振り、ヨークを労う。

 政務を担当しているものには厳しい状況に見えるだろうと彼女は思う。気の弱いコボルトの政務官は、今にも気絶しそうな表情でぷるぷるしている。


 和む……いや、可哀想と思いながらも彼等も参加させたのには、彼女なりの理由がある。

 本来、戦争とは大きな目的を達成するための一手段だ。現状は、クレリアの能力が際立っているために軍に偏っているが、いつかは軍務と政務のバランスを正さなければならない。


 戦争の内情を知ってもらい、戦後の政策に生かしてもらおうと考えたのだ。

 荒っぽいが彼女は政治家ではなく、軍人であるために、その辺りのやり方がわからないのである。自分なりに考えるしかなかった。



「クレリア。作戦の説明を」

「了解です」



 クレリアは立ち上がってシバに一礼し、地図に数個の駒を置いた。この駒はそれぞれ、今回の戦いに参加する軍幹部を示している。



「まずは、『隠密』ヨークが報告した人数だが、非戦闘員も混ざっている。加えて相手は戦闘訓練もしていないし、装備も充実していない。同数であればまず負けることはない」



 落ち着いた声で、クレリアは断言する。

 彼女にとって兵士とは、訓練され、組織化されたものであり、今回の相手は無秩序な山賊のようなもの……そう考えていた。


 『隠密』ヨークやケットシー達からの報告……という名の彼女の休憩時間で、その確証を得ている。モフモフ帝国の巨大化に感心を示さないのも、コボルト族に負けるわけがないという、ただの油断だ。


 だからこそ、今回の戦いは短期的に終わらせなければならない。

 オーク達が本気で警戒する前に。今回負ければ状況はさらに苦しくなり、おそらく打つ手がなくなってしまう。絶対に勝たねばならない。


 彼女は表情にその決意を欠片も出さずに、淡々と話を続ける。



「また、ゴブリン族にはそれなりの戦意があるとは思うが、コボルト族にはおそらく殆ど戦意はない。扱いが良くない上に、こちらにはシバ様がいる」

「拙者達の元族長は降伏してオーク軍にいますからな」



 キジハタが苦々しい口調でそう言って頷く。キジハタはその族長を余程嫌っているらしい。クレリアは会ったことがないが、複数の話から人望はなさそうだと判断している。


 実際に会わなければ本当のところはわからないだろうが。



「結論として、実質的な戦力差は殆ど無いと言っていい。我々は相手の集落を各個撃破し、最終的に敵の拠点『パイルパーチ』を落とす」

「ちょ、ちょっと待ってくだせえ。姐さんっ!」



 手をびしっと勢い良く上げたのはオークリーダーのタマだ。彼もすっかり帝国に染まっており、何人もの子供に懐かれる子守姿が良く馴染んでいる。



「オーク族だって馬鹿じゃねえ。一個集落が落ちたらすぐに対策されますぜ!」

「いい質問だ……タマ。それが今回の作戦の重要な所だ」



 クレリアは、ニヤリとタマに微笑み掛ける。



「タマの指摘のとおり、一つ集落を落とせば……他の集落に連絡が行き、他の集落は『パイルパーチ』に合流して対抗するだろう。そうなれば流石に厳しい。だが……」



 クレリアはそれぞれの集落の後ろを指差す。



「攻める予定の集落の背後に既に諜報網を展開させている。『隠密』ヨークのコボルト特殊工作隊とブルーのケットシー破壊工作隊に、それぞれ連絡に走った者を捉えてもらう」



 なるほど……と、タマが地図に顔を近づけて唸る。彼は自分の長槍隊が出来たことで、戦術への興味が出たらしく、貪欲に知識を吸収しようとしていた。


 クレリアの軍幹部に対する戦術講座には欠かさず参加している。



「もし、彼等が捉え損なっても、それがわかっていれば問題はない」

「え、どうしてですかい?」

「それは後で説明する。まず作戦だけれど北の『サーゴ』、南の『ベイカ』を同時に攻める」



 コリーから棒を受け取り、とんとんと、集落を示す場所を叩く。

 それを聞いたキジハタとタマは、首を傾げた。二人は理解できないといった風に顔を見合わせ、キジハタがこちらを向いて口を開いた。



「戦争の基本は戦力の集中では?」

「そう。そして、相手には戦力を集中させないこと。今回の場合、小さい集落は指揮官のオークを倒せば降伏させられる可能性が高い。全部を集中させるのは戦力過剰なの」

「なるほど。拙者達は、オークを真っ直ぐに狙えばいいわけですな」



 クレリアは頷いて説明を続ける。


 他の会議参加者はちんぷんかんぷんといった感じでぽかーんと、口を開いていた。ターフェだけは愉快そうに話を聞いていたが。



「北はゴブリン戦士隊から20名。私と共に北の『サーゴ』を落とす。危険だから志願者で構わない。ケットシー破壊工作隊には私に協力してもらう」



 ざわ……と、会議室がざわめく。シバはクレリアを心配そうに見つめているが……彼女は声に出さず、微笑んで口だけ動かし、大丈夫と彼に笑いかける。



「残り全てのゴブリンとコボルトをキジハタが率いて南の『ベイカ』を落としなさい。こちらにはヨークのコボルト特殊工作隊を付ける」

「承知」



 キジハタは短く応える。

 そして、名前の上がらなかったタマの方は、がたっと立ち上がった。



「あ、姉さんっ! あっしは! まさかお疑いですかい!」

「貴方には重要な仕事がある」



 焦ったように声を上げたタマに、クレリアは座るように手で合図し、威圧感と殺気を込めて睨み付け、黙らせる。



「貴方には南の『ベイカ』にキジハタと一緒に向かう、シバ様の護衛をしてもらう」

「え……シバ様が、戦場にいくんですかい?」



 本当ならクレリアは、自分がシバのことを守りたかった。だが、降伏した相手に確実に命令が出来るのはシバと彼女だけだ。


 作戦で悩んでいたとき、彼が参加を申し出たのである。

 みんなが危険なのに、自分が安全な場所にいるわけにはいかないと。


 皇帝としては問題はある。だが……。



「シバ様っ! いくらなんでも危険ですぜっ!」



 タマが声を張り上げる。本心から心配していることをクレリアは知っている。

 オークリーダーである彼が不当な扱いをされないよう、一番心を砕いていたのは皇帝であるシバだったからだ。



「いいんだ。タマ。僕にはみんなの命に責任があるからね」



 顔を青くしながらもシバは、タマに笑顔を向ける。

 しかし! となおも食い下がろうとしているタマに顔を向け、クレリアは首を横に振った。彼は結構、頑固なのだ。



「タマ。騎士には近衛騎士という存在がある。皇帝が信頼を置く者しかなれない騎士だ。貴方は皇帝の期待に応えなさい」

「う……わかりやした。お任せを。絶対に守りきってみせます」



 暑苦しく男泣きをし始めたタマにクレリアは頷くと、作戦の説明を続ける。



「北と南を抜いたら、両方の集落の降伏した者、全てを引き連れて中央を囲むわ。その前に、ビリケ族に中央に食料と物資を集めておいてもらう。モーブ。詳細は後で紙に書いて渡す。いいな」

「わ、わかりました」



 荒事は苦手らしいビリケ族の青年が、緊張した面持ちで頷く。



「ふむ、中央の集落は数で押すのか」

「違うわ。キジハタ。相手の戦力は分散させて討つ。それが基本と言ったはずよ」



 クレリアは微笑み、キジハタの答えを否定する。そして、彼女の説明を聞いたとき、ターフェ以外の全ての者が言葉を失ったように驚愕していた。



 後にこの戦争は『パイルパーチの戦い』と歴史書に記載されることになる。

 これから長きに渡って続く、モフモフ帝国の戦いの第一歩目として。






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