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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
四章 決戦の章
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第八話 全ては整い、火蓋は切られる




 陥落したオッターハウンド要塞では、武器や鎧を身に付けて偽装した戦力外のゴブリン、コボルト達が援軍のように見せ掛けて、入れ替わるように守備に付いていた。

 指揮官としては茶色のぶち模様のまるっとしたコボルトリーダー、元クレリアの副官であったサイヌが、カナフグに代わり入っている。



「クレリア様、いつも酷いです……あ、今回はハウンドだっけ」



 木製のヘルメットを被った彼女は、戦意はあっても戦士にはなれそうになかった住民を率いて、要塞の守備に付いていた。

 彼女に下されたハウンドの命令は単純だが困難なものだ。



”要塞を死守しろ”



 これだけである。

 戦力を分散させれば、人数が足らなくなる。どうすれば、少しでもそれが抑えられるか。ハウンドはずっとそのことを考えていた。

 そして、出た結論がこの『偽兵』である。


 偽兵と言っても、実際に攻められた場合には守りきらねばならない。

 前回の戦いでは、最も困難な退却戦の指揮を取らされたり、フォルクマールに捕まったり、クレリアに見捨てられそうになったりと散々な目にあった彼女だが、あまりの無茶振りに今回も悲惨なことになりそうだと、己の不幸を嘆いていた。



「私だけで、ぶ、武器も扱ったことのない、素人をどうしろと……」



 この場にいるのは百五十名と、戦意と人数だけであれば中々のものがあったが、本格的に攻められてはひとたまりもないと彼女は涙目になりながら判断していた。

 だが、それでもやらねばならない。



「新しい兵器が思った以上に役に立つ……なんてことがあればいいなぁ」



 彼女にとって救いだったのは、兵器開発局から新兵器が送られたことと、集団行動だけは普段からの防衛訓練で仕込まれていることだったろうか。

 ただ、兵器は使えるのかは使うまでわからず、集団行動は取れるがそれだけである。



(最善は尽くそう。今回も生き延びるために)



 彼女は遠い目をしながら、僅かでも長く耐えられるよう、守備の配置に頭を絞っていた。




 鶴翼の陣。形としてはその中央に当たる南東部に自らを配置したハウンドはクレリアから、己の構築した形が変則的ではあるが、大きな意味ではそれに当たると教えてもらった。長所と弱点もその陣形に準じているとも。


 彼は言葉は言葉だけのものだと考えている。

 別の戦場で同じことが出来るわけがなく、今回はこれが一番だと考えた結果こうなっただけのことであった。



「参謀長が一番危険な場所に立ってどうするのよ」

「お前もだろ」



 呆れるようにシルキーが言い、ハウンドは即座に反論をする。



「私は自分の仕事は終わったからいいのよ」

「意味不明だ」



 彼等の掛け合いも部下にとっては見慣れたものだった。

 前回の戦争では副官、即ち中級指揮官もその多くが戦場に倒れている。そのため、モフモフ帝国は上級指揮官だけでなく、それを補佐し、いざという場合には全軍を動かせる中級指揮官の数が絶対的に足りていない。



「だが、助かるのは間違いない。シルキーはスフィンとは旧知だし、エーゴンのことも把握している。指揮官としても中の上くらいの実力はある」

「褒められているのか貶されているのかわかんないわね」



 ハウンドは意図があって軍の指揮官も兼ねているが、シルキーが戦争前に望んで副官に付いたのは、彼にとっても予想外だった。

 彼女自身が言った通り、彼女の仕事は要塞を陥落させた時点で終わっているのだから。



「信頼している。読みが正しければ、シルキーには頼ることになるから」

「それまでは後ろから弓だけ射っておくわ」



 だが、ハウンドにとって彼女の協力は自身の懸念を一つ払拭出来る有難いものだった。

 ハウンドの副官には他にキジハタの元副官であるケットシーのスフィンと、指揮官に昇格したエーゴンが付いているが、スフィンは全体の指揮には向いておらず、エーゴンには他に役割があるために、万が一の場合に全軍の指揮を任せるわけにはいかない状況だったのである。


 ハウンドが率いる軍にはハイオークに一騎打ちを挑める戦士はいない。そして、相手には必ずハイオークが存在している。

 戦力的にも彼の指揮下には全種族を合わせても二百名しかおらず、敵に比べれば数の上でも劣っている。


 それでもハウンドは怯えてはいなかった。

 そんな彼をシルキーは頼もしそうに眺めている。


 彼等はそれ以降は何も話さず、静かに戦いの合図を待っていた。




 左翼に当たる南側ではケットシーリーダーであるクーンが総勢百五十名を率いて布陣していた。


 三毛柄のケットシーリーダーである彼女は第一次オッターハウンド戦役には参加していない。しかし、北部で寡兵を率いて攪乱に専念し、北部の司令官、グレーティアをかなりの間、足止めさせた実績を持っている。

 副官であるゴブリンのアカタチ、コボルトのブルも含め、ある意味では最も戦い続けている指揮官であるかもしれない。



「報告します。正面に展開している敵指揮官はルーベンスです」

「ありゃー若造か。こりゃ運がいいな。うちらは生き残れそうやね」



 クーンは眼を細めて笑う。軽口は言っているが彼女は決して油断していない。

 彼女の部下達も同じだった。


 少数同士での遭遇戦が主であった北部でのグレーティアとの長い戦いでは、油断した者から殲滅されていた。その時の部下の殆どは北部の司令官、ブルーに従っているが、クーンの軍の中核だけはその戦争を生き延びた強者ばかりである。


 彼女達は自らの役割を良く理解していた。

 数に劣り、正面をきってハイオークと当たるのが難しい彼女達が左翼で果たす役割。それは攪乱による時間稼ぎである。



「ハウンド君も実際大したもんやね。これも想定にあったし」

「姐御。あいつらはどんな攻め方してきますかねー」



 コボルト弓隊の指揮官、ブルが木の根っこに座り、腕を頭の上で伸ばして呑気に欠伸をしながら言った。



「ブル。シャキっとなさい。アカタチ。あんたは慌てなさんな。敵さんはすぐに来る」



 反対にゴブリンの戦士隊の指揮官であるアカタチは、寡黙で雑談に興味を示さず、既に殺気を放ち、いつでも戦える体勢にある。

 クーンは癖の強いこの二名の部下を巧みに指揮して、長い戦争を切り抜けてきた。



「地形は掴んだ。さてさて、時間まで遊んでもらうとしますか」



 遭遇戦、ゲリラ戦の達人であるケットシーリーダーは不敵に笑う。

 彼女に勝利する気はなかった。ただ、相手を猫らしく、弄ぶだけだ。


 それがハウンドがこの場に彼女を配置した意味でもある。

 クーンは爪を磨いで戦闘開始の合図を待っていた。




 戦争に参加しているのは歴戦の強者ばかりではない。

 一般のコボルトとは違う長い鼻、コボルトとゴブリンのハーフであり、モフモフ帝国軍の最年少の戦士であるハーディングはこの戦いが初陣となる。

 まだ、五歳と人間の年齢に換算しても十代前半の彼は、友達になったハイゴブリン、ハクレンを護る為に軍に志願し、認められた。


 父であるキジハタはハーディングを従軍時には特別扱いはせず、厳しく当たっている。

 過酷な訓練にも耐え抜いて、彼はこの場に立っていた。しかし、緊張は隠せない。



「本当にオーク族と真っ向から戦うなんて」



 ゴブリンの一部隊を率いているハイゴブリンの少女、ハクレンが傍にいるハーディングに硬い口調で呟く。彼女はガベソンでキジハタに降伏し、その後の顛末を全て見届けていた。


 だからこそ、オーク族の恐怖を肌身に染みて知っている。



「大丈夫! ハクレンは僕が護るから」



 内心の恐怖を抑えながら、ハーディングは明るく元気に笑う。

 彼が己を奮い立たせることが出来ていたのは、傍にいるハクレンを護るという少年らしい義務感からくる強い決意のお陰だったかもしれない。



「若。無理しないで下さいよ。何かあればキジハタの大旦那に申し訳が立たないんで」

「全くだ。二代目が無理しちゃ俺達の立場がねえよ」



 隊のゴブリン達がからかうように笑う。彼等はキジハタとクレリアに剣技を仕込まれたハーディングの腕は疑っていない。だが、戦場では何があるのかわからないのも事実である。



「ギリギリの戦いなんだろ。僕を気にする必要はない!」

「ま、そりゃそうなんですがね」

「私だって大丈夫よ。実力を見せてあげるわ」



 ムキになって子供扱いするゴブリン達に噛み付いたハーディングに、ハクレンは幾分か硬さの取れた表情で自信ありげに薄い胸を張った。


 彼らの布陣位置はオッターハウンド要塞のすぐ南、キジハタが率いる主力部隊の後方に位置している。

 ハウンドの分析では、主力部隊は最も激戦になる可能性の高い場所に布陣しており、後方といえども乱戦になる可能性の高い場所であった。




 魔王候補であり、モフモフ帝国の皇帝であるシバは、クレリア、カナフグと彼が率いている部隊と共にキジハタ率いる主力部隊に合流している。

 今回の戦いではシバ自身は一名の戦士も指揮していない。彼の護衛を務めるクレリアも同様である。



「コンラートの相手は私がします」

「頼むよ。多分、今の僕じゃ勝てない」



 シバの姿は数年前から一切変わっていない。茶色い髪に犬耳が付いた、人が良さそうな少年のままである。しかし、内面は大きく変わったと傍に控えるクレリアは思っている。

 革製の鎧に身を包んだシバは落ち着いた様子で立っていた。



(何時の間に剣技を身に付けたのだろう)



 クレリアはジッとシバの横顔を見ながら内心で呟く。シバは何も語らないが、彼がこの数年の間、訓練を積んでいたことは一流の剣士である彼女には明らかなことだった。



「背後を気にする必要はないからね」

「はい。お任せします」



 可愛くて優しいだけの少年では無くなっていることに、クレリアは頼もしさを感じて微笑む。そして、同時に彼が本当の意味で魔王らしくなっていくことに、一抹の寂しさも感じていた。


 帝国の魔物達は自立した。

 シバも力を付けている。


 遠くない将来に己の役割は全て終わるのではないか。その思いが彼女の中で強くなっている。そして、帝国にも居場所がなくなり、孤独に戻る。


 本当は貴族に追われて死に掛けたままで、今は夢の中にいるのではないか。



(忘れよう。ただ、全力で当たればいい)



 クレリアは表情が出難い自分の顔に感謝していた。

 明らかに戦争を前に考えることではない。



「大丈夫だよ。クレリア」



 いつの間にか同じ目線のシバが、普段より真剣な顔でクレリアを真っ直ぐに見詰めていた。驚いたようにクレリアは眼を見開き、思わずシバを見詰め返す。



「僕の命はクレリアと共にある。最期の時までずっと。だから一緒に頑張ろう」



 シバは普通の少年のように、明るく笑っていた。ただ、それだけでクレリアの昏い気持ちは消え失せていく。

 クレリアも普通の少女のように自然な笑みを浮かべ、頷いていた。




 オーク族の魔王候補は高い確率でキジハタの主力部隊を狙うとハウンドは読んでいた。読みが外れても、その場合はクレリアが先頭に立って中央を打ち破る事が出来る。

 キジハタは大元帥として、状況に応じて対応する必要があった。だが、現在のところハウンドの予測を大きく外した動きを相手はしていない。

 相手の最善の動きこそが、ハウンドが狙う動きなのかもしれないとキジハタは思う。



「戦闘準備」



 空気の変化を感じたキジハタは全軍に命じる。


 キジハタの主力部隊は、オッターハウンド要塞の投降者を含めて総勢四百五十名。

 カナフグの部隊は遊撃の形で主力部隊の右翼を形成し、ゴブリン族の剣士、第一次オッターハウンド戦役でキジハタの副官だったアロイスが左翼を率いていた。



「前方には障害物を。か。攻勢でも帝国らしいね」

「機を掴むまでは耐える。それには多少の小細工は必要だ。新しい兵器の効果も出し易いしな。それよりお主、本当に大丈夫なのか?」



 キジハタは背後に控えている大柄な赤髪のハイオークの美女、カロリーネに問い掛ける。タマとの子供を出産したばかりの彼女だが、影響など全くないかのように平気な顔をして戦場に立っていた。



「今回は一戦士としての参加さ。迷惑は掛けないよ」



 軽々とカロリーネは両手剣を肩に担いでいる。誰もが彼女の戦線復帰を考えておらず、本調子で無いことも明らかだったため、指揮官としては配置されていない。


 彼女自身もそれを理解しており、敢えて何も言うことはなかった。ただ、ラルフエルドで待機することだけは拒否している。



「あいつが守ろうとしたモノは責任持って私が守ってあげないと。母親としては失格かもしれないけれど、あの子……ルートヴィッヒの未来も用意してあげないとね」

「少し変わったな。お主も」

「子供が出来るってそんなものじゃないの? 理屈じゃなく、守りたいんだよ」



 言外にキジハタも同じだろうと、カロリーネは屈託なく笑い、手を振って戦士達の中へと紛れていった。


 カロリーネが去ると、キジハタの周囲に魔物はいなくなる。

 大元帥である彼を帝国軍の全てが信じ、見詰めていた。



(剣しか無かった拙者がな。今は何故か、剣への執着が無い)



 思えば不思議だとキジハタは思う。それでいて、不思議と心は澄み切っていた。



「来たか……戦いに酔った哀れな男が」



 誰に言うでもなく、キジハタは無意識にそう呟いていた。

 これから戦う戦場は奇しくも第一次オッターハウンド戦役で、コンラートと剣を交えた場所でもある。キジハタの心はあの時から変わっていないし、コンラートもそうだろうと彼は思う。


 しかし、その姿は強さだけを追い求めていた、かつてのキジハタの姿そのものであったかもしれない。だが、彼はそんなコンラートに同情はしなかった。当然、侮るわけもない。

 戦場では何が起こるかわからない。自分が倒されて、コンラートが己の正しさを証明するかもしれないのだ。今のコンラートは圧倒的な強者なのだからそうなっても不思議はない。


 ただ、キジハタは勝敗がどうなるかなどといった意味の無いことは考えなかった。

 最善を尽くす。それのみである。



「合図を伝えろ! オーク族の軍を殲滅するぞっ!」



 キジハタは師から譲られた使い込まれた剣を抜き、声を張り上げる。

 名剣には一つの雲りも存在しなかった。




 オッターハウンド要塞はシルキーの奇策によって、ほぼ無傷で陥落した。

 帝国軍参謀長ハウンドはその要塞を利用して、包囲殲滅を目的とした変則的な鶴翼の陣を引く。一方のコンラートは包囲している軍に部下達を当て、速攻による主力の撃破を狙っていた。


 モフモフ帝国軍は戦場において、初めてオーク族と匹敵する戦力を用意して対峙した。

 長い持久戦を続けてきた帝国が、乾坤一擲の勝負に出たのである。


 第二次オッターハウンド戦役……遥か未来まで、その死闘が語り継がれることになる死の森最後の戦いの火蓋はこうして切られた。




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