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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
一章 建国の章
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第十四話 エルキー族との技術交換 前編




 銀髪の美女のエルキー、ターフェが移住してから二ヶ月が経った。


 ある日、クレリアが彼女の住んでいる家を訪れると、男のものと思われる怒鳴り声が家の中から聞こえてきて、ドアを開けようとした手が止まった。


 しばらく部屋の外で固まっていたが、急ぎの仕事は山ほどある。

 急いで終わらさなければ、シバと夕食を一緒に食べられない……なんだかよくわからないが喧嘩如きで邪魔されてはたまらないと思い直し、バタンと遠慮なくドアを開けた。


 中にいた二人の視線がこちらに集中する。一人はターフェ。もう一人は、ターフェと同じ銀髪のエルキーの青年だ。入ってきたクレリアを見ると不機嫌そうに顔を背け、ターフェの方を睨みつける。


 クレリアは記憶を掘り返す。男はシバしか目に入ってない彼女にとって、もふもふ以外の男の名前は中々頭に入らないのだ。


 端正な中にも男らしさが混ざっている美形の青年だが、彼女のタイプからは大幅に外れているため、男としては全く興味がなかった。


 彼はモフモフ帝国との技術交換で来た青年で……確か、コーラル……だっけ? と、彼女は首をかしげながら二人の様子を窺う。



「やあやあ、よく来てくれたね。私のクレリア」

「別に貴女の物ではないのだけれど」



 近付いて頭を撫でようとした手をクレリアは片手で受け止めて、ターフェを下から見上げる。

 彼女は、はぁ~と大きな溜息を吐いてやれやれと、疲れたように首を横に振った。



「すまないね。ちょっとコーラルにコボルト達の真の知識……可愛いらしさを学ぶように、強く言い聞かせたのだが、見てのとおりなんだ」

「貴女に任せた私が愚かだったわ」



 クレリアの本心からの罵りに対しても、恍惚とした表情を浮かべているターフェに心底うんざりしつつも、彼女は用件を伝えることにした。


 性癖を除けばターフェは医者として、かなり優秀だ。長生きしてる御陰か様々な知識も身に付けている。助言は帝国全体の為になるものも多かった。


 彼女にもらっている知識の分は、クレリアもエルキー族に還元したいとは思っているのだが……臣民ではないので干渉しすぎるのも考えものだと、距離を置いていたのである。


 コーラルは自身もコボルト達から学ぶものはない! と来た当初から否定的な様子だったので、ターフェに説得を任せていたのだが、彼女は失敗したと頭を痛めていた。

 可愛さを学べとか、全く何を考えているのか。


 可愛さというのは学ぶものではなく、感じるものだというのに。



「コーラル。話は後だ……で、クレリア。何の用かな?」

「貴女が提案した助手の兼、帝国会議で承認されたわ。今、貴女を自主的に手伝っているグレンとスコティが正式に助手になる」

「ふふ……ふふふふ……ありがとう。クレリアっ!」



 どさくさに紛れて抱きつこうとしたターフェから身をかわしながら、クレリアは話を続ける。



「次のが本題だ。戦場で応急処置の出来る看護隊の教育をして欲しい」



 ふむ……と、ターフェの顔つきが真剣なものになる。彼女の医者としての顔だ。専門家としての彼女は、誰に対しても妥協がなく、常に真剣だ。



「おい、お前っ! 我々の技術を戦争に利用する気か!」

「はいはい、若造は黙る黙る。血の気が多いんだから全く……」



 ターフェがいきり立つコーラルを抑える。

 彼女は殺気すらこもった彼の視線を軽く受け流しながら、クレリアに真意を問い返す。



「戦争は避けられない。ならば、戦死するものは少なくしたい」

「なるほどね。確かに応急処置が出来れば大きく変わる。だが、医者というのは命を助ける仕事なのだよ。戦争の道具にというのはやはり抵抗がある」



 白衣のポケットに手をつっこみながら、屈んでクレリアを正面から見る。

 高さの差が無くとも威圧感のあるその視線からクレリアはぴくりとも動かさない。



「私はなるべく無駄に死なせたくない。味方だけではなく、敵も」

「なるほどね……」



 ふむ……と、頷いてターフェは立ち上がると、豊かな胸の下で腕を組み、悩むように目を瞑る。



「少し考えさせてもらおう。いいかい?」

「わかった」



 用も済んだ。クレリアは踵を返して歩きだし……少しだけ進んだところで振り返る。

 ターフェは真剣な表情のまま、後が残りそうなほど強い力で、クレリアの肩を後ろから掴んでいた。



「私も頼みがあるのだが」

「何?」



 決死の決意……そんな雰囲気が彼女には見える。

 クレリアは簡単に返しつつも、あまりにも必死な様子にどんな頼みがくるのかと身構えた。



「ケットシー族のブルー君……彼を紹介してもらえないか?」

「……は?」

「初恋……そう……初恋だよ! 彼のことを考えるだけで胸が張り裂けそうになって熱くなるんだ……まずは手紙のやり取りからかな? なな、どうしたらいいと思う!?」



 真面目に聞いて損した……と、クレリアは大きく溜息を吐く。



「今度、ブルーが帝国に戻ったら紹介する。後は勝手になんとかして」

「ほんとっ! さすがクレリア……あ、手伝ってよね? ね?」



 やっぱりここには余り近づきたくないなあ……と、クレリアはげんなりしながら、すがるように抱きついてくるターフェを引きはがしていた。



 ターフェの家から出たクレリアは残る仕事をこなすために次の場所へと向かった。


 彼女の仕事は多い。今日だけでも新たな防衛施設の建設予定地の視察と、生産物を作る技術者の視察とビリケ族との相談、訓練の視察が残っている。


 さらに書類仕事も残っている。無計画に進めていくわけにはいかないためだ。


 いろんな提案の中には実行して失敗する提案もある。それを次の計画に生かすには、何故失敗したかをみんなが知るための記録が必要となる。記録は書記長のコリーがコボルト語で付けているが、彼女はその全てに目を通し、正しいことを確認し、サインをしなければならない。


 シバも協力できるようにと一生懸命学んでいるが、まだまだだ。


 忙しいが、少しずつ理想に向かって進んでいる確かな手応えがある。

 だから今日も彼女は足取り軽く、次の仕事先へと向かっていたのだが、今日は後ろからエルキーの青年がターフェの家からついてきていた。


 何も喋るでもなく、ただ後ろをついてくるのが気になり、クレリアは立ち止まって振り返る。彼も足を止め、クレリアを不機嫌そうな顔で見下ろす。



「ふむ……コーラル殿、何か用かな」

「今日はお前の後ろについて仕事を見るように命令された」

「命令?」



 首を傾げる。命令した相手……というのはターフェに間違いないのだが、なぜ彼女が命令を……と、不思議に感じ、クレリアは彼に思わず聞き返した。



「彼女はエルキーの中でも偉いのかな?」

「……我々、エルキー族の中には十人の長老が全ての決定権を持っている。姉さん……いやターフェ様は……長老の一人だ。最年少のな」



 なるほど。だから彼はここに送られたのだ。左遷と考えているのかもしれない。

 恐らくエルキー族の中ではそれは正しいに違いない。


 クレリアはおかしくなって顔を伏せて笑った。



「何がおかしいっ!」

「すまない。馬鹿にしているわけではないのだ。君は運がいいと思ってな」

「運がいい?」



 黙って頷く。帝国の良さを知って学んでもらえれば、エルキーの延命に繋がる。

 ターフェも一応はちゃんと考えてくれていたらしい。クレリアは頷き、真っ直ぐに背の高いコーラルを挑戦的な笑みを浮かべて見上げた。



「まずは見てくれ。そして、質問して欲しい。私に不備があれば指摘してくれて構わない。ターフェは幾つも指摘していたが……君にも期待して構わないのだろう?」

「む……当然だ。私はエルキー族なのだからな」

「よろしい。案内させてもらおう」



 若いなぁ……とクレリアは思いながら、胸を反らせている彼についてくるように促した。



 まずは防衛施設の建設現場に向かう。


 防衛施設といっても複雑なものではない。物見の櫓と、矢を防ぎ相手の侵入も防げるよう、木を十字に組んだ高い柵だ。人口が増え、住む場所を増やせば守る場所も増える。


 ゴブリン達が木を伐採し、コボルト達が加工する。それをゴブリン達が組み合わせて指定された場所に運んでいく……そんな分業制だ。

 これはクレリアが教えたわけではなく、彼等は自発的に考えている。


 私にぬかりある点を指摘するために、コーラルは私から離れ、仕事をしている者達の近くまで行って一つ一つの作業を、かなりの時間を掛けて確認し戻ってくる。



「本当に心から協力しているな。コボルトとゴブリンが……異様な光景だ」

「何のための物かはわかる?」



 コーラルは口に手を当てて考え込むような仕草を見せ、顔を上げる。彼の表情には馬鹿にしているような色は無かった。純粋に好奇心を刺激されているようだ。


 そうでないと困る……クレリアは使えそうな奴だと彼の評価を少しだけ上げた。



「恐らく入口にあった、あの長くて深い溝……あれと組み合わせて柵は使うのだろう。その用途は……そうか。奴等は徒歩だ。溝と柵で防ぎ、弓で狙うわけか」

「後、石もね」

「近づけてもゴブリンに斬られるな。良く考えられている……はっ! 一般論だぞ? 別にお前達を認めたわけではない」



 何故か悔しそうなコーラルにクレリアは気にもせずに頷いて、次に行こうと促した。





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