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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
四章 決戦の章
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第十四話 死の森中央部会戦 二つ目の頭 中編



 深い森の中をハウンドは数名のコボルトを引き連れて駆けていた。

 背の低い細い木々が密集している場所を選び、ハウンド達は身を屈めながら走っている。


 鬱蒼と繁る植物、背が高いと引っ掛かる枝、張り巡らされている根っこと分かりにくい高低差。身体の大きな者には不利になる道を彼は選んでいる。


 準備の段階でハウンドはこの場所を完璧に調べ上げ、逃げ道を何度も走り、確認していた。それでも実戦では流石の彼も緊張を隠せていない。


 ハウンドは運動能力は他のコボルトにも劣っている。

 読みが少しでも外れれば、逃げ道を間違えれば、死あるのみだ。


 この日の為に背丈の似ているエルキー族のコーラルに追い掛けてもらい、最後は帝国唯一のハイオークであるカロリーネにまで逃げる練習に付き合ってもらっていたが、クレメンスの身体能力はコーラルや出産直後だったカロリーネを大きく超えている。


 それを理解しているだけに、ハウンドは一歩一歩に神経を集中させていた。


 

「はぁ……はぁ……」

「逃げろ逃げろ! 足を止めれば即、他の奴らのいる所に送ってやるぞ!」



 ハウンドを追いながら、クレメンスは愉快そうに大声で嗤う。

 ただ、彼もハウンドを痛ぶるために、手を抜いているわけではない。



「鬱陶しい小細工を」



 事前に貼られていたと思われる、彼の背に併せた致死性の罠をクレメンスは切り払う。

 足を引っ掛ける落とし穴や首を引っ掛ける縄、飛んでくる巨大な槍……様々な罠をクレメンスは勘で全て防ぎきっていたが、彼に従う部下は何名もが脱落していた。


 初めは十数名いた部下も、たった十数分で一桁まで数を減らしている。


 何より、その罠によって忌々しいコボルトとの距離が詰まらないことに、クレメンスは大きな苛立ちを感じていた。



「グァッ!」



 声と共にまた一名、配下のゴブリンが矢を受けて倒れ、クレメンスは内心で「役立たずが!」と吐き捨てる。


 罠を回避しても逃げるコボルト達が思わぬ時に振り向いて弓を引く。

 足を止めずに曲射を行うコボルト達はオーク族側には殆どいない程の使い手だった。



(ようするに奴は俺を殺す気というわけだ。くく、そうでないとな)



 クレメンスは追い続けながら獰猛な笑みを浮かべる。

 罠も永遠に用意出来るわけがない。



「コボルト如きの矢では俺は殺せんぞ。ハウンド!」



 馬鹿にするように煽るクレメンスの言葉にも逃げるハウンドは反応しない。



(何を企んでいる?)



 疑問が湧き、自然と笑みが浮かぶ。

 彼は苛立ちの波が止み、高揚し始めている自分を感じていた。



(これは決闘。俺とこいつの死闘だ)



 オークの血が騒ぐ。

 復讐心だけではない。心には歓喜も混ざっていた。


 目の前の相手は間違いなく、帝国最強の敵。


 純粋な強さではない。真っ向から戦えば、クレメンスは間違いなく勝てる。

 だからこそ、自分の獲物であるコボルトは弱者の手段を駆使して己を殺そうとしているのだ。そして、敵の性格から、それは確実を期してくることは間違いない。


 罠を使うことを卑怯と言う気はなかった。

 存在の全てを賭けた復讐者同士の争いなのだ。


 第一自分も部下を引き連れている。

 目に見える敵の数は数名とこちらよりも少ない。



「クレメンス様、罠が目に見えて減っております」

「ふん。油断するな。次は伏兵が来るぞ」



 安堵したように報告したゴブリンに一顧だにせず、クレメンスは速度を上げる。

 次の瞬間、後続のゴブリン達に樹上から矢が打ち込まれた。


 為すすべもなく数名のゴブリンがまた倒れる。

 報告したゴブリンも針鼠のようになって死んでいた。彼は先頭近くを走っていたため、樹上の攻撃は回避出来たが、逃げるコボルト達の曲射に討ち取られたのである。



(距離は縮まっているが、部下は後六名といったところか)



 ハウンドの背中を追いながら、冷静にクレメンスは周囲を観察する。

 伏兵は無い。罠も無い。


 森は深く小柄なコボルトに優位があるが、身体能力の差は大きい。

 このままであれば追いつくが……。



(奴がこの程度で終わるはずはない)



 彼の脳裏にはタマの部下として、大戦力で攻め込まれたゴブラーからの撤退戦で粘り強く、的確に戦い続けた『樹木の亡霊』の姿を強く刻み込まれている。


 自身の標的として、ハウンドを殺すことに執念を燃やしていたクレメンスだが、その敵の恐ろしさ、厄介さは誰よりも深く知り、その実力を認めていた。


 それは間接的に片目を奪ったハウンドへの復讐心とは別にある。

 彼の中では敵手への尊敬と憎悪は矛盾しない感情であった。



「敵っ……ぐああああ!」

「く、クレメンス様っぁぁぁ!」



 後方から悲鳴が聞こえる。

 伏兵を受けたのだろう。部下は最早左右の二名しか残っていない。



「おかしいな」



 クレメンスは呟く。

 何処が可笑しいのかは直ぐに思いつかなかった。


 だが、明らかに不自然。

 それは致命的な不自然さのはずで。



(そうか。何故奴は俺を狙わない?)



 クレメンスは訝しげに顔をしかめる。


 伏兵は後方を狙っていた。この場所を通ることを予測しての伏兵であるならば、先頭を駆けるクレメンスを狙うことは難しくないはずだった。

 それなのに、ハウンドは己を狙っていない。



「わからねぇ……」



 失われた右目が疼く。

 その度に彼の心には、己を焼き尽くすような強烈な復讐心が蘇る。


 クレメンスにとって最も長い半年の間、彼はハウンドを殺すことだけを考えてきた。

 かつての同僚に膝を付いてまで、クレメンスはそのチャンスを欲したのである。オーク族としての誇り以上の価値がある命は、後僅かのところにあり、彼はそれを逃す気は無かった。


 余計な思考をクレメンスは振り払う。

 滾る復讐心で心を染め、吠え声を上げながらクレメンスはハウンドを追う。


 短い足を必死で動かしてハウンドも逃げる。



(捉え……ぐ、狙いはこれか!)



 轟音と共に彼の左右のゴブリンがおかしな角度に曲がって吹き飛んだ。

 腹には馬鹿でかい杭が突き刺さっている。



「今度は俺を狙ったか。惜しかったな」



 二名のゴブリンはクレメンスを狙える射線上を、必死に食いついて駆けていた。



「ギルベルトを殺った要塞の武器か。確かにこれなら俺も死ぬ」



 冷たい汗を額に感じながらもクレメンスは笑みを浮かべる。

 杭が飛んできた方向に視線を向けると、固定されたバリスタが草むらに偽装されて設置されており、操作をしていたコボルトが逃げていくのが見えた。


 正体がわかれば喰らうことはない。



「甘いっ!」



 続けて正面から飛んできた二本の杭を、一本は回避し、もう一本は鉄塊のような両手剣の腹で受け流す。激しい衝撃も彼には心地よかった。



「終わりか。大したことはないな。死ね! ハウンド!」



 疲労のためか明らかに速度が落ちたハウンドの背後で、クレメンスは剣を振り上げた。

 その瞬間、僅かに振り向いたハウンドと眼が合った。


 それはクレメンスにとっての幸運。

 彼は視界の無い潰れた右眼の範囲、タイミングを外して低い角度で飛んできたバリスタの巨大な杭を左手でかろうじて打ち払うことに成功した。

 左手の骨には入ったが、武器を持つことに影響する程ではない。



「ちぃぃ、くそハイオークのハラワタに、お似合いの飾りを付けてやろうってのに……遠慮しやがって!」



 その射手らしい片腕をだらりと垂らした犬相の悪い白い毛のコボルトが忌々しげに吠える。

 バリスタを考案した老コボルトは、クレメンスを睨みながら地団駄を踏んでいた。

 


「覚えたぞ。爺……後でお前は殺してやる」

「おう、やれるもんならやってみろ! 無理だろうがな!」



 しかし、今は構う余裕はない。



(あの一瞬、俺に殺意を向けたのは失敗だったなぁ)



 クレメンスは舌なめずりをして、走る速度を上げる。

 彼は右目を潰されてから、死角の攻撃を読み取る術を身に付けていた。


 距離は一時的には離れたが、邪魔する敵はもういない。

 ハウンドの傍を駆けていた他のコボルトも何時の間にか姿を消している。



(手札はもうないだろう)



 前を必死で走るハウンドが、ついに木の根に足を取られて飛ぶように転けた。



(俺の復讐への執念がお前の知恵を上回ったのだ。死ね、ハウンド!)



 復讐心はついに満たされる。

 クレメンスは込み上げる最高の喜びに顔を歪ませながら、剣を振り上げた。その時、彼の眼に明るい光が当たる。



(眩しい……木漏れ日か……?)



 白く染まる視界の中でクレメンスは勝利を確信し、剣を振り下ろした。





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