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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
四章 決戦の章
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第二十一話 死の森中央部会戦 三つ目の頭 後編



 元々人間であったクレリアを除き、誰も想像したことすら無かったであろう提案を参謀長ハウンドに持ち込んだのは大きな黄色い羽の飛べない鳥、バルハーピー族の少女、コリンである。


 いや、提案とは言えない。コリンは特に何も考えてはいなかった。

 彼女は単純にハウンドに自慢したのである。



「マジ最高でしたよ! 最速と最強。私達はまさしく戦場を駆ける黄色い稲妻!」 



 人間の時は騎士であったクレリアは、第一次オッターハウンド戦役の前からバルハーピー族の活用を考えており、専用の鞍や鐙も考案していた。


 コリンはその実験に協力し、実際に第一次オッターハウンド戦役ではクレリアを乗せて戦場を駆け回っている。実際には騎乗戦闘まではしていないが、危険な戦場の中で彼女が敵を完全に避けきったのは事実だった。



「私の速さには誰も付いてこれません。ぶおーん! バカ面ゴブリンの傍を通り抜け、ばしん! と鈍重オークを蹴り飛ばし、がーっ! とフォルクマールに迫ったんです!」



 コリンは実際にクレリアを背に乗せて戦場を駆けた感動を、各部署の報告書を配達するついでにわざわざハウンドが押し掛けていたシルキーの家の中まで乗り込んでまくし立てたのである。


 大袈裟なその話にちょっとコボルトらしくない現実主義者のハウンドとシルキーは白けていたが、次の言葉が彼らの表情を一変させた。



「私ってば武器持ちたかったんですよ! バルハーピーに武器を持たせば最強最速! 空を飛び、地を走り、森の中でもなんのその! 集団で走る姿は正に黄色い土石流っ!」



 バルハーピー族は底抜けに明るく、何事も大袈裟に話すことが多い。

 コリンも例外ではなく、彼女にとっては冗談混じりの雑談のつもりだったであろう。



「あ、集団で走る……その手が……ハウンド?」

「クレリア様しか出来ない……いや、どうなんだ。確かめなくては。それ以前にバルハーピー族の意思が。まとまってとなると種族的な危険も──」

「甘いわね。有効なら利用を──」

「長い目で見たらなるべくは──」



 しかし、ハウンドとシルキーの受け取り方は違った。

 一時沈黙した後、急にコリンを置いてけぼりにして真剣な表情で喧々諤々と話し合いを開始した変狼(?)達に、彼女は不思議そうに小首を傾げる。



「はへ? 私変なこと言ったかな?」



 しばらく、パサパサと羽を振りながら彼女は待っていたが一向に話が終わらなかったため、首から下げたカバンをポンと叩き、「ごゆっくりーお邪魔しましたー」と気まずそうにそそくさと次の配達先へと走っていった。



 ハウンドは悩んだ末にこの案をオッターハウンド要塞からの撤退時に実力を知ったグレーに、自分なりにまとめた報告書を付けた上で、後は検討して欲しいと丸投げすることにした。

 ハウンドもシルキーも他にやることが無限大に存在したため、この件ばかりに掛かりきりにはなれなかったのである。



「やれと言うなら僕はやる」



 過酷な訓練中の無茶振りに、若干遠い目をしながらも命令を受け取ったグレーだったが、実際にコリンに乗るとその有効性が彼には直ぐに理解出来た。

 とにかく速く、重いのである。


 何度も落鳥しながら乗り方を身に付けると彼はバルハーピー族との交渉に乗り出した。


 難航するかと思われたその交渉は、安全な後方任務にしか出来ないことに申し訳無さを感じていたバルハーピー全員の賛同によりあっさりと終了。

 子どもを除く全てが参戦と、グレーにとっては些か重い結論を彼等は出していた。



「君達の命は僕が預かる」



 ただ、彼は責任を投げられない。

 幼少時にグレーはオーク族に故郷を追われ、幼くして戦士となり、常に戦場で生きてきた彼はオーク族に対して深い憎悪と復讐心を持っていたからだ。


 そして、半ばで倒れた戦友達の無念も背負っている。

 傷付き戦えなくなった者の願いも。


 しかし、それ以上に強いのは第二の故郷を想う気持ち。

 どんな手段を用いてでも帝国を護ることを彼は決意していた。


 それが利己的ではないかともグレーは常に悩んでいる。

 バルハーピー達は一向に気にはしていなかったが。



「隊長。合図だよー。ワクワクするね」

「行くぞ、コリン。バルハーピー空走兵隊。出撃!」



 バルハーピー、コリンに騎乗したグレーが細身の槍を掲げると先頭に立ち、ケットシー族が北部を落としている間に、先に軍勢を引き連れて準備していたジャンプ台へと速度を上げながら走り出す。


 騎乗中は何も考えない。

 バルハーピーと気持ちを合わせ、心を高揚させると悩みは掻き消えてしまう。



「私は今、空を駆ける! とおっ!」

「なあ、黙って出来ないのか?」

「無理です! そういうもんです! 様式美です!」



 練習は死の森東部奥深くで繰り返していた。

 五十騎の空走兵隊のバルハーピーが空を舞い、徒歩では渡河出来ない場所を滑空しながら軽々飛び越えていく。


 賑やかに歓声を上げ、背中にコボルトやゴブリンを乗せて。



「バルハーピーフライング!」

「ふ、俺の空だ。蒼いな」

「オラオラオラーッ」

「お前ら煩い」



 飛べないはずの鳥の羽ばたきが、ほんの僅かの間だが空を黄色く染める。

 オーク族の見張りのあるコボルトはそれに気付き、戸惑いつつ報告をしたものの、忍び込んでいたケットシーにあっさりと取り押さえられていた。



「何度練習しても心臓に悪いな」

「さて、ハリアー川は無事超えたわけですけど?」

「ハウンドからは僕達を敵の後方に運ぶだけが仕事と言われているらしいな。だけど、僕はコリンの案を実行に移すつもりだ。協力してくれ」

「おー、隊長やるじゃん。こんじょー」



 戦場に向けて先頭を走りながら、コリンは自慢げに羽を振る。

 グレーは若干ぐったりしながら、そんな彼女の首筋を軽く叩いて答えていた。



「迷ったけどな。お前達の言う『はじまりの鳥』の話を信じるとしよう」

「大丈夫。きっと本当ですよー」



 確かに後方に軍を運ぶだけでも十分に効果的であるが、グレーは作戦に関しては変更する許可もハウンドからもぎ取っている。



「『はじまりの鳥』は全ての鳥を生み出した。だけど、初めのバルハーピーは身体が弱く、大人になっても空を飛ぶことは出来なかった。哀れんだ『はじまりの鳥』は空を駆ける羽の代わりに、地を自由に駆けられる足と頑丈な身体、そして勇気を与えた」

「グレー隊長もすっかりバルハーピー通ですね。うちは伝承いっぱいですよ。楽しいですよ」

「複雑な森でも全力で疾走出来るし、まあ、頑丈なのも間違いないな」

「大事なの忘れてますよ! 勇気! バーニングハート! 熱い心!」

「わけがわからないよ」



 グレーを含め、空走兵隊の団員は全員が半年の間、ある時は訓練をし、ある時は一緒に手紙や物を運び、食事を一緒に取り、眠るなど昼夜を問わず生活を共にしている。


 彼が迷いつつも無難な作戦を破棄したのは、バルハーピー達と共に過ごし、彼らのことを理解したからだった。


 バルハーピー族はコボルトやゴブリンとはまるで違う。

 記憶力が悪く、単純なようでいて本当に大切なことは忘れない。


 そもそも彼等にとって魔王はどうでも良い存在だった。

 彼等は戦力として歴代の魔王から必要とされなかったために、魔王軍として招集されることもなく、外敵から襲われない限りは平和に暮らしてきたのである。


 そのため『はじまりの鳥』の話を始めとした伝承や、自然や精霊への信仰など独自の哲学を持っており、他の部族とは全く違った精神構造を持っていた。



「仲間ですから。みんな同じ気持ちです」

「わかっている」



 バルハーピー族は襲われれば逃げることしか出来ない。

 それでも仲間が襲われれば見捨てることはない。


 例え捕食者を前にしても仲間を助けるためなら陽気に突っ込んでいく。

 活路は前にしかないとばかりに。



(クレリア様は人間が使う馬と彼等は性質が全く違うと仰られていた)



 帝国を仲間として認めた彼等は、帝国のために命を賭けることを厭うことはない。

 だからこそ、グレーは彼等の命を預かる隊長として、訓練を通じてあらゆる角度から作戦内容を検討してきた。


 それでも本番では何が起こるかわからない。

 ここから先は仲間達を信じるだけだった。



「全軍。敵陣を横断する。身体を密着させろ! 主武器は温存。全部バルハーピーに任せるんだ!」

「みんなー! 黄色い流星群作戦開始!」

「最速は俺だ!」

「いや、俺だ!」

「私よー!」

「ふふ、我に掛かればあの程度、障害物など無いが如し!」

「おいこら、お前ら仲良く突撃だ!」



 バルハーピーは道具ではなく一緒に闘う仲間なのだ。

 グレーと同じくバルハーピーと一緒に暮らした五十名の戦士達も同じ気持ちだろう。


 帝国軍で一番陽気な軍は、死力を尽くして戦い続けている戦場に、まさしく黄色い流星群となって突っ込んでいった。




 オーク族の優勢は一瞬で消え去っていた。

 三方向から敵を押し込んでいたはずの戦場は大混乱に陥り、一方的な展開に傾いている。


 数多くの戦いを乗り越えてきたアルトリートですら戦場の中で立ち竦み、何が起こったのか理解出来すに呆然としていた。



「有り得ん……有り得ていいのか……?」



 事実だけははっきりとしている。

 ゴブリンの背丈ほどもある巨大な鳥の集団が、全速力で戦士を踏み潰しながら駆け抜けていった。


 ただ、それだけである。


 しかし、問題は数。

 一匹だけならどうとでもなるバルハーピーも隙間なく、数十匹固まればどうなるのか。



「奴らの本当の狙いはこれか……初めのバルハーピーは囮……」



 全知を尽くし、多くの被害を出しながらも作りあげた勝利目前の状況が、理不尽な一撃によって覆される。

 アルトリートはその現象を、天災としか感じることが出来なかった。



「奴等は何度でも来る……アレを防ぐ手立ては……今は無いか」



 選択肢は最早彼に残されていない。

 チャガラとグレーティアの中央部が膠着し、ルーベンスが南部で押されている現状で北部のアルトリートが退けば待っているのは完全な敗北。



「オーバンに伝令だ。儂がブルーを倒す。お前は軍を立て直し、己の信ずる指揮を取れと」



 その後、機動力に優れた数十名のバルハーピー達が他の戦場で闘う友軍を奇襲すればどうなるか。結論は一つしかない。



「恐ろしい奴らだ」



 アルトリートは敵を賞賛して微笑む。


 戦線は崩壊していた。

 ジャックは混乱時にハイケットシーに討ち取られ、既に半包囲は瓦解している。


 

(オーバンも防ぐので手一杯だろう。少しは楽をさせてやらねば)



 アルトリートはオーク族の戦士達が逃げ惑う戦場で、独り前に出た。

 目の前には蒼い瞳のハイケットシーが立っている。


 密集していた戦場は混乱状態を経て散開しており、相手を見つけることは容易だった。


 お互い血で染まりきっていたが見間違うことはない。

 上位種は人型であるが故に極端に目立つ。



「初めましてというべきか。ハイケットシーの族長よ」

「僕はブルー」

「儂はアルトリートだ。ブルー……その首、頂く」



 血で煙る戦場で戦士達は全ての過去を拭い去ったような、澄んだ表情で向かい合っていた。お互いの心にあるのは勝利への渇望だけ。


 アルトリートは一直線にブルーに踏み込む。

 しかし、ブルーは大きく後ろに退いた。



「一騎打ちをする気は……無い」

「同じことよ!」



 帝国の射手隊は既に全員が渡河しており、ブルーを援護するべく矢を番えている。

 同時にオーク族側の戦士達も冷静さを取り戻し、奮闘している司令官を援護するべく、身を挺して守っていた。


 相対する司令官達を目印に、軍は集まってくる。

 バルハーピーの突撃で混乱していたオーク族もまとまり、乱戦が始まった。


 ブルーもアルトリートもお互いから目を離さないが、直接には斬り合えず、それぞれの敵を倒している。



「猫なめんな」



 渇いた唇を一度舐め、ブルーは呟く。

 身代わりになったトラの口癖。


 冷静だが心は何処までも熱い。


 戦況は優位。ハリアー川の下流側は完全に制圧し、敵を逆に半包囲しに掛かっている。

 乱戦ではケットシー族に勝てる種族はない。


 アルトリートの周囲を固める者達には隙は無いが、強引に隙を作り出して削っていく。



「射手。上流側の敵に集中。レックスとベンガルは攪乱しろ」



 戦いながらコボルトとすれ違った時にブルーは命令を伝達させる。

 脳裏に戦場の地図を思い浮かべ、彼は時を待っていた。



「本隊前進。アルトリートを討ち取れ」



 帝国の戦士達が雄々しく叫び、がむしゃらに前進する。

 力任せのその一撃をアルトリートは掌握し直した軍で防ぎ、容易には後退しない。


 そこで初めてブルーは自身が前に出た。



「一騎打ちしないはずではなかったのか?」



 護衛のオークを部下に任せ、ブルーはレイピアを無言で突き出す。

 その一撃を軽々と剣で受け、アルトリートは獰猛な吠え声を上げながら斬り払う。


 舞のような一騎打ち。

 周囲の戦士達は闘いつつも見とれている。


 力のアルトリートと速さのブルー。

 技巧はどちらも修練を重ねた優れたものだ。


 どちらも一歩も引かず、剣は当たらない。

 しかし、この場に至るまでに幾度もの戦闘を重ねているブルーの方が先に体力の底が尽き、剣筋が乱れていた。



「若いな。無駄な体力を使い過ぎだ」

「説教くさい爺」



 アルトリートの剣がブルーの腕を初めて掠める。

 深手ではないが浅傷でもない。


 ブルーはつまらなさそうに鼻を鳴らすと、傷を舐めた。


 そして前に出て剣を突き出す。

 アルトリートの背後で爆音が鳴った。



「その魔法は何度も使うものではないな。お前も死ね」



 『幻音』の魔法を見破り、アルトリートはブルーの剣を弾く。

 しかし、ブルーはそれでもなお、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。



 

 バルハーピー空走兵隊の隊長、グレーは敵陣を横断すると大きく円を描きながら敵の後方へと回り込んでいた。

 想像以上の戦果に彼の部下達は昂揚しているが、彼自身は冷静である。



(まだ、アルトリートを倒していない)



 ウィペット要塞の攻防戦で初陣を飾り、幾多の戦場で活躍してきたグレーはコボルトでありながらキジハタを心から尊敬しており、剣術だけでなくその精神も学んでいる。


 憎悪に心を焼かれないように。

 そして、コボルトらしい臆病さを勇気で補う術を身につける為に。



「全軍敵後方から突撃だ」



 そして、その努力の結果、初陣では未熟であったグレーは近接戦闘も射撃戦闘もこなせる冷静沈着な司令官として、『ケルベロス』の一角と目される程に大きく成長したのである。


 元々集団戦闘が得意なコボルト族の中でも彼の指揮能力は突出しており、参謀長のハウンドですら同数で同じ戦場であれば勝てないかもと唸るほどの能力を誇っていた。


 ただ、何でもアリであれば絶対負けないとも負けず嫌いなハウンドは述べている。

 残る『ケルベロス』の一角、シルキーも自分であればそもそも戦闘にすらならないから私が一番だとうそぶいていた。


 そんな子供みたいな性格の二名に比べ、グレーは彼らよりも年少ではあるものの狼が出来ており、部下からの信望は厚かった。この辺りが彼の強さの秘密であったのかもしれない。



「怖いと思うがそれでいい。相手はもっと怖いんだ。大丈夫」

「そうよー目を瞑って槍構えるだけでもいいよー任せて任せて」

「「「了解!」」」




 敵の右斜め後方に付くと空走兵隊は足を止める。

 グレーはすぐには動かずに全員の心が静まるタイミングを待つ。


 息を吸った。



「これで終わらせる。突撃!」

「「「おおおおおおおおおおっ!」」」



 先頭で駆け出したコリンの手綱にしがみつきながら、グレーは戦場を観察する。

 コボルトであるグレーとバルハーピーであるコリンはこの半年で鳥狼一体と言っていいほどになっており、お互いの意思疎通も言葉なしでも出来るレベルに達している。



「私達の狙いはでっかい大物ねー」

「槍は使い捨てだからそれまでは温存する。頼んだ」

「任された!」

「全軍! あの塊だ。あそこを潰せば後は壊乱する!」



 ただ、彼等は緊張を解すためにわざと明るく口に出していた。


 勢いを活かし、空走兵隊の戦士達は目の前に現れた敵に槍を突き挿していく。

 非力なゴブリンやコボルトでもバルハーピーの加速が加われば、即席で造られた槍であってもオークすら貫通する威力を持つ。


 その一撃がアルトリートの元に集まり、抵抗しようとしていたオーク族の一弾を文字通り粉砕していく。



(どこだ……)



 そんな中でもグレーは散発的な敵の攻撃を掻い潜り、標的を探す。

 そして、彼は見つけた。



「コリン!」

「はいはいさー」



 標的の真後ろに回るとコリンは真っ直ぐに駆け出した。

 大きな爆発音が唐突に起きたが、彼女は意に介さない。



「うおおおおおおおおおおおっ!」



 槍をしっかりと身体で固定させ、前屈みになりながらその標的の背中に槍を突き出した。

 振り向かれれば相手の実力を考えれば殺されるかもしれない。


 それでもグレーは躊躇しない。


 相手は振り向かなかった。


 槍が相手の背中を抉り、胸から穂先が突き出す。

 明らかに致命傷だった。



「いいタイミングだったね」



 標的が倒れると北方面軍の司令官、ブルーが凄みのある笑みを浮かべていた。

 彼は足を止めたコリンの頭を撫で、グレーの手を叩く。



「グレー。君の勝ち。名乗り上げていい」

「さすが隊長ー」



 ブルーが普段の無表情で淡々といい、コリンが羽を上げて喜びの声を上げる。

 身体の震えが止まらず、跳ね上がりそうな胸を抑えながら、グレーは力強く頷いた。



「敵司令官アルトリート! バルハーピー空走兵隊隊長グレーが討ち取った!」



 幼い頃にオーク族に故郷を潰され、その敵討ちのために若くして軍務に仕官したグレーにとって、アルトリートはある意味では最大の怨敵である。


 彼は憎悪を心の中に抑え、戦士として常に冷静であることを心掛けてきた。それは簡単ではなく、最前線で憎悪に支配されそうになったことなどいくらでもある。


 それでも彼は勝利のために己を律して来たのである。

 本懐を遂げた時、グレーは自分でも不思議なほど敵に対して憎悪を感じなかった。あるのは勝利の喜びだけ。


 それなのに溢れ出た感情で胸は締め付けられ、訳も分からずグレーは涙を流している。


 長い間溜め込んだ様々なものを一気に吐き出すかのようにグレーは大声で勝利を宣言し、遠吠えで同様の内容を全軍に伝えた。


 この瞬間、北部方面の趨勢は完全に定まった。





────ケルベロス作戦三つ目の頭について



 第二次オッターハウンド戦役において、総参謀長ハウンドは質において帝国とほぼ互角に近くなったオーク族の大軍を迎え撃つために、様々な手を打っていた。

 この戦争が全面的な野戦となることを確信していた彼は事前に地形を詳細に精査し、正攻法を優位に行える配置を考えつつ、確実に優位を取るため、三名のコボルトを主体とした三つの奇策を考案している。


 一つ目はシルキーを主体としたオッターハウンド要塞奪取作戦。

 二つ目はハウンドを主体としたエルキー族義勇兵による伏兵。

 そして三つ目がグレーを主体とした機動部隊による突撃である。


 ウィペット要塞での初陣から数々の戦功を立ててきたグレーだが、同世代のハウンドに比べればそこまで派手なものではなかった。


 彼はハウンドやシルキーのような異端の才能を持ち合わせていたわけではない。

 しかし、キジハタを尊敬することで近接戦闘、遠距離戦闘の双方に通じており、また冷静沈着で穏やかな性格でありながら、勇気も持ち合わせていたことから部下からは絶大な信頼を集めていた。


 彼はどちらかと言えばコボルトらしいコボルトであり、『コボルトに一芸しかなし』の格言に従うのであれば戦士という一芸を極めた男であったとも言えるのかもしれない。


 ハウンドは彼を一方面の司令官として使うことを当然に考えていた。

 しかし、誰も考えたこともない全く新しい発想の機動部隊を有効に活用できる指揮官が彼以外思い浮かばなかったのである。


 バルハーピーにゴブリンやコボルトが乗って闘うこの機動部隊は、『空走兵隊』と名付けられ、主装として槍を持ち、副装として剣や弓を装備していた。


 彼等はグレーの指揮の下、第二次オッターハウンド戦役で多大な戦果を上げている。


 そして、グレー自身もオーク族の長老であるアルトリートを討ち取り、その名を死の森全土に轟かせる結果となった。


 死の森で最も強いオーク族の長老をただのコボルトが討ち取る。

 彼等の戦いは第二次オッターハウンド戦役の転換点であると同時に、死の森の未来を決定付ける戦いとなったのである。



『モフモフ帝国建国紀 ──決戦の章── 二代目帝国書記長 ボーダー著』




コボルト族的評価


ハウンド:よくわからないけど凄い!

グレー:みんなあのコボルトらしさを見習おう!

シルキー:ちかづきたくないです。

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