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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
四章 決戦の章
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第七話 舞台は用意され




 オッターハウンド要塞が無傷で陥落したことは要塞から逃れたコンラートの腹心、ゴブリンリーダーのチャガラの部下によって直ぐにコンラートへと伝えられた。


 先行していたチャガラは要塞陥落の早さに救援を諦め、コンラートの本隊が到着するまでの間、モフモフ帝国軍の動きの情報を集めることに力を注いでいる。


 信じられないことが起きても必要なことは怠らない。チャガラは合理的な性格であり、事実は事実として受け取め、必要な手を打てる将であった。

 だからこそ、彼はコンラートに腹心として信頼されている。



「してやられたとしか言い様がないな」

「すまない」

「チャガラ。お前は最善の行動を取っている。俺の落ち度だろう。これは」



 オッターハウンド要塞の陥落はオーク族の戦士達に大きな動揺を与えていた。自分達が命懸けで落とした難攻不落なはずの要塞が一瞬で落ちたのだから無理もない。

 ここまではコンラートも有り得ると考えていた。



「だが、ガリバルディ相手にシバやクレリアの手を借りず、それでもほぼ無傷とは予想外だったな。バセット」

「有り得ない……」



 凶報とも言える報告を受けたコンラートは全く狼狽えることなく、普段にないほど呆然としているバセットが可笑しくて大笑いしている。

 コンラートに余裕がある理由は二つあった。



「どちらにせよあの要塞は前ほどには蓄えは置いていない。バセット。お前の能力があれば大した障害ではないさ。いや、逆にあそこに篭ってくれれば俺達の勝ちが確定する」



 一つは要塞を難攻不落にしている原因でもあった無尽蔵に近い物資が、今回は置かれていないということ。今のオッターハウンド要塞は、物資の補給さえ防いでおけば攻めにくい地形という程度でしかない。

 もう一つの理由は、手痛い敗北ではあるものの、戦力的にはようやくこれで五分であり、彼が望んでいた戦いが出来るからであった。

 


「北部に割いたせいで足りなくなった数をあれで補うつもりなのだろう。数も質も高くないが、それでも戦力は戦力だ。五分の戦力となった以上、奴らは防衛に徹する気はあるまい」

「はい。しかし、帝国に戦場を選ぶ自由を与えてしまったのは痛いです。これで相手の取りうる選択肢は広がり、難しくなります」

「で、敵の布陣は?」



 バセットが携帯用の地図を情報を集めていたチャガラに渡す。コンラートは彼等が話し合っている間に伝令に他の指揮官を呼ばせた。



「東、オッターハウンド要塞にはシバとクレリア、カナフグとかいうキジハタの腹心が残っている。寝返ったゴブリン150と要塞に入ったコボルトが大体100。更に後方、ラルフエルドから新手が入っている」



 無骨な指を地図に滑らせてチャガラは全員に説明する。



「後はこの場所を囲むように奴らは布陣している。要塞に近い場所からキジハタの軍勢。あの要塞を落とした奇策を考えたらしいコボルト、ハウンドの軍勢。俺達の南に以前北部で暴れていたケットシーリーダー、クーンの軍勢。正確な数は不明。バセット、北は?」

「北はケットシー族の族長、ハイケットシー、ブルーの軍勢です。アルトリートがハリアー川を利用して牽制しています。敵の数はアルトリートの軍を超えているとのこと」

「敵の布陣の動きに迷いはなく、短時間で要塞を落としたのは予定通りだと思われる」



 チャガラの説明に指揮官達は頷いた。彼等もコボルト達と戦うようになってから長い時が経っている。不利な立場にある帝国の攻撃はいつも意表を突くもので、そのこと自体には驚くことは無くなっていた。

 考えるべきはその後の対処であり、戦士達の命を預かる彼等にとってはそちらこそが重要なことなのである。



「くくっ……三方から囲まれているわけだ。何もしなければ負けるな」



 愉快そうに隻眼のハイオーク、クレメンスが声を押し殺して笑う。一見、弱気な発言をした彼に殆どの者が意外そうに視線を向けた。


 クレメンスはハイオークの中でも特に好戦的であり、帝国に対して深い憎悪を抱いていることはオーク族の中では有名である。第一次オッターハウンド戦役での攻勢での粘り強さと執念は誰もが認めるところであり、そんな彼から出た発言とは思えなかったからだった。


 だが、その表情を見たものは彼らしいと納得している。

 遊ぶために殺すような酷薄な笑みを見せていたから。



「恐らくこいつらの頭脳はハウンドって犬だ。要塞だけじゃねぇ。ギルベルトを殺ったのもこいつだ。半年前に俺が殺し損ねた奴だから責任は取らなきゃなぁ! くはははっ!」

「で、どう責任を取るつもりだ?」



 狂ったように笑うクレメンスに、コンラートが穏やかな口調で問う。彼にはクレメンスの意図はわかっていたが、あえてそう聞いた。



「何を企んでいるかは知らないが、お誂え向けに中央にいやがる。それにあの犬っころを殺せば奴ら、帝国軍の動きは鈍るだろう。だから」



 クレメンスは地図に近付くとオーク族の位置を指指し、ハウンドの軍まで指を真っ直ぐに動かす。



「ハウンドを殺し、俺の軍でここを分断する。後は挟み撃ちにしていけばいい。奴等はわわざ分散してやがるからな。数に勝る俺達は奴らを順番に潰せば勝てるはずだ」



 多くの指揮官から賛同の声が上がり、クレメンスはコンラートに視線を向けた。

 彼がコンラートに協力した条件は正に『ハウンドを優先的に殺させること』であり、約束を守れという意味がそこには込められている。

 一見いい手にも思えるから性質が悪い。と、コンラートは思ったが冷笑を堪え、鷹揚に頷く。一番面倒な相手を引き受けてくれるならば任せればいいと彼は考えていた。



(勝ちは難しいだろうが、酷い負け方もするまい。時間を稼げれば問題無いな)



 帝国の戦士達の中で圧倒的な強者であるハイオークと五分以上に戦える戦士はクレリア、キジハタ、今は亡きタマにカロリーネ、ケットシー族の族長であるブルーくらいである。



(クレメンスを止められる者がいない……だが、無策ではないだろう。重要地点を受け持つには薄すぎる)



 そのうちブルーは北部でアルトリートと対峙しており、クレリアは要塞にいる。キジハタも別の場所で軍を指揮しており、ハウンドの軍にはいない。

 カロリーネはタマの子供を出産したばかりとの情報があり、戦争に参加しているかすら怪しい。戦争に出てもまともに戦える身体では無いのは確実である。

 

 戦力も上回っているはずだ。しかし、それでもギルベルトを要塞で戦死させたように、何か手を打っているのではないかという期待がコンラートにはあった。

 そうでなくてはつまらない。それを乗り越えてこその勝利だとも。


 コンラートの表情から誰もがクレメンスの案が取り入れられる。そう確信した瞬間だった。



「僕は反対だ」

「ほう……いい度胸じゃねえか。ルーベンス。どうしてだ?」



 殺意を抑えず睨みつけるクレメンスにも一切動じず、ルーベンスは彼を見上げつつも一切目を逸らさない。殆どの幹部からの好奇や侮蔑の視線も意に介さず、落ち着き払っている。

 内心は冷や汗を掻き、必死に恐怖を抑えてはいたが表向きには。



「答えられねえなら、敵よりも先にお前を殺すぞ」

「明らかな罠に付き合う必要はないはずだ。そのコボルトの活躍は僕も知っているが、過去の戦い方を見る限り堅実な戦い方をする奴で、要塞を落とした手段を使うような奴ではない。なのに、わざと捕虜を逃がしてまで過剰にその功績をハウンドの物だと言いふらしている。そこには意味があるはずだ」

「で、お前は罠があるから臆病にも放置しろというわけか?」



 クレメンスは小馬鹿にするように背の低いルーベンスの頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。だが、ルーベンスは首を横に振る。



「逆だ。やるならクレメンスだけではなく、相手が思わぬほど徹底的に、全力で攻めるべきだ。クレメンスの言うとおりここを突破すれば勝利は容易なはずだから」

「ほう……臆病ってわけでもないようだな。だが、無駄な心配だ」



 眼を細め、クレメンスはルーベンスの頭から手を離して腕を組む。そして、コンラートへと視線を向けた。コンラートはそれに頷く。



「南のクーンにルーベンスを当てる。南は抑えきればいい。クレメンスの邪魔をさせるな」

「わかりました」

「クレメンスはハウンドの軍を突破後、状況次第で判断しろ」

「いいぜ。後はどうするんだ?」



 ニィ……と獰猛な笑みを浮かべ、クレメンスは黙っているグレーティアを指差す。彼女もまた、個人的な因縁の相手……クレリアを狙うと言って憚らないことを知っていたからである。



「グレーティアにはキジハタの相手をさせる。本隊と一緒にな」

「オッターハウンド要塞は?」



 グレーティアが初めて口を開いた。確認というには憎悪の篭った口調である。



「わざわざ攻めることはない。牽制の戦士をだけを置き、全力で相手の本隊を潰す。そうなればクレリアもシバも出て来ざるを得ないだろう」

「なるほど」

「相手を減らせば眷属の力も弱まるだろうしな」



 自らの所領である北部を帝国軍に抑えられたとの知らせを聞いても彼女は眉一つ動かさなかった。だが、この言葉を聞いたときには、少しだけ表情を動かしている。

 グレーティアは今のままでクレリアに勝つことが不可能であることを、どれ程復讐に心が囚われても理解出来ていた。そんな彼女にコンラートはどうすれば勝てるかを教えている。



「了解。私は敵本隊を潰します」

「それでいい。これは戦争だ。恨みより勝つことを意識しろ」

「……」



 コンラートは平然とグレーティアに視線を合わせていた。明るかった妹の変化も、彼は全く意に介していない。ただ、仕方のないことだと思っただけだった。



(戦争では誰もが死ぬ。フォルクマールもただ運が尽きていたのだ)



 彼は本気でそう思っている。

 ただ、味方を殺戮してきたバセットでさえ、心配そうにグレーティアを見詰めていることから、自分の方がおかしいのだろうとは彼も理解していた。



「一刻後、戦闘を開始する。時間は合わせろよ?」



 全ての指揮官が頷き、自分の率いる軍へと戻っていく。

 そして、コンラートの傍にはバセットとチャガラだけが残った。



「思えばあれから長かったな」

「これが始まりだろう。俺を失望させるな」

「そうだ、これからが楽しくなるんだ」



 チャガラの抗議にコンラートは笑って答える。



「あいつらと戦える軍隊は作った。種族の特性を活かす戦いも身に付けさせた。あの日の誓いは確実に形になっている。後は勝つだけだ」



 コンラートは拳を握り締めた。

 クレメンス以上に、あるいはグレーティア以上に……彼は深く、重い感情を抱えている。


 戦を前にして最も高ぶっているのは彼なのかもしれない。


 何故なら、誇り高く、激しい気性である彼に屈辱を与え、数年の忍耐をさせた敵がすぐ近くにいるのだから。だが、彼はそれを押さえ込む強さも持ち合わせていた。

 雪辱を晴らす機会は間近にある。急ぐことはない。



「帝国は恐らく今までにない強さを持っているだろう。何故かわかるか?」

「彼らが本当の意味で、初めて攻勢に出るからです」

「そうだ。だがそれは、今までの柳のようなしなやかさには欠けるということを意味している。この攻勢を粉砕すれば帝国は終わりだ」



 バセットは頷く。彼女はルーベンスの案に近いものを持っていた。

 だが、コンラートはそれを取っていない。これはクレメンスとの約束を護ったからというわけではないことを彼女は知っている。


 コンラートは危険に対して敏感で、勘が働くのだ。

 だとすれば、本来ならば戦闘力に欠けるクーンにクレメンスを当て、元々期待していなかったルーベンスをハウンドに当てるのが、最良の振り分けだとバセットは思っていた。


 しかし、南はどうなろうが膠着してくれればそれで構わない。

 北もアルトリートが川を盾に守っている以上、落ちることはない。


 ならば、クレメンスなどは好きにさせ、その間に本隊が敵の本隊を打ち破ればいいのだ。



「帝国を粉砕するのはコンラート様の仕事になります」

「北部、南部を抑えさせた上で戦力を集中し、敵の罠を喰い破る。数はこちらが勝っているが、恐らく相手は帝国軍の最精鋭。心が躍るな」



 勝利も敗北も無い。彼にとっては闘争にだけ、意味がある。

 コンラートは両手剣を抜くと、進むべき方向に剣を向けた。




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