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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
一章 建国の章
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第十二話 エルキー族の医師




 『死の森』東部を完全に抑える準備を続けているモフモフ帝国であったが、勝利を確実なものにするために必要な条件は実は食料以外にも存在していた。


 まず、オークの本国が本気でモフモフ帝国を落とそうとしないこと。もし全力で攻めてきたら相手の戦力にもよるが、厳しいことになる。

 この点はエルキーに負けたばかりなこともあり、そこまで可能性は高くないとクレリアは考えている。


 次に、東部制圧に動いている間、オーク達の本国から攻められないようにする必要がある。もし、攻め落としに掛かっている時に攻められたら軍を戻さなくてはならなくなる。


 この二点が最も重要な点だが、もう一つ必要なものがある。

 それは医学と薬の知識だ。


 勝利したとき、怪我をした者達を治療できる知識がなければ大きな戦いになればなるほど、本来助かる者が死んでしまうことになる。クレリアとしてはそれは避けたかった。


 これらの点を解消する方法が彼女には思い浮かばず、帝国会議で相談したところ、ビリケ族から出向している政務官、モーヴからエルキーから買う薬の量を増やしたらどうかという意見が出たのである。


 モーヴの意見は薬に関する問題への解決法の提示だったが、重要な問題であるオークの足止めも出来るのではないかとクレリアは思い付き、薬の取引量を増やすのと同時に彼等と外交交渉を行うことを決めていた。


 エルキーへの使者については皇帝であるシバが行くと言い出し、会議が紛糾したが、まずは様子見ということでクレリアがエルキーに助けられた二人のコボルトと共に向かうことに決まった。



「クレリア様、あそこですっ! あそこが、ターフェ様の家です!」

「聞いていたエルキーの集落から、ちょっと遠いのね」



 そして今、クレリアはお礼の品物を持って、お供をしている長毛わんこ二人を助けたエルキーの家を訪れていた。


 お礼をすると共に、まずはその人からエルキー達の長老を紹介してもらおうと考えたのである。クレリアは、愛するもふもふを助けてくれたことを本心から感謝していたが、彼女はそこはそれ、と相手を利用することを割り切れる元人間であった。



 森の間に建てられた小さな家の扉をドンドンとノックすると中から、人間の女性と似た雰囲気の白衣を着て、眼鏡を掛けた女性が中から現れる。クレリアは一瞬何故人間が……と驚いたが、すぐに彼女が人間でないことに気付く。


 眠たそうな顔で出てきた銀色の長い髪に暗褐色の肌を持った彼女は、明らかに人間とは異なる点があったのである。耳が人間よりも長く、尖っていたのだ。


 鋭い目付きがきつそうな印象を与えるが、ターフェは相当な美貌の持ち主だった。髪の色のこともあり、かつての自分を思い出してクレリアは眉をひそめる。


 相手も何か気に入らないものを感じているのか……と、値踏みするようにじぃ~っと自分を腰を屈ませて見つめているエルキーの女性をクレリアは見つめ返していたのだが、



「ふむ」



 と、エルキーの女性……ターフェは無表情で頷いて一歩近づくと、がばっ! とクレリアを思いっきり抱きしめた。

 いきなりの反応に流石のクレリアも回避できずに捕まってしまう。



「きゃー! 何これっ! 可愛いっ!」

「ちょ、苦しい! は、放して!」



 ターフェの腕の中でクレリアは混乱してじたばたと暴れるが、がっちりと彼女は掴んで放さない。にやけ顔で頬ずりまでされ、耳と尻尾の毛が逆立って力も抜けてしまいそうになるが……なんとか強引に引き離した。


 力づくで引き離された彼女はフフフフフ……と妖しく笑いながら、眼鏡を人差し指で位置を調整するように触りながら、呟く。



「グレンちゃんとスコティちゃんも可愛いけど……この、絶対懐かなそうな、彼女もいいわね……冷たい目で見つめられると、こう、ぐっ! とくるわ。犬……じゃなかった、狼なのに猫っぽいところがまた……」



 クレリアは、はぁはぁ……と荒く息を吐きながら、二人のコボルト……グレンとスコティの方を見ると、彼等は諦めたような表情で首を横に振っていた。



「貴方がターフェ殿ですか? この度は同胞を助けて頂き有難う御座いました」



 クレリアは内心、この女はとんでもない変態だ! と憤慨しながら、それは表情には出さず、冷静に当初の目的を果たすべく、一礼して頭を下げる。



「動きが洗練されてるし……はっ! あ、ああ、気にすることはない。私は医者だからな。怪我をしている者がいれば助ける。それだけだ。それに、可愛いし……」



 誤魔化すように一度こほんと咳払いをして、ターフェは照れくさそうにうむうむと何度も頷いた。クレリアは冷めた目で、重症だな……と心の中で呟いていた。



 中に案内されると、家の中は薬草とハーブの香りが漂っていた。調合台の側に置かれてる大きな棚には種類別で沢山の薬が置かれている。



「座りたまえ。足元には気を付けて」

「失礼します」



 ターフェに勧められ、クレリアはテーブルを挟んで向かい合うように座る。

 そして、ターフェはグレンとスコティに薬草茶を入れるように指示し、彼等も慣れた様子で水を汲み、湯を沸かしててきぱきと用意を行っていた。



「コボルトは実に優秀だな。助けたのは気まぐれだったのだが」

「そうですか」



 クレリアはちょこちょこと動き回る彼らを微笑ましく見守りながら、彼女にそう短く返す。ターフェも二人の方をじーっと射抜くように見つめていた。


 しばらくして、テーブルに人数分のお茶が置かれ、用意してくれた二人も脇に並んで座る。ターフェは二人に礼を言うと、クレリアの方を真面目な表情で向く。



「君はコボルトでもハイコボルトでもないようだが?」

「わかるのですか?」

「ああ。微妙に違う……まあ、どうでもいいがな」



 そう応えて、ターフェはフフ……と笑みを浮かべる。そんな彼女の笑顔にクレリアは何故か身の危険を感じ、背筋に寒気が走った。


 帰りたくもなったが、話をせずに帰るわけにもいかないため、本題を切り出す。



「今日こちらを伺ったのは、勿論二人を助けていただいたお礼もあるのですが、薬の取引量を増やして頂きたいと考えたからなのです」

「ふむ……何故かね。君たちの人口を考えると現状でも十分だと思うが。コボルト族は確か100名そこそこだろう?」



 腑に落ちないといった感じでターフェは首を傾げる。



「いえ、現在モフモフ帝国は350名程の人口があります」

「ん? モフモフ帝国?」



 訝しげな眼でターフェはクレリアを見る。ふむ……と、内心クレリアは呟く。彼等は排他的な種族だとは聞いていたが、ビリケ族からも情報を取り入れていないらしい……そう考え、彼女はきちんと説明することにした。



「はい。コボルト達はオークに支配されることを良しとせず、立ち上がりました」

「うーむ。臆病なコボルト達が……意外だな」



 急に見られたグレンとスコティがびくぅっ! と震える。



「魔王候補のシバを中心にゴブリンを撃退、ケットシー族の協力も得て、勢力を広げています。一年もあれば、東部はオークから取り戻せます」

「コボルト族だけでなく、ケットシー族も?」

「はい。帝国では種族の区別なく、平和に暮らしています」



 うむむ……と、ターフェは唸り、俯く。葛藤があるようで悩んでいるようだ。信じられないのかもしれない……そう、クレリアは思っていた。無理もない。



「確かケットシー族の族長は、ハイケットシーだったな。会ったことはあるか?」

「ええ。ブルー様は協力してくれてます」



 おおっ! と声を上げターフェはテーブルに身を乗り出そうとして……もう一度椅子に座り直し、眼鏡の位置を直すと、睨みつけるような真剣な眼でクレリアを見た。



「その……ど、どんな容姿だ?」

「私より少しだけ背が高い、可愛らしい少年です」



 ふむ……と、呟くとターフェはトントン……と、指でテーブルを落ち着かない様子で叩き始める。



「それで、モフモフ帝国はエルキー族とどんな関係を望んでいるのだ?」

「出来れば同盟を。無理ならオークを倒すまでは共闘を……それが無理でも、薬の仕入れの量を増やしていただければ」



 そこまで告げて、クレリアは黙った。ターフェは目を瞑って黙り込む。しばらく凍ったような時間が流れ……彼女は目を開けると笑って頷いた。



「いいだろう。私から長老を説得しよう。同盟は難しいかもしれないが……共闘はなんとかなるだろう。我々は攻める気はないが、オークを放置するのは愚策であるくらいは誰もが理解している。但し……条件がある」

「伺いましょう」



 クレリアは身構える。オークより遥かに強力な魔物で、かつ、長い寿命を持つ彼等が望むもの……それが予測できなかったからだ。

 帝国のためにも断るわけにはいかないが、あまりに無茶であれば受けるわけにはいかない。そうなると、エルキーとの関係は絶望的になる。

 彼女の背中に冷や汗が流れた。


 ターフェは視線をグレンとスコティに向け、微笑む。



「何、難しいことではない。私のモフモフ帝国への移住を認めて欲しい。私は自分で言うのはなんだが優秀な医者だ。役に立つぞ」

「よろしいのですか?」



 思いがけない要求に、クレリアは首を傾げる。だが、ターフェは苦笑しながら頷いた。



「まあ聞きたまえ。私はな。最近まで実に無価値な生を営んでいたのだよ。何にも感動できず、ただただ無感動に生きていたのだ」



 自分を落ち着けるように薬草茶を一口飲んで彼女は続ける。



「薬草学を学び、調合し……仲間が怪我をすればそれを癒す。それだけの日々だ。私は常に疑問を抱いていた。部族の中でも優秀と言われながら……それもむなしく感じていたのだよ。怪我をしたそこの二人が来るまでは」



 ターフェはグレンとスコティを優しい目で見つめた。



「私は他の種族を短命で無能な種族だと思っていた。だが、彼らを助け、その働きを見ると考えが変わったのだよ。彼等は優秀な上、実に生きることに必死で、その姿は私に初めての感動を与えたのだ」



 そして今度は興奮したようにテーブルに身を乗り出し、クレリアの間近まで近付く。



「そして……私はついに世界の真理を知ったのだ」

「ふ……ふむ、その真理とは?」



 ターフェは眼鏡を畳んでテーブルに置き、立ち上がるとその秀麗な顔に自信に満ちた表情を浮かべる。エルキー族として、長い生を生きてきた中でようやく見つけたという喜びが表情から見て取れた。



「可愛いということは、感動を与えるのだということだっ!」

「なるほど、それは真理だ」



 おお、理解できるか! と、がしっ! と勢い良く両手で手を握ったターフェに何を当たり前のことを……という、呆れながらクレリアは頷いた。

 やっぱ、こんな変態にはあまり来て欲しくないなぁと内心思いながら。



 クレリアはこの時、気付いていない。

 魔王候補であるシバを除き、彼女にとって最も長い付き合いとなる相手になることに。





モフモフ帝国元年 モフモフ帝国初年度報告



1月 クレリア大元帥、モフモフ帝国軍を編成。同時に防衛計画を策定し、

   シバ皇帝と共に防衛体制を整える


2月 『剣聖』キジハタ率いるゴブリン軍が来襲。モフモフ帝国は防衛計画に従い、

   ゴブリン軍を撃退。クレリア大元帥、キジハタを一騎打ちにて撃破

   人質にされていたキジハタの集落を解放。モフモフ帝国に加入

   キジハタ、シバ皇帝から剣を受け取り、忠誠を誓う。剣術師範に


3月 『帝国会議』が設置される。人口増加による食料対策として農業政務官が

   任命され、農場の研究が始まる

   『隠密』ヨークを主とするコボルト探索隊の設立


4月 ビリケ族との交易が始まる。ビリケ族の協力の元、産業開発が始まる


7月 人口増加によるモフモフ帝国拡張計画が策定される

   交易による鉄製品入手、革製品の開発など、武装の強化計画が進められる

   『死の森』東部地域、少数部族救出計画、治安回復計画が進められる


8月 ケットシー族、モフモフ帝国の一員に加入。ケットシー族の魔王候補ブルー、

   シバ皇帝に魔王候補の能力を譲渡。

   少数部族救出計画により、モフモフ帝国の臣民が大幅に増加

   キジハタ門下のコボルトを中心にコボルト特殊工作隊創立

   ケットシー族による破壊工作隊の創立

   各地に散らばるケットシー族による諜報網の確立


10月 農場の成果を確認。将来の人口増を見越した農場の拡張が始まる

    モフモフ帝国初の異種族間結婚が行われる

    クレリア大元帥、東部制圧作戦を発表


11月 エルキー族との交渉開始。エルキー族の医師、ターフェがモフモフ帝国に加入


12月 エルキー族との間に共闘協定と技術交換協定が結ばれる。協定に従い、

    コボルト族、ケットシー族各二名がエルキー族に、エルキー族から一名が

    モフモフ帝国に派遣される



『モフモフ帝国建国紀──建国の章── 初代帝国書記長 コリー著 より抜粋』




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