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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
四章 決戦の章
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第十一話 死の森中央部会戦 読み合う戦場



 主戦場南部ではモフモフ帝国軍のケットシーリーダー、クーン率いる150とオーク族第五軍司令官、最年少のハイオークであるルーベンスが率いる240が対峙していた。


 お互いに距離をジリジリと詰めている。

 直ぐに突っ込んでくると予想していたクーンは、若い敵の意外な慎重さと部下の掌握能力に、「ほぅ」と感心するように声を出した。



「やっこさんは中々我慢強いなぁ。若いもんはもっと考えなしでいいんやが」



 クーンの役割は負けない戦いをすることであったが、それは何も戦わないといことではない。

 彼女は可能な限りの損害を相手に強いるために、様々な準備を整えている。矢等の消耗の激しい物資も周囲には多めに隠してあった。


 ただそれらの準備が本当に生きるのは相手が攻勢を取った時。

 数では大きく負けており、まともに戦えば勝負にならない。



「様子を視る。前進!」



 クーンは自ら先頭に立って命令を下した。

 攻撃にはリスクがあるが座して待てば引けない間合いまで追い詰められる。



「コボルト弓隊、前へ。オーク隊、盾準備」



 ルーベンスはそれでも動じない。

 コボルト弓兵を前面に出して一斉射し、それが済むと盾を持たせたオークに前面に立たせる。


 戦い慣れたクーンの部下達は咄嗟に森の木々に身を隠し、矢を回避していたが、突っ込んでも効果を上げそうにないことを悟り、一旦後退する。



「構うな。擬態だ」



 動きに釣られることをクーンは期待したが、ルーベンスは変わらず徐々に前進するだけだった。



「ちっ……」

「姐御。あいつら臆病ですねー」

「違う違う。あれはうちらのやり口を見抜いとる」



 副将のコボルト、ブルの楽観にクーンは首を横に振り、否定する。



「隙を見せれば一撃で食い殺される」



 彼女は自慢の黄色と白と黒の斑ら模様の毛並みを手で整えながら、戦意を内に抑え、地に足を付けて前進してくる相手を睨みつけていた。



「厄介な相手に育ったもんやねぇ。若いってええなぁ」



 細い目を更に細めてクーンは呟く。

 だが、感心してばかりもいられない。



「どうします? 姐御」

「決まっとる。動かんなら動かんなりにやりようはある。それをあの少年に教えてやらんとな。ケットシー隊を動かす。あんたらも準備せい」

「了解ー」



 軽口を叩きながらも思わぬ強敵を前にクーンは気を引き締める。



「お……遠吠え二回目……始まったか。時間だけは稼がんとな。二つ目と三つ目のわんこの……おっと、狼の頭が噛み付くまでは。さてさて、どうなるかねぇ」



 彼女は遠くから響く遠吠えを聞き、どこか他人事のように、誰に言うでもなしに言葉を投げ掛けていた。しかし、余裕ある態度もオーク族の動きを見るまでだった。



「うげっ! 本当に勘がいいな! 全軍、あの離れた軍を全力で牽制!」



 ルーベンスは彼女の目の前で軍を真っ二つに分けたのである。

 通常であれば各個撃破のチャンスだ。


 だが、その内半分の標的は自分達ではない。

 ハウンドの作戦を考えれば、それを見逃すわけにはいかなかった。



「敵、突撃です!」

「くそっ……やるなぁ。ルーベンスめ!」



 思わずクーンは敵将の名前を叫ぶ。

 彼女が敵である『若造』を認めた瞬間だった。



「まともには喰らえん! 後退して受け流す! ハウンド、シルキー……悪い……頼むわ」



 焦りを覚えつつもクーンは的確に指示を出し、敵の突撃の勢いを止める。

 しかし、分離した敵を追うことには失敗していた。

 



 対峙しているルーベンスにも余裕があったわけではない。

 彼にとって幸いだったのはクーンが長く北部で戦っていた故に、多くの戦闘証言を集めることが出来ていた点だっただろう。


 それでも圧倒的な戦歴の差が、敵将との間には存在する。

 ルーベンスはその差を埋める為に、『数』を活かす戦術。即ち正攻法に徹することを選んでいた。



「不用意に動くな。命令には確実に従え」



 今のところルーベンスの指示に部下は黙って従っている。

 これはクーンとの交戦が始まる前に、突撃を強硬に主張した同郷出身のオークを、迷わずに処断したからであった。


 ルーベンスの軍は全ての軍から扱い辛いと追い出された者で構成されており、その最たる者が副将であるオークリーダー、ディートルとコボルトリーダー、ビジョンである。



「やるじゃねぇか。見直したぜ。それでこそハイオークだ」

「長に逆らう。死んで当然」



 殺すのが当然、とばかりに一言も漏らさなかったルーベンスに、ディートルは傷跡だらけの顔を破顔させて大笑いし、ビジョンはただ淡々と吐き捨てた。

 以後、二名の副将はルーベンスの指示に従い、連携してクーンの揺さぶりに対応している。



(クレメンスの意向もあるんだろうな)



と、協力的な彼らにルーベンスは僅かに苦い想いを抱いていた。


 ただ、第一次オッターハウンド戦役において、クレメンスの旗下で強敵と戦い続けただけあって、この二名の将官の指揮は敵に劣るものではなく、その点ではルーベンスは信頼している。


 だが、彼等はルーベンスが取るに足りないと判断すれば、指揮権を奪いに掛かることは間違いない。下手をすれば裏切って投降する恐れすらある。

 そんなふてぶてしい、不穏な空気を彼等は纏っていた。


 ルーベンスがそんな風に感じたのは二名とも前回の戦いにおける魔王候補、コンラートの主張をまるで信じておらず、批判的だったからである。

 優秀さを示さなければ、処断されていてもおかしくは無い程に。


 かといって彼等はかつての上司であるクレメンスに忠実というわけでもなかった。

 ただ、命懸けの戦場を共に生き延びた間柄だから、コンラートよりはマシと考えている程度だろう。



(それは僕も似たようなものだけれど)



 だからこそ、優秀なのだろうともルーベンスは思う。

 彼等は状況からコンラートの嘘を正確に見抜くことが出来たのだ。


 荒っぽいが陽気なディートルと陰気なビジョン。

 ルーベンスにとってはどちらも腹の底を見通せない、一筋縄ではいかない部下だった。



「ケットシー動いた。そして遠吠え。戦闘指揮のものじゃなさそう」



 コボルト族は遠吠えに意味を込めている。

 予め合図を決めておくことでコボルト族は連絡を取り合うことが出来、当然、オーク族でも部隊に命令を出す際に利用している。


 ルーベンスは少ないビジョンの言葉で彼の意図を読み取った。

 状況が動いたから次の命令を出せということだ。



(遠吠え……方角的にはクレメンス……確か敵は……ハウンド。動いたケットシー)



 彼はビジョンに頷きながらも思考を進める。



(時間稼ぎ。ならばクーンにハウンドを助ける気は無い。予定された戦闘以外の意味がある遠吠え……まさか!)



 ルーベンスの思考に有り得るべきではない、恐るべき予測が閃いた。それがもし、成功してしまえばオーク族全体が窮地に陥ってしまう。


 このまま交戦すればこの戦場では勝利出来るのは間違いない。時間は掛かるだろうが、ルーベンスにはその自信がある。

 ケットシー族の対応策もルーベンスは考えており、訓練時に部下には徹底していたのだから。


 後はそれで得られるたった一度の優位を活かせばいいのである。


 僅かに悩む。

 その瞬間、脳裏に浮かんだのは剣を自分に突きつけたクレリアと、壮絶な死に様を見せていたタマの姿だった。


 ルーベンスは迷いを振り払った。

 戦争に勝利する為に全力を尽くす。それだけでいい。



「ディートル! ビジョン! ゴブリン70とコボルト50を連れてクレメンスの後方に付け! 命令違反の責は僕が負う!」

「了解」



 ビジョンは迷わずに頷く。コボルトである彼は、ルーベンスを認めている限りは指示に従うという態度であり、疑問を挟むことは無かった。

 だが、ディートルは違う。



「じゃあ大将、あの三毛猫はどうすんだ?」



 彼は悪どい笑みを浮かべ、クーンの方を顎でしゃくった。

 まるで、ルーベンスを計るように。



「あの程度は僕だけでも余裕だ」



 同数ではかなり厳しい戦いになる。それはルーベンスだけでなく、ディートルも理解しているはずだった。だからこそ、彼は努めて軽い口調でそう言って微笑んだ。


 ディートルは真顔で数秒間押し黙ったが、大きく頷いた。



「俺にはわからんが、意味のある命令のようだな。いいだろう。その代わり、クーンを倒したら俺達をしっかり指揮しろよ。お前、気に入ったぜ」

「嫌になる程こき使ってやるから生き延びてくれ。僕……俺の予想ではかなり厳しいはずだ」



 ルーベンスの予想……外れていればクレメンスの大勝であり、その場合は援軍に意味はない。だが、最悪の場合は……。



「俺は何をすればいい?」

「戦線を維持し続ければそれでいい。数では勝っているはずだから、次第に優位に立てる」



 ディートルはルーベンスの言いたいことを把握し、困ったように顔を歪めた。



「おいおい、あのクレメンスが負けるってのか?」

「念の為だ。勝っていれば精々手柄を稼いでくればいいさ。そうでなければあのクレメンスに恩を売るチャンスだぞ?」

「そりゃあいいな」



 悔しがっているクレメンスを想像したのか、ディートルは愉快そうに一頻り笑うと、戦士達を纏めてビジョンと共に、クレメンスが戦う戦場へと駆けていった。



(もしかすると、恩を売る機会は無いかもしれないな……いや、間に合うはず)



 心の中の動揺を呼吸を整えて抑える。



「ディートル達の援護をする。突撃だ。引き際は誤るなよ!」



 そして、ルーベンスは大きく軍を動かさず、様子を伺っているクーンの方向に剣を向けた。




 主戦場南部ではクーンとルーベンスが小競り合いを続けていたが、早期に決着を付けることが不可能であること、不審な遠吠え、ケットシー族の動きからハイオーク、ルーベンスはクレメンスへの援軍を決断。


 クーンはこれを阻止するべく攻撃を加えたが、ルーベンスは果敢に攻勢に出ることでその余裕を彼女に与えなかった。

 ルーベンスはディートル、ビジョンが戦場を離脱したことを確認をするとクーンと再び距離を取り、持久戦の構えを取る。


 同数での戦いはルーベンスにとっても厳しいものであったが、戦場全体を見るならばクーンにとってより、精神的に厳しいものになっていた。


 ルーベンスの決断が、『ケルベロス作戦』の第二の頭にとって致命的な失敗を招きかねないものであったからである。



 同時期、主戦場南東部ではお互いが腹を探り合うような主戦場南部とは違い、敵を一気に喰らわんと激しい戦闘が既に始まっていた。






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