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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
四章 決戦の章
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第三十一話 新たな絆が生まれる場所



 式典は順調に進んでいた。

 天候にも恵まれ、空には雲一つ無い。


 死の森は晴天でも日は余り差さないが、春先にも関わらず暖かいというのは悪くないとシバは思う。折角の新しい始まりの日なのだから。



「お似合いです。シバ様」

「君の方が間違いなく似合っているよ」



 壇上で隣に立つ白いドレスに身を包んだクレリアが此方を見て微笑む。

 自分もクレリアが裁縫班に教えて作ってもらったらしい人間の皇帝の正装らしい服を着ているが、隣の彼女に比べれば見劣りしているに違いない。


 戦場では無造作にされている茶色い髪も今日は綺麗に溶かれ、毛先まで切り揃えられている。ポメラも随分と頑張ったようだ。

 彼女は眷属となったクレリアを本当の孫のように思っているらしく、昔から全く手抜きが無い。


 巨龍ガルブンから勝利祝いと贈られた真紅のルビーの首飾りも、彼女の清廉な美しさの前では霞んでいるのではないだろうか。


 何だか照れ臭くなり、シバは顔を逸らして整列して言葉を待っている仲間達の方を見た。

 クレリアも釣られて同じ方向を向き、眼を細める。



「あの始まりの日のようですね」



 彼女の始まりの日が何を指しているかは、シバにはすぐにわかった。

 彼も丁度同じことを考えていたからである。



「たった102名のコボルトから始まった帝国がこうなるとはね」



 オーク族の聖地でもある広場は帝国が始まった時とは比べ物にならない程、多くの種族、多くの仲間でお互いの身動きが取れないほど密集し、全員が自分達を注目していた。


 彼らの前には各部族の代表と、軍幹部、政務官が並んでおり、先頭にはキジハタが立っている。そして、壇上の左右に設けられた席にはシバのパイルパーチ脱出を命懸けで助けた老犬、コリーとポメラ、そして、オルドやローウェンなど招待された者達が座っていた。


 当時はオーク族やゴブリン族、その他の多くの種族と共に生きることが出来るとは想像もできなかった。だが、事実として眼下にその光景がある。


 全員が揃い、整列するとキジハタは腕を上げ、騒然としている広場は沈黙させる。

 会場が静まれば、後は始めるだけだった。


 司会を勤めているコボルト、ボーダーが卒倒しそうな面持ちでキジハタの隣に立つとシバに頭を下げ、続けて全員に頭を下げる。



「それでは式典を始めさせて頂きます。まずはキジハタ様から」



 キジハタは頷くと前に出る。

 戦では常に自然体である彼も僅かに緊張しているのだろうか。若干動きが固い。


 シバとキジハタの視線が重なる。

 想いで目頭が熱くなった。決まっていることなのに。


 長い戦いの果てに決まっている戦友達の運命。

 彼だけではなく、これから多くの者が通り過ぎて行く道。



「三代目大元帥『剣聖』キジハタ。謹んで大元帥の地位をシバ様に返上する」



 第一回の闘技会をクレリアの兄であるローウェルを降して制した彼も、既に老境にある。

 キジハタは第二次オッターハウンド戦役が終結すると、シバに軍を引退する決意をしていることを告げた。



「親友から引き継いだ役割は果たした」



 シバも初めは止めようと考えていたが、キジハタはそれも見透かしたように、穏やかな表情で一言一言、想いを大切に込めて言葉を紡ぐ。



「しかし、戦いは続く。拙者のような老いた者は最早お役には立てますまい。新しい時代には新しい指導者が必要となるはず」

「それは君じゃ駄目なのかい?」

「大元帥の地位は帝国の臣民を護るためにある。これから衰えるばかりの拙者が潔く身を引き、次代に引き継ぐことこそが帝国の護り手たる軍を預かる大元帥としての最後の、そして、最も大切な仕事なのではないかと拙者は思う」



 決意は翻らない。

 シバは寂しそうに微笑むキジハタを見て直感する。



「拙者の剣は最後まで曇ることなく、戦場での働きを終えたらしい」

「誇り高い君の剣を捧げられたことを、僕は永遠に忘れない。有難う、キジハタ」



 だから、シバはキジハタの両手を取り、心の底からお礼を言った。

 タマが戦死し、キジハタが去る……大きな時の流れを感じながら。


 キジハタの引退は軍部内に大きな嵐を引き起こしたが、シバはキジハタの意志を尊重し、会議において前もって後任を定めた。



「大元帥の返上を認める。後任の大元帥は誰が適任かな?」



 今日の式典は任命式も兼ねている。

 後任の推薦はキジハタの役割だった。



「後任の大元帥にはグレーを推薦する」



 聴衆が若すぎる青年の抜擢に大きくどよめく。

 軍の幹部達や政務官にとっては数度の会議を経て、既に決められたことであるために動揺はない。


 確かにグレーは『ケルベロス』と呼ばれる三人のコボルトの内の一人であり、オーク族の長老であるアルトリートを討ち取ったが、同じ『ケルベロス』のハウンドやシルキーほどの功績を上げているとは言い難い。


 それでも彼が選ばれたのは、ハウンドとシルキーの強い推薦があったからである。


 確かにハウンドの指揮は超一流であり、戦士達からの信頼も篤いが本質的には参謀であり、机上で作戦を練る方に適性があった。


 それを差し引いても大元帥の責務を務める能力をハウンドは持ち合わせていたが、全軍を直接率いるには大きな欠点を抱えていることを彼自身が気付いていた。


 ハウンドは他者を頼ることが決定的に下手なのだ。


 ある種の象徴的な役割も持つ大元帥の地位に彼が付けば、全ての戦いを一人で考えることになりかねないとハウンド自身が判断していた。


 それは帝国軍にとっては益とはならないだろうと。

 

 シルキーも一流の指揮官だが、そもそも誰からも好かれていない。

 彼女は根っからの謀略家であり、軍だけに囚われない戦略家である。だからこそ、軍の最高司令官という立場は余計だった。


 そして、グレー自身の能力。

 彼はコボルトでありながらキジハタに師事したため、コボルトとしては珍しく、個としてもそれなりの実力を持ち、思考も柔軟で高い次元で攻守のバランスが取れた指揮官だった。


 性格的にもコボルトらしい慎重さと、アルトリートを狙い撃ちにした豪胆さも兼ね備えている。

 また、補給の重要性も理解しており、政務官との折り合いも良く、他の候補であるハウンドも彼を認めている以上は他に選択肢はなかった。



「第四代目の大元帥にグレーを任命する。受けるかい?」



 シバが軍幹部の列に並んでいるグレーに微笑みかける。

 茶色い毛並みのグレーは胸を張り、前に進み出てキジハタの隣に立った。



「引き受けます」



 余計な事を付け加えず、グレーは短く答える。

 堂々としており、気負いも感じられない。


 新しい仲間達を率いることになる若輩の大元帥にシバは頼もしさを感じ、頷いた。



「正式にグレーを四代目の大元帥と認める。帝国の仲間達を護って欲しい」

「最善を尽くします」

「頼むよ」



 グレーは一礼して列に戻る。



「続いてルーベンス」

「はっ!」



 返事と共に長身の、線の細い整った顔立ちのハイオークがシバの前に立つ。

 元オーク族の将であった若きハイオーク、ルーベンスは成長期を迎えて一年半前に比べて比較にならない程、心身共に力を付けた。


 アルトリート亡き今、後任の族長への就任も強く要請されたが敗軍の将であることを理由に固辞している。代わりに彼を護った為に戦死したハイオーク、ギルベルトの幼い息子を族長候補として後見し、自身は降伏したオーク族の代表として軍部に入った。


 それ以来、ルーベンスは常に最前線に立って対立者から元オーク族領を護っている。



「君を元帥に任命する。地位は大元帥に次ぐものとする」

「了解しました。お任せを」



 幼さの抜けたルーベンスはニコリともしない。

 涼やかで意思の強そうな瞳をシバとクレリアに向けて恭しく一礼した。


 第二次オッターハウンド戦役において激烈に抵抗した彼が実質的に軍部の次席に着いたのは、新しく加わった臣民を差別しないことを告げる意味を持っていたが、当然それだけではない。


 帝国とオーク族の戦争後も隣国と戦い続けたことで鍛えられたルーベンスの実力は帝国軍を含めても最上位に近く、守勢にも長けており、二正面作戦を強いられる次の戦争では確実に必要な男であったからである。


 ルーベンスが下がるとシバは今度は政務官達の方を向く。

 モフモフ帝国では軍部が目立つが、政務官達は帝国とオーク族の絶対的な戦力差を国力という形で埋めた影の功労者である。


 元々政務官という立場を創設したのはクレリアだが、彼女自身は軍人であり、どちらかと言えばやはり軍部を重視する傾向があった。


 しかし、シバはどちらかと言えば政務官と共に仕事を行うことが多い。

 彼等は臣民の生活を厳しい戦争の中でも維持し、軍部の要請には完璧に応えてきた。


 その働きは命は掛かっていないが、命を預かる困難な仕事であったことは間違いない。



「ダックス。君を政務官の最高位である宰相に任命する。そして、その地位は大元帥と同等とする。これからも帝国の発展に尽くして欲しい。君達の働きが将来きっと大切になるだろうから」

「はっ! ははーっ! わかりましたですじゃ!」



 男爵ヒゲのコボルトが、慌てて頭を下げる。

 政務官であるダックスの驚き様にシバは内心で謝っていた。


 彼には伝えていなかったから。

 政務官の役割分担はクレリアが作り上げた軍部に比べればまだまだである。


 これからはダックスを中心に軍部に負けないものにしていく必要をシバは感じていた。


 帝国が巨大になればなるほど、政務官は重要になるのではないか。

 その思いは共に働いてきたシバには強い。


 支配するのではなく統治する。これは殆どの魔王候補の考えにはないことだろう。

 それは力に劣るコボルトの魔王候補の力を補ってくれるかもしれない。


 相談出来る相手も少なく、まだシバの中でも答えは出ていないが、軍部と政務官は同等の立場であるとしておこうと彼は考えていた。



 次代の大元帥と初代の宰相。

 新しい体制となった帝国は凄まじい勢いで戦争の傷跡を癒していく。


 帝国は旧オーク族領の復興、開発、道の整備と内治に力を注ぐ一方で、主戦場となる嘆きの林に橋頭堡となる複数の要塞を建造した。


 新たな要塞を中心にケンタウロス族とリザド族との戦いは始まる。

 後に『ケルベロスの時代』と呼ばれる帝国の新時代の幕開けであった。



 しかし、それはもっと先の話。

 今この時には全ての者が偉大な剣士が引退したことへの不安と、未来への熱烈な希望を等しく抱えて広場に集まっている。


 これから大きな宣言をしなければならない。

 シバは僅かに不安を感じ、緊張で身体を震わせた。


 そこにそっとクレリアが手を添える。

 彼女は殆ど表情が動かないがシバには簡単に彼女の想いは伝わった。



”大丈夫”



 彼女はそう微笑んでいる。

 シバは力強くクレリアに頷くと、静かに注目している聴衆の方を向いた。


 拳を握り絞める。もう、不安はない。



「あの大戦からもう一年半。戦火の酷かった死の森もようやく立ち直ってきたね」



 落ち着くと皆の表情は、建国の日の仲間達と同じに思えた。

 あの日の仲間の半数は命を散らしたが、その想いは色濃く伝えられている。


 悲しみは心に積もっている。だけど、後ろを振り返る訳にはいかない。



「僕はみんなの頑張りのお陰だと思ってる。特にこのエルバーベルグは姿を大きく変えちゃったけど、こんなことは種族を超えた協力が無ければ無理だった。みんなも気付いていると思うけれど、続く魔王継承戦争において、エルバーベルグは重要な役割を担うことになる」



 エルバーベルグは隣接する三名の魔王候補達の領土と、等距離の位置にある。道もコンラートが引いており、東部とも既に繋がっている要衝だった。


 シバはエルバーベルグのオーク族に協力を要請して集落の四方に数台の荷車が通れる程の巨大な道を引き、その終着を中央にある聖地の巨大樹とする大規模な拡張を行なっている。同時に死の森の各所に道を作り、その全てがラルフエルドとエルバーベルグを繋ぐように整備していた。


 今は道だけが大きく目立つような有様だが、その利便性から徐々に取引を担う魔物達が帝国を訪れることが増えている。


 ラルフエルドのように防備を重視した集落それ自体が要塞というものとは違う。

 エルバーベルグは帝国にとって初めての『都市』だった。


 そしてそれは新しい時代を象徴している。



「ラルフエルドは帝国にとって『楽園の始まる場所』だったけれど、僕達はずっと始まりの場所にいていいわけじゃない。辛くても楽園を守るためには成長して前に進まなくちゃいけない」



 ラルフエルドは役割の半ばを終えたのだとシバは思う。

 彼自身も居心地の良い場所から出て、次の一歩を踏み出していく。



「大変だけど一緒に作り上げていこう」



 クレリアと一緒に。

 今生きている仲間達と、惜しくも散った仲間達の想いと共に。



「エルバーベルグをコボルト語で『新たな絆が生まれる場所』……グラインエルドと改名し、ラルフエルドから遷都する!」



 一瞬の沈黙の後、全ての者がその意味を正しく理解し、歓喜の大爆発が起こる。

 最前線への遷都。それは皇帝であるシバが先頭に立って、血を流すことを恐れずに理想郷を護り抜き、まだ見ぬ未来を帝国自身の意志として掴むという宣言でもあったから。


 種族関係なく、一年半を掛けて新しい首都を作り上げた者達は、胸に希望を抱え、熱狂的に新たな始まりとなる首都とシバの名を叫んでいた。


 コボルト族は長い冬の時代を終え、短い春を経て、熱い夏の時代を迎えようとしていた。






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