第十一話 もう一人の魔王候補
クレリアがケットシー達の集落から戻ると、すぐにケットシー達を歓迎するための式典が、帝国の中央広場で行われることになった。
魔王候補であるブルーを丁重に迎えて、犬猫一緒にもふもふ頑張ろう! という趣旨のイベントだ。クレリア的には。
もちろん他のみんなは新しいゴブリン達もタマも無邪気に歓迎していた。
帝国中央広場は以前より大幅に拡張されている。帝国の人口が急激に増えたからだ。
中央付近にあったシバの家も現在では取り壊されてしまって、今では彼とクレリアは新居に移っている。その際、別に建てようという意見もあったが、警備上の理由と自分の建物より他の住人を優先するようにとの彼女の命により却下されている。
新居はクレリアの我侭も大分取り入れられており、新しい愛の巣に彼女はご満悦であった。表向きは無表情だが。
それはさておき、帝国の中央広場ではシバとブルーが帝国臣民全員が見守る中、握手をして話をしていた。会話は少ないが穏やかな雰囲気で、二人とも緊張している様子はない。
「シバ……久しぶり……」
「うん! ちゃんとブルーに会えて嬉しいよ」
「ん……助けてくれて……ありがと……」
嬉しそうに尻尾をブンブン振って抱きつかんばかりなシバと違って、ブルーはぼんやりした様子で猫耳をピコピコ動かしながら、ぼそぼそと話している。
怪盗ロシアンの扮装をしているときとテンションが大きく違うが、クレリアはどっちもいいなぁとあまり気にはしていない。
犬と猫の少年同士のほのぼのした様子をクレリアもみんなも穏やかな気持ちで眺めていたのだが……急に二人を竜巻のような風が包んだ。
辺りからは悲鳴が上がり、クレリアは咄嗟に二人を助ける為に竜巻のような風の中に飛び込んでいく。だが、その風もすぐに収まってしまった。
クレリアは二人の無事な様子にホッとしつつも、怪我をしていないかを確認するために声を掛けた。
「シバ様、ブルー様……ご無事ですか?」
「ごめん……あんなになるとは……知らなかった。今のは……僕……」
ブルーが眠そうな眼でクレリアを見て頭を下げる。猫耳が目の前に来て、触りたいのを我慢しながら彼女はブルーに何をしたのかを尋ねた。
彼は頷き、ゆっくりとした口調で事情を説明する。
「魔王候補の力を……シバに……譲った……」
「ええっ! そんな! ダメだよっ!」
ブルーの説明を聞いて、シバが驚きの声を上げた。だが、ブルーは首を横に振る。
「今のままだと……オークの魔王候補に……勝てないから……」
「ブルー……」
「シバなら……任せられる……みんなを……お願い……親友……」
耳をぺたんと寝かせ、髪の毛と同じ褐色の瞳を潤ませながら、シバはわかったよ。と頷いた。
クレリアは貰い泣きしそうになりつつ、ケットシー族は虎じゃなかったんだ……と、見当違いなことを考えていた。
ケットシーのブルー達の協力が得られるようになってから二ヶ月の時が流れ、定例の帝国会議に参加する者も前回よりも増えている。
いつも通りに皇帝であるシバが全員の参加を確認すると開催を告げ、メイド兼事務長である、ふさふさコボルトのポメラに報告を始めるように促した。
「それでは、報告します。」
人口……コボルト族189名、ゴブリン族117名、ビリケ族5名、ケットシー族42名、オーク族1名
戦力……ゴブリン戦士隊50名、コボルト弓隊60名、コボルト特殊工作隊10名、ケットシー破壊工作隊20名、ケットシー諜報網(東部、北東部、北部)
武器……鉄製武器の輸入、革製防具生産開始、罠生産開始
交易……東部の治安改善、北東部ルート開拓中
食料……第一回収穫完了。人口増加により水路作成、農場拡張は必須
生産……楽器作成(ケットシー族技術)、罠(ケットシー族技術)
士官……ブルー(ハイケットシー)、シャム(ケットシー)、タマ(オークリーダー)、カナフグ(ゴブリン)
政務……ソマリ(ケットシー・産業)、ワニギス(ゴブリン・農業)、トラギス(ゴブリン・農業)
シバの能力……大幅な魔力増加、クレリアの能力増加、天候予測能力取得
「私からは以上です。続いてクレリア様からの報告があります」
ポメラがクレリアの方を向いて頭を下げ、席に座る。クレリアは頷くと、集まっている者たちの顔をゆっくりと見回し、現在得ている状況を説明するために立ち上がる。
「モフモフ帝国は東部、北東部の反オーク派の者達を仲間に迎え、人口が増えてきている。まずは、異なる種族をまとめるために共通のルールを考えたいと思う。これは各部族の代表で話し合うこととする。代表は各種族、話し合って決めるように」
クレリアが皇帝であるシバとも話し合って決めたことだ。ただ、その中身に関しては部族の代表者達に話し合って決めてもらうことになっている。
人口の少ない内は問題もないが、魔王を目指す以上、異種族間の問題は起こってくるだろうと考えたのである。
「続いて私が拾ってきたタマからの情報」
全員の視線が一番末席で縮こまっている、イノシシ頭の巨体のオークに集まる。
コボルトやゴブリンにはオークには勝てないという意識を持っている者が多いため、あえてクレリアはモフモフ帝国に彼を加入させていた。
彼の仕事は主に、コボルト族やケットシー族、ゴブリン族の子供の世話と戦士達の訓練相手である。
クレリアから、「私に勝てれば解放してあげる」と言われてタマは彼女に挑み続けたが、魔王候補の能力譲渡、人口増加による能力増加と差は更に拡大してしまい、現在では完全に屈服し、彼女のペット扱いだった。子供達からは頑丈な遊び相手として親しまれている。
「モフモフ帝国の東に、オーク達の東部の拠点がある。人口は大体300人くらい。あと周囲に人口100人くらいの集落が三つ。これを落とせば東部は完全に安定する」
ここまでは大丈夫? と全員を見渡すと、農業担当の長くて白い毛のコボルト、ダックスが緊張で震えながらビシッと手を挙げた。
「ちょちょま、ま、待ってください! 今はしょ、しょ食料がたり、足りなく! すいませんすいませんっ!」
震えながらもしっかり意見を言ったダックスにクレリアは微笑む。可愛いなぁと。
「いいのよ。ここは話し合う場だから。みんなも疑問があったら発言して欲しい。ダックスの指摘の点だけど、これからも人口が増えると思う。攻めるのは次の収穫後ね。大変だと思うけれど、農場を新たに整備しつつ、食料は余裕を持って蓄えて欲しい」
「りょ、了解です!」
農業関係の政務官達と魔法で土木工事を行うシバがコクコクと揃って頷く。
慌てずとも時間があれば東部に関しては有利になるとクレリアは考えている。とはいえ、オークと闘うエルキーの件があるため、あまり時間は掛けられない。
状況の変化に対応するには情報が必要でコボルト族の『隠密』ヨークの探索隊とケットシー族の諜報網の存在は、彼女にとって大きな助けになっていた。
定例の帝国会議も終わり、一緒に見回りをしようとしていたクレリアとシバは、ゴブリンの『剣聖』キジハタから呼び止められた。
いつも落ち着いた行動をしている彼が走ってきたため、シバとクレリアは顔を見合わせて首を傾げ、立ち止まる。
「キジハタ。どうしたの?」
「いや……その……タマ殿が来てくれたお陰で対オークの訓練は順調に進んでいる。拙者も修行に身が入って助かっている」
「それは、報告で聞いた」
慌てた様子のキジハタに、クレリアは眉を寄せる。
何時も実直でキビキビしているキジハタはもじもじしながらも、覚悟を決めたように話し始めた。
「あー……その……クレリア殿が居らぬ間に……その……コボルト族のトイ殿と……恋仲になってな。出来れば嫁に……と」
クレリアの思考は止まってしまった。
え、え、それってありなの? と内心混乱しつつ、シバを見ると彼の方は結構冷静で、話を聞いてもにこにこ嬉しそうに笑っている。
どう返せばいいのか彼女が迷っていると、一匹の小柄な短目の毛のわんこがキジハタに走ってきてぴたっと寄り添うようにくっついた。
「あ、えっと……二人とも両思いなの?」
「うむ」
「はいっ!」
真剣な表情で二人とも頷く。
真面目な交際なんだと彼女が困っているとシバが微笑んでぱんっと手を叩いた。
「じゃ、お祝いしないとね。お祝いの音楽とかケットシー族にお願いしよ?」
「おおっ! シバ様! お認めいただけますかっ!」
「うんうん。好き同士ならいいよ」
尻尾を振りながら軽い様子で笑っているシバを見て、クレリアは魔物は好き同士なら異種族でもいいんだ……と、感心していた。
ま、キジハタは悪い男ではないしいいかと、クレリアも微笑む。
「なら、シバ様。ケットシー族に音楽を教えてもらってみんなで祝いましょう」
「あ、うん。それいいなぁ。流石クレリアだね」
クレリアが提案すると、にかっと満面の笑みでシバは頷く。そして、彼はいいことを思いついたと言った感じにあああっ! と叫び、手を叩く。
「モフモフ帝国に参加してる種族みんなで楽器を引いたり一緒に歌お? 僕が魔王になれたら……みんなで音楽したり歌ったりするんだ……楽しそうだよね!」
そうですね。とクレリアは頷く。難しい目標だと思う。
だけど、クレリアは不可能だとは思わなかった。何より彼女の目標に近い。
もふもふオーケストラ。クレリアに新たな野望が生まれた瞬間だった。
ちなみに今日の話を後で執事兼書記長のコリーに話したところ、
「前代未聞ですじゃぁぁぁぁぁ!」
と、叫んだかと思うと、彼はシバに掴みかかる勢いで説教をし始めてしまった。
まぁまぁ、と耳をぺたんと寝かせて苦笑いしながら、コリーをシバが宥めるという珍しい光景が彼等の新居の中で夜遅くまで繰り広げられることになる。
当たり前のことではないらしい。
クレリアは二人のやりとりを微笑ましく思いながらも、本当に大丈夫なのかなぁと、心配していた。