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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
一章 建国の章
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第十話 少数部族の取込 後編



 集落に入る木製の扉を蹴り開けてクレリアは中をゆっくり歩いていく。

 ぼろぼろの家が多いが壊されたりした様子はない。この集落はオーク達にすぐ従ったのだろう。彼女は周りの様子を伺いながらそう考えていた。



「だけど、戦意のあるゴブリンはあまりいない。嫌々って感じね」



 彼女の周りでは既に二匹のゴブリンが、クレリアに剣の平で叩きのめされて地面にうずくまって呻いている。それを見た他のゴブリン達は怯えたように遠巻きに見ていた。


 歩みを止めずに襲ってきた二匹を打ち倒したのだ。

 殺してはいないが彼女が殺す気になればどうなるかは想像できたのだろう。


 クレリアは一度立ち止まると、退路を確認しながらゴブリン達を見回し、彼等に隠れるように立っているオークの方を見る。


 オークはゴブリンより二回りくらい大きな猪の頭を持った魔物だ。体付きもがっしりしていて力も強い。クレリアは人間の時に何度も戦ったことがあるが、目の前にいるオークはそんな通常のオークよりも一回り大きい気がしていた。

 自分の身体が小さくなったことで大きく見えている……というわけでもなさそうだ。



「は、早く囲めっ! 捕まえろ!」



 流石に十数匹のゴブリンとオークが一度に来ると危ない。クレリアは冷静に判断しつつゴブリンに喚いているオークを見て嗤う。



「大きな身体をして私が怖いのか。ゴブリンの勇者、キジハタは一騎打ちを申し込んで来たぞ?」



 ゴブリン達がざわめく。同族だけあってキジハタの事は良く知られているのだろう。あれだけ強く、変わっているのだから当然かもしれないが。



「誰も来ないか。賢明ね。私も出来れば殺したくはない」



 クレリアはオーク達から距離をとって足を止め、剣を鞘に一度収めてビシッと指を突きつける。



「私はモフモフ帝国、クレリア・フォーンブルグ。このゴブリンの集落を解放しに来た」

「お前が報告にあったコボルト族に力を貸した女か!」



 相手の問い掛けには応えず。ニィッ……と嗤う。

 解放という言葉を聞いてゴブリン達がさらに騒めいたのを見て、クレリアは彼らも降伏したからといって、いい扱いを受けているわけではないようだと判断していた。


 一向に動かないゴブリン達に痺れを切らしたのか焦げ茶色のイノシシの頭を持つオークがゴブリンを退け! と殴りつけながら前に出てきた。



「たかがコボルト一匹。俺の槍で串刺しにしてくれる!」



 ほぅ……コボルトもゴブリンもオークに勝てないわけだ。と、クレリアは眼を細める。

 目の前のオークはその巨体に鉄製の鎧を身にまとい、巨体に相応しい膂力を持っているのか巨大な槍を軽々と振り回していた。

 非力なコボルトやゴブリンでは数人がかりでも相手にならないに違いない。


 身体の小さい者に負けたこともないのだろう。嗜虐的な笑みを浮かべている。



「降伏するなら命は助けてやるぞ。貴重な上位種のようだしな」

「私は貴方のような男を何度も血祭りに上げてきたわ」



 人間の世界だけでなく魔物の世界でもこういう男がいるのかと、心底呆れるようにクレリアは溜息を吐いた。昔はお陰で何度自分の容姿を恨んだかわからない。


 彼女は一度鞘に入れた剣を引き抜き、油断せずに構える。

 クレリアは彼女にとっての最高の身体を手に入れたばかりの頃よりも、両手で持っている剣が軽く感じられていた。


 魂がシバと繋がっているため、彼の能力が増すと自分の力が増す……というのがシバの説明だったが、彼女はシバが一緒に戦ってくれているのだと考えている。

 この方が自分が強くなったと考えるよりも、身近にシバが感じられる分、強くなることへの嬉しさが大きかったのである。



「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「悪いが無理」



 オークの持っている武器は槍。さらに背も高く、腕も長い。

 ただの臆病者かと彼女は考えていたが、力任せとはいえその豪腕から繰り出されてくる槍の速さと慣れた扱いに戦い慣れてはいるようだと考えを改める。


 膂力には差がありすぎるため、クレリアは自分の速さを生かして最小限の動きで槍をかわし、剣で受け流す。時折オークが入れるフェイントは無視し、逆に利用して切り込むが、その攻撃をオークは槍で受け止める。


 クレリアは槍の両断を狙っていたがオークの槍の柄が鉄か鋼で補強しているらしく、断ち切ることは出来なかった。懐に入った彼女をオークは槍を斜め上から振り下ろして柄で打とうとしたが、クレリアは屈んでかわし、後ろに大きく跳んで距離を再び取る。


 二人の攻防に周りのゴブリン達から感嘆の声が上がった。



「ぶはぁー! ぶはぁー! 素早しっこい奴だ!」

「大体わかったし、そろそろ終わらせるか」



 だが、二人の様子は随分異なっていた。体の大きいオークは肩で息を切らせているが、クレリアの方は小さな身体に付いている尻尾をゆらゆら揺らしながら平然として立っていた。



「な、な……終わらせるだと! 死ぬのはお前だ!」

「ククッ。心配するな。すぐ首だけにしてやる」



 クレリアはオークの慌てた顔を見て薄笑いする。そこには何の気負いもなく、警戒するように距離を空けたオークに向かって無造作に歩いていく。

 余裕がはったりでないことに気付いたのかオークは怯えたように後ずさった。



「自分より強い相手と戦ったことは無いらしい」

「う、うるさい! ゴブリン共! この小娘を囲え!」



 顔を見合わせて悩んでいるゴブリン達に、目の前のオークはクレリアを警戒しながら、うわ擦った声で叫ぶように更に命令する。



「勝てないと思ったら部下を呼ぶ……か、悪くはない」

「お前ら! びびってんじゃねえ! やらなければお前らも後で皆殺しだ!」



 指揮官としては猪よりはましかもしれない。と、彼女は思い、そういえば相手は猪だった……と、自分の例えに思わず笑ってしまっていた。



「クスクス……」



 ゴブリン達はオークの怒号を聞いても悩んでいたが、クレリアの低い笑い声を聞くと、ビクッ! と震えるように反応し、怯えながらも全員で攻撃するべく周りを囲み始めていた。



「潮時かな……」



 眼を細めて周りを見て、クレリアは呟く。

 これだけ引きつければ人質の監視は甘くなっているだろう。逃げに徹すれば獣の素早さを身に付けている自分に追いつけはしない。


 クレリアが逃げようと思ったその時だ。大きな爆音と共に集落に笑い声が響いたのは。



 全員の動きが止まり、視線が笑い声のした方向を向く。

 その視線の先には、一軒の家の屋根の上に一人の少年が腕を組んで立っていた。


 背丈はコボルト達やケットシー達と同じくらいの身長。青い髪に三角形の耳、口元はマスクで隠しており、金色の刺繍の入った派手な服に黒のマントを羽織っている。



「悪党共っ! そこまでにゃ!」

「何者だ!」

「可愛い少年!」



 槍を突きつけていたオークが屋根の上に立つ少年に向かって叫ぶ。

 クレリアは急展開にぽかんとしつつも、屋根の上に立っているのが可愛い少年であることをその眼力で見抜いていた。

 屋根の上の少年は大袈裟な仕草でオークを指差すと、芝居がかった口調で名乗り出す。



「悪党共に名乗る名はにゃいが、冥土の土産にゃ! 吾輩の名は怪盗ロシアン!」

「何ぃ! お前が俺達の邪魔をしているあの怪盗ロシアンか!」

「そのとーり。お前の悪行も今日までにゃ! とうっ!」



 クレリアはあれがケットシー族の族長かー。と身も蓋もなくシュタッ! と軽やかに飛び降りた少年の正体を看破していたが、口には出さなかった。

 動きが可愛らしいし、子供っぽいし気づかない振りをしないと泣いてしまうかも……と悶えながら心配していたのである。



「怪盗ロシアンを捕まえれば褒美が出るぞっ!」

「ふふん、甘いにゃ!」



 彼はマントをはためかしてにやっと笑うと腕を振り上げる。その腕には光が集まっていき……それを見たゴブリン達が後ずさる。



「あれは……魔法」

「喰らえにゃっ! 精霊ハウルンよ。暴音を奏でよっ!」



 彼が現れた時に鳴っていた音だろう。轟音が集落中に鳴り響き、ゴブリン達が逃げ惑う。だが、彼等が怪我をしている様子がないところを見ると、音だけのようだ。

 オークはゴブリン達を呼び戻すべく、必死に叫んでいる。そんな混乱の中、怪盗ロシアンはレイピアを引き抜いてオークに走り寄っていた。


 状況を把握すると、クレリアは少し考えて頷く。



「馬鹿っ! 音だけだ。ええい逃げるな!」

「おやすみ」

「グァッ!」



 クレリアは混乱しているオークにこっそりと近づくと全力で跳び、剣の平で思いっきり後頭部を殴りつけた。オークは勢いのある一撃を受けてドサッと倒れ込む。


 まだオークに意識があることに気付くとクレリアはそのまま剣を突きつける。



「な、何が……ヒッ!」

「降伏か死か」

「こ、降伏する! 降伏しますっ!」



 自分の中に意識を向け、彼の降伏が本心からのものであることを確認すると、今度は怪盗ロシアンの方を向いた。

 彼はまだレイピアを抜いたままだ。瞳は怒りに燃えていて、殺気に満ちている。


 クレリアは今の自分より少しだけ背の高い、猫耳の付いた細身の人間っぽい少年に頭を下げると正面から見つめる。



「協力ありがとうございます。怪盗ロシアン様。決着は付きました」

「美しいお嬢さん、悪いけど退いて欲しいにゃ」



 今、オークにとってクレリアの命令は絶対だ。魂をわけられている彼女にも魔王候補としての命令権がある。生かすも殺すも彼女の手中だ。



「子供は生きてましたか?」

「生きてたにゃ。だが、子供を誘拐して脅すなど許せないにゃ」



 ふぅ……と、クレリアは安堵の息を吐いた。

 辺りを見渡して探すと、子猫ケットシーはロシアンが降りてきた屋根の上にケットシー族の大人達と一緒に様子を伺っているようだ。



「子供に血生臭いものは見せたくありません」

「……」

「怪盗ロシアンは子供達に夢を与えないと。そういうのは私のような騎士の仕事」

「わかったにゃ。オークよ! 悪さをしたら怪盗ロシアンは何時でも現れるにゃ。覚えておくにゃ。さらばっ!」



 しばらく怪盗ロシアンは悩んでいたが、剣を納めると子供の方を向き、芝居がかった口調で高らかに宣言すると、家の屋根を飛び跳ねながら集落の外へと去っていった。




 怪盗ロシアンが去った後、残ったゴブリン達もクレリアに降伏を申し入れた。

 ケットシー族の族長であるブルーは怪盗ロシアンの派手な変装を解いて、白いシャツに群青色の半ズボンの格好で子供の無事を喜んでいる。


 その光景をクレリアは微笑ましく見守っていた。


 ブルーはケットシー族の上位種で、シバと同じく人間の少年のような姿だ。青い髪の頭には猫の耳らしき物が付いていて、ほっそりとした尻尾がお尻には付いている。


 凛々しい雰囲気の美少年でシバとはまた違った可愛らしさを持っていた。

 だが、彼女的には惜しいことに彼には可愛い中にも一人でも生きていける力強さがあり、こう、甘やかせなさそうな雰囲気だなぁ……と、クレリアは考えていた。


 ベタベタに可愛い少年を可愛がりたい彼女としては、シバの方が高得点であった。

 ブルーにとっては幸いなことに。



 まず、戦後の処理として彼女はオークにケットシー族の子供に謝罪させた。強制的に。


 子猫ケットシーは許すー。と快く言ったため、オークも許されることになった。

 だが、ただで許すわけにはいかない。



「そういえば、私は貴方の名前を知らない」

「あ、姐さんっ! 俺の名前は……」

「うるさい。お前の名前はこれからタマだ。命令だ……フフ……可愛いだろう」



 クレリアは地に頭を付けさせたままのオークの頭をグリグリ踏みながら、嗤う。

 コボルト達とケットシー達はそんな彼女に尊敬の視線を向けていたが、ゴブリン達はドン引きであった。


 この事件を境にケットシー族の者達はコボルト族に協力するようになり、各地に散らばる反オークの者達がモフモフ帝国に集まるようになる。





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