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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
四章 決戦の章
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第十二話 死の森中央部会戦 帝国のオーク族



 主戦場南東部では新たに幹部となったオークリーダー、エーゴンが帝国側のほぼ全てのオークの戦士達を率いている。


 帝国に住むオーク族で、戦士として帝国に協力している者は多くはない。

 だが、腕は立つが軽装のゴブリンと遠距離のコボルトを主力とする帝国軍は、純粋な近接戦闘ではどうしても重装のオークには遅れをとってしまう為、真っ向から戦える彼らは帝国軍にとって貴重な存在であった。


 他のオークより一回り大きな体躯を持つエーゴンは、オッターハウンド要塞攻防戦の時のような身を包むような興奮は感じていない。


 今、彼の心は戦場にいる誰よりも静謐であり、周囲の者には真摯な使命感を持った、聖者と呼ばれるような宗教家にも似た印象を与えている。


 彼もオーク族の中で戦っていた頃は、ただの粗暴な若者だった。

 しかし、死の森東部、パイルパーチの戦いで破れて降伏したことで彼の生き方は大きく転換することになる。


 死の森最大の種族の中位種だったエーゴンも、帝国においては惨めな敗者に過ぎなかった。単純な実力に置いても帝国には恐るべき実力者が揃っており、彼は初めて心の底から敗北感を覚え、失意の中に生きることになる。


 だが、コボルト族を追い込んだ仇であるはずの彼に、あるコボルトが親身になって関わったことで彼の心にも大きな変化が起きていた。


 穏やかな生活とそれまで弱者としか思っていなかったコボルトの懐の深さに、粗暴な若者だったエーゴンも徐々に変わっていく。


 やがて、エーゴンはそのコボルトを友と呼ぶようになった。

 

 そのコボルトは戦争など出来る男ではなかったが、彼の別の友であるケットシーの死を機に軍に入隊し、ウィペット要塞攻防戦で死力を尽くして命を落とした。


 臆病だった友は逃げ回るだけで安全だと、深く考えずに一緒に軍には参加しなかったエーゴンは、そんな彼から大切なものを譲り受けていた。

 『歌』である。


 元々はケットシーは曲を作り、それを死後に受け継いだコボルトが自分の想いを込めて作詞した歌であった。


 譲り受けた時、エーゴンは彼の歌をただの遊びだと軽く考えていた。

 オークにとって歌は宴会の時に陽気に楽しむだけのものであるため、そう思ったのも仕方がなかったのかもしれない。


 だが、友の死後に他のコボルトから渡された彼の遺書には、その歌に込められた魂の底からの想いが書かれており、臆病で弱々しかった友が自分などとは比べられないほどに熱い心を持っていたことを知ったのである。


 エーゴンは後に戦死したコボルトの代わりに軍に入隊し、その歌を歌い続けている。


 オッターハウンド要塞の攻防戦では、ゴブリンのカダヤシと歌い、その歌は全ての種族の戦士達に自然と拡がった。友の作った歌は心に希望を取り戻し、僅かに残っていた種族間の垣根を取り払った。

 少なくともエーゴンはそう信じている。


 絶望的な戦況の中で形作られた強固な結束は敵の非情な『命令』を引き出す結果となったが、彼は後悔していないし、その時の深い感動も忘れていない。


 侵略した敵として帝国では肩身の狭いオークだからこそ、余計にそう感じたのかもしれない。それまで繋がれていた見えない鎖から解き放たれたかのような想いをエーゴンは持っていたのである。


 しかし、フォルクマールの決断により戦況は悪化し、俺は不死身なんだと自信満々に言っていたカダヤシも帝国の未来を護る為、クレリア・フォーンベルグを命と引き換えに助け、力尽きた。


 いつも冗談めかしていたが、彼もまた、心の底から帝国を大事にしていたのだとエーゴンは彼の死後に、その死に様を聞いたことで知った。


 その後、彼はハウンドから今回の戦争に置いてある作戦に協力して欲しいと頼まれた時、



「生者には各々の役割がある。それは俺の役割らしい」



と、生還が絶望的であるために断る自由があるにも関わらず、こう言って迷わずにハウンドからの頼みを引き受けている。



「俺がくたばっても魂は誰かが必ず引き継ぐ。俺の友の歌と同じだ」



 もう少し考えるようにと諭したハウンドには落ち着いた様子でそう返していた。

 結局のところエーゴンは不器用な男だったのかもしれない。


 彼自身は帝国にそれほど愛着を持っていたわけではなかった。

 ただ、志半ばで散った多くの友の為に、彼らが護ろうとした帝国を護ろうと考えたのである。それが彼にとっての生き方であり、友の魂を受け継ぐことでもあった。



「エーゴンの大将は落ち着いているな」



 配置に付いた後、エーゴンの部隊に所属する恰幅のいい中年のオークは引きつった笑みを浮かべながら、茫洋とした雰囲気で巨木の値に腰掛けている上官に話しかけた。



「怖いか?」

「正直に言うと怖い。相手はあの執念深くて残虐なクレメンスだ」



 それでも強がって笑みを浮かべる部下に、エーゴンは口を引き結んで頷く。


 オーク族の他の戦士達もこの作戦への参加は志願制だった。

 彼らが参加を決意した理由は様々だったが、辞退した者は殆どいない。


 ハウンドは困惑したが、オーク達からすれば当然のことだった。



「今なら辞めてもいいぞ。まだ、少しだけ時間はある」

「馬鹿言うな。あのハウンドってコボルトは、俺達よりも危険なことをやる気なんだ。それなのにオークの俺が逃げるわけにはいかねえよ」

「そうか。まあ、それがオークだな」

「ああ、仲間を見捨てない。それがオークだ」



 言いたいことを言って、彼もどこか安心したのかもしれない。

 怯えていた恰幅の良い部下は先ほどまでとは違う、からっとした笑みを浮かべていた。


 オーク族の戦士には種族的に楽天的な性格と共に、独特の矜持を持っている。彼等は戦士以外に価値は無いと、勇気が無ければ戦士ではないと幼い頃から叩き込まれていた。

 それはやむを得ず帝国に降ってからも変わっていない。


 積極的に帝国に力を貸すオークは少なかったが、協力したオークはタマを始め、その全てが戦争では先頭に立ち、これまで勇敢に戦ってきた。

 今回は今までにない程に多くのオークが戦争に参加している。



「それに、フォルクマールはいけ好かなかったが、コンラートはもっと気に食わないしな」

「お前も奴は気に食わないか」

「ああ。フォルクマールは敵に回した時に、初めてあいつが俺達の魔王候補だったんだと気付かされたんだ。頭の良いコンラートなら、あいつの実力を見抜いてたはずだ。なのに奴は誤解をまるで解こうともせずに怠けた上、背中を斬った」

「そうか」



 エーゴンはコンラートに対して違う意見を持っていたが何も言わず、肯定して頷いた。部下の想いは帝国に住むオーク族の素直な感情でもある。

 『戦士の背中を斬る』卑怯を彼等はオーク族が相手だからこそ許すことが出来ないのだ。それが魔王候補であるから尚更に。



(奴は哀しい男なのだ)



 コンラートを良く知るエーゴンは、彼もまたオークらしいオークなのだと知っている。だからこそ、フォルクマールを殺さざるを得なかったのだということも。



「大将は口笛も出来るのか」



 エーゴンは複雑な想いを心から洗い流す為に、自然と口笛で友の歌を奏でていた。

 彼の旗下のオーク達は静かにその音色に耳を澄ませている。


 その歌はあの熾烈な要塞の攻防戦において、エーゴン以外の帝国のオーク族達にも、帝国が自分達の国でもあることに気付かせていた。


 だから、仲間である帝国の戦士の為に命を賭ける。

 オーク族の戦士達にとっては当然のことであった。


 そしてそれは、この場で敵を待つ彼等の唯一共通の想いでもある。

 エーゴンは一通り吹き終わると鋼の槍を片手に立ち上がった。



「おい、お前達にやりたいことはあるか?」



 よく通る声でエーゴンは部下のオーク達に声を掛ける。あまりに唐突な質問に、数十名のオーク達は誰も答えることも出来ずに、ぽかんとエーゴンを見返した。


 しかし、彼は部下達の反応にも気にせず、そのまま真顔で続ける。



「戦争が終わったら何をするか考えておけ。何でもいい」

「大将。どういう意味なんだ?」



 意味不明なエーゴンの命令にオーク達は顔を見合わせ、代表して初めに話しかけた恰幅のいいオークが困惑しながら指揮官に聞き返した。

 そこで初めてエーゴンは口の端を僅かに上げて微笑んだ。



「命は役割を終えた者から消えて行くんだ。ベルンハルト、ギルベルト、アードルフ、ツェーザル……そして、ルードヴィッヒにフォルクマール。お前達は奴らがくたばる姿など想像したか? 奴等は与えられた役割を終えたんだ。だから死んだ」

「大将、そりゃ暴論だぜ。頭の悪い俺にだってわかる」

「それがどうした。信じろ。役割が残されている奴は死なん。好きな女のことだろうが何だっていい。強く心に想っていろ」



 遠くから鬨の声が聞こえ始めてもエーゴンは些かも動揺せず、冷静に、真摯な使命感を胸に、最も危険な先頭に立つ。



「大将には何かあるのか?」

「俺は軍から退役して友の歌を、そして新しい歌を歌い続ける。死力を尽くして戦った戦士達の歌を。決して忘れられることのないように、彼等の魂を伝えていく。全軍、目を閉じろ。俺がお前達に強く想うってことの見本を見せてやる」



 オーク達は全くエーゴンを理解出来なかったが、自信に溢れる命令に、敵が近付いているにも関わらず思わず全員が目を閉じていた。



「お前達が目を開けた瞬間が命を賭ける時だ。強く想えよ。生き延びるんだ」



 低いが良く通る訓練された声。

 彼は彼なりに歌を上手く謳う為に、練習を重ねていた。どこか楽しんでいるその声は部下達に心地よく響いている。



「心配はいらない。俺達は帝国最強のオーク族だ。何だって出来る。敵なんざ知るか!」



 ズシャッ! と槍の柄を土に叩きつけ、エーゴンは胸を張り顔を上げた。



「過ぎ去っていく季節のように我等は彩りを添えるだろう。神が一つの色に染めんとしても、魔王が一つの色に染めんとしても、屈することはない」



 敵を待ち構える帝国軍の陣地の一角で、エーゴンは大きく息を吸いこみ、コボルトの作った歌を朗々と謳い上げる。歌詞が地味な割に、曲調の軽い歌に自信を込めて。


 何名かのオークが驚きで小さく声を漏らして眼を開けたが、慌てて直ぐに閉じる。



「幾多の絶望に染めんとしても、一つの希望を忍ばせる。楽園の始まる場所を忘れぬ限り」



 腹の底から声を出す。死の森全てに届けとばかりに。

 敵味方の全てが彼にとっての観客だった。森の奥に敵の姿が見え始めても彼は謳うのを止めない。



「諦めずに剣を取ろう。意思ある限り折れることのない剣を」



 歌は佳境に入り、敵との距離は顔が分かる程に近付いていた。エーゴンは鋼の槍を強く握る。逸っているのではない。彼はハウンドの作戦の為に、タイミングを見計らっている。


 最後の一小節を謳い終えると、彼は一度大きく深呼吸を入れた。



「奴等は受身だ! 一気呵成に距離を詰めれば崩れる!」



 オーク族は隻眼のハイオーク、クレメンスが怒声を上げながらエーゴンを無視して擦れ違っていく。彼の狙いは一つであり、参謀長ハウンドはそれを読み切っていた。

 だから、エーゴンは気にせずにクレメンスを先に行かせる。



「全軍、突撃! 俺に続けっ! コボルト共を皆殺しにしろ!」



 クレメンスが叫んだ瞬間、エーゴンは己に与えられた役割を果たすべく、全軍に轟く怒声を上げた。



「眼を開けろ! 槍構えっ! エーゴン隊、突撃だ!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「怖い奴は俺の歌を聴け! 何をやっても腑抜けに俺達を殺せはしない!」



 中央に立つハウンドを目指すクレメンス他十数名だけを見逃し、オーク族で最高の精鋭であるクレメンスの第一軍の斜め前方からエーゴンは迷わずに特攻する。



「絶対に後ろを振り向くな! 俺達の希望は前にだけある!」



 ケルベロス、第二の頭を完成させる礎となるために。

 ハウンドが考案した作戦を成功させるために死兵となって、エーゴン達は殆ど真正面から敵にぶつかった。


 

 オーク族第一軍250はハイオーククレメンスを筆頭として、その全てが近接戦闘を得意とする部隊であった。

 ハウンドは200の種族混成の部隊を率いてこれを迎え撃つ。


 両軍は他の戦場とは違い、一瞬たりとも睨み合うことなく、即時に戦闘に移っていた。




 

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