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番外編 昇り始めた太陽



 山をくり抜いた居宅の中にも容赦なく冷気は流れ込んでいた。


 その寒さにも構わず、居宅の主である老いたゴブリンは、最後の同志であったコボルトが残した『要塞』の模型をジッと飽きずに見詰めている。


 灯り一つ無い暗闇の中で、彼は身じろぎ一つしない。



 ライトラビット族に限らず、この地方の種族は厳しいティアーズ山地の冬を越すために、傾斜だらけの地形に横穴を掘って居宅に利用し、限られた平地を他の重要な施設に利用して生活をしている。


 単純な穴蔵だがそれなりに広さはあり、暖を取るための藁や毛皮が敷き詰められていた。


 かつては獅子の部族、エーデルレーウ族の中位種が暮らしていたその居宅には、ライトラビット族の魔王候補、『狂った兎』アリスに自分を売り込んだ、かつてのオーク族の将帥であるゴブリンリーダー、チャガラが一人で住んでいる。


 一度は主と仰いだオーク族の魔王候補、コンラートが戦死して数年。

 最後まで共にいてくれたコボルトも逝き、彼自身も既に老境にある。



(あれ以来何事も為していない)



 彼は衰えた自分の筋張った手に一瞬だけ視線を落とし、そう思う。

 大きな戦争は一度として無く、彼自身に活躍の場が与えられることは無かった。


 『狂った兎』を恨んではいない。

 彼女はチャガラの想像以上に広い視野を持ち合わせているし、重用してくれてもいる。


 彼女が戦わないということは、時ではないのだ。

 そう信じられる程度には、チャガラは彼女を評価していた。


 そして、彼に出来ることは戦争だけだ。

 それも狭い戦場での直接指揮のみ。


 ただ、やれることだけはしている。

 彼は命じられた『戦争が出来る軍隊を創る』という命令は確実にこなしてきた。


 チャガラは元々三千以上いた戦士を激しい訓練と適正の判断で振るいに掛けて二千まで絞り、残りの戦いには向かない千を補給、工作などが出来る特殊な部隊に育て上げている。


 その仕事は軍だけには留まらず、モフモフ帝国の隠密達に苦しめられた経験から諜報にも力を入れ、他領の戦争の状況や土地の様子などを調べたりもしていた。



(俺の限界だろう)



 しかし、軍の訓練に比べれば、諜報を始めとした他の分野は上手くいっていない。

 特に対帝国の諜報などは潜入した者が全滅するという無残な結果になっていた。


 これらの役割は元々オーク族では優秀なコボルト、バセットが勤めていた。

 結論として、自分には向かないのだと、チャガラは割り切っている。


 本当にやりたいことは他にある。

 だが、無為に老いることに焦りを感じているわけではない。


 何故なら”時”は目前に迫っているのだから。

 彼が切望した相手ではなかったが。



「来たか」



 鼻は悪くなかった。

 臭いのきついマオツグの木が焼ける独特の甘い匂い。


 呼びつけた客が好んで使う松明の匂いだった。



「やあ、チャガラのおっさん。呼んだか? あ、火、使っていい?」



 入口から姿を現したあどけなさの残る少年は和やかに手を上げると、チャガラの返答を待たずに部屋に備え付けてある松明に火を点け、石で造られた原始的な囲炉裏に持ってきた松明をくべた。



「暗闇の中で目が効かないのは不便だな」

「おっさんは便利でいいよなーほんと。ずるいずるい」



 パチ……パチ……と、事前に用意されていた細い薪から弾ける音が鳴り、徐々に少年の姿が浮かび上がる。

 炎の色に僅かに染まった輝く金色の髪からは丸い耳がひょこっと出ている。人懐こい猫のような印象の陽気そうな上位種、つまりは人型の少年は冗談めかして笑っていた。



「馬鹿言え。獅子である貴様に比べればささやかなものだ。リヴァイス」

「いやいや。戦争ならエーデルレーウなんて”強いだけ”だしさぁ。ほんと、使えないんだよ。その強さすら、兎に負ける程度の優位でしかないんだしさ。それにコボルトだってオークを倒してる。奴等、色々出来るんだろ? 弱いけど強い」

「そういう考え方もあるか」

「そうそう。だから、俺はおっさんに弟子入りしたんだし! 帝国の話をもっとしてくれよ。ワクワクするよなぁ。本当に強い奴の話は! な! な!」



 瞳を輝かせている無邪気な少年にチャガラは苦笑する。

 リヴァイス・クインリオン。『狂った兎』に敗北したエーデルレーウ族の上位種。


 彼がチャガラの呼んだ客であった。


 天真爛漫といった雰囲気で話をねだるリヴァイスであるが、子供っぽさとは裏腹に、彼が指導した者の中でも有数の粘り強さと的確な判断力を兼ね備え、模擬戦での指揮能力は現時点で既にチャガラに迫るものを持っていた。


 また、獅子族の上位種であるために単体の能力も高く、機転も効き、物事から真実を推測する洞察力にも恵まれている。


 後に『太陽の獅子』、戦争の天才と謳われる事になる彼が、後十年早く生まれていれば、例え己の助言が無くとも『狂った兎』は敗北していたかもしれない。

 リヴァイスを鍛えたチャガラはそう判断していた。



 リヴァイスがチャガラと出会ったのは幼少の頃。

 新たにアリスの軍に志願した父親に連れられて、客分としてライトラビット族の首都、ラビットホールに滞在していたチャガラの話を聞くことになったのが始めだった。


 中位種であった彼の父親は、獅子族の上位種としての失われつつある誇りを教えるつもりで、惨めに生き延びた敗軍の将を見せることを考えたのである。

 上位種であれば見苦しい生き様はするなという、いわば『悪い見本』のつもりで。


 しかし、リヴァイスは父親の想いなど遥かに超えて優秀であった。


 彼は飾りの無い淡々としたチャガラの話から悟っていた。

 オーク族にはエーデルレーウ族以上に勇猛かつ有能な指揮官が揃っており、チャガラ自身も有能な指揮官であることを。


 そして、モフモフ帝国の幹部達がそれ以上の異常な強さを持っているのだということを。

 事実を事実として受け取った彼はそれ以降、チャガラの下へと押し掛け、弟子となったのである。


 生来、他者と馴れ合わない気難しい性質であるチャガラは、初めは馴れ馴れしい少年を無視していたが、チャガラが軍に施した過酷な訓練に幼いながらも参加し、乗り切ったことでリヴァイスを認め、正式に彼を弟子として受け入れた。


 ただし、チャガラは何も教えていない。

 ただ、自身が体験した戦争を虚飾なく話しているだけである。


 それが正しいとチャガラは判断していた。

 何故ならリヴァイスは戦争中、コンラートの参謀を務めたバセットがその情勢から判断した内容とその裏側の思考を、チャガラの拙い話と大雑把な地図から正確に辿ったからだ。


 主であったコンラートともまた違う、天賦の才を持った少年。

 それがチャガラの見立てだった。


 弟子としては優秀すぎるとも言える。しかし、チャガラは己よりも遥かに優秀なこの少年の才能を自然と受け入れていた。



(憎めない奴だ)



 そう思うのである。

 真っ直ぐに成長してくれればと、穏やかな気持ちでチャガラは考えていた。


 老いた己とは違い、彼には未来がある。

 楽しそうな表情で言葉を待つ少年を見つめ、チャガラは僅かに口元を緩めた。



「我等が主から一つ、命を受けた」

「お? ふむふむ。どんな命令?」

「その話の前に、お前にこれをやろうと思ってな。成人の祝いだ。これが話していたオッターハウンド要塞。実際には相当でかいが」

「これが! おっさん、でもこれ、おっさんの宝じゃ……」



 チャガラが見詰めていた『要塞』の模型。

 これは最後の同志であったコボルトの遺品であり、チャガラは誰にも見せたことはなかった。一番彼を慕っている弟子のリヴァイスにすら見せていない。


 戦友の想いが込められていると感じたからだ。

 不合理だとは思っても、これまでは不思議と誰にも見せる気が起きなかった。


 ただ、チャガラは『狂った兎』から命を受けたことで、ある決意をしている。

 だから、信頼できる者にこの大切な物を託すつもりだった。



「無論、ただではやらん。お前に問いを出す」

「面白そうだなぁ。良し、どんと来い!」



 口調は明るいが、リヴァイスの表情が真剣なものに変わっていた。

 それに気付いたチャガラは小さく頷く。



「お前がオーク族ならこの要塞をどう陥とす? 戦力差、出た被害は以前に話した通りだ」



 チャガラの心にあるのは期待と彼を信じる穏やかな想い。

 彼自身には一つも思い付けなかった対処を、彼ならば……。


 自身がついに成し遂げられなかったことを成し遂げてくれるのではないか。

 自分の力を受け継ぎ、自分を超え、最後に勝利を手に入れてくれるのではないか。



(出来ないことを他者に託すなど、愚か者のすることではないか)



 敗者の思考だとチャガラは自嘲した。

 だが、必死に考え込むリヴァイスを見ているのは不思議と嫌な気分ではない。



(息子がいればこんな気分なのかもしれんな)



 バカバカしさに心の中で苦笑し、本当の父親に同情する。

 これ程出来のいい子どもがいては、さぞかし肩身が狭かろうと。



「みんなが俺の言うとおりにしてくれた上で、何でもありで良いなら……帝国が使った手段は当然無しで……」



 数分で彼は顔を上げた。

 その瞳には確信に満ちた自信がある。



「うーん、やっぱ俺ならこの要塞を、まともには相手にしないかな」

「ではどうする?」

「この要塞の存在を無意味に出来れば最高なんだけどなぁ。まず、無理に川超えするのは止めて、攻めてくる相手を防げるように、ハリアー川沿いに防衛用の拠点を幾つか用意した上で、死の森北部から北東部に攻める。帝国はガルブン山地と交易しているらしいから、そこを少数の攪乱部隊で断ち切って、全体の弱体化を狙えれば理想的かな?」

「北東部から? 何故だ?」



 北東部から攻める案も当時無かったわけではない。

 しかし、バセットはその方針を提案した上で、オーク族はこの手段を取らないと判断していた。当時のチャガラは考えるのは彼女の仕事と気にしていなかったが、聞いても理由はわからなかっただろう。

 チャガラは軽い驚きを感じながら続きを促す。



「うん。確かおっさんの話だと、北東部で要塞攻略に失敗した後、フォルクマールって奴は北東部の戦力を中央に戻そうとしたんだよな。戦力を温存して一気に潰すことを考えたわけだ。ま、部下が言うこと聞かないから失敗したみたいだけど、短期決戦を狙ったわけでこれはこれでいい考えだと思う。だけど、北東部を軽視していたわけじゃない。その証拠に北部に一番協力的で、優秀な部下を置いていたわけだし、北東部には過剰な程に戦力を置いていた。それだけ用心していたんだろうし、北東部はそれだけ重要だったんだ」



 顎をさすりながら、チャガラは当時の状況を思い出していた。

 ハイオーク、アードルフ敗死の後、コンラートの中央召喚、カロリーネへの一戦後の撤退の指示。当時は色に狂ったなどと評価されていたが、今思えばそれはない。


 カロリーネの戦力が温存出来ていれば、第一次オッターハウンド戦役も違った様相になっていただろう。なるほど、と彼は納得をする。



「まあ、結局残った奴は大敗したわけだけど、負けた後でも戦力的には勝っているんだから、わざわざ攻めにくい場所を攻める必要は無くない? 北東部は奪ったばかりで中央に比べれば防備が薄いっぽいし、そこをある程度押さえれば、戦いはやりやすいはずなんだよ」



 本気で困惑している様子でリヴァイスは眉をしかめる。



「ウィペット要塞も話を聞く限り、北東部の攪乱には困らない位置だし。帝国も軍を裂かざるを得ない。どうしてそうしなかったのか不思議でさ。ただでさえ数が少ない帝国にとっては大きな痛手になるはずなんだ」

「ウィペット要塞を陥とすのか?」



 それは難しいだろうとチャガラは内心で唸る。

 北東部から攻めても結局は同規模のウィペット要塞があり、その堅固さは実際に見ていた彼は良く把握していた。

 しかし、それは慌ててリヴァイスが手を横に振って否定する。



「いや、陥とさなくていいんだ。全力で攻める振りは場合によってはするけど。そうすれば、相手は色んな決断をしなくちゃならなくなる。そうすれば戦力を温存したまま、ハリアー川を渡る事も出来るはずさ。後は相手次第になってくるけど、少しは楽かなと思う。何より大事なのは戦力を相手に集中させないか、逆に要塞一箇所に篭らせること」

「分散させるのはともかく、なぜ一箇所に篭らせる?」

「そこだよおっさん! 俺達が戦うには飯がいるんだ。要塞に篭ってくれたら、要塞を囲んでしまえばいい。後は要塞の外に防衛用の陣地を作ってただ待てばいいんだ。だけど、それを簡単にさせてくれるほど、相手は無能じゃないだろうなぁ。オーク族に食料を与えずに、しかも、”余計な工作をさせない為に住民を全部強制移住させた”くらい相手を警戒して徹底してるし……確実に陥とせるかというと……むむ……」



 興奮気味になってきたリヴァイスの言葉にチャガラは心臓を掴まれていた。

 彼はチャガラが聞いたこともない推測を、当たり前のことであるかのように話している。チャガラは手の平に汗がにじむのを感じながら、話に割り込む。



「待て。余計な工作をさせない為に住民を全部移住させた?」

「え、ああ、うん。第二次オッターハウンド戦役の戦力差なら殆どチャンスが無いけど、少なくとも第一次オッターハウンド戦役の時、フォルクマールって奴なら無力な住民を利用することを躊躇しないだろ? おっさんの話を聞いた限り、あいつは超優秀なはずなんだ。そうじゃないとクレリアって女の度を過ぎた警戒っぷりが不自然だし。だから、これも絶対気付くって! そして、帝国はそういう奴らを見捨てられない。要塞を囲んだ上でわざと住民を解放したら、中の食料はどうなる? 裏切られるかもしれない住民を入れて、防衛はやりやすい? 戦争は数だけじゃない。おっさんが何時も言っていることさ。ああ、でも確実ってのは難しいなあ! くそ、駄目かぁ……ぁぁ、欲しいのに……要塞……うう、他にもあるにはあるけど……確実じゃ無い。むむーっ!」



 顔を真っ赤にして勢い良くまくし立てると、それ以上は思い付け無かったのか、呆然としているチャガラを一瞥して、不合格だと勘違いしたリヴァイスは泣きそうな顔でしょんぼりと肩を落とした。


 呆然としていたのは当然、不合格だからでは無い。

 目の前の弟子が要塞そのものに囚われず、過去のチャガラの話から戦況や位置関係を正確に理解し、大雑把とはいえ要塞への有効な対応策を考えたからだった。


 それも、僅か数分で。

 彼と共にコンラートの腹心を務めたバセットすら気付いてなかったであろう、敵の行動の真の意図まで看破して。


 

(こいつはとんだ化け物だ)



 チャガラは思考回路が理解出来ない愉快な弟子の頭を軽く一度叩くと、魔王継承戦争が始まってから初めて声を上げて笑い声を上げた。

 彼はきょとんとしているリヴァイスに大きく頷く。



「ははははっ! それはくれてやる。いつかお前が攻略してみせろ」



 そのチャガラの言葉でリヴァイスは弾かれるように顔を上げ、身体を大きく震わせると、涙を浮かべ、徐々に顔を歪ませた。

 そして、弾かれるようにチャガラに飛び掛る。



「うぉぉぉぉっ! おっさんっ! 大好きだっ!」

「やめんか暑苦しい! まだ話は残ってるんだ。離れんか! 馬鹿者!」

「おっと、そういやそうだった。おっさん、アリスちゃんからどんな命令受けたんだ?」



 そして、怒られると飄々とした笑みを浮かべ、あっさりと元の位置に座った。

 変わり身が早すぎて、どこまで本気かがわからない。チャガラは内心でやれやれと溜息を吐く。



「朗報だ。雪解けの後、戦争をする」



 チャガラは戦争を朗報と言う。

 彼にとっては間違いなくそれは朗報であり、それは目の前の弟子にとっても同じであると確信していた。


 リヴァイスは目を大きく見開くと、手の平に拳を打ち付けて立ち上がる。



「まじか! 相手は帝国か! ハウンドとかキジハタとやりあえるのか!」

「座れ。『狂った兎』は今は帝国には勝てないと考えている。そして、それは正しい」

「ちぇっ。いつになったら帝国と戦えるんだよ」



 どさっと勢い良く座り、リヴァイスはふてくされたように横を向く。

 こういうところは子どもだと、チャガラは苦笑した。



「帝国と戦わざるを得ない時か、勝てると確信した時だ」



 『狂った兎』は極めて理性的に情勢を観察している。

 勝てる戦争以外はしない彼女が戦争を決意したのは、恐らく帝国がケンタウロス族とリザド族の挟撃を跳ね返すと判断したからだと彼は考えていた。


 多少リスクがあっても帝国には優勢を保つ。

 不戦協定を結んで尚、自身を脅かす最大の敵だと考えている証拠だった。



「何年掛かるんだよ。有能な奴が老衰で死んだらつまらないだろ」

「ならば、お前ならあの化物共に勝てると確信させるんだな」



 なるほど、とリヴァイスはポンと手を叩く。

 そして、ニッと邪気のない笑顔を浮かべてチャガラの手を取った。



「おっさんも何とか頑張ってくれよ」



 共に戦うことが当然といった言葉だ。

 もし、彼と共に帝国の強敵達と戦えればきっと楽しいだろうとチャガラは思う。想像するだけでも心が躍るのだから。


 しかし、それが叶わぬことを、チャガラ自身が良く知っていた。



「俺には寿命が残されていない。残念だが。しかし、お前の手助けはしてやる」

「手助け?」

「次の戦いの司令官に俺が選ばれたが、お前と同じハイエーデルレーウ、バルドラインが不服を申し立てた。あいつにとっては運良く『狂った兎』は上機嫌でな。戦争前に摸擬戦を行い、指揮官を殺した方を司令官にすると明言した」

「バルドラインかー。頭の中まで筋肉みたいな奴じゃないか。おっさんとじゃ勝負にならないだろ。ほんと馬鹿な奴。救いようが無い」



 呆れるように嘆息して、リヴァイスは頭を掻く。

 同族の年長者に対しても彼は容赦がない。


 未だに威張り散らす多くの同族に、彼は失望していた。

 逆に獅子族には珍しく、『狂った兎』には敬意を抱いている。


 敗者は敗者らしく殊勝にしておけばいいのにとの想いが彼には強い。どれ程強さを誇っても、『狂った兎』に破れた事実は変わらないのだ。


 そんな同族の中でもバルドラインはチャガラ嫌いの急先鋒であるために、余計にリヴァイスの評価は低い。その評価には半ば私怨も混ざっているが。


 それを知るチャガラはリヴァイスの反応を気にせず続ける。



「俺の方の指揮官にはお前を推薦した。お前なら圧勝の上でバルドラインを生け捕れるとな。初陣には丁度良い相手だろう」

「え? 俺? うわ、酷い。しかも、さらっと難しくするなんて……なんて……」



 思わぬことだったのかリヴァイスは自分を指し、チャガラが頷くと、彼は下を向いて肩を震わせ始めた。当然に恐怖からではない。

 彼はこらえきれないといった様子で笑い声を上げた。



「ぷぷっ! なんて面白そうなんだ。おっさんは風流って奴をわかってる! ばっちり任せとけっ! 帝国じゃないってことは次の戦争はどうせトロールが相手だろ? 俺、バルドラインの使い道も思いついたぜ」



 負けることなど微塵も考えていない、自信に満ちた楽しそうな表情を浮かべてリヴァイスは立ち上がり、親指で自分を差した。



「さっさと片付けて、帝国とやりたいもんだ。おっさんが元気な内に。うんうん」

「無理言うな。模擬戦は一ヶ月後だ」

「一ヶ月”も”? あーバルドラインが可哀想になってきた……いやー哀れ哀れ」



 戦争は既に始まっている。

 そのことを一ヶ月後バルドラインは思い知る事になるに違いない。


 チャガラには想像も付かない悪戯を、この少年は準備するのだ。

 一ヶ月後を思い浮かべ、チャガラの胸は高鳴っていた。だが、嗜めるのは忘れない。


 それだけが、残された師匠としての役割なのだから。



「足元をすくわれるなよ。それと、お前が勝てば対トロールの司令官はお前になる」

「おいおいおいおい、俺ぇ? おっさんはどうすんだよ」

「決まっている」



 リヴァイスが初陣を終え、その実力を知らしめたなら。

 己の役割は終わる。



「一指揮官としてお前の指示に従って闘う。俺にはそれが最も向いているのだ」

「楽しそうだな。おっさん」

「ああ、楽しい。お前と同じだ」



 後は己に正直に、楽しみだけに生きるのだ。



「俺は戦争が好きだ。何度敗北しようが、死ぬまで戦い続けるだろう」

「それでこそおっさんだぜ」



 片目を瞑り、親指を立てて笑う弟子に、チャガラは老いを感じさせない力強い笑みを返した。




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