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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
四章 決戦の章
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第十七話 死の森中央部会戦 戦場での再会




 あまり手間取るわけにはいかなかい。

 グレーティアはハーディングとの距離を躊躇せず詰める。


 現在の戦況は五分に近く、帝国が得意とする持久戦になれば不測の事態が起きてしまうかもしれない。その前に決定的な優位を作る必要がある。



「剣聖とは大きく出たわね!」



 速さを意識した右の斬撃。

 当たれば両断を免れない威力と速度の一撃を、ハーディングは紙一重で避ける。


 茶色い毛が数本宙に舞った。

 それでも彼に動揺の雰囲気はなく視線はグレーティアを放さない。


 彼女は相手の素早い反応を意外に思いつつも更に踏み込んで左の剣で突く。




(こっちに合わせた? 器用なことを!)



 グレーティアの突きを受け流しながらハーディングは左腕を狙う。 

 その一撃を彼女は右の剣で払いのける。


 咄嗟に反応出来たのは、同じように『剣聖』を名乗っているキジハタとの戦いを覚えていたからだった。

 姿はまるで似ていないが、剣は瓜二つ。


 違うのは顔に出易いことくらいか。

 彼女はそう思いながら汗を拭いもせずに微笑む。



「右は虚。左利きだな。お前」

「よくわかったわね。やるじゃない」

「お前より強い相手と訓練しているからな。でも、やっぱ強いなーハイオーク」



 口調こそ飄々として余裕がある様子だったが、グレーティアは相手の焦りに気付いていた。


 実際に剣を合わせることで彼自身気付いたのだろう。それでも諦めていないのは好感が持てるが、彼女としては時間を掛けられない。



(私の邪魔をしたあの剣士に似ている。だけど、あの時とは違う)



 初代の『剣聖』とグレーティアとでは技量と経験に大きな開きがあった。

 目の前の二代目と名乗った少年も歳を考えれば天才的ではある。


 深い森という地形の中で、小柄なグレーティアよりも更に小柄な身体を活かす術も知っている。

 しかし、グレーティアもまた地形を活かす術は身に付けていた。



「末恐ろしいけれど……せめて後三年早く生まれていたらね」



 互角の技量であれば勝負を分けるのは膂力と経験。

 単純であるが故にこの二つの差を埋めることは至難である。


 グレーティアは惜しむように呟くと、ハーディングに向かって斬り掛かった。



 ハーディングはかろうじて、グレーティアの猛攻を防いでいた。

 不利は理解している。彼は帝国の実力者を相手に剣を磨いており、目の前の相手もそれに劣らぬ実力者だと剣を合わせた瞬間に知ったからだ。



(誰だろうと負けられない)



 それでも心が折れていないのは、友達を後ろに抱えているからだった。

 帝国に敗北して移住し、それでも必死に頑張っているハクレンを守るという少年らしい義侠心が、死への恐怖から彼を守っている。



「逃げてばかりでは勝てないわよ?」

「あーくそ! わかってるさ。今、考えてるんだよ!」



 グレーティアの構えに乱れはない。

 二本の剣を自由自在に操りながらも、剣に振り回されることなく、的確に命を狙っている。ハーディングは森の巨木を利用して相手の攻撃方向を限定して避けているが、不用意に反撃に移ることは出来なかった。



(父さんが言ってた通り、どこか不自然っ……やばっ!)



 力任せに剣を弾かれ、身体ごと飛んで受身を取り、直ぐに追撃の剣をかわす。

 やられ慣れている彼は歯を食いしばり、必死に生き延びながらも思考を巡らせる。



(こんなのカロリーネさんに比べればずるくない)



 彼女は素早いし、一撃一撃が重い。

 しかし、それはどこか常に護りを考えた攻撃だった。



(強いけどなんかチグハグなんだよっ……な!)



 軽い右の一撃を全力の一振りで撃ち落とす。

 鉄のぶつかり合う鋭い音と共に、火花が散る。



(うう、腕が痺れる。でも大丈夫!)



 高ぶっていた心は冷たい汗で冷やされていたが、焦ってはいない。


 牽制程度の力しか込めていないグレーティアの斬撃がハーディングの全力と殆ど変わらないことに、彼は不条理を感じつつもまだ余裕があった。


 グレーティアは早く指揮官であるハクレンを倒したいはずであり、もっと強引に仕留めに来るとハーディングは読んでいたが、それがない。

 二本の剣に拘るから彼でもかろうじて剣を受け流すことが出来ている。


 ハイオークの少女の荒々しい性格を見れば、もっと積極的であってもいいはずなのに。

 現に相手は苛立っている。



「くぅ……はぁっ……はぁっ……ふぅ…………」

「私の動きを読んでいる? 目がいいわね」

「違う。俺はお前の剣を知ってるだけだ!」



 攻撃の合間を見計らってハーディングは大きく深呼吸し、剣を構え直した。

 自分以上の相手との初めての命のやり取りは、想像以上の体力を彼から奪い取っている。それでも、ハーディングは彼女には負けたくなかった。

 グレーティアの剣を知ることで、その想いはより強くなっている。



「お前フォルクマールって凄い剣士の弟子だろ」

「何?」

「どうしてコンラート何かの手下やってんだよ!」



 グレーティアの表情が僅かに歪み、攻めの手が止まる。

 その間にハーディングは距離を取り、彼女を睨みつける。


 少年らしい真っ直ぐな怒りの感情をぶつけられ、理解出来ずにグレーティアは困惑していた。

 他の者が言ったのなら、彼女も相手の謀略と切って捨てただろう。


 しかし、目の前の少年はグレーティアには小細工とは無縁に見えた。口調もフォルクマールを評価しているように思える。

 だから、思わず彼女は聞き返してしまった。



「意味が良くわからないのだけど?」

「お前の剣、クレリア様が見せてくれた剣と全く同じだ」

「それで……?」



 クレリアの名前を聞き、グレーティアの心が憎しみで黒く染まる。ハーディングへの好意が失せ、殺意が剣の先にまで満たされていた。

 だが、次の一言が彼女を止める。



「あのクレリア様が『完敗した』って程の剣士の弟子の癖に……しかも、それだけしっかり学んだ癖にフォルクマールって奴の背中を斬った奴に従うなんて……剣士として許せないっ! お前なんかに負けてやるもんか!」



 グレーティアの表情が一瞬固まり、俯いて止まった。

 周囲の喧騒以外の音が無くなり、沈黙が場を支配する。



「あーえっと……?」

「兄さんがフォルクマールを……?」



 言った側のハーディング自身も相手への影響の大きさに、怒りが維持できずに剣の振り下ろし先に困っていた。

 油断せずに後ろにジリジリと下がる。


 一見無防備にも見える隙を狙わなかったのは、彼なりに嫌な予感がしたからだった。



「くく……ふふ……」



 グレーティアの身体が震える。

 不気味に……不吉な笑みを浮かべながら。


 ハーディングは理解が出来なかった。


 理解できるはずもない。

 一度剣をあわせただけの敵手の少女の気持ちなど。


 栗色の髪がふわりと揺れた気がした。

 同時にグレーティアの姿が消える。


 強烈な初撃を防げたのは偶然だった。



「ぐぅっ! なんて力だ!」



 護りを振り捨てた一撃だった。

 力任せな野蛮な攻撃。力を僅かに逸らしてなんとか掻い潜る。



「嘘吐きは消えなさい」



 今までとはまるで違う狂気の篭った斬撃。

 それがグレーティアの持っていたチグハグさを消していた。


 急な変化にハーディングは必死に食らいついていたが、徐々に押し込まれていく。



(ハクレンは……逃げられたか。なら、一か八か)



 周囲を確認するとハクレンは既に倒れていた場所から消えていた。

 それでいいとハーディングは思う。


 彼女には彼女の役割があり、自分には自分の役割がある。

 息を整え、機を待つ。


 一度でも当たれば致命傷の攻撃を必死でいなしながら。


 右の剣をかわす。

 左の剣は巨木が邪魔をして振れない。


 動きは限定される。

 ハーディングが勝機として待っていた機だった。



(突き。今度こそ決める!)



 相手の剣に己の剣を滑らせるようにして踏み込む。

 しかし、グレーティアの反応は想像を超えていた。


 彼女は咄嗟に剣を手放していたのだ。

 ハーディングの剣は空を斬る。



「同じ手を使うなんて甘いわね」



 ハーディングの耳の傍でグレーティアは艶かしく呟いた。

 膝蹴り。くの字に少年の身体が折れる。


 追撃の左の拳が側頭部に深々と突き刺さる。



「貴方如きに私のフォルクマールを語られたくないの。死になさい」



 グレーティアは残された右の剣を、蹲っているハーディングに振り上げる。

 しかし、彼女は止めを刺さず、直ぐにその場を飛び退いていた。



「あら、不意打ち失敗。久しぶりね。グレーティア」



 鉄の塊がハーディングとグレーティアの間に轟音と共に叩き込まれる。



「カロリーネ……姉さん……嫌なタイミングで」

「偶然じゃないわよ。決着が付くまで見物させてもらっていたの。けど、意外ね。ここまで攻めて来るのはクレメンスくらいだと思っていたのだけど……貴女とは」



 その巨大な武器の持ち主である長い黒髪のハイオークの美女は、己を姉と呼んだ少女に向けて、殺そうとしたとは思えないほど親しげな笑みを浮かべていた。




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