第十三話 初めての建国祭
帝国が建国されて丁度一年目となる記念の日、この日は帝国会議において建国祭が行われることが決められていた。シバとクレリアは開催準備には参加してはならないという決定が会議ではされており、二人はどんなことをするのか知らされていない。
今二人は自宅で、準備をしながら誰かが呼びに来るのを待っている。
「大丈夫でしょうか。シバ様」
「あはは、心配しすぎだよ。みんなを信じよ?」
はらはらしている様子で椅子に座っているクレリアとは対照的に、シバはのほほんとした笑顔を浮かべながら楽しそうに、複雑な刺繍が施された、真紅のふわふわスカートなドレスを着たクレリアの長い髪を櫛で梳いている。
今日はケットシー族の服飾を担当している職人が、コボルト族の職人と組んで二人のための衣装を用意してくれている。その際、クレリアが話した人間達の衣装に関する情報も生かされており、それを完全に再現した職人達の実力に、彼女は心底驚いていた。
「うん、こんなところかな。クレリア、すっごい似合ってるね!」
にこにこと笑顔で尻尾を振っているシバも今日は、短めの黒いズボンに白いシャツの上から黒を基調とした上着を着ており、蝶ネクタイを付けている。
こちらも職人達がシバのために用意した服で、子供服っぽい感じで格好いいというよりは可愛らしいといった形容が似合う雰囲気だったが、クレリアの趣味にはぴったりとはまっていた。
クレリアは背中の後ろで髪の手入れをしてくれているシバの服装を思い出し、コボルト達とケットシー達の素晴らしい仕事っぷりに最高の賞賛を送りながら、微笑んでシバに言葉を返す。
「シバ様も似合っておられます」
「ほんとっ! 実は似合ってないんじゃないかって、びくびくしてたんだ」
櫛をクレリアの身嗜みを整えるための道具を収納している棚に戻し、満面の笑みを浮かべながら、彼もクレリアの前に椅子を置いて座った。
「おい、クレリア。シバ様、用意できた……ぞ?」
しばらく二人で談笑していると、ドアをノックして銀髪に何時も通り白衣を着た女性のエルキー、ターフェが二人に準備を終えたことを伝えに来た。
彼等の姿を見たターフェはピシっと硬直し、眼鏡を外すと、目元をこすり、もう一度眼鏡を掛けなおし、指で眼鏡を弄りながら、ふふ……と、妖しく笑う。
「頼みがあるのだが……抱きしめるぞ? いいよな? 誘ってるんだよな?」
「それは頼んでるとは言わない。皆が待ってるなら早く行く」
「うう、冷たい……いやぁ、そこもいいなぁ」
うっとりしている残念な銀髪美女のターフェを放置し、クレリアはシバの手を取って行こうと促す。
シバはターフェが来た当初は彼女に怯えていたが、最近では慣れたのか、彼女を気にせずに頷き、クレリアと手をしっかり繋いでみんなが待つ広場へと歩いていった。
帝国中央広場ではわいわいがやがやと、既に全員が集まっていた。
モフモフ帝国の臣民は順調に増えており、流石のクレリアも顔と名前が一致しないもふもふが存在している。普段、こなしている激務がなければ覚えていただろうが。
その点、シバは全臣民の顔と名前をしっかりと覚えていた。
元々の友人であるケットシー族だけでなく、ゴブリン達やビリケ族、オークのタマとも種族分け隔てなく積極的に話しかけているからだ。
広場に到着すると、二人は割れるような拍手で臣民達から迎えられた。
執事兼書記長であるコリーが右手をザッと上げると、その拍手がぴたっと止まる。
そして彼はよろよろと二人の前に出て、ごほんと咳払いをした。
「モフモフ帝国建国は今日で一周年ですじゃ! まずは、皇帝シバ様から一言もらうですじゃ」
少しだけ緊張したように強ばりながら、コリーはみんなに聞こえるように大声を出し、用意してある台をシバに勧める。
シバは、え? と驚いていたが、頷いて台の上に登った。
クレリアは台の上で照れているシバを眺めながら、なんだか嬉しそうだと思っていた。恥ずかしいけど、緊張している……というわけではないようだ。
「みんな、建国祭を開いてくれてありがとう。建国したあの日にいた仲間に、新しい仲間が加わって……賑やかになって嬉しいよ。来年はここにいるみんなと、また新しく加わってくれた人で楽しめるように頑張ろう。こんな感じでいいかな?」
微笑みながらシバはコリーを見る。少し皇帝らしくなったかな……と、クレリアは彼の挨拶を聞きながら、可愛くて格好良くなってきて最高だなあと頷いていた。
「続いてクレリア殿、お願いしますじゃ」
「私も?」
コリーがうるうると瞳を揺らしながら彼女にこくりと頷く。
どうやらシバの演説に感動して泣くのを我慢しているらしい彼に台を勧められて、シバと同じように台に上る。
彼女は言葉を探す。クレリアには軍を鼓舞したり、何らかの狙いがある時以外に演説はしたことがなく、台の上に立って話す言葉が思いつかずに立ち尽くしてしまっていた。
「固まるクレリアかわいい~~~~」
背が一人だけ周りに比べると少し高くて目立つエルキーの真顔での声援で力が抜け、苦笑いしながらクレリアは気楽にやろうと心に決め、全員が見えるように顔を上げる。
「今年は昨年以上に厳しい年になる。だが、私は皆の協力があればどんなことでも乗り越えられると信じている。明日からまた大変な日々が始まるが……今日だけは全てを忘れて楽しもう」
小声でクレリアはコリーに堅い話しか出来なくて悪いなと謝罪しながら、シバの隣に歩いて行こうとして……広場に集まる魔物の大人達を掻き分け、前に出てきた各種族の子供達に彼女は囲まれてしまった。
たくさんいる子供達の中にはクレリアに噛み付いたコボルトや、誘拐されたケットシーの子供の姿も見える。帝国に住むようになってから食生活が改善されたからか、彼らの毛並みも綺麗になり、ふっくらと見えるようになっていた。
彼等はみんな誇らしげな表情をしながら、ぴょんぴょん飛び跳ね、
「クレリア様っ屈んで屈んで!」
「屈んで~」
と、クレリアに声を掛け、彼女は何かわからないが至福の喜びを感じながら屈む。
すると、ぱさっ……と軽い物が頭に乗せられたのがわかった。
「はいっ! クレリア様。ぼく達からっ!」
「これは……花輪? ふふ、ありがとう」
子供達が自分のために作ってくれたのだと理解し、彼女は彼等と目線を合わせて微笑み、お礼を言う。人間の時には下心ある者からは大輪の花束を送られていたが、もらった嬉しさは比べられないほど、その小さな花輪の方が大きかった。
子供時代は傭兵生活で剣の修行ばかりだった上、大人になったら子供には怖がられることが多かったのも、その嬉しさに拍車を掛けている。
わーっ! と、喜ぶ声を上げて走り去っていく子供達を見ながら、彼らのためにももっとがんばろうと、更にクレリアは心に誓っていた。
「さて、今日は食事を多く用意しておるのですじゃ。ビリケ族から祝いの酒も届いておる。皆、楽しんで欲しいですじゃ」
コリーが最後にそう締めくくると、広場では再び歓声と拍手が湧き上がった。
同時にケットシー族の楽士達が笛を奏で、コボルト達が弦楽器を拙い手付きで弾き、ゴブリンがリズムを取りながら小さな太鼓を叩き、オークのタマが不承不承と行った表情で、だが、しっかりと練習したことを思わせる動きで大太鼓を叩く。
明るい雰囲気の音楽が広場に響き、楽器を弾かない者たちは振る舞われた料理を食べたり、酒を飲んだり、音楽に合わせて一緒に手拍子を打って思い思いに楽しんでいた。
「うわぁ……すごいなぁ。みんな練習したんだっ!」
シバはそうやって無邪気に喜んでいるが、クレリアはそんな信じられない光景に呆然としていた。だが、すぐに自分の理想の一端がそこにあることに気付く。
「シバ様。混ざりに行きましょう」
「うんっ!」
彼女はシバの手を引いて楽器を弾いている者達に近づき、手拍子をする。
みんながその光景を当たり前として楽しんでいる……それは奇跡に近い光景だった。
こうして、モフモフ帝国の新しい一年は始まる。
本格的な戦いの予感を肌で感じながら、それでも彼らは今を楽しんでいた。