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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
四章 決戦の章
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第二十二話 死の森中央部会戦 傾く趨勢



 アルトリート戦死。

 その一報はオーク族の士気を完全に打ち砕いた。


 彼は長老であり、歴戦のハイオークであり、オーク族にとっては公平無私な統治者である。人望も篤く、ある種の象徴ですらあった。


 オーク族の戦士達への衝撃はクレメンスの戦死とは比べものにならない。

 そして、アルトリートの敗北は渡河した敵により、他の戦域の側面、後方が脅かされることを同時に意味していた。


 鶴翼の包囲の完成を防ぐことは最早出来ない。

 各方面の司令官達は趨勢が傾いた事実を受け入れざるを得なかった。



「間に合わず……か。せめて……いや……」



 本隊同士の戦いはややオーク族優勢である。

 カナフグの横撃を防ぎきり、戦意を失いつつあったグレーティアの軍勢を掌握し、尚且つキジハタを相手に優勢に立っていたゴブリンリーダー、チャガラは遠吠えを聞くと天を仰いで溜息を吐いた。



「敵の実力が今は俺を上回っていただけだ」



 チャガラは手にある血に汚れた剣を震えながら強く握り締める。

 軍を預かる者として、彼は決断をしなくてはならなかった。


 全滅するまで戦うのか、撤退するのか。


 

「これが結末か。この惨めな完敗が」



 口元を僅かに緩め、チャガラは自嘲する。

 数年前、コンラートが東部で敗北した時から従い、各地を泥に塗れながら転戦してきた彼は、過去に想いを馳せながら悔しげに身体を震わせていた。



「戦いは終わっていない! まだ、勝機はある! 隙を作るな!」



 浮き足立った軍を統率するために、チャガラは声を張り上げる。

 己も信じていない言葉を。自身も必死に戦いながら。



(くそ、グレーティアは何をやっている!)



 ハイオークで求心力も持ち合わせているグレーティアに比べ、ゴブリンであるチャガラの部下の掌握能力は高くない。これは指揮能力以前の種族的な問題であり、彼にはどうしようもない問題である。

 しかし、彼は戦前にはグレーティアの実力を全面的に信頼しており、現在のような状況に陥ることなど全く想像していなかった。


 苦い想いを噛み締め、裏切られたようだとチャガラは思う。



「慌てるな! 整然と後退しろ! 隙を作るな!」



 有力なハイオークの次々の戦死、やる気のないグレーティアの軍勢を加えた上で、キジハタ、カナフグの同時攻撃を受けて未だ潰走していないのは、チャガラの優秀さの証明であったかもしれない。

 彼自身は全く嬉しくはないだろうが。



 一方、戦力差の問題から苦戦を強いられていた帝国の戦士達は、グレーの遠吠えを聞くと、生気を取り戻し、士気はかつて無いほどに高まっていた。


 そして、全戦域の司令官は遠吠えを合図に止めの命令を下す。



「アルトリート殿は倒れたか……機だな。全軍突撃! 拙者に続け!」



 キジハタが左手に持った剣で敵を指し、先頭で駆け出していく。



「突撃。キジハタ様に合わせる」



 オッターハウンド要塞で己が鍛えた戦士達を率いているカナフグが、静かに呟く。



「グレーはやってくれたか。シルキー。僕達も全面攻勢に出る」

「わかったわ。後衛部隊は私が指揮を。前衛は任せるから。油断しないでね」

「言われるまでもない」



 エルキーの遠距離支援を受け、戯れるように敵の大軍を翻弄していたハウンドが、当然のことだとばかりに鼻を鳴らし、指示を出す。



「降伏した戦士は捨て置く。北方面全軍、敵後方を遮断」



 ブルーは第四軍の残党の制圧を手早く済ませ、軍を動かしていく。



「よっしゃ! やりおったな族長! うちらも突撃や!」



 南部でハイオーク、ルーベンスと神経を磨り潰すような戦いを繰り広げていたクーンも楽しげな声を上げて命令を出す。



「バルハーピー空走兵隊。先行して敵後方を攪乱する! まずは南東、ハウンドを援護する!」



 そして、グレーはそれらに先立ってバルハーピーを駆り、戦場を駆けていた。



 全戦線で帝国の攻勢が始まる中、オーク族の司令官の中にも余力を持っていた者が存在していた。南部でクーンと戦いを繰り広げているルーベンスである。



「アルトリート様が死んだか……」



 若いハイオークの少年は目を閉じて、黙祷する。



(まだ無意味な戦闘を続けさせるのか。疫病神のコンラートめ)



 心の中でルーベンスは毒付く。

 オーク族の殆どがそうであったように、彼もまた、アルトリートとベルンハルトの両名を深く尊敬していた。だが、オーク族の両巨頭であった二名は既に失われてしまっている。


 まるでオーク族の将来を暗示しているかのように。


 その責任の大半がフォルクマールを謀殺し、オーク族に勝利を投げ捨てさせたコンラートにあることは明らかなことであった。


 しかし、過去は動かない。そして、目の前には戦意に燃える敵の姿がある。

 こうなった場合に備え、ルーベンスは最悪の事態を想定しており、取り乱してはいない。


 南東部への援軍に思い切った戦力を割いた為、終始劣勢であったルーベンスだが帝国のやり口はオーク族の中でも最も研究、把握しており、執拗な攻撃に巧みに対応して被害を最小限に抑え、判断力も失ってはいなかった。



(問題のある奴等だから、アルトリート様の死にも無頓着なのか)



 数々の問題を持っていたためにルーベンスの部下にされたという彼の部下達も、この若い司令官の知性と実力を認め始めており、大人しく指示に従っている。



「どうしやすか? 司令官」



 戦意も未だに失っておらず、彼等は不敵な笑みすら浮かべていた。

 そんな部下にルーベンスもまた、好戦的な笑みを浮かべて問い返す。



「相手は僕達を侮っている。お前はそれを許すべきだと思うのか? 僕達はそんなに惰弱な軍か? 特別に返答の権利をやろう。答えろ」

「ルーベンス軍は最強ですっ! 司令官!」

「そうだ。忘れるな。変幻自在の奴等だが、もう少しで隙ができる。命令を聞き逃すなよ?」



 無意味な戦いであることを理解しながらも、彼は戦い続けることを選ばざるを得なかった。戦場で闘う多くの仲間を無為に死なせないためにも。


 ルーベンスは待つ。その時を。



「敵、全戦線で攻勢に移りました!」



 悲鳴のようなコボルトの報告。

 ルーベンスは恐怖で震えそうになる身体に力を全力で込める。


 笑みを作る。



(作り笑いになっていないか?)



 見抜く余裕のある仲間はいない。なら、ただ自信を持って指示を出せば良い。

 部下が動かなければ自分だけが死ぬだけだ。



「今だっ! 忌々しい猫女の頭を殴りつけるぞっ! 全軍突撃っ!」



 初めてルーベンスはクーンの動きを完全に捉えていた。

 躊躇わず、少年は両手で剣を携えて走る。


 後ろは振り向かない。

 部下が付いてきていることはわかっていた。



「あっ! まずっ!」

「ようやく油断したな。クーンっ!」



 攻勢に出た瞬間。

 お互いの距離が一瞬で無くなり、ルーベンスはクーンを見つけ、剣を全力で振り抜く。


 慌ててクーンはルーベンスの一撃を回避したが、帝国軍は大混乱を起こしていた。

 軍を纏めようとするが、ルーベンスはクーンに肉薄し、それを許さない。



「く、小僧がぁ……! やりおるなっ!」

「僕の勝ちだ。寝てろ」



 近接戦闘であれば、ルーベンスに遥かに分があった。

 彼はクーンの足を蹴り付け、骨を折ると当身を当てて気絶させる。止めを刺そうした部下は無言で制止し、彼は剣を掲げて宣言する。



「考えがある。負け猫は捨て置け。ディートルとビジョンを助けに行くぞ」

「は? はっ! 了解です!」



 ルーベンスは南部方面の帝国軍にすぐには動けない打撃を与えると、早々に部下達を纏めて南東方面の戦域へと向かった。


 既に結末の見えた戦場で若きハイオークは闘志を瞳に宿らせて抗い続ける。

 ルーベンスにとっての本当の死闘はこれから始まろうとしていた。




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