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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
四章 決戦の章
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決戦の章 エピローグ 建国期の終わり。それから……



 モフモフ帝国は死の森東部にあるラルフエルドから西部に位置するグラインエルドへの遷都を行なった。


 首都の移転は魔王候補としての『城』の変更を意味している。

 即ち魔王候補の能力の一つである拠点への移動先も変わることになる。


 魔王候補なら誰でも知っている知識だった。

 だからこそ、シルキーは大体的にそれを宣伝している。


 これには帝国に威圧を仕掛けているライトラビット族への牽制と、手を結び、明確な敵として立ちはだかってきたケンタウロス族、リザド族への間接的な宣戦布告の意味が込められていた。


 そして、魔王領全土にコボルト族の魔王候補が群雄の一角として残っていることを示す意味も。

 


 しかし、それはシバとクレリア、そして多くの式典参加者にとっては副産物でしかない。彼等にとって何より重要なのは帝国の発展とそして……。



「最後に僕の私事になっちゃうけど、みんなに聞いて欲しい」



 遷都への歓声が止んだ後には、シバにとっては最も緊張する報告が待っていた。


 客席ではヨボヨボの老コボルト、陥落したパイルパーチからシバを連れて逃げたコリーが既に大声で泣き声を上げ、クレリアの教育を務めたオルドも貰い泣きしている。

 クレリアの兄であるローウェルも、複雑そうに顔を歪めながらも彼等を見守っていた。



「クレリアは第一次オッターハウンド戦役での独断専行の責任を取って、公職から身を引いてもらった。僕はそれをそのままにしておく気はない」



 静かに淡々と、感情を込めずにシバは話す。

 内心では彼に本当に大切なものを気付かせてくれた”兄”に感謝しながら。



「彼女の優秀さは皆も知っていると思う。だけど、あの第二次オッターハウンド戦役では、彼女は一度も手助けをしなかった。それはみんなが成長したからだ。眷属だから個としての強さは並ぶ者は無いけど、知識や経験はそうじゃない。帝国のみんなは工夫して、協力し合ってついには彼女抜きでも厳しい戦いを乗り越えられるまでになったんだ」



 帝国の在り方、魔王候補と眷属の在り方に悩んでいたシバに対し、明るいオークは抱えていた悩みをまるで大した事がないように笑い飛ばした。彼はその時の会話を忘れたことはない。



”ま、細かいことはいいじゃないですかい。代が変わっても、その代の奴らは自分達で何とかしますって。若い奴らは優秀ですし。シバ様と姐さんが『いつも通り』、堂々といちゃつく暇くらいは作れますぜ”



 タマの軽口にはどれだけ助けられたかわからない。

 それなのに彼はこの場にはいない。


 シバの心を助けるために彼は死を選んだのだ。


 だからこそ、シバは悲しまずに自分の意思で自分達の未来を決めた。

 湿っぽいより、幸せで楽しい方が喜んでくれると思うから。


 そんなタマが選んだカロリーネも赤子を胸に抱きながら微笑んでいる。

 シバも笑顔を作った。それまでの真面目な顔を捨てて、冗談を言うように。



「みんなはもうクレリアがいなくても大丈夫。だから、僕はクレリアを独り占めすることに決めたよ。これは覆らない皇帝としての決定」



 無茶苦茶を言っていることは自分でもわかっていた。

 子供のようで、仲間を率いる皇帝としては有り得ない我侭に違いない。


 それでも本気で馬鹿なことを言い切るつもりだった。

 

 精々タマには死後の世界から先に逝ってしまった仲間達と一緒に、緊張しながらそんなことをする自分の滑稽さを笑ってくれればいいのだ。



「僕はクレリアを愛している。絶対に誰にも渡さない」



 シバは躊躇うことなく、はっきりと言った。


 種族が違えば反応も様々。

 唖然としている者もいれば、感心している者も笑っている者もいる。


 一番好意的なのが最近まで敵であったオーク族であるのは、タマに限らずこういうことが好きなのかもしれない。



”だはは! 良く言った! 最高ですぜ!”



 先頭で大袈裟に拍手をしながら笑う彼の姿が頭に浮かんでシバは口元を緩める。



「魔王候補の寿命は尽きることがない。僕やクレリアは君達の子供や孫、さらにその先の子孫とも一緒に生きていく。だから、彼女には騎士としてではなく、違う形で長い道のりを歩んで欲しいんだ」



 シバの隣でクレリアが少しだけ頬を紅く染めていた。

 幸せそうに微笑みながら。


 彼女の夢だった普通の少女のように涙を堪えて。



「皇帝、シバ・フォーンベルグの名において、クレリア・フォーンベルグを皇妃として迎える。僕は一匹の男として彼女と共に生き、共に死ぬ。そして、彼女に害を為す全ての敵を我が全力を持って排除することを誓う!」



 力強く宣言すると、シバは優しくクレリアの腰に手を回し、深い口付けを交わした。


 広場の聴衆から冷やかし混じりの野次と口笛、森を揺るがすような拍手が轟く。

 シバとクレリアは照れながら微笑み、彼らに大きく手を振った。





────第二次オッターハウンド戦役の終結とモフモフ帝国建国期



 帝国歴5年秋。帝国とオーク族の最後の決戦は、大方の者の予想を大きく裏切って、第一次オッターハウンド戦役の傷も癒えぬ僅か半年後に行われた。


 原因は大きな情勢変化が伝えられたことによる。

 この時期、魔王候補継承戦争は新しい局面を迎えていた。


 弱小魔王候補が飲み込まれ、複数の欠片を持った魔王候補達が各地に現れ始めたのである。そして、魔王の没後お互いを牽制しあっていた『四天王』の一族もその変化に気付き、争う愚を避けて休戦し、己の力を伸ばし始めていた。


 まさに時代は群雄割拠を迎えていたのである。


 帝国の近隣に置いてもケンタウロス族、リザド族が三つの欠片を手に入れ、ライトラビット族が獅子王を下し、四つの欠片を手に入れていた。


 この情報は帝国とオーク族、どちらも知るところとなり、戦争の空気は急激に色濃くなっていく。そして、両者の思惑は一つに重なった。


 時間を掛ける訳にはいかない。

 大きすぎる被害を出すわけにはいかない。


 即ち、短期決戦。大規模な野戦において決着を付ける。

 帝国の総参謀長ハウンドとオーク族の眷属バセットは同じ結論に達していた。


 帝国はオーク族本隊の動きに合わせ、『ケルベロス』作戦を発動。

 これは総参謀長ハウンドと副参謀長シルキーが半年間掛けて練り上げた、罠と奇襲、包囲戦術を組み合わせた作戦であった。


 この作戦によりオッターハウンド要塞は無血に近い形で陥落。万全の状態でオーク族との野戦に向かうこととなる。


 帝国の総兵力は義勇兵を合わせて約1250名。オーク族の総兵力は約1500名。死の森中央部において、両者は真っ向から激突した。


 当初は数と種族的に野戦の優位を持つオーク族が優勢であったが、総参謀長ハウンドがオーク族の猛将クレメンスを討ち取ると大きく流れは変わり、互角の膠着状態となる。


 オーク族の将、チャガラは魔王候補コンラートの妹、グレーティアと共に果敢に中央突破を測ったが、帝国軍大元帥『剣聖』キジハタは巧みな指揮で最後までそれを許さず、北部のブルー率いる別働隊と行動を共にしていたグレー率いるバルハーピー空走兵隊がオーク族の宿将、アルトリートを討ち取ると、戦局は一気に帝国側へと傾いた。


 オーク族敗勢の中でオーク族第五軍の将ルーベンスは、帝国のクーンを打ち倒したが最早流れは変わることはなく、副将ディートル、ビジョンと共に殿を努め、仲間を逃がしながら死の森東部へと退却していった。


 オーク族はこの戦争において眷属のバセットを始め、多くの優秀な将帥を亡くし、組織的な抵抗能力を失うことになった。


 帝国はオーク族への勝利を決定的なものとしたのである。


 魔王候補コンラートは現状を認識すると、東部のオーク族に帝国への抵抗を禁止し、皇帝シバとクレリアをエルバーベルグの聖地へと迎える。


 コンラートはその地でクレリアに対し、一騎打ちを挑む。

 クレリアは勝利し、オーク族の魔王候補は倒れた。

 


 この戦争により、死の森は完全に統一された。

 しかし、隣接する『嘆きの林』の魔王候補はその時既にライトラビット族の『狂った兎』アリスにより、討ち取られていた。


 副参謀長シルキーはシバに対し、アリスからの提案である不戦条約を受け入れるように進言。シバはそれを受け入れ、嘆きの林の統治権を手に入れる。

 こうして、モフモフ帝国は二つの領土と四つの欠片を手に入れることになった。


 皇帝シバはオーク族との戦争が終わると嘆きの林の地形を利用し、隣接魔王候補からの侵攻を防ぐ一方で、戦禍の復旧に全力を注ぐ。敗北したオーク族も精力的に協力し、死の森は著しい勢いで復活していった。



 そして、帝国歴七年春。


 皇帝シバは『楽園の始まる場所』ラルフエルドから、『新たな絆の生まれる場所』グラインエルドへの遷都を宣言する。


 同時に眷属であり、モフモフ帝国建国の英雄であるクレリア・フォーンベルグを皇妃として正式に迎えた。



 この宣言を持ってモフモフ帝国の建国期は終わりを告げ、新しい時代を迎えることになる。




『モフモフ帝国建国紀 ──決戦の章── 二代目帝国書記長 ボーダー著』





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