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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
四章 決戦の章
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第二十六話 エルバーベルグの落日




 ルーベンスが降伏する前日、日が暮れた後からオッターハウンド要塞には続々と、食料や薬草などを始めとした様々な物資が運び込まれている。


 これらは軍需物資ではない。生活必需品である。


 その物資は順次整然とバセットが作った道に並べられ、帝国の追撃が始まると共に、同じくらいのスピードで最前線へと運ばれていった。

 同時に物資の山と共に、職人や薬師達も同行している。



「急げ急げーここからは僕達の仕事ですよー!」

「誠心誠意、新たな仲間達を迎えるのじゃっ! 帝国魂を見せる時ぞ!」

「荷車にはきっちり載せや! 時間掛かってもしっかり縛るっ!」



 中心となっているのは古株の政務官達。

 もこもこの毛並で雑草に引っ掛かっては痛がっているコボルト、プドルと立派な男爵髭のコボルト、ダックス、そして牛の頭を持つビリケ族のモーヴの三名である。


 彼等の役割は度重なる戦争と働き手の戦死、帰還した負傷者の対処等で厳しい状況下にあるであろう、オーク族の集落を帝国に迎えることにあった。

 この案はシルキーでは無く、彼等が提案したものである。


 戦略を担当するシルキーなどは、そもそもそれどころではなかったこともあり、



「全部責任コンラートに押し付けて、適当に恨ませたらいいじゃない」



と、面倒くさそうに言ったのであるが、それを聞いた彼等は大激怒した。



「そんなだから友達出来ないんですよ! ああ、ダックスさん落ち着いて! 変な髭が更に逆立ってますっ!」

「シャラップッッ! こ、こ、こ、こんのバカ娘がぁっ!」

「これやから戦争脳は……そんなことしたら後が大変や」

「それじゃあんた達が考えなさいよ」

「おう、言ったな? 小娘! やってやるわい! くくく! これでまた新しい街の開発が出来るわい! 見えるぞ光る汗水がっ! 蘇る西部がっ!」

「血肉湧き踊りますよねーダックスさん」

「うはは、利権利権! 唸る物流! 商売繁盛や。早速シバさんに相談するでー!」

「何言ってるのかさっぱりわかんないわ……政務官はこれだから……」



 こうして、売り言葉に買い言葉、よくわからないやり取りが成され、無茶振りに次ぐ無茶振りで鍛えられた帝国の勤勉(?)な政務官達の訴えはシバに認められた。

 彼等は日常の業務に加え、膨大な戦争準備と勝利後の対策まで、いつも通り過労死寸前になりながら用意したのである。


 こうしてダックス達はシルキーがオーク族の集落を降伏させる際に、怪我人の治療や当座の炊き出し、冬超えの備えの手助けなどの措置を説明させた。

 これは戦争が終わった後、帝国は戦争の被害を恨むことはなく、西部の集落を寛大に受け入れ、同じように帝国の臣民として扱うことを示す政策であった。


 苛烈な収奪と長きに渡る戦争で多くの被害を受けてきた帝国の臣民達は当然の如くオーク族を憎んでおり、この政策には反対したが、最も復讐したいであろうはずのシバが臣民達を集め、



「あの日の怒りは忘れたことはない。だけど、オーク族の中にも戦争で同じ境遇になった者は多いと思う。僕達はそんな彼等に同じことをするべきではない」



 そう語り掛け、続けて、



「みんなも忘れる必要はない。だけど、子どもや孫に恨みを引き継がないように、僕達で止めよう。楽しい未来を考えるんだ」



と、落ち着いた口調で語ると不承不承、不満を洩らしながらも彼等は政務官達の行動を認めていた。



 過去の諸部族への仕打ちを思い出し、戦々恐々としていた西部の諸集落は、帝国で命を賭けてきたオーク族の戦士達から戦後の協力に関する説明を聞くと、抗うことなく降伏していった。


 その際の政務官達の必死の働きは、西部の諸部族の態度を軟化させ、彼らが自然な形で帝国の臣民となることを認めさせる一助となったのである。



 ただし、表面化した数多くの問題が、本当の意味で解決されるまでには長い時を必要とはしたが……それは別の話だろう。




 オーク族の中心集落エルバーベルグ。

 その集落の中央には神の使いとも言い伝えられている一本の大樹があった。


 天に届かんばかりの高さを持つその木の麓には、オーク族の代々の族長が祭祀を執り行う聖地がある。

 コンラートはその近くにフォルクマールが立てた魔王候補の為の住居で帝国軍が来るのを静かに待っていた。


 彼は既に亡骸となったバセットを抱えたまま眠るように目を閉じている。


 この聖地には闘技場があり、年に一度祭りが賑やかに行われ、籤で選ばれた二名の戦士達が命を賭けて闘う。その敗者は生贄として捧げられ、勝者は神の使いとして名誉を与えられていた。


 籤は戦士だけが籤を引く権利が与えられる。

 コンラートは幼い頃に選ばれ、命を賭けて闘った。


 相手は歴戦のオークリーダー。

 子供だったコンラートは恐怖に打ち勝ち、運良く生き残った。


 それが初めて殺した敵。

 己と敵の血で血みどろになり、疲労と興奮で荒い息を吐きながら、倒れて後ずさるオークリーダーの頭を彼は打ち砕いた。


 師であるベルンハルトがコンラートの勝利を宣言し、小声で良くやったと褒める。

 厳しい師が初めて褒めてくれたと、幼い彼は喜んだ。


 瞬間湧き上がる全てのオーク族の大歓声。

 誇らしさと強敵を倒した高揚で、彼は腕を高々と上げ、叫ぶ。


 そんな中にただ独り、悲しげに顔を伏せている少年がいた。

 コンラートは彼を良く知っている。


 ハイオークの出来損ない、臆病者、卑怯者、弱虫。

 そして、誰よりも負けず嫌いで、勤勉で、努力を惜しまない少年。


 百年に一人の天才と呼ばれた自分とは正反対の道を歩いているのに、何故か気になる男。オーク族の中に溶け込めない異質なハイオーク。



「俺を祝ってくれないのか? フォルクマール」

「死んだオークリーダーは俺の集落の者だ。仲間想いで無能な俺にも色々教えてくれたし、親切にしてくれた……こんな無意味な戦いで命を落とすには惜しい男だったはずだ」



 コンラートが近付いたことで、フォルクマールにも視線は集まっていた。

 だが、幼いフォルクマールは毅然として自分で考えたであろう意見を言った。


 周囲のオーク達がざわめき始める。

 嘲笑や失笑も混じっていた。それは全てフォルクマールに向けられている。



「神聖な死だ。無意味じゃない」

「無意味だ」

「お前は臆病なだけだ」

「それを臆病と言うのならば、俺は永遠に臆病でいい」



 喜びに水を差された気分にコンラートはなっていた。

 高揚は霧散し、ただ、心の中に勝利したという事実だけが残っている。


 しかし、不思議と目の前で自分を睨んで非難する、最弱のハイオークを嫌いにはなれなかった。



「オーク族の全てが臆病と言っても俺は無意味と言ってやる」



 他の有象無象に比べれば彼は確固たる己を持ち、自分の言葉で語っている。

 コンラートはこの時から複雑な心情をフォルクマールに対して抱いていた。


 俺の前に立ちはだかるのはこいつだろう。

 そう心のどこかで思っていたのかもしれない。


 結局、魔王候補にはフォルクマールが選ばれ、実力者である長老、アルトリートと剣の師、ベルンハルトは全面的に彼を支持することを全オークに通達した。


 ほぼ全てのオークから嫌われた男は、瞬時にゴブリンを降すことで実力を示し、死の森を席巻する。だが、コンラートは積極的に協力することはなかった。



(負けを認められなかったのかもしれねえな)



 数年前を思い出し、コンラートは苦笑する。

 フォルクマールの方はコンラートを認め、重要な地を任せ、失陥しても庇う度量を見せていた。


 アルトリート達の年齢を考え、次代を見据えていたのではないか……。



(奴は誰にも理解されず、誰よりも嫌われながら、誰よりもオーク族のことを考えていた。大事な奴以外に興味のない俺とは違う)



 胡座を掻いて床に座り、ただ、眠っているだけのようなバセットの頭を胸に抱きながら、自分が殺した男のことを彼は思い出していた。


 惜しいとは思う。

 今、フォルクマールが生きていたなら、コンラートは喜んで仕えたに違いない。


 それでも、彼は今でも後悔だけはしていなかった。

 彼にとっては戦いは神聖なものであり、儀式なのだ。


 勝利も敗北も供物に過ぎない。


 フォルクマールが無意味と言ったように、コンラートはそう言い続ける。

 例え全ての者から愚かと言われても。



「ほほ、ほ、報告します。バードスパイン、ラインドスパイン、ラウエンリッツ、キーセンヴァルデ、クローネの諸集落が戦わずに降伏しました……」



 戦いに向かない為に残された、彼の古参の部下のコボルトが泣きそうになりながら報告する。コンラートに味方する者で情報を集める気力が残っているのは彼女だけだった。


 この住居には他にもチャガラを除いた東部戦線から彼に仕えた部下達が逃げ延びている。


 数は半数を切り、無傷の者はいない。

 彼等は戦場から先に離脱したコンラートを見限ることはなかった。


 コンラートは何も言わない。

 彼等も何も言わなかった。


 生きている限り夢はまだ続いている。

 ただ、お互いにそれに答えるだけだった。



「帝国は勝利した後まで考えていたらしいな。嘆きの林の穴熊共の動きはどうだ?」

「ワーベア族は動いていません」

「そうか。あそこの魔王候補は戦争は下手だが利口だからな」

「と、いいますと?」

「お前が聞いてどうする。意味があるのか?」

「あわわ! 申し訳ありません~~っ!」



 平身低頭で頭を地に擦り付けるコボルトにコンラートは苦笑すると仕方なさげに溜息を吐き、土に指を当てて簡単に地図を書く。



「まぁいい……教えてやる。帝国の奴等が来るまで暇だしな。嘆きの林と隣接している場所は三箇所。底無しの湖沼と悪夢の平原、そして死の森だ。底無しの湖沼では『噛み砕く者』率いるリザード族が、『水空王』率いるペント族、『万年亀』率いるタトル族を打ち破った。悪夢の平原は『緑の風』のケンタウロスの天下だ。どちらも魔王候補の欠片を三つ持っている。一つしか持っていないワーベア族が生き残っているのは、あいつらにとって林が不得手な地形だからだ。フォルクマールもだからこそ戦争の下手なワーべア族を滅ぼさず、盾に使った」

「あ、じゃあ、帝国か私達、どちらが勝利してもワーベア族には……」

「未来はない。奴らとは隣接はしてないが、死の森北西のティアース山地でも『狂った兎』が『獅子王』に完勝したようだしな。ワーベア族のあの女は帝国の勝利と見て、媚を売ることにしたのさ。戦争は下手だが、負けても不利になっても嘆きの林の諸部族を纏めている手腕を考えれば、確かに奴等は帝国向きだろう。何にせよ最早弱小の魔王候補が生き残る術はない」



 理解の早いコボルトの女はコンラートに尊敬の視線を向けていた。

 この未知の知識への貪欲さ。これがコボルト族の強みなのだろうと彼は思う。



「五つの欠片を集めた後は誰と組み誰を倒すか……外交が重要になる……か」



 これらの予測はコンラートだけで考えたことではなく、腕の中で眠るバセットと戦争前に推論を立て、語りあったことだった。

 彼女もまた、帝国の誰かと同じように相手に勝利した後のことまで考えていたのである。


 それはコンラートにとって心の踊る一時であった。

 しかし、それはもう戻らない時でもある。


 コンラートには逃げるつもりは無かった。

 ただ、逃げるだけであれば不可能ではない。


 しかし、それをすれば『狂った兎』が帝国を飲み込むことになる。

 到底許せることではない。互いに全ての力を使い切った好敵手への冒涜だった。



(それに逃げたところで再起は出来まい)



 シバとは状況が違う。

 コンラートは自身の裏切りを自覚しており、敗北した今となっては正しく真実がオーク族に伝わることを知っていた。そして、それを望んでいた。



(結局向いていなかったということか)



 己の能力の全てを出し切って戦争がしたかっただけ。

 結果はどうあれ目的は既に果たしている。


 みっともなく生にしがみつく理由も無い。



「チャガラは……逃げ延びたか?」

「コンラート様の助言通りに。コボルトが一名付いて行きました。ただ、決着が着くまでは契約だから待つ……と」

「あいつもいちいち律儀だな」



 軍をまとめて撤退したチャガラは敗北をコンラートの責任にはしなかった。

 淡々と敗因を述べ、その多くが本隊を率いた自分にあると彼は言っただけだ。


 ただ、チャガラはまだ帝国に対する敗北を認めていなかった。

 だから、全てを受け入れているコンラートと袂を分かつことを選んだのである。


 そして、コンラートもそれを認めた。



「クレリアは人間であった頃、国に雇われて闘う傭兵という仕事をしていたらしい」



 チャガラが羨ましかったのかもしれない。

 コンラートも煩わしい地位が無ければ出奔して、命ある限り戦ったのではと思う。



「俺もそれをやればまたあいつらと戦える……か」

「重用されるかはわからんがな」

「何処の魔王候補なら俺を買ってくれるかわかるか? コンラート」



 悠然と座っているコンラートに、チャガラは背筋を伸ばして問い掛けた。

 チャガラはバセットとは違い、軍務以外には向いていない。



「『狂った兎』だろうな。殺される可能性も高いが」

「わかった。他の者はお前に任せる」



 コンラートは真剣に考えた上で答えを出した。

 チャガラはその答えに頷くと他の仲間達にも別れを告げ、エルバーベルグを後にしたのである。


 伝令のコボルトへの説明が終わると、再び目を閉じてコンラートは黙り込む。

 何時間待っただろうか。

 一瞬のようにも、何日も待ったようにも思える。


 何時の間にかコボルトの女の姿もない。

 恐らくは表で相手を待っているのだろう。


 役にも立たないのに、仕事だからと。



「来たか……」



 エルバーベルグに近付く気配を彼は直ぐに察した。

 西部の殆どを下し、バセットの力をも奪ったシバの強大な魔力は隠しようが無い。


 すぐに、外にいたコボルトが部屋に飛び込んで来た。



「コンラート様っ! 帝国軍が来ました!」

「エルバーベルグに戦士はどれくらい残っている?」



 コンラートはバセットを優しく横たえると報告したコボルトに声を掛ける。

 すると彼女は戸惑い、シュンとして、ペタンと耳を伏せた。



「え……五十名程……です」

「ははっ! こんな俺にまだ従うとは物好きはいるものだな。まあいい。そいつらには特等席で本物の戦いを見せてやろう」



 泣きそうなコボルトの頭をわしゃわしゃ撫でると、コンラートは笑う。



「全軍に命令。帝国軍を聖地に迎えろ……丁重にな。無益な争いは禁じる」



 待ち人は来た。退屈の時は永遠に終わりを告げる。

 彼は厳かに命令を伝えると、愛用の武器を手に立ち上がった。




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