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番外編 それゆけ兵器開発局




 オーク族との大戦争終結から数年。

 

 死の森の北に位置するガルブン山地とモフモフ帝国の交易は日増しに活発なものとなり、街道沿いの集落では物々交換が活発に行われている。

 元々は戦争で多くの命を失い、寂れた集落となっていたこれらの集落は、様々な種族からなる新しい住民を得て、戦争前以上の賑わいを見せていた。


 住民達にとって戦争は既に過去のものであり、戦禍の傷跡は何処にも見当たらない。

 彼らの表情は一様に明るく、飛び交う取引の声は活力に満ちている。



「ふざけおって……ふざけおって……っ」



 そんなモフモフ帝国の東部を南北に貫く主要街道を背の低い、ガッチリとした体格の無造作に伸ばされた長い髭の男が、小さな木の板を握り締め、ブツブツと独り言を呟きながら不機嫌そうにのっしのっしと歩いていた。

 コボルト並みに小柄な男の健康そうな浅黒い身体は分厚い筋肉で覆われており、腕力を必要とする職に付いているであろうことは、誰の目にも明らかである。


 住民達は彼が通ると驚いて振り返り、慌てて道を譲り、または好奇の視線を投げ掛けていた。


 慌てて道を譲るのは彼の表情が憤りに満ちたものだからであったが、振り返ったり好奇の視線を向けられた大半の理由は彼が本来モフモフ帝国にいるはずのない種族だったからだろう。 


 遥か昔、無秩序であった魔王領を纏め上げ、人類との大戦争を引き起こした初代魔王。その覇道に協力した”闇のドワーフ”とも呼ばれている鍛冶の種族、ドゥーケン族。

 ガルブン山地の鉱山を住処とし、その一生を鋼や鉄と共に過ごすと言われている彼らが山を降りることは、物好きなエルキー族が故郷を捨ててモフモフ帝国に住み着くくらいには珍しいことであった。


 足早に歩く彼の持つ小さな木の板に書かれている内容を見た者はいない。

 だが、その木の板がモフモフ帝国の政務官が連絡に使う規定の木の板であることに気付く者は多少は存在していた。



「ドゥーケン族か。珍しいな。使者を彼らに立てたという話は聞いていないが……」



 二年ぶりの休暇中に、たまたまモフモフ帝国の旧首都であるラルフエルドですれ違った、その少数の一人であるエルキー族出身の生真面目で心配症な青年、コーラルは僅かの好奇心と何故か無駄に溢れている帝国への義務感から、その不審者を追跡することにしたのであった。



「仕方がないな。怪我人を出すわけにもいくまい」



 コーラルは一つ頷くと端正な顔に疲れを見せて溜息を吐く。

 ドゥーケン族は腕力だけであればハイオークをも凌駕する屈強な種族である。彼が暴れれば帝国の住民に被害が及び、そうなれば、ガルブン山地との交流関係にもヒビが入りかねない。

 そして、実力的に彼を止められるのは、数名の規格外を除けば自分だけだということを彼は知っていたのである。


 しかし、彼は不運な男であった。


 そのドゥーケン族の男が持つ木の板に書かれた内容をもしコーラルが読んでいたとすれば、彼も僅かしかない貴重な休暇を無駄にすることは無かったであろう。

 ただ、肩を落とし首を横に振って、何も見なかった事にしたに違いない。



「また、あいつらか……」と。




 そんなこんなでモフモフ帝国旧首都ラルフエルド。


 軍事戦略上の事情から、数年前に首都としての機能は元々オーク族の根拠地であったグラインエルドへと移転しているが、モフモフ帝国にとって始まりの街であるラルフエルドの重要性は今も変わらない。


 死の森の東西を繋ぎ、モフモフ帝国全土の余剰生産物や北のガルブン山地、南のエルキー族の領域からもたらされる産物が集まるこの街は、死の森東部の中心都市として栄えており、首都であった頃を上回る賑わいを見せているし、象徴としての価値も言うまでもなく高く、帝国民であれば一度は訪れたい憧れの街にもなっている。

 

 そんな色々と発展著しいラルフエルドのはずれには禍々しい雰囲気の大きな建築物……帝国の住民達が目を逸らせて『人材の墓場』『魔窟』『アレな奴が最後に行く場所』と畏れる、その建物が建てられている。


 そこがドゥーケン族の男の旅の目的地であった。


 

「また、こいつらか……」



 追跡していた男が中に入った建物を確認するとコーラルは額に中指を当て、苦悩の表情で一時だけ目を瞑り、看板に視線をやる。そこには『モフモフ帝国☆超☆兵器開発局』とデカデカした達筆のコボルト文字で書かれていた。



「見捨てるわけにもいくまい」



 コーラルは溜息を吐くと、続いて中へと入っていった。

 いざとなったらドゥーケン族の男を逃がすために。




 建築物の中は正に『魔窟』という名に相応しく、あちこちに用途不明の何かが転がっている。

 それは作りかけの兵器であったり、あるいは作った本人にしか理解できないような何かとしか言い様が無い物であったりもしたが、知らない者にとっては邪魔なゴミとしか言い様がなく、広い部屋の中は無秩序なある種の『物置』と化していた。


 そんな部屋の中央には大きな会議机が置かれており、かろうじて部屋としての機能を残している。そして、壁には一面に”大目標!”と題された木の板が貼られており、



『コボルトでも扱える、巨大なカラクリを用いた龍でも一撃で倒せる武器を大量に搭載した、高速移動式の要塞を大量生産する』



という、本気か冗談かわからないような文章が乗せられ、更にその木の板には『空を飛ぶ!』とか、『侵入者撃退用カラクリ鎧搭載だよ!』とか、『世界中の敵を発見できる装置も!』など、明らかに大元の看板とは違う字で書かれた無数の小さな看板が不格好に追加され、打ち付けられてていた。



「なんじゃ……こいつらは……」



 ドゥーケン族の男は怒りに頭を焦がし、大声を上げて怒鳴りながらその部屋に飛び込んだのだが、今、ただ困惑し、混乱していた。

 

 意味のわからないゴミ溜め部屋や看板に書かれた大目標の異様さに戸惑ったのもあるが、二十名近くいるコボルト、オーク、ゴブリン、ケットシーなどの様々な種族の者達の全てが怒鳴り込んだ彼など居ないものであるかのように放置し、殺気に溢れた表情で顔を付き合わせ続けていたからである。



「そういうわけで、今回の鉄の配分はコボルト紳士的巨大兵器に用いられるべきであると結論されるのです」

「馬鹿野郎! アキタ! お前のは鉄使い過ぎるんだよ! 少しは自重しろ!」

「そうだそうだっ! もっと言ってやって下さいマル局長! 時代は要塞さ! 鉄は僕が使うべき!」

「何を言うのですか! セントさん、良いですか? 要塞の時代は終わりました! だって次の戦場がだだっ広い草原じゃ微妙では無いですか!」

「だったら、巨大兵器も同じだろ! どこに置くのさ!」

「何でもいいから量産するっすよ。どんどんどんどん」



 憤怒の表情のドゥーケン族など彼等は完全に無視である。

 ダンディな髭のコボルトは胸を張り、年老いた白いコボルトが怒鳴り散らし、茶色と白の斑ら模様のコボルトが唾を飛ばす。


 そして、黒い毛並みのコボルト、テリーは我関せずと好きなことを言い、楽しそうだった。彼は鉄には拘っておらず、ただ物が作れれば幸せなのである。



「いやー次は何をいっぱい作れるんすかねー」

「ぐぬぬ」

「うぬぬ」



 そもそも今回の鉄の配分はテリーの『正確に物を図る技術を開発し、モフモフ帝国において初めて精密な度量衡を制定した』というとんでもない功績によるものだったが、彼自身がその功績を大したことのない武器量産研究のおまけのようなものだと感じており、報酬の鉄の配分を殆ど主張していないだけに、会議は紛糾し、纏まる糸口はまるで見えていなかった。



「お待ちを」

「シメサバか。何だ?」


 

 白熱する議論に水をさしたのは、落ち着いた物腰のコブリンである。

 どこか悟りを開いたかのような場違いな穏やかさに、議場が一時静まり返る。



「別の角度から、空を飛ぶというのはどうでしょう」

「…………お前は何処の角度を向いているんだ?」

「天。ただ、それあるのみ」



 大真面目な顔で上を指差す彼は、元々第二次オッターハウンド戦役でバルハーピーを駆った腕利きの戦士であったのだが、作戦中にバルハーピーと共に空を駆けた後に『神と出会った』とそれまで培った剣技を捨てて戦士を引退し、当時の兵器開発班に自ら志願した変わったゴブリンだった。



「まあいい、些細なことだ。で、空飛んでどうするんだよ」

「空が……飛べる。それだけで価値があるのでは。使い道は誰かが考えるでしょう。帝国には優秀な者がいくらでもいるのですから。私はただ、空が飛びたいだけです」



 ジト目で睨む白い老コボルト、兵器開発班の局長であるマルにシメサバはクールに語る。

 彼はゴブリンらしく、物事を深く考えないが、空に賭ける情熱だけは本物である。


 その証拠に彼はこの数年で二十二回もの骨折を経験していた。

 当然全て飛行実験の失敗で。


 だが、彼はどれ程の重傷を負っても淡々として一向に諦める様子はない。恐るべきその豪胆さは兵器開発局の色々と濃い面々にも認められていた。


 ただ研究がしたいだけだ。という皆の本音を代弁したあんまりな言葉に、思わず納得しそうになった一同であったが、皆、研究には多かれ少なかれ鉄を必要としているため、喉から手が出るほど欲していた。ここで折れるわけにはいかないのだ。


 元々彼らには協調性などは存在しない。

 ただ、己が欲したことを成すためだけに、この場の殆どの者は集まっているのだから。


 何故そんな者ばかりが集まったか。

 それは簡単で、大体クレリアのせいである。


 彼女は優秀で合理的な軍人であった為、非合理な考えは斬り捨てる傾向があった。

 だが、それは彼女自身が欠点でもあると認識しており、国を運営する上ではそんな者も活用しなくてはいけないのではと考えていた。


 そこで、彼女は軍人にも政務官にも向かない、それでいて何処か光るものがあるワケがわからない存在や、一見狂っているとしか思えない者、合理的に考えては判断に困るような手にあまる存在、生産に全く寄与しないが形式的には働かさないといけなかったグレーティアなど、クレリア的に使い道に困る者を”全て”兵器開発局にぶち込んだのである。


 そして、生まれたのは名状しがたい混沌であった。

 そんな中でも埋もれることなく一際輝きを放っている最初の四名はある意味帝国中から恐れられている。


 兵器開発班改め、兵器開発局。

 増員し、『班』から『局』に進化した彼等の活動は、明らかに斜め上を進んでいた。



「みなさん、落ち着いてください」

「何だ? デーン。まだ、会議は始まったばかりだぞ?」



 再び怒鳴り合いに戻ろうとした会議場を、どこか遠い目をしたコボルトが止める。

 瞬間、議場は静まり返り、発言したデーンに視線を向けた。

 

 譲り合いを知らない彼らにも救いはある。

 事務員だけは事務員にとって最悪な事に、真っ当な人材が選ばれており、余程でない限りは動かないが、収拾がどうしてもつかない時は彼らが決断を下していたのだ。



「状況が変わりました」

「どういうことだ?」



 だから、傍若無人な兵器開発局の面々も、特に事務員の長であるデーンには一目を置いている。そんな彼の言葉の意味が分からず、議場の一同は首を傾げる。



「お客様が来ています。まず、彼等の話を聞くべきでは無いでしょうか」



 デーンはそう言って、入口で口元を引きつらせてドン引きしているコーラルと、完全に無視され、昂った感情を持て余して震えるドゥーケン族の男を、気の毒そうな表情で指差した。



「何時の間に来てやがった。やいコーラル。そいつはおめえの知り合いか?」



 ザワザワと議場が騒めく。彼等は今初めて部外者に気付いたのだ。

 だが、事務員以外に怯えている者はいない。ほぼ全ての者が未知への好奇心で瞳を輝かせている。そんな中、局長であるマルがコーラルにぞんざいな口調で確認を取った。



「違う。念の為同行しただけだ。問題を起こされると困るからな」



 口の悪い老コボルトに気分を害した風もなく、コーラルは答える。



「うおっ! 貴様はエルキー族かっ! 何時の間に!」

「すまないな。ドゥーケン族の者。俺には争う意思はない。何が不満であるのかはわからないが冷静に話をして欲しい。問題を起こしてしまえば、誰も幸せにはならん」

「む……ぬぅ……」



 今更ながら背後にエルキー族がいたことに驚いていたドゥーケン族の男だったが、同じ陣営に属しながらも種族としては不倶戴天の相手であり、プライドの高い事で有名なエルキー族が、ドゥーケン族である自分に頭を下げたことで、怪訝な表情になりながらも頷いていた。



「わかった。儂にも貴殿と争う意思はない。儂の名はルテチ。ガルブン山地の鍛冶師だ」



 ここで感情的になることは、エルキー族の理性に自らが劣っていることを意味してしまう。それはドゥーケン族の誇りに賭けて出来ないことであった。


 ただ、彼としても曲げられないこともある。

 彼……ドゥーケン族の男、ルテチは持ってきた例の木の板をテーブルに叩きつけた。



「この馬鹿げた文章を流布したのは、兵器開発局の誰だ」



 彼の持って来た木の板。

 そもそも、これが全ての元凶である。



「どれどれ」

「ほーほー」

「なんぞそれ」



 先程まで喧々諤々と決死の論争を繰り広げていた兵器開発局の一同が、本来の穏やかな表情に戻って、興味深そうにドゥーケン族を激怒させたという木の板を覗き込んだ。



”求む! 竜を一撃で倒す兵器に興味がある者! モフモフ帝国兵器開発局”



 そして覗き込んだ全員が一つの方向を向く。

 だが、視線を向けられた張本人である老コボルトは不敵に胸を張っていた。



「イカしてるだろ?」



 コボルトの中でも長老と言っていい年齢であるはずのマルは、無邪気に親指を立てて、相手の神経を逆撫でするようにニヒルに笑う。



「ぐぅ……馬鹿もんがっ! ふざけるのも大概にせんかっ!」



 今にも飛びかからんばかりに顔を歪め、鬼気迫る表情で大声で叫び、部屋全体を震わせたルテチに、兵器開発局の中でも若い局員は毛を逆立てて驚いていたが、古株の局員達は顔色一つ変えずにその怒りを受け流していた。



「確かに局長はふざけておりますなぁ」



 彼等古株の反応はそれぞれである。

 ダンディな髭のコボルト、アキタは冷静にルテチの怒りを受け止め、自慢の髭を指で整えながら同意するように深く頷いた。



「コボルト紳士的に募集するなら”巨大兵器”との前提が抜けております。そうすれば、ドゥーケン族の方々にも不可能ではない、と、ご理解頂けたはず」

「明らかにそういう問題じゃないだろ。他の奴らも……もういいからな? お前達の意志は客人に鬱陶しいぐらいに伝わっている」



 ふふんと自慢げに笑うアキタにコーラルは思わず口を挟んだ。

 ついでに瞳をキラキラ輝かせている他の技術者に釘を刺す。


 これ以上無駄なやり取りを続ければ、ドゥーケン族の男の我慢の限界はあっさりと超えるのは間違いはなく、コーラルとしては止めざるを得なかった。


 ただ、コーラルはマルとは大戦期に戦場で肩を並べた間柄であり、彼の事も良く知っている。弓の腕、度胸、勇気、そして執念と食えなさも。

 伊達に彼は癖しかない連中の局長をしているわけではないのだ。



(この爺さん……何か企んでいるな)



 マルに視線を向けると、彼はコーラルを一瞥して口の端を上げた。



「ルテチとか言ったな。おめー、俺の何がふざけてるってんだ?」

「鍛冶の何たるかも知らぬものが、我等が盟友たる竜を倒すなど、ふざけてる以外のなんだと言うのだ」



 拳を握り締め、ルテチはマルを睨みつける。

 その視線を真っ向から受けたマルは下を向いて震え始めた。



「臆病者は臆病者らしく、身の程を知るが良い!」



 それを怯えと取ったルテチはつまらなさそうに鼻を鳴らす。

 だが、次の瞬間マルは爆発したように顔を上げた。



「ぶっ! ぐぐっ! がはははは! いや、悪い! わはははははっ!」



 狂ったように腹を抱えて笑うコボルトに、ルテチは呆気に取られる。

 臆病で有名なコボルトだが、マルの瞳は狂気に堕ちているかのようにギラついており、当然そこに怯えの色など欠片も存在していない。



「そこだ。お前は実に正しい。コボルトは臆病で非力だ。俺は身の程を知ったんだよ」



 楽しそうに愉快そうに。

 どこか親愛の情すら込めて彼は言う。



「だから、竜でもぶっ殺せる武器を作りたいんだ。大体お前らも悪いんだぜ? 鍛冶が得意だっていうお前らが、俺でも竜を殺せる武器を作らないんだからよ。だったら……」



 言葉を一度区切るとマルは噛み砕くように歯を見せ、動く腕の親指を口の前で横向きに立て、勢い良く引いた。

 まるで肉を噛みちぎるかのように。



「俺自身が作るしかないだろ! 仕方ねえよな? 他に弱ぇ俺達が強ぇ奴らに抵抗する手段はないんだ。臆病だから、自分達を守れるだけの武器は必要だよな?」



 マルが本気で言っている事は明らかだった。

 隻腕の老コボルトはルテチに近付くと動かない腕を見せる。


 かつて無数の戦場を最前線で戦い抜いた彼にとって、巨竜ガルブンの庇護の下、安穏と平和な生活を営んでいるドゥーケン族の威圧など、そよ風のようなものだった。


 だから、片手で己を殺せる相手に臆すること無く、彼は近付いていく。



「俺は昔、オーク共に家族を殺られてな。復讐の為にハイオークにチンケな弓一つで挑んだんだ。その結果がこれだ。奴等は生き物としての”モノ”が俺達とは違う。俺はその時気付いたんだ。”これじゃない”ってな」



 ニタリと不気味な笑みを浮かべているマルににじり寄られ、ルテチは思わず片足を後ろに下げた。自分では豪胆だと考えていた彼は、信じがたいと顔を強ばらせる。

 小柄なドウーケン族より更に小柄で、しかも非力な上に片腕が不自由なマルがこの場で明白にルテチを圧倒していた。



「しょ、正気か貴様……」

「はんっ! 狂ってるに決まってんだろ。だが、考えても見ろよ。例えばだ……」



 ルテチは唇が震え、背中に汗が流れるのを感じていた。

 目の前のか弱い相手に屈強な自分が恐怖を感じていることも。



「巨竜ガルブンが中立を止めて俺達を殺しに来たらどうだ? クレリア・フォーンベルグに全てを任せて俺達は逃げれば良いのか? え? そんなのは糞な奴がすることだ。だが、傷が付けられるなら、非力な俺達も一緒に戦うことは出来る」

「そんなことが可能だと思っているのか?」

「さてな。だがよぉ、俺達の作った武器は、少なくともハイオークはぶっ殺したぜ?」



 マルは下品な笑い声を上げると、ルテチの肩を叩く。

 同類を見るような生暖かい瞳で。



「本当はな。俺はお前のような”同志”を待ってたんだ。文句を言いに来るくらい鬱憤が溜まっている奴を。現状に我慢できないような奴を。不満で不満で退屈なガルブン山地に飽き飽きしているような奴じゃなければ、そもそも怒るはずもねぇからな。アレはそういうもんだ。現状に満足してる奴なら鼻で嗤う代物だろ?」

「なっ!」



 ルテチは大声を上げ、次の瞬間しまったと顔を歪める。

 それはマルにとっては望んでいた通りの反応だった。



「そういう奴がいるだろうとは推測してたんだぜ。鍛治が命のドゥーケン族が巨竜ガルブンに贈ったクレリア様の鎧を見ないはずがない。俺はクレリア様の剣を見たからな。あんな化物剣は”今の”ドゥーケン族には作れんだろ。だからこそ、アレを超えたい奴はいるんじゃねぇかと考えたんだ。あんなものを見せつけられて、燃えない奴なら元々見込みがねぇ」



 彼は元よりルテチを糾弾するために話をしている訳ではない。

 マルにとって彼は餌に引っ掛かった極上の魚なのだ。



「アレは人間が作ったそうじゃないか。もし、クレリア様が着られなくなって、巨竜ガルブンに贈ったとかいう鎧も同じ奴の作品だ……似たような力を持ってるかもしれんと思ったんだ。持つ者は選ぶが、あの武器は真に竜すら倒せるかもしれない。つまり……」



 一息をつく。魔王候補であるコンラートを倒した魔法銀の剣。

 それを目にした時の感動を思い出しながら、マルは続ける。



「人間は作ったんだ。技術の粋を極めた竜を殺せる武器を。なら、『俺達』が作れてもおかしく無いんじゃねえか? 今は劣っていても追い付き、超えりゃいいんだ。そうだろ? 同類」



 沈黙が部屋に降りる。

 ルテチは反論せず、言葉と共に高ぶっていた感情をも沈め、雄弁に語るマルの顔を真意を探るように、数分間、ジッと見詰めていた。

 やがて、彼は頷く。



「お主の言うとおり。儂はあの鎧を見た」



 そして、溜息を吐き、彼は肩を落とした。



「見たこともない素材、見たこともない技術、鍛冶と魔法の融合。そして、儂が得意とする鍛冶だけを見ても、遥かに儂の技術を上回っていた。儂らが鉄とだけ向かい合っている間に、人間は儂らを遥かに超えていたのだ」



 それは彼にとって初めて口に出す言葉だった。

 部族の長老達には決して言えずに心に秘めていた事実。


 鍛冶の一族であるドゥーケン族にとって鍛冶とは誇りそのものである。

 その鍛冶が人間に負けているなど、絶対に認める訳にはいかない事実であり、口にすることすらはばかられる類のものだった。


 彼は握り締めた拳を震わせる。



「なのに……あの老ぼれども! 誰もそれを認めようとせんっ! そうじゃ! 儂は悔しいんじゃ! 好き放題やっとるお主に八つ当たりしたんじゃっ! 悪いかっ! 儂も己の技術を高めたいんじゃっ! 竜を殺せる武器なぞ、儂が作りたいくらいじゃ! 鉱石を寄越せっ! あの鎧なんざ、儂がすぐ超えてやるっ! だが、儂には自由が無い……ずるいって……ずるいぞ! コボルト共っ! 儂も作りたい! 作りたいったら作りたい!」 



 泣き出さんばかりに叫び、膝を付いてドムドムと床を叩くルテチに、コーラルは「子供か」と呆れた顔でぽそりと呟いたが、幸いにもルテチには聞こえなかった。コーラルと同じ想いなのか常識コボルトである事務員達もドン引きし、顔が引きつっている。


 だが、そんな彼らはこの場では少数派であった。



「貴方にもコボルト紳士の資格があるようですな。是非作ろうではないですか。さあ、高みを目指すのです。同志よ」



 ダンディな自慢の髭をさすりながら、アキタは打ちひしがれたように座り込んでいるルテチの肩を同じように座り込んで、労るような表情で叩く。



「うんうん、わかるわかる」

「なんて感動的なんだ」

「魂の慟哭が……伝わってくるようだ……」

「究極の一、未だ道は遠し」



 事体を見守っていた他の技術者達もまた、同類の苦悩をおもんぱかり、泣き笑いの表情で拍手を送っていた。





 しばらくの間、ルテチは感情を爆発させると幾分すっきりした表情になり、マルが用意した椅子に座った。そして、「少しだけだからな」と嬉しそうに一緒に会議机を囲んでいる。



「だが、マル局長よ。この部屋を見る限り、お主らの研究も行き詰っておる様子。手は考えておるのか? 儂は性能は高められるだろうが、根本はどうしようもないぞ」

「そこだな。今のやり方では限界があるのは間違いないんだが」



 百年前から友人だったくらいの気安さで会議に参加しているルテチに、マルは悩むように首を捻りながら唸る。だが、誰からもいい意見が出ない。



「あ、じゃ、先に僕の提案を議題に上げていいっすか?」

「テリーか。お前は功績上げたんだから、遠慮するな。なんだ?」

「実はっすね。量産の効率を上げるために子どもに字や計算を、もっとしっかり教えたらどうかと思うんすよ」

「はぁ? そんなもん政務官の仕事だろう」



 面倒くさそうに吐き捨てたマルだったが、テリーは真剣な表情で首を横に振る。

 そして、しばらく思考をまとめるように考え込んだ後、彼は口を開いた。



「量産には数字を正確に合わすことが大事っす。それにマルさん達の研究だって字で残せば研究成果を永遠に残せるんすよ? その研究成果があれば、みんなそれを活かせるし、僕はもっと量産出来るんす」

「ふむ……なるほど……理に適っとる。儂も強化しやすいじゃろう」



 机に身を乗り出して聞いていたルテチが重々しく頷く。

 そんなすっかり馴染み始めた彼にはコーラルが冷めた視線を送っていた。



「おい、議題に出すってこたぁ、どうするか考えているんだろうな?」

「はい。そこっすね。僕は人間を使うのはどうかとふと思ったんす。彼等の中の上位種の『貴族』って奴等はきちんとそういうの、教わっているみたいっすから。その……」



 自信が無さそうに言葉の端は小さくなっていく。

 魔物達にとって人間とは悪逆非道の怪物なのである。ただ、クレリアがいるために、その印象はモフモフ帝国では最悪とまではいかなかったが。



「人間だとっ! 馬鹿な……いや、いや……妙案か?」



 予想外のテリーの答えにマルは一瞬怒鳴りそうになったが、思い直す。



(人間が持つ、異質な知識が手に入れば……)

(ふむ、人間との伝手が出来れば魔法銀とやらも……)

(コボルト紳士的巨大兵器の知識もあるかもしれませんなぁ)

(空の知識)

(いやいや、魔法の知識も捨てがたいっ)



 それぞれがそれぞれの妄想を胸に抱き、場は不思議な沈黙に包まれていた。

 それを想像する技術者達の表情は幸せそうに蕩けている。


 局長であるマルはその雰囲気を察すると、「こほん」と咳払いを一つした。



「副局長テリーの先の功績は大きい。俺はテリーの提案を広い心で受け入れてやりたいと思うが皆はどうだ?」

「異議なしっ!!!!」



 こうして、モフモフ帝国に異質な存在を受け入れる決議はなされた。

 当然ながらこの提案は帝国内に大きな波紋を呼ぶことになる。



 尚、この後ドゥーケン族のルテチは一旦故郷に戻ったが、奥さんと娘、数名の同志と共にモフモフ帝国に移住し、兵器開発局に住み着いたそうである。


 会議室の大目標の看板には彼の目標も新たに打ち付けられている。




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