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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
四章 決戦の章
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第九話 死の森中央部会戦 致死の罠




 モフモフ帝国側の総兵力約1400名、オーク族の総兵力約1500名。

 単純な数ではほぼ互角だが、帝国に関しては偽兵を含んでの数であり、両者の軍構成も大きく異っている。ただ、所属している種族の特性もあり、純粋な戦力としてはオーク族が帝国を上回っていることは明らかだった。


 しかし、モフモフ帝国の戦士達の中にその差を気にしている者は殆どいない。

 今回の差など、鼻で嗤う程度の誤差としか思えないくらいには、彼等は不利な戦いに慣れていたからである。



「撃て!」

「やはりか……盾を構えて進め!」



 コンラートは先頭に立って剣を振り、帝国が準備した障害物を吹き飛ばしながら走る。

 帝国側は近接戦闘に向かないコボルトが多く、野戦においてもある程度複雑な地形を用意してくることは予測できていた。

 訓練を担当していたチャガラは当然それを考慮に入れている。



(キジハタ……何処にいやがる)



 コンラート、グレーティアの軍が鬨の声を上げながら、キジハタの軍に襲い掛かる。

 その中で部下達が通り易いように道を作りながら、コンラートは剣を交えたこともある敵の指揮官を探していた。


 魔王候補の力は勝敗に大きく影響を与える。

 そして、それは最大の効率で用いるべきものであった。


 戦場での勝利を得る為、真っ先に仕留めるべき標的は数名。

 『剣聖』キジハタ。

 ハイケットシー、ブルー。

 『樹木の亡霊』ハウンド。

 『隠密』ヨーク。

 この内の二名は他の場所で戦っていることが判明しており、妖怪じみてきたヨークを見つけることは魔王候補の力を持ってすら困難だった。


 既に軍の指揮そのものは腹心のチャガラに投げている。



「コンラート様。見つけました。周囲の敵を足止めします」

「俺が仕留めるまで頼んだぞ。バセット!」



 乱戦に見えるが帝国は突撃を受け流し、オーク族の戦力を一撃離脱の斬込みと射撃で削っていた。そんな戦況を動かすのが己の役割。

 指揮官の経験差はコンラートも理解していた。ならば、指揮をさせなければいい。


 コンラートの姿に気付いたキジハタは後ろに下がりながら、射撃を彼とバセットに集中させた。



「土の精霊よ。私に従え!」



 しかし、バセットは距離を詰めながらもタイミング良く遮蔽物を作って矢を防ぎ、同時に土の槍で二名のコボルトを仕留める。



「く……お前達は退け!」

「久しいな。決着を付けに来たぞ。剣聖!」



 コンラートは勢いを止めずに走り、両手剣を全力で振り下ろした。

 その一撃は地を砕き、木の根の破片と土を宙に飛ばす。



「俺に従っておけば死なずに済んだものを」



 冷静に剣を回避し、剣を向けているキジハタにコンラートは口の端だけを上げる。

 以前とは比べ物にならない速さの剣を、キジハタは見切って回避していた。


 しかし、力の差は明確。

 どうにもならない生物としての差が彼等の間には存在している。



「前にも言ったはずだ。正道を歩まぬ者に仕える気はないと」



 それでもキジハタには怯えは無かった。

 感情の動きはまるでなく、ただ凪いだ湖面のように静かに構えている。


 その姿にコンラートに心地よい緊張が走った。目の前のゴブリンの境地は理解の範疇を超えている。半年前のキジハタとも別物だと感じていた。



(グレーティアでは勝負にもならんな)



 才能がどれだけあろうとも、歴然とした実力差が存在している。

 コンラート自身も危ういだろうと考えていた。



(魔王候補の力が無ければ、だがな)



 小手先の差など無いかの如く振る舞える隔絶した力。

 魔王候補にはそれだけの力が備わっている。


 地を蹴って横凪で振る。

 突風を伴う豪剣をキジハタは紙一重で避ける。



(偶然か?)



 コンラートは眉を寄せつつも、続けて上段から振る。

 その一撃を大きめに避けて大木を盾にした。


 盾にされた木は根元までへし折れたが、その時にはキジハタは距離を取っている。



「見えているのか?」



 コンラートは思わずキジハタに問い掛けた。偶然ではない。

 眼で追えるはずのない鋭い一撃をキジハタは避け、あるいは受け流している。小さな傷は負っているが、致命的な傷は一つも無い。



「ただ、力を得て速くなった。それだけだ」

「ふむ」

「お前の剣は前の戦いで掴んでいる」

「なるほどな。そういうものか」



 コンラートは一騎打ちを楽しみながらも、全体の状況は考えていた。



(おかしい。何がおかしい?)



 単純にキジハタを倒すことは難しいことではない。

 だが、帝国にとって要であるはずのキジハタが本当に何の対策もしていないのか。


 彼の意図、帝国軍の意図が理解出来ず、思考を働かせながらジリジリと距離を詰める。


 キジハタは強気だが、一度も剣を振るおうとしていない。

 防御に専念して、踏み止まっている。目的は時間稼ぎ。


 だが、時間を稼げばバセットは周囲の敵を片付けて、キジハタを狙う。

 目の前の難敵がその程度のことを把握していないはずがない。それにキジハタが時間稼ぎをしているとすれば、全軍を統率しているはずのキジハタは囮だということになる。



(こいつと引き換えにする程の獲物……そうか!)



 コンラートはキジハタの前の地面を全力で叩き、相手の視界を塞いで全力で駆け出した。目の前の敵を無視し、不自然に下がったコボルト達を追ったバセットを追い掛ける。



「はは……はははっ! なんて奴等だ! 間に合うか……?」



 戦慄し、焦りながらもコンラートは笑う。攻勢を取ってくると言った自分自身が心の備えをしていなかったと悔いながら。そして、それ以上の充実感を感じながら。



 クレリアはシバの傍で静かに時を待っていた。

 どれだけの効果があるのかはわからないが、シルキーによる仕込みは済んでいる。


 シルキーは捕虜を解放するときに、要塞にシバとクレリアが残るとそれとなく掴ませていた。これは知られても困らない本当の情報の中に紛れさせた偽の情報である。


 戦いが始まれば容易にバレてしまうが、それまでの間に気付くことは容易ではない。そんな性格の悪い小細工だった。


 遠吠えでコンラートと接敵したことが知らされる。

 戦争は始まり、相手次第では一瞬で決着が付く。



「ハウンドとシルキーは私を超えていますね」

「本当に頼もしいよ。出来ればここで決めてしまいたい」



 コンラートのいる方向を真っ直ぐに見詰めて、シバは言った。

 クレリアは頷く。


 ハウンドは様々なパターンを考えて作戦を組んでいた。

 初手に大元帥という最高の囮を使う、博打にも似た非情の策もその一つ。


 決まれば開始五分で戦争の帰趨が決まる致死性の罠。


 クレリアは強弓を引く。


 獲物が近付いているのはわかっていた。

 狙いはコンラートの眷属、バセット。


 高位の土魔法を使う彼女さえ倒せばオッターハウンド要塞は難攻不落に戻り、後はそれに寄れば負けることはない。兵站を整えるのも殆どがバセットの仕事であり、彼女以外にそういった仕事をこなせる者がいないことも、モフモフ帝国では掴んでいた。

 後は周囲に展開している軍で補給を脅かせば、相手に何もさせずに崩壊させることが出来る。それがハウンドの計算だった。



「来たか」



 ハイオークに近い容姿。強い魔力。

 自分と同じ眷属は逃げるコボルトを仕留めることに集中し、罠に気付いていない。


 引き絞り、指を放す。

 その瞬間に視線があったのは偶然だった。



「弓兵隊、反転! 悪運の強い女だ」



 矢を回避出来たのは実力ではなく、運だった。蒼白になったバセットの顔色を見ればそれは明白である。外れた矢は後ろにいた不幸なオークを二匹まとめて貫通し、木に縫い付けて止まっていた。


 間髪いれずにクレリアは抜刀し、森の中を高速で駆ける。



「くっ……精霊よ! 私に従え!」



 焦りながらバセットは土の精霊を呼び、牽制の弾幕を張った。



「甘いよ……バセット。精霊よ。僕を手伝ってくれ」



 その魔法をクレリアの後を追うシバが難なく消去する。

 眷属となり、力を得たバセットだが、接近戦でクレリアに勝てるとは考えていない。



「……っ! 『助けろ』!」



 迫り来る恐怖に怯え、込み上げる悲鳴を必死に抑えながらもバセットは近くの部下に『命令』を下す。それで出来た死兵すらもクレリアにとってはささやかな障害物でしかない。

 だが、ここで自分が死ぬことが完全な敗北に繋がることは、逃げながらも計算出来ていた。



(甘かった! いきなりこんな思い切ったことをするなんて)



 追う立場から追われる立場となり、何名もの部下を犠牲にしながらバセットは逃げる。だが、クレリアの気配は消えない。


 逃げる。目に付く部下には『命令』を下す。

 必死だった。後ろを向くと、その部下は一太刀で首を落とされている。


 そこには欠片の躊躇いもない。

 コボルトも、ゴブリンも、オークも……死神は平等だった。


 死への恐怖と共に、この化物を一騎打ちで降したフォルクマールのことが脳裏に浮かぶ。

 間違いなくあの男は優れた魔王候補だったのだと、バセットは確信していた。


 自分など、逃げることしか出来ていない。



(あの時に殺すべきだった!)



 恥も外聞もなく、背中を向けてバセットは走っていた。

 コンラートは近くにいる。それなのにその距離が無限だと感じる程に遠い。



「大人しく死ね」



 身体能力だけなら変わらないとバセットは考えていた。殆ど能力は変わらないはずだから。

 しかし、現実として後ろにいたはずのクレリアが、いつの間にか目の前で剣を振り上げている。


 完全に身体を使いこなしているクレリアとバセットの差だった。クレリアは木を足掛かりに飛ぶことで、先回りしたのである。



「あああああああぁぁぁぁっ!」



 退路を断たれたバセットは混乱していた。

 狙いも付けずに土魔法を乱射し、下がろうとして木の根に躓いて転ぶ。



「う……ぁ……」



 彼女の命を奪おうとしている女は嬉しそうに薄笑いを浮かべていた。

 だが、一瞬で表情を変え、バセットの傍から飛び退く。


 一瞬遅れてクレリアがいた場所を光の線が通った。



「間に合ったか。おい、そいつを苛めていいのは俺だけだ」

「来たか。勘がいいな」



 両手剣を隙なく構えたコンラートがバセットを背中に庇って立っていた。バセットはコンラートがクレリアを牽制している間に慌てて立ち上がる。

 シバもクレリアに追い付き、コンラートとバセットに剣を向けていた。



「攻守逆転だ。そっちにゃお荷物がいるからな」

「そうでもない。シバ様、背中は任せます」



 相手の動きを警戒しながらシバは事前に決められていた合図の遠吠えを送る。

 そして、コンラートと対峙したクレリアに微笑んだ。



「クレリア。コンラートは頼んだよ」

「頼まれました」



 和やかな空気は刹那の間に緊迫した空気に取って代わられる。

 ここは戦場で、対する相手は油断出来る相手ではなかった。



「皇帝として、コボルト族の族長として、僕はバセットを討つ」



 何かを振り切るように、シバは強い口調で断言する。

 かつての婚約者との完全な決別だった。


 

「なるほど。軍同士の戦いではなく、一騎打ちに持ち込むとはな」



 バセットとシバはクレリアとコンラートから距離を取る。

 純粋な剣士である彼等の周りにいても邪魔になるだけ。彼等はそのことを理解している。ただ、離れた場所で彼等の戦いもまた始まろうとしていた。



「フォルクマールに負ける程度で、本当に俺に勝てると思っているのか?」



 バセットとシバが離れると、コンラートは間合いを図りながらクレリアを嗤う。だが、クレリアの方もコンラートを小馬鹿にするように嗤っていた。



「くくっ……ふふふ……滑稽な男ね」



 声は上げているがクレリアの表情はあまり動いてはいない。

 僅かに口の端が上がっている程度だ。



「貴方は本当にフォルクマールに勝っているつもりなの? あいつより悪い条件で私に勝てると正気で思っているの?」



 現在の魔物の総数はほぼ互角。

 これは第一次オッターハウンド戦役の時にあった魔王候補としての力の差が完全に無くなっていることを意味している。



「やればわかるさ。どちらが滑稽なのかは」



 だが、それでもコンラートは自信を全く失ってはいなかった。




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