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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
四章 決戦の章
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第二十八話 決着の時、始まりの時




 大樹の麓には柔らかい草で覆われた広場がある。

 周囲には何もない。


 他の木々も大樹を避けるように生い茂っている。

 陽が殆ど当たらないほどに密集している死の森では珍しい場所だった。


 広場の隅にはオーク族側の戦士達が整然と並んでいる。

 傷だらけでボロボロの姿だが、俯いている者はいない。


 その中央にはコンラートが巨大な剣の柄に手を添えて立っていた。



「随分とゆっくりしたお出ましだな。待ちくたびれたぞ」



 精悍なコンラートの顔立ちは、変わっていない。

 圧倒的な不利に陥っても、惨敗を喫しても気にした様子はなく、どこか相手を見下すような不敵な笑みを浮かべている。


 シバは帝国軍をオーク族とは反対の隅に待機させ、自身はクレリアと共にコンラートの前に進み出た。



「こちらにも事情があってね」

「そのようだな。あれから力が一気に落ちた」



 やれやれとコンラートは頭を掻いたが、その言葉に悲壮感はない。

 シバはそんな彼から視線を離さず、見上げて首を小さく横に振った。



「本当はもう2、3日掛けて全ての集落を陥落させるつもりだったんだ」

「おいおい、そんなことされたら決着を付ける前にあいつが腐っちまうだろ。台無しだぜ。しかし、状況が変わったか……となると」



 コンラートは呆れた様子でシバを非難し、考え込む。



「『狂った兎』が何かやったな」

「どうしてそう思うの?」



 答えを出すまでの時間は短かった。

 シバの隣でコンラートを警戒していたクレリアは、迷わずに正答した目の前の魔王候補に質問する。


 深い意味はない。ただ、聞きたいだけだった。



「俺の勘だがそれでもいいか?」

「構わない」

「俺が思うに……あいつは狂っていない」



 コンラートはクレリアの方を向き、ニヤリと笑う。



「ただ、性格が悪いだけだ。そして本気で魔王の座を狙っている」

「そう判断する理由がわからないわね」

「本当に狂っているなら、『獅子王』を殺し、四つの欠片を手に入れた余勢で俺達を殺しに来るだろう。それをしない理由はなんだ? 奴は冷静に警戒をしているのさ。そして、確実に利益を得られる方法を探し、勝てる機会を伺っている」



 シバもクレリアもコンラートの見解を黙って聞いていた。

 彼らには遠い存在だった『狂った兎』の情報は少なく、それが真実であるかはわからない。まだ、領土が近いオーク族の方が情報を集めている可能性は高かった。


 オーク族の中枢にいたコンラートの推測は重要な情報である。

 彼に嘘を吐く理由はなく、その可能性をシバもクレリアも考えていない。



「そもそもがライトラビット族だ。恐らく個人戦闘は得意では無いんだろうよ。ま、これは後付けで、殆どは理由の無い勘って奴だが。こんなもんでいいか?」

「ありがとう。いい冥土の土産だわ」



 殺意の込もったクレリアの礼に、コンラートは鷹揚に頷く。



「そうか。ならば対価を頂こうか。お前達の命でいいぜ?」

「それは高すぎるね。対価は一対一の勝負を受けることでどうかな?」

「はっはっは! わかってるじゃねえか。皇帝。俺はお前が嫌いじゃないぜ。こんな時代じゃなけりゃ酒でも酌み交わしたいくらいだ。俺はお前を戦士と認めている」


 

 皮肉混じりの冗談を笑顔で返したシバに、コンラートは男らしい笑い声を上げ、好意的な視線を向けていた。

 戦士と認めることはオーク族にとっては特別な意味がある。


 そして特定の誰かを戦士として認めることは、最高の好敵手として認めるということだった。シバにとっては意味が無くとも、コンラートには構わない。


 コンラートは剣を一度背中の鞘に納めた。

 不意打ちの可能性はない。彼はシバを信頼すると決めていた。


 クレリアは油断していなかったが、彼女はシバの意思に反することは無い。



「祭りを始める前に少しだけ説明をしよう。それくらいの時間はあるだろう」

「いいよ。僕も興味がある」



 シバが頷くと、コンラートは大樹を見上げた。

 その根元にはバセットの亡骸が横たえられている。



「そうか。まあ聞け。俺に勝てれば……お前達の統治の役に立つかもしれんしな」



 彼はシバとクレリアに背を向けたまま、バセットに視線を向けた。

 ただ、彼女のことには彼は触れない。



「ここはオーク族の聖地だ。フォルクマールが魔王候補の間はやらなかったが、一年に一度、籤で選ばれた戦士が命を賭けて争い、神を楽しませていた」



 コンラートは淡々とした口調で話し、改めてシバとクレリアの方を向く。



「勝者は神の使いとして名誉が与えられ、敗者は生贄として神の御本に送られる。オーク族の戦士達にとっては神聖な儀式だった」

「だった……?」

「そう。過去のものだ。フォルクマールはそれをくだらないと言って廃止した。それは奴がオーク族の忠誠を得られなかった原因の一つと言ってもいいだろう。しかし、果たして儀式は本当に無駄だったか?」



 シバはコンラートの表情を伺っていた。

 彼は別にフォルクマールを非難しているわけではない。


 どこかシバの反応を楽しむように過去を語っている。



「昔の俺は名誉を穢されたと思った。今は少し考えが違う。確かにあいつの言う通り無駄は無駄だ。しかし、祖父、父、自分、子、孫と代々連綿と続く儀式には何か他に違う意味があるのではないかと俺は思っている。それに……」



 シバはコンラートから視線を離せない。

 それほどに彼は真剣だった。



「たった一人の死で種族がまとまれるのであれば、価値があるとも言える」



 それは統治者としての言葉。

 多くの者が利益を得るために少数の犠牲を許容するのか。



「ま、俺が魔王候補の時はお前らとの戦いの準備で、それどころではなかったわけだが」



 コンラートは儀式を執り行うか迷ったのだと、彼の苦い表情からシバは思った。



(そして僕を試している)



 コンラートの言葉に意味はない。

 ただ、興味が湧いただけだろうとシバは思う。そして、答えても得られるものは何もない。それでも、彼はコンラートの言葉を真剣に受け取っていた。


 大切な何かを伝えるつもりだと気付いたから。



「随分と難しいことを考えるんだね」

「お前達を待っている間、暇だったもんでな。シバ、お前ならどう考える?」

「そうだね。生贄と楽しませること。どちらが重要なのかな?」



 思いの外、真面目に応えたシバにコンラートは感嘆の息を洩らし、反応に困りつつも頭を整理して答える。



「ん……そうだな。神を楽しませることだろう。生贄は真剣勝負の結果だな」

「じゃあ、生贄は動物で我慢してもらおうかな。お酒もつけて。その代わり神様にはもっと楽しんでもらうよ。面白い趣向を凝らして」



 シバはシバなりにきちんと考えたつもりだった。オーク族ではない彼にはそれがオーク族にとっては正しいのかはわからない。

 ただ、フォルクマールとコンラートの考え方が大きく違うように、違う種族であれば違うことも当然だとは割り切っていた。


 コンラートは予想外だったのか、「ほう」と小さく呟き、愉快そうに口の端を上げる。



「やはり、コボルトの考え方は面白いな。具体的にはどうする?」

「帝国最強の戦士を決める大会とかどうだろう。きっと盛り上がるよ?」

「く……くくっ……ははははははははっ! そりゃいい! 確かに盛り上がるな! そんな発想は無かったぜ! 俺が許す。俺に勝てたらそれをやれ……魔王候補特権って奴だな」



 顔を伏せ、十秒ほど考えてから出したシバの答えに、コンラートは腹を抱えて笑った。

 敵意も無く、ただ最高だと愉しそうに。



「ふぅ……いい時間だったぜ。惜しいな。第一回の優勝はもらいたいところだったが、それはルーベンスにでも任せるとしよう」



 一頻り笑うと、コンラートは満足したのか、表情を引き締める。

 シバもそんな彼に気圧されないように小さな拳を握り締めた。



「うちの神様をサボった数年分楽しませなければならん。少々儀式のやり方は違うが魔王候補同士の戦いであれば満足されるだろうし、生贄としても十分だろう。さて、そろそろやるか……皇帝」

「悪いけど、僕は絶対に手を抜かない」



 両手剣を握り締めたコンラートを前にしてもシバは武器を握らず、耳もしっぽもしっかりと立てて真っ直ぐな視線を向け、断言する。



「戦士として認めてくれたけど、僕は戦わない。戦うのはクレリアだ」

「ほう……?」

「そうじゃないと、君を満足させられないしね」



 眉を寄せたコンラートにシバは微笑んだ。

 そして、元々クレリアの剣であった自分の剣を彼女に返す。



「コンラート。クレリアと僕の持つ剣には人間の叡智が詰まっている。おそらく、人間は魔王の対存在である『勇者』の為にこの剣を作ったんだ。そして、作った人間はクレリアにその剣を預けた。クレリアに『勇者』の資質があると考えたんだろうね」

「それで?」

「だけど、クレリアには魔力はない。だから、彼女は剣の本当の姿に気付いていなかった。気付いたとしても並の人間の力であれば、剣は反応しなかったに違いない。だけど」



 シバは隣で無表情に立つクレリアに近付くと、口付けを交わす。

 彼女も僅かに頬を染め、静かにそれを受け入れた。


 そして膨大なシバの魔力はクレリアへと流れていく。


 全てを渡し終えると彼は名残惜しそうに唇を放した。



「こうすればどうかな」



 魔法を使えないクレリアに魔力は普通であれば意味はない。

 制御することもできず、身体からは魔力が漏れ出していた。



「剣が……」



 クレリアも少し驚いた様子で、湧き上がる風と共に薄暗い闇に包まれた始めた二本の剣を見詰める。

 彼女はミスリル銀製のこの剣を、切れ味のいい剣程度にしか考えてはいなかった。



「また、趣味の悪い……」



 使い慣れた二本の剣はクレリアの手元から離れて漆黒の闇に包まれ、真の姿を顕す。

 クレリアは苦々しく呟きながら、それを手にとった。


 合わさり一本になった、漆黒の刀身を持つ禍々しい両手剣を。



「魔王の力だからしょうがないよ。人間の『勇者』なら光の剣になるのかな?」

「そちらよりはマシですね。私はそんな柄ではありません。さあ、シバ様はキジハタ達とお待ちを。コンラートは私に……お気を付けて」

「うん、任せたよ」



 一瞬だけクレリアはコンラートから視線を外す。

 コンラートはニヤリと笑うとシバの背中に声を掛けた。



「些か興ざめだな。シバ。お前はそれでいいのか?」

「代わりに命を賭けるよ。クレリアが死ねば僕も死ぬ」

「くくっ……いい覚悟だ。やはりお前は戦士だ」



 シバが距離を取るとクレリアとコンラートはお互いの間合いを探りながら剣を向ける。


 クレリアの間合いは本来のものよりも遠い。

 それに気付くとコンラートもクレリアが外した視線の方角に視線を向け、クレリアにしか届かない小声で呟いた。



「心配するな……部下に『命令』してある。俺達の邪魔は絶対にさせん」

「信じましょう」



 僅かに怒りを滲ませているコンラートにクレリアは頷く。

 彼女としても自ら不利な戦場に赴いたコンラートが、誇りを汚すような小細工を他者に許すとは思ってはいない。



「魔王候補、コンラートの名において、この戦いを我らの神に捧げる」

「モフモフ帝国、クレリア・フォーンベルグ。決闘を受ける」



 先に動いたのはコンラート。

 クレリアは動かない。


 最短で距離を詰め、小細工無しにコンラートは剣を振り切る。

 クレリアはそれを真っ向から受けた。



「くぅ……ァァァァァッ!」

「ぐ……………ゥゥッ!」



 そして、巨大な鉄塊を正面から打ち返す。

 クレリアは踏み止まった。


 周囲の戦士達は呆然としている。



「ははははっ! 信じられん奴だ!」

「言ったでしょう。私は貴方と同じだと」

「間違いない。お前は俺と同じ天才だ!」



 コンラートは愉しそうに笑う。

 理不尽な力に対し、クレリアは力で抗っていた。

 そして、暴力的なその戦い方は、技術で圧倒した戦争での剣よりも、彼女に馴染んでいる。



「お前に出会えた事は最高の幸運だ!」



 草を吹き飛ばし、嵐のような砂埃を立ち上げながら剣の粋を凝らし、まるで示し合わせた舞踏を見せるように、卓越した二人の剣士は剣を打ち付け合う。

 

 殆どの者には姿を捉えることも難しい。

 手元は消えているかのように動き、激しい斬撃がお互いを仕留めんと交わされている。


 先に下がったのはコンラートだった。

 刹那の距離をクレリアは詰める。


 コンラートの瞳は死んでいなかった。

 直感。擬態。


 万全の体勢でコンラートの剣は袈裟懸けに振るわれる。

 クレリアは息を吐く。


 甲高い、澄んだ音が戦場に轟いた。


 続いて重い音が響く。

 コンラートの剣が半分になっていた。



「満足した?」



 淀みない動作で剣を正確にコンラートの心臓に突き入れ、クレリアは表情を少しだけ曇らせて囁く。

 コンラートは純真な子供のように澄んだ笑みを浮かべて頷いた。



「ああ……満足だ」

「バセットの隣に埋めて上げる」

「ふ……またあいつと……一緒に戦場を……探す……か……」



 力が抜け、コンラートの手から剣の柄が離れる。

 残された鉄の塊がドサりと重い音を立てた。


 呼吸は既にしていない。


 帝国の戦士達も。

 オーク族の戦士達も。


 誰も一言も漏らさない。

 コンラートの巨体が地に伏しても。


 場違いな穏やかな風の音だけが戦場には流れていた。


 コボルト族にとっての仇敵であり、自らの野望の為に魔王候補すら殺した男は、不敵さを最後まで崩すことなく、その生を終えたのである。



 この瞬間、コンラートが持つ二つの魔王候補の欠片はシバの手に渡り、残存する戦士達もコンラートの遺命に従い降伏。死の森における戦争は完全に終結した。




 誰もが雄敵の死を喜ばない。

 不利を知りながら、最期の戦いに挑んだ潔い戦士の死に、静かに祈りを捧げていた。


 そんな聖地に響く、場違いな明るい拍手。



「いやいやーイイものを見せて貰ったなぁ。凄いね。お姉ちゃん。見事な処刑だったよ」



 皮肉が込められた陽気な高い声。



「私は可愛くても敵なら殺すわよ? その前に撫でたいけど撫でていい?」

「駄目ー。首刎ねてきそうだし、何より撫でるの下手そうじゃん!」



 クレリアは一部始終を覗いていた金色の髪のドレス姿の幼女に殺気を向ける。

 首を横に振ってべーっと舌を出している愛らしい幼女の頭には兎の耳が付いていた。





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