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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
四章 決戦の章
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第十六話 死の森中央部会戦 若者達の戦場



 広大な戦場で誰もが予想し得なかった行動をした者がいる。


 彼女の味方はその無謀な予想外の行動に焦り、悪態を吐いていたが、攻撃を受けた側にとってもそれは予想外であり、結果的には意表を突く形になっていた。


 元々、魔王候補コンラートの妹でもあるグレーティアは、その幼い外観とは裏腹に敵味方から果敢な女性だと評価されている。


 また、撹乱を得意とするケットシー族を相手に長期間戦い続けられるだけの柔軟さや忍耐力、シルキーの謀略をも殆ど水際で抑え込むなど、優秀な司令官、統治者としての能力を持ち合わせており、モフモフ帝国において最も警戒された敵の一人であった。


 しかし、それ故に彼女の性格は調べ上げられている。

 実際に剣を合わせたキジハタ、シバ、クーン。情報を分析したハウンド、シルキーは共通の見解として、果敢ではあるが攻勢一辺倒の性格ではないとの結論を出していた。


 また、彼女は部下の無駄死にを極端に嫌うことが知られている。

 だから、動く場合には味方と連携し、損耗を防ぐためにこちらの隙を伺うか、隙を作るための動きを入れるのではないか。

 帝国軍ではそう考えて対策を練っていた。


 だが、彼等のそんな判断を嘲笑うかのように、グレーティアは栗色の髪を振り乱し、狂気じみた突撃を敢行している。

 相手を警戒して完全に防御を固めている帝国軍本隊左翼に対し、彼女は部下の被害を全く顧みず、対峙する帝国軍に勝る数を真っ向から無造作にぶつけたのである。


 当然、両軍ともに短時間で甚大な被害を出していた。


 そんな中、グレーティアは自ら先頭に立ち、ハイオークとしては小柄な身体を活かして森の木々の隙間を縫うように駆け、舞うように両手の剣を振るう。

 以前は戦いの中でも彼女は華やかな服装を着ていたが、今回の戦争では機能的だが地味な革鎧を着込んでいた。


 動きも外観も無駄を極限まで省いたグレーティアは、彼女が持つ抜き身の剣のような鋭利な雰囲気を漂わせている。



「どきなさい。邪魔よ」



 左右の剣を閃かせる。

 森の中を低い体勢で駆け、返り血を浴びながら、ただ、真っ直ぐに進む。


 最短の勝利を目指して。

 向けられる武器の数々に躊躇うことなく飛び込んでいく。


 そして足を止めずに周囲の音も拾う。


 敵の指揮とコボルトの遠吠えの位置から、目的の相手の位置を割り出す。

 グレーティアの昏い表情に遊びの色はない。



(フォルクマール。仇は私が討つから……まずは……あいつの力を削ぐ)



 今までどこか本気にはなれなかった戦争に、彼女は初めて思考を集中させる。

 一瞬の閃き。決断は速かった。



「見つけた。敵の将」



 勘混じりの判断である。見た目は普通のゴブリンで、他の戦士と変わりはない。

 しかし、グレーティアは間違っているとは欠片も考えていなかった。


 グレーティアの一撃をゴブリンは防ぐ。

 鍛えている者だけが持つ無駄の無い動きをそのゴブリンは持っていた。


 彼女はそれでも動きを止めない。左の剣も防がれるとグレーティアは身体ごと相手にぶつかり、膂力を活かして力尽くで敵ゴブリンを押し倒した。

 そして、そのまま剣を突き入れ、直ぐに立ち上がって更に敵の奥を目指していく。



(思いの外、敵が崩れない)



 一度だけ後ろを確認する。

 狙い通り左翼の突破は確実なものとなってはいた。しかし、追随する戦士は約半数強と彼女の予想よりも遥かに少ない。



「サザナミ。ここは任せる」

「わかった。グレーティア様は先に!」

「抑えておきなさい。頼んだわよ!」



 数に劣っている上に指揮官が倒れる窮地にあっても下位の者が奮戦し、足止めしている。

 これがオーク族であればどうか。



(間違いなく潰走してるわね。恐怖の素が居なくなったら)



 僅かな羨望を心に押し込め、グレーティアは小さく息を吐く。

 思えば臆病と激烈な反発にあったフォルクマールのゴブリン重用やコボルトからの過剰な略奪の禁止は、決して臆病から来た考えなどではなく長期的な視点からのものではなかったか。


 そのフォルクマールが志半ばで倒れた後、グレーティアは後悔とともにようやく彼の一つ一つの行動の真意の一端を理解することが出来ていた。



(どうして……)



 フォルクマールがハイオークでも屈指の実力者であり、慎重だが臆病ではないことは彼女だけは知っていたはずなのに。

 深く考えずに一喜一憂していたかつての自分は如何に愚かであったか。



「忘れろ。今は……!」



 逃げるように己に言い聞かせ、空白部を部下と共に走り抜けていく。

 気配は前方。数はまだかろうじて此方が勝っている。



「突撃! ここを抜ければ私達の勝利よ!」



 グレーティアは即座に判断し、敵後衛に対して突撃の命令を下した。

 そして自らも迷うことなく敵ゴブリンの群れへと飛び込んでいく。



(何故動かない?)



 敵の後衛はグレーティアを率いる軍が接近しても、草むらに隠れるように動かない。

 戦意が無いわけではない。それにしては眼が活きている。


 グレーティアは咄嗟に身体を縮めて致命傷になる部分を庇った。



「今だ! 全軍斉射!」



 無謀にも先頭に立っていた褐色の肌の若い少女の声が響く。

 短い黒髪のハイゴブリンは十分にグレーティアの軍が近付いたところを見計らい、コボルトだけでなく、帝国後衛部隊全ての戦士が弓を構えさせた。

 そして、少女は堂々とクロスボウを構える。



(新しい兵器! 帝国はどこまで……)



 コボルトは弓を使っているが、ゴブリン達が使っているのは別の武器。

 それが要塞にある巨大な固定弓を小型化したものであることを一瞬で見抜けたのはグレーティアだけだった。


 グレーティアの腕に熱い痛みが走る。

 幸い刺さったのはハイゴブリンが射った一本だけだったらしい。



(色々と面倒な奴等ね。先頭集団はボロボロ……ならっ)



 帝国のゴブリン達はハイゴブリンの少女を護るべく、弓を捨てて剣を構えている。それでもグレーティアは怯まずに前に出た。



「密着すれば弓は使えまい」



 仮に連射できる構造になっていても、接近戦になれば使い物にはならない。

 グレーティアはそのまま指揮官らしき褐色の少女に向かって剣を振るい続ける。立ちはだかったゴブリン達を薙ぎ倒し、彼女は少女を射程に入れた。



「ぐ……ハイオークめ……舐めるな!」

 


 ハイゴブリンの身体能力は高いらしく、彼女の剣を回避し、下がりながら魔法を使う。だが、グレーティアは魔力の塊である透明の玉をまるで見えているかのように剣で弾く。



「魔力弾なんて子供騙し!」

「化物め!」



 距離を詰めた時点で少女達の戦いに決着は付いていた。

 ハイゴブリンの少女は他のゴブリン程剣技に精通しておらず、グレーティアはあっさりと相手の武器を砕くと、勢いのまま蹴り飛ばして転ばした上で剣を突き付ける。



「残念ね。恨むならクレリア・フォーンベルグを恨みなさい」

「う……ぅぅ……」



 感情を込めず、機械的にグレーティアは剣を引く。

 しかし、彼女の剣は引いたまま止まった。


 そして、息を吸い込むとその場から飛び退いた。

 同時に短い矢が地面に刺さる。


 矢を射った者は機械仕掛けの弓をグレーティアに投げ付けながら樹木から飛び降りて、ハイゴブリンの少女を庇うように剣を構えた。



「ハクレン! 無事か!」

「何こいつ……?」



 グレーティアは目の前の少年を訝しげに視る。

 ゴブリンではない。茶色い毛並み、長い鼻にすらっとした体格、姿はコボルトに近いがコボルトでもない。


 正体不明の種族の少年は一分の隙もない構えで、血塗られた剣を彼女に向けていた。



「ハクレンは絶対に俺が護る」



 少年は怒りの感情を内に押さえ込み、冷静にハイオークであるグレーティアと対峙している。

 何者であるにせよ、目の前の少年が見た目に似合わぬ恐るべき手練だということだけは間違いのない事実あり、グレーティアにとってはそれで十分だった。



「面白いわね。そんな実力が貴方にあるのかしら」

「そんなの知るか」



 グレーティアは微笑みながらも運命の皮肉さを感じざるを得なかった。



(まるで幼い頃の私とフォルクマールみたいね)



 寄りにもよって戦いの帰趨を決める戦いの中で。

 勝利するには幼い頃の己自身を斬るしかない。


 それは全て彼女の空想に過ぎないはずのものである。

 だが、グレーティアは剣を握りなおすと、復讐を成し遂げるために、過去の思い出すらも断ち切るのだと覚悟を決めていた。



「少年。名前は?」

「俺はもう子供じゃない。それにそういうのは自分から名乗るもんだろ。お前は目立つから、こっちは誰かはわかってるけど……一応!」



 感じる剣の腕前と比べ、どこか子供っぽいやんちゃな印象。

 ハイオークである自分を恐る様子もない。怖いもの知らずにも程がある。


 だけど、グレーティアは目の前の少年が気に入っていた。殺さなくてはならないのが残念な程度には。



「オーク族第三軍の司令官、グレーティアよ。短い間だけどよろしくね」



 気を悪くすることもなく、素直にグレーティアが答えると、少年の雰囲気ががらりと変わった。

 おちゃらけた表情が引き締まり、獲物を狙う狩人のそれになる。


 目の前の敵は子供ではなく、真に剣士だった。



「二代目『剣聖』、ハーディング。参る」



 闘志に満ちた瞳に見据えられ、グレーティアも気を引き締めて二本の剣を構え直した。

 




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