第三十話 異国からの来訪者
瞬く間に時は流れていく。
死の森を統一し、嘆きの林を加えたモフモフ帝国は古くからの臣民達と、それを超える数の新たな臣民達の間に起きた諸問題を消化しつつ、厳しい冬を飢えることなく乗り越えた。
完全に確執を乗り越えた訳ではない。
当然である。オーク族とは数年もの間、戦争をしていたのだから。
嘆きの林の住民に至っては、訳も分からぬうちに帝国に編入されている。
問題が起きない方が不自然な状況であった。
しかし、帝国の臣民達はすぐには無理でも未来に向けて歩みつつある。
更に一年の時が流れた。
死の森の東端、パイルパーチの更に東。
人間領との国境に大量の荷物を抱えた旅人風の男が二人、森の際にある切り株に腰を下ろしていた。
「オルド爺さん。あいつの使いは本当に来るのかな?」
「待つしかあるまい。全く……何度目の確認だ。気になるのはわかるが落ち着け、ローウェル」
「魔物が友好的になるなんて、想像も付かないんだがね。俺には」
荒々しい雰囲気の背の高い銀髪の青年は巨大な両手剣を背負っており、金属製の部分鎧を着込んでいる。もう一人の老いた男は腰に片手剣を履いており、革鎧に身を包んでいた。
二人の所作に隙はない。
見るものが見れば彼らがただの旅人ではなく、戦争を生業とするものだと気付いただろう。
「本当に来たか。さて……」
座っていたローウェルが笑みを浮かべ、森に背を向けたまま呟く。
「わぅーわんわん!」
「お前達が招待された人間か」
死の森から現れたのは、執事服を来た二足歩行する丸っこい奇妙な犬と背の高い褐色の肌の青年。
ローウェルは頷くと、届けられた”招待状”を青年に渡す。
だが、青年は招待状を開くことなく、丸っこい犬……コボルトに手渡した。
「うぅー! わぅ! わぅ!」
「なるほど。間違いないか」
「お前らどうやって会話してるんだ?」
コボルトと真顔で会話している青年に、ローウェルは顔を顰める。
だが、青年の方は少し難しい顔をして考えた後に、納得したように頷いた。
「ああ、それで俺も行けと言われたのか。人間はコボルトと会話出来ないのだな」
「当たり前だ。出来るわけがない」
「それはお前達の当たり前だろう。俺達は会話出来るのが当たり前だ」
「そういうもんか。ま、些細なことだな。で、こちらが上司か。失礼した」
ローウェルはコボルトに頭を下げ、見る者を和ませる屈託ない笑みを浮かべて大袈裟に敬礼する。
「俺……じゃねえや。私はローウェル・フォーンベルグ子爵。リグルア帝国の継承者であるフォルニア姫の名代として参りました。貴国の大切な式典への招待に感謝致します!」
「わぉーん。わんわん。くぅーん! うぉううぉう。わんわんお!」
「勇将との高名は我が国まで届いております。お会いできて光栄です。モフモフ帝国は貴方がたを歓迎いたします。私は帝国二代目書記長、ボーダー。よろしくお願いします。と言っている。ああ、俺はコーラルだ。どうやら通訳らしい」
「おお、貴方がボーダー殿か! 愛する妹が貴方とお父上が書かれた建国紀を翻訳して送ってくれました。行方不明だった妹が本当の意味で生きていたことをお蔭で知ることが出来、涙が止まりませんでした! ありがとう!」
身を屈めてボーダーと泣き出さんばかりの表情で握手しているローウェルに、苦笑いしながらコーラルは自分の名もついでに名乗った。
「まさか、客の正体がクレリアの兄とはな。ご老体は?」
「俺はオルドだ。お嬢のことは生まれた時から知っている」
「なるほど。あいつの知り合い……そういうことか。通りで強いわけだ。いやすまん。説明もされずにとりあえず行って来いと言われたものでな……」
魔物達にとっては住みよい死の森も、人にとっては恐るべき迷いの森である。
書記長であるボーダーとコーラルの役割は、人間の客人であるローウェルとオルドを安全にシバとクレリアの元まで案内することだった。
ローウェルを客人として招いたのは兄だからというだけではない。
モフモフ帝国の隣国であるリグルア帝国の情勢も影響している。
前年、フォルニア姫を擁するフォーンベルグ傭兵団団長、アルガス・フォーンベルグは死の森と接するリグルア帝国の第二都市、ウィーベルの攻略に成功。第一皇子の息子、ウィリアムとウィーベル侯爵を敗死させた。
アルガス・フォーンベルグは一切の略奪を禁じることで、ウィーベルの治安の早期回復を計って混乱を防ぎ、同時にウィーべル派の貴族の懐柔を行うことで、新たに出来たフォルニア派の貴族の暴走を牽制する。
功績から伯爵に任じられたアルガスはリグルア帝国正規軍最高司令官に正式に任命され、政戦両面においてフォルニア姫の権力強化に奔走することになる。
この勝利で名実共に最大勢力となったフォルニア姫は、リグルア帝国の第二皇子とホーランド公爵を逆賊であると糾弾。趨勢は大きく傾こうとしていた。
魔王継承戦争を闘うモフモフ帝国にとって、後方の安全は死活問題である。
通常、魔物と人間は相いれることはないが、フォルニア姫とフォーンベルグ傭兵団にはクレリアと繋がりがある。
国境での被害を減らすことが出来、人間の産物と魔物領の産物の交換も可能となるのはお互いにとって大きな利益である。
交渉が出来るのであれば交渉したいのはリグルア帝国としても同じだった。
そこでアルガスの弟であるローウェルが派遣されたのである。
ただし、彼は破天荒な人間であるため、お目付としてオルドが付けられていた。
ちなみに出立の時、アルガスはこっそり付いていこうとしたが、ローウェルに捕まり、フォルニア姫に引き渡されている。
一行はパイルパーチを経てラルフエルドへと向かう。
そこで彼等は一泊し、更に西にあるエルバーベルグを目指した。
彼等はただ案内されて歩いただけではない。
オルドは魔物達をしばらく警戒していたが、ローウェルはすぐに彼らにも溶け込み、オーク達に混じって裸になって力比べに興じたり、コボルトの子供達にナイフ投げを披露したりしたりと魔物領での生活を満喫していた。
「信じられませんな。ゴブリンとコボルト、オーク、見たことのない魔物が同じ集落で普通に、平和に生活を営んでいる。まるで童話の世界のようだ」
「道を整備し、産業を興し、交易をする。食料を生産し、兵士を抱え……俺達と変わんねーよな。活き活きとしてるし。イイ女がいないことくらいだ。欠点は」
「バカ者が。お前はさっさと結婚しろ」
道中でラルフエルドの一軒家に泊まり、魔物領の生活を知ったオルドが気難しい顔で言い、ローウェルも明るい笑い声を上げて頷く。大雑把な性格のローウェルはすっかりのどかなモフモフ帝国を気に入っていた。
そして、そののどかさを激しい戦いによって勝ち取ったことには尊敬の念すら感じている。
ローウェルは優秀な一人の軍人として、帝国が決して平坦な道を歩いたわけではないことを理解していた。
「案外、この帝国は人間にとっては最悪の敵になるかもしんねーな」
そして、その優秀さも。
ローウェルはラルフエルドにおいて、モフモフ帝国の士官達に請われてウィーベル攻略戦とその前に起きた大規模な野戦に関して講義を行なった。
平原での戦いに慣れない帝国の士官が、知りたがったからである。
彼は大体の背景と戦力の配置だけを彼らに説明し、検討させるという形を取った。
その結果を元に、彼は解説を加えるつもりだったのだ。
モフモフ帝国の士官達は情報を元に、クレリアが考案した『箱庭』で立体的な戦図を作り上げ、駒を配置すると白熱した激論を繰り広げ、幾つもの作戦案を作り出している。
ローウェルが驚愕したのはその中に、実際にウィーベル攻略戦で用いた戦術が含まれていたことであった。彼の兄であるアルガスが悩みぬいた末に決断した戦術が。
彼等はローウェル達が実際に取った戦術と結果を聞くと、さらにそれを洗練させるべく検討し始め、それに触発されたローウェルも熱を持ってその議論に参加することになった。
また、彼はオッターハウンド要塞を訪問し、死の森中央部の戦跡巡った後、第一次オッターハウンド戦役、第二次オッターハウンド戦役に関して、”名将と名将が全てを賭けた死闘”と書記長であるボーダーに語っている。
更にコボルト職人が作り上げた『箱庭』はローウェルが後にモフモフ帝国から高額で購入。
後に新しいリグルア帝国の士官育成に用いている。
モフモフ帝国の大きな式典。
二日間掛けて行われるそれは、ローウェルらが開催地であるエルバーベルグに到着する頃には準備も整い、開催日を待つだけになっていた。
彼等の歩調がエルバーベルグに近付くにつれて早くなり、予定よりも早くに到着したのは心情から考えれば当然であったかもしれない。
「ここにいるのかっ! どこだっ! どこだ!!! リアリアっ!」
「あ、おいっ! ローウェル!」
ローウェルはエルバーベルグに到着するや、同行者を振り切って叫びながら駆けた。
どこか人を食ったような余裕や、荒々しいながらも知性を感じさせるそれまでの振る舞いを全て振り捨てて、焦るコーラルの静止も振り切って。
「えー……」
「相変わらずじゃな。あの兄妹は」
いきなりの急変にボーダーはぽかんと立ち竦み、オルドは溜息を吐く。
遠くでは、クレリアを見つけたローウェルが抱きつこうとしてかわされ、飛び蹴りを食らって地面に叩きつけれられていた。
「姿がこれだけ変わっておるのに一瞬も迷わなかったの」
「コーラル、ボーダー……ご苦労様。爺。久しぶり。ついでに兄様も」
「ぐふ……相変わらずリアリアは可愛いし照れ屋さんだな」
「しぶとい」
ローウェルは立ち上がると土を払い、変わり果てた妹に爽やかな笑みを向けて親指を立てる。背が低くなり、銀色の髪が茶色に染まり、犬耳と尻尾が増えても彼にとっては大切な妹だった。
「良く生きててくれた」
「お兄様も」
妹が自分を歓迎してくれていることもわかりにくい昔と違い、尻尾の動きで明らかである。彼は抱きつくことは諦めて、昔のように頭を撫でた。
懐かしい身長差だと彼は思う。
明らかに普通ではなかったクレリアをどうすれば普通の女の子のように育てられるかを両親兄弟と悩んでいた頃のような背丈の差が、今の彼らにはあった。
「アルガス兄様はどう?」
大人しく撫でられながら、クレリアは兄を見上げる。
「良い撫で心地……や、待て。冗談だ。ホーランド公爵は未だ最精鋭の近衛騎士団を抱えているが、調略での切り崩しは始めている。予断は許さないが、なんとかなるだろう。ただ、忙しくてさすがにアルガスの兄貴は来れなかった。あの公爵への憎悪に満ちた悔しそうな顔……傑作だったぜ」
「二人とも結婚は?」
「俺はする気はないな。兄貴はせざるを得ないだろう」
クレリアは少しだけ驚いて眉を上げた。
揃って遊び人でどうしようもない兄弟だが、それでも結婚する可能性があるとすればローウェルの方だろうと思っていたから。
「どういうこと?」
「あの腹黒野郎は俺とフォルニア姫をくっ付けて、自分は裏側に立つつもりだったらしい。露骨なことをしやがったしな。だが、あの兄貴にも予測不能なこともあったわけだ。姫さんの気持ちが自分に向くとは欠片も思わなかったらしい」
「私としては問題無い。でも、現実的なの?」
「普通なら俺達のような元平民を、功績があるとはいえ伴侶に迎えるというのは不可能だろうな。けど、あの姫様は強かだ。権力に潰される事は無いし、自分のために権力を使うことも躊躇はしない。権力はまず自分の為にあり、他の奴はついでに守ってやる! ってな繊細な容姿に似合わない豪快さを持っている。俺の予想になるが、想像も出来ない手を使って、自分の想いを成し遂げる気がするな」
朗らかに楽しみだと笑うローウェルに、同意するようにクレリアも笑った。
優秀だった兄がやり込められる姿は見ものだろうと彼女も思う。
しばらく、二人はお互いがいなくなってからの話を楽しんでいた。
空白を埋めるように。
ここまでゆっくり話せるのは騎士団に入団して以来であり、最後になるかもしれないことを彼等は知っていたから。
シバはその間別行動を取り、十分な時間を取ってから彼等の元へと姿を現した。
ローウェルの姿を見たシバは確かにクレリアの兄だと、内心で感心する。
出会った時のクレリアと同じように背が高く、髪は輝くような銀。
荒々しいが顔立ちは確かにクレリアに似て、整っている。
隙は一分も無く、相当に出来る武人だと彼にもわかった。
(能力無しならクレリアも勝てないかも?)
自分に気付いたローウェルと黙って向き合い、彼を見上げる。
すると、僅かの間を空けてローウェルは膝を付き、頭を下げた。
「モフモフ帝国皇帝シバ様。お初にお目に掛かります。私は隣国リグルア帝国の騎士、ローウェル・フォーンベルグ。フォルニア姫の親書を届けに参りました」
「有難う。読ませてもらったよ。利害は一致している……仲良くしたいね。後、堅苦しいのはいいよ。貴方はクレリアの兄なんだし」
シバは流暢な人間の言葉でローウェルに返す。
子供のような見た目のシバが一片の怯えも見せず、落ち着いて人間の言葉を話したことにローウェルは感心しつつ、獰猛な笑みを浮かべた。
「良く言葉を教えてもらっているな」
「いい教師がいたからね。数年も一緒なら覚えられるよ。変な使い方はしちゃうかもしれないけど」
ローウェルの表情の変化も気にせず、シバは穏やかに微笑む。
「俺は可愛い妹を助けてくれたことには感謝している。そして、お前が皇帝に相応しい奴だということも認めている。だが……」
ローウェルはシバの肩を強く掴み、脅すように睨みつけた。
緊迫はしているが誰も止めに入りはしない。
それが国家の事など関係なく、或いはどこにでもある光景だからかもしれなかった。
「妹を不幸にしやがったら絶対に許さん。どんな手段を使ってでも、寿命で先にくたばったとしても生まれ変わってでも殺してやる。それがフォーンベルグだ」
彼の殺気は本物である。そして、その言葉は口先だけのものではない。
事実としてフォーンベルグ傭兵団の偏執的なまでの激情は、クレリアを罠に嵌めたリグルア帝国という巨大な国家を、僅か数年で実質的に滅ぼしたのだから。
「僕は彼女を泣かせるかもしれない。だけど、その時は一緒に泣く。一緒に喜ぶ。一緒に苦労をする。絶対に一人にはしない」
それでもシバは眼を逸らさない。
態度も変えない。ただ、思うままに言葉を紡ぐ。
「死ですら僕達を離れさせられはしない。同じ魂を持っているから」
「ほう……」
「彼女は僕にフォーンベルグの名をくれた。その名前を名乗る以上、僕の誓いは絶対だ」
「なかなか言うな。その誓いを忘れるな。今はお前を弟だと認めてやる」
ローウェルは食い込むほど強く掴んでいた手を離し、シバの手を手に取った。
そして、しばらくシバをまじまじと見る。
「ふむ……」
先程までと違う、何か苦悩しながら考え込んでいるような瞳。
シバは小首を傾げた。
「弟か……俺は兄と妹はいるが、弟はいない」
「はぁ。そうなんだ」
「そこで頼みがあるのだが」
「な、なんでしょうか」
至極真剣な熱の込もった顔でローウェルは続ける。
その迫力にシバは頷くことしか出来なかった。
「一度、『お兄ちゃん』と呼んでみてくれないか?」
「え…………お兄ちゃん」
「ぬお! 中々の破壊力……だが、駄目だ! そうじゃないっ! もっと感情を込めろ!」
シバには弟妹がいたが、兄はいなかった。
恥ずかしさを我慢し、顔を真っ赤にして耳をぺたんと寝かせ、それでも顔を上げてもう一度言い直す。
「う、お、お兄ちゃん……」
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉ! それだ! よっしゃあああああたっ!」
「やめんか変態」
我慢の限界に来たクレリアが尻を蹴り上げる。
振り向いたローウェルに、彼女は密着して剣を突き付けていた。
「いや、な。ちょっと浸ってみたかったんだ。な? 決して連れて帰ろうとか思ってないから! だ、だから、クレリアさんその剣は仕舞おうな?」
「ク、クレリア大丈夫だよ。そうそうっ! 準備が出来たって僕は伝えに来たんだ」
慌ててシバもクレリアを制止する。
彼女はしばらく剣を仕舞わずにいたが、溜息を吐いて剣を引いた。
「やれやれ。相変わらず照れ屋さんだな。で、準備ってなんだ? 式典は明日からだろう」
「あ、うん。照れてるのかな……あれは。式典は明日からだけど、式典は二日間。初日は帝国最強の戦士を決める、第一回エルバーベルグ闘技会をやることになっているんだ。だから、その準備のためにもくじ引きしないとね」
解放され、額に冷や汗を拭いているローウェルに疑問の視線を向けながら、シバは答える。
今回の式典はシルキーが企画したものであり、彼女はただ楽しむだけの式典ではなく、三つの意図を含ませていた。
一つはリグルア帝国や隣接する魔王候補との交流。
シルキーはクレリアからリグルア帝国の動向を小まめに確認し、ただ家族として呼ぶだけでなく、これを機に国家としての繋がりを持つことを画策していた。
また、『狂った兎』を始めとする魔王候補達に招待状を送っている。そして、同じく現在の魔王候補達に敗れた部族の有力者にも招待状を出していた。
不戦条約を結んでいる『狂った兎』はライトラビット族の有力者を親善使節として送った上で、自領の有力者を招待することは拒否する対応を行ったが、ケンタウロス族の『緑の風』とリザド族の『噛み砕く者』は完全に黙殺。彼等に敗れた部族の者の多くが帝国の式典に参加する結果となった。
二つ目はエルバーベルグ闘技会の開催によるオーク族の精神面での取り込み。
これはオーク族の儀式を大々的に行うことで、彼らとの融和を図ったものだが、もう一つの意図がある。それはこの集落の名を変更することによる反発を最低限に抑える為である。
そして三つ目はラルフエルドからの遷都を大々的に祝うことである。それを他種族や新たに加わった種族に見せることで、帝国への感情を良好なものにすることを、シルキーは狙っていた。
「おい、我が弟よ。その大会は誰が出てもいいのか?」
「え。いいけど……まさか、出る気? お客さんなのに」
「ははは! 当たり前だ。そんな面白そうな大会にこの俺が出ないわけがないだろう! 飛び入り参加は祭りの華。お前達のお兄ちゃんの実力を見せてやる」
豪快に笑い、ローウェルはシバの頭をぽんぽんと叩く。
クレリアは苦虫を噛み潰してそんな兄を見ていた。
何度か叩くと満足したのか彼は離れようとしたが、忘れ物を思い出したかのように振り向く。
「そういや、ここがお前達の新しい首都になるんだな。名前は考えてあるのか?」
「考えてあるけど、まだナイショだよ。それは明後日ね」
「そうか期待しているぜ。よっしゃ! 盛り上げて来るか!」
ローウェルは親指を立て、シバの肩を最後に力強く叩くとくじを引くために、今度こそ足取り軽く闘技場の方へと歩いて行った。
第一回エルバーベルグ闘技大会は腕に覚えのある多くの戦士が参加し、大いに盛り上がることになる。
飛び入りで参加したローウェル・フォーンベルグは少年時代から常に最前線で戦って生き延びてきた、実力ではクレリアをも上回るリグルア帝国屈指の猛将ではあったが、くじ運は恐ろしく悪かった。
彼は一回戦こそ楽に勝ち抜いたが二回戦でハーディング、三回戦でカナフグ、準々決勝でブルー、準決勝でルーベンスと帝国の誇る実力者と次々に当り、疲労困憊で挑んだ決勝では、体力を温存して楽に勝ち上がってきたキジハタに敗れてしまったのである。
ローウェルは悔しがったが相手の実力も理解しており、キジハタから賞品の酒を渡されると愉快そうに笑って彼と酒を酌み交わしていた。




