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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
四章 決戦の章
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第二十話 死の森中央部会戦 三つ目の頭 中編


 帝国軍は大きな盾を構えたゴブリンを中心に攻勢を開始した。


 川の半ばに達した頃には矢が雨のように彼らに降り注いでいく。

 その中を帝国軍は一歩一歩、歯を食いしばり、倒れた仲間に見向きもせず、しっかりと僅かな足場を踏みしめて歩を進めていた。


 オーク族の備えは万全であり、矢が尽きる気配はない。

 それでも怯むことなく帝国軍は冷たい水に足を浸し、オーク族の陣を目指して前進する。


 盾の後方からはコボルト達が相手を牽制するように矢を打ち込んでおり、じわじわとお互いの戦力を削っていた。


 盾の裏に隠れていたのはコボルト達だけではない。

 『野良猫隊』とバルハーピー達もまた身体を屈めて川を渡っている。



「先頭には僕が立つ。突撃隊はバルハーピー達の力を信じて待て」



 近接戦闘を得意とする戦士達は後方に控えていた。

 ブルーは落ち着いた口調で指示を出しており、戦士達は黙して従っている。



「僕も含め撤退は許可しない」



 淡々としながらも、有無を言わせぬ決意を込めた命令。



「僕達の手で、哀しいばかりなこの戦争を終わらせよう」



 歴戦の強者であるが故に、部隊の戦士達は多くの戦友を失っている。

 ブルーの言葉は静かに燃える青い炎のような戦意を精鋭部隊に与えていた。



「野良猫隊、前進!」



 盾に隠れていたケットシー達が、ハイケットシーのトラを先頭に駆けた。

 彼らの殆どは弓を構えており、残る三十名近くの手の中には鉤爪の付いたロープがある。

 ロープを持ったケットシーが射抜かれると、他のケットシーがそれを拾い、オーク族の陣地へと距離を詰めていく。



「投擲っ!」



 戦意の薄い野良猫隊の中にもいる、勇気ある戦士達がロープが届く位置に達した時点で、オーク族の射撃部隊が隠れている木の柵へと鉤爪を投げる。

 鉤爪のロープの反対側はバルハーピーに結ばれていた。



「奴らの狙いはこれか! それを外せ! いや、切断しろ!」

「矢が激しく……くっ! 間に合いませんっ! いくつも複雑にっ!」

「クソッ! バルハーピーはこの為か! 小細工を!」



 最前線で指揮を取るオーバンが帝国の意図を察し、射撃部隊のコボルト達にロープの切断の命令を下すが、刃物を殆ど持たない彼らでは間に合わない。

 用心していれば防げたとオーバンは歯噛みしながらも、彼は次に打つべき手を思考していた。



「バルハーピー。走れ」

「おっけー」

「我等が力を見せる時。居残り組だが」

「心の中で、俺は既に空を飛んでいる」



 十名程のバルハーピー達が、黄色い翼をバタつかせ思い思いに雄叫びを上げながら、ロープを力強く引き、敵の篭る柵の一部を力尽くで破壊する。

 その範囲は狭いものであったが、ブルーは躊躇しない。



「勇者達よ。僕に続け! 野良猫隊は援護。方法は任せる!」

「すばしっこいのが来るぞ! 弓隊は下がれ! それ以外は川際を死守だ!」



 ブルーが吠えながらレイピアを抜いて駆け、オーバンも鉄の槍を構えて指示を飛ばす。柵が破れた部分からブルーは一番乗りで侵入し、無駄の無い動きで渡河地点を封鎖しに来たゴブリンを刺し殺した。


 彼に負けじと帝国軍は破れた穴から次々雪崩れ込んでいく。



「命令……受け流せか」



 橋頭堡の確保を防ぐことは困難。

 オーバンはアルトリートの命令の意図を察し、軍をまとめ、緩やかに受け流しながら川の上流、右翼側へと後退する。


 同時にアルトリートの本隊は前進し、川の下流側を守っていたジャックに攻撃命令を下す。



「陸に上がった帝国軍を左右から締め上げろ。儂は正面から奴を止める」



 戦力外と考えられていたバルハーピーによる、思いもよらぬ攻撃にもアルトリートは全く動じていなかった。



「円陣。味方の渡河を待つ」



 帝国とオーク族の重鎮の視線が遠くから一瞬だけ交わる。

 戦端が開かれれば、どちらの心からも全ての迷いが消え、お互いの殲滅に思考は染め切られている。


 敵意はあるが、怨みはない。

 あるのは重い責任を持つ者同士の共感か。



「強敵」



 風が熱い。

 遠くからは爆発音が轟いている。


 ケットシー族の得意魔法である『幻音』だった。

 野良猫隊も出来うる限りの援護を行なっているが、効果は少ない。


 アルトリートはケットシー族の魔法への対処も部下に施している様子だった。



「ふぅ………ぁぁぁぁっ!」



 軍が集まり、戦場は狭まっている。

 肉の壁を利用し、力尽くで捕まえようとしたオークの腕を、相手の内側に入って掴み、支点にして相手の身体の上へと軽々飛び乗って、真上から肩を貫いて心臓を穿つ。


 倒れ込むオークを足場にして味方の近くに飛び下がりながら、懐からナイフを取り出し、ゴブリンに投げ、相手の目を潰す。


 初めての全力だった。

 長くは持たない戦い方でもある。


 ブルーは熱く燃え盛る心の赴くまま、剣を振るう。

 対照的にアルトリートは冷徹に、的確に指示を飛ばし、戦うべき時だけ剣を振るっている。


 ここで力尽きても大丈夫。

 ブルーは仲間達を信じている。


 必要なことは本当の狙いに気付く余裕を奪うこと。

 そして、それまでこの橋頭堡を保持し続けること。


 次第に剣を振るう広さも無い程に軍勢が密集していく戦場で、仲間や敵と身体をぶつけ合わせ、倒れた亡骸を踏み越えながら前進と後退を繰り返す。


 我慢の必要な戦いだった。

 元々こうした戦いはオーク族の方が向いている。



「もう少し」



 全身を朱に染めたブルーは目元だけを拭いながら、更に前に出る。

 しかし、ふと周囲を見ると、最前線で戦っていた味方の殆どが消えていた。



「機だ! 相手は自由に動き回れん。ハイケットシーを討ち取れ!」



 初めてアルトリートが大声を張り上げる。

 反応したオーク達は猛り狂いながらブルーを押し潰すべく、距離を詰めた。



「ブルー様、逃げ……!」



 体力の消耗が彼から一瞬の判断を迷わせる。

 彼を救うべく敵に立ちはだかったゴブリンを救おうとしてしまったのである。



「大丈夫。君は退け」



 ブルーは失策に気が付いたが、冷静に剣を構えた。

 開き直ったとも言えるかもしれない。


 ほぼ確実な死。だが、副将は無事である。

 最終的に勝利すれば問題はない。



(ターフェに借りは返す。全員倒してでも生き延びる)



 前面の敵をブルーは睨みつけた。


 しかし、そんなブルーの脇を黄色と黒の髪の少年が駆け抜けていく。

 彼の後には多くのケットシー達が続いていた。



「トラ。命令は」

「ニャー。”やり方は任せる”族長。自分のやること忘れるな」



 すれ違いざまにトラは敬礼しながらニヤリと笑って、すかさず言い返す。

 オーク達の後方での爆発音。


 ハイケットシーであるトラの『幻音』。戸惑った数名のオークに身体ごと取り付くように、ケットシー達は群がり、急所に武器を突き刺していく。


 トラはその中で戸惑わないオークを狙いを絞り、仕留めていた。

 当然オークもやられてばかりいるわけではない。


 力に劣るケットシー達は動きを封じ込められると次々に倒されていく。

 だが、それでもトラの率いる野良猫達は一歩も退かなかった。



「猫なめん……なっ」

「族長だけではなかったか。儂を誰か知りながら正面からとは。面白い」



 低い姿勢でトラはアルトリートに肉薄し、レイピアを突く。

 電光のような素早い一撃を、アルトリートは剣の腹で受けた。



「戦った場所が悪かったな」

「まだまだ。お前を殺して仲間達の恨みを晴らす」



 ハイオークであるアルトリートの身体はハイケットシーであるトラの一撃では小動もしない。そもそも、子供と大人程に体格に差があるのだ。

 これが自由に動ける戦場であればまた結果は違ったのかもしれない。



「最早恨みはお互い様だろう。どれだけ血が流されたと思っている」



 必死に攻撃を続けるトラに、アルトリートは静かに告げる。

 彼は小さな傷は負ったものの大きな傷は一つも負っていない。相手の速さのために防戦には回っているが、まだまだ余裕があった。



「剣筋が荒い。キジハタはそんなものではなかったぞ?」



 その時、後方近くで爆発音が聞こえたが、アルトリートは気にも止めなかった。

 ハイケットシーの悪あがき、『幻音』の魔法であることは明白だったから。



「使いすぎたな。ハイケットシー!」



 魔法と同時に放った相打ち覚悟の捨て身の一撃をアルトリートは軽く弾き、悔しそうに睨むトラを一太刀で両断した。



「しかし……時間を稼がれたか。見事だ。名も知らぬ戦士よ」



 ピクリとも動かないトラを一度だけ見据え、アルトリートは苦い呟きを漏らす。

 トラとその部下達の決死の特攻は、帝国とオーク族との間に僅かだが空隙を作り、帝国が態勢を立て直す余裕を作っていたのである。


 アルトリートはブルーが同じ過ちをもう一度冒すとはどうしても思えなかった。

 それでも現状でのオーク族の優勢は間違いない。

 アルトリートは改めて帝国軍を締め上げるべく、命令を下した。


 その時、彼の元に遥か下流の見張りのコボルトから不可解な伝令が届く。



”バルハーピーの軍勢が空を飛んでいる”



 言葉の意味が分からず、アルトリートの思考が一瞬だけ止まる。

 有り得ないことである。飛べない鳥なのだ。


 続く報告はない。

 伝令の位置も不可解だった。


 報告された場所はバルハーピーの足であれば、確かに短い距離かもしれないが、他の種族であれば一刻以上は掛かる場所である。


 そしてバルハーピーだけでは何も出来ない。

 他の種族が居てもその前に趨勢は決まる。


 アルトリートはそう判断すると下流側で交戦しているジャックに用心するようにだけ伝え、橋頭堡で不利な戦闘を続ける帝国軍の殲滅に取り掛かった。





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