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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
四章 決戦の章
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第六話 第二次オッターハウンド要塞攻防戦 一つ目の頭




 モフモフ帝国軍副参謀長の地位にあるコボルトリーダーのシルキーは、茶色と黒の斑ら模様の毛並みを持つ妙齢の女性である。

 参戦時は明るい少女だった彼女も戦争の年月を重ね、大きく変わってしまった。


 シルキーを見出したのはクレリアだ。

 コボルトには珍しい働ける怠け者だった彼女を見たクレリアは、参謀として彼女を育てた。

 傭兵として柔軟な思考を持つクレリアも、どちらかといえば実戦指揮官であり、参謀としての知識は疎かったが、人間の騎士であった過去の記憶を遡って有能であった参謀達を想像しながら様々なことを教えたのである。



「とにかく楽をして勝つことを考える」



 この言葉はクレリアの長兄のものである。

 クレリア自身はその思考が苦手であったが、あの兄も参謀の一種だろうと考えた彼女がシルキーに伝えた言葉だった。


 シルキーは忠実に教えを護った。

 彼女は『楽に勝つ』為に工夫を常に行なっている。


 北東部での戦いでカロリーネに読み負けたように戦術の参謀としては今一であったが、その広い視野により戦場以外では活躍し、最終的な勝利に多大な貢献している。

 それまで誰も考えなかった最前線での政務官の活用を考えたのも、誰でも兵站を扱えるように工夫したのもシルキーだ。


 彼女の本質は戦術家ではなく、戦略家だった。

 現在のところ、モフモフ帝国に彼女の代わりとなる者はいない。クレリアが例え同じことを他の者に教えたとしても、彼女のようにはならないだろう。


 この半年の間、殆どの者が区切りを付けた第一次オッターハウンド戦役を、未だに戦い続けて来たのはあるいは彼女だけだったのかもしれない。



 第一次オッターハウンド戦役において、シルキーはオッターハウンド要塞が陥落した場合に備え、既に再奪取の方法を考えていた。

 要塞建造の責任者、コボルト職人のレオンベルガーに要塞の弱点を聞き、



「オッターハウンド要塞は幾重もの防御陣、連絡法、物資を備え、一部を破られても直ぐに防御陣を構築しなおせるように作られており……(中略)……内部からの攻撃も防ぐことが可能です……(中略)……よって、極めて効率的な防衛陣地となっております」

「一行で」

「弱点なんてありません。ええ、あるわけがありません!」



 えっへんと胸を張ったレオンベルガーの首を絞めるトラブルなどを起こしつつ、シルキーは彼女なりに複数の攻略法を検討している。これらは正攻法であり、一応は彼女の上官であるハウンドは当たり前のように思いついていた。

 だが、ハウンドですら楽に落とす方法は思い付いていない。


 彼女の結論は正攻法で被害を抑えつつ落とすことは不可能というものだった。

 だからといって、死の森の地形の関係から無視することも難しい。


 正攻法以外なら。

 思いついたのはクレリアの案がきっかけだった。


 第一次オッターハウンド戦役後のことを考えていたクレリアは、無謀な特攻に出る前に、敵方の情報を確実に探れるよう、帝国でも律儀で堅実で知られる古株のゴブリンに対し、降伏を装って一時的に潜り込むことを命令した。

 これは確かに情報を得、戦争の勝利を得やすくなる有効な手段である。


 しかし、彼女はクレリアの案の有用さと共に、甘さを感じていた。


 だから、シルキーは独断でそのゴブリンの使い方を変えた。

 そして、潜り込んだ彼を活かす状況を作るために半年間を費やしたのである。


 考えた奇策が戦士の矜持を傷付けるものだと知った上で、シルキーはそれを行うことをためらいはしなかった。



 オッターハウンド要塞の守将であるゴブリン族の元魔王候補、ガリバルディは当然にモフモフ帝国の動きに気付いていた。


 フォルクマールから乾坤一擲の奇襲を食らい、敗北した彼だが無能なわけではない。

 第一次オッターハウンド戦役でも最前線に送られながらも自らの部下達の被害率は低く、一定の戦果は残すことには成功している。


 彼は徹底的な現実主義者であり、有効であるならばどんな手段を取ることも躊躇しない。オッターハウンド要塞で噂されている『敵の捕虜を先頭に置いた攻略作戦』を進言したことも事実であり、彼にとっては否定するまでもない事柄だった。


 他者など、同族ですらガリバルディにとってはどうでもいいのである。



「ふふん。来るな。身の程知らずの犬共が」

「はい」

「お前にも働いてもらうぞ」



 ニタリと髭を蓄えた口を歪めたガリバルディに、傍らに立つ使い込まれた剣を差したゴブリンが頷く。

 ハイゴブリンであり、ゴブリン族の中では抜けた強さを持つガリバルディだが、モフモフ帝国に移住させられ、戻ってくるゴブリンと共に脱走してきた彼の腕は認めていた。



「東部を貰う約束は守っていただけるのか?」

「ああ、間違いなく守ってやる。他のハイゴブリンは役立たず揃いだからな。使えるやつには報いてやらねばいかん」



 男がオーク族に帰順しているのは間違いない。

 それは要塞にシバの規格外な土魔法への対応法のアドバイスをするために訪れていたバセットにも確認を取り、更にその上でガリバルディに従うように『命令』させていることからも確実だった。

 ガリバルディはそれでも疑っていたが、男は彼の期待に答えて要塞に詰めている戦士達の練度を大幅に上げており、半年経った今では片腕として信頼していた。



「俺の目的のためにはお前は必要なのだ。が、その前にここは守りきる」

「わかっております」



 男は頭を下げながらも必死に歯を食いしばっている。半年の間、幾度となく繰り返した動作だ。しかし、彼はそれをガリバルディには見せてはいなかった。


 何も分からぬままにオーク族に敗北したガリバルディは、資格を無くした今でも魔王になることを諦めてはいない。だが、彼は魔王候補として本当に必要なものを失っていることには気付いていなかった。


 当然のようにゴブリン族の族長である自分に全てのゴブリンが従うと思っている。



(だが、本当にそうかな?)



 顔を見られぬよう、頭を下げている男……モフモフ帝国で最も旧いゴブリンの一人であり、キジハタの一番弟子でもあるカナフグは思う。


 彼が感じている怒りを。憎悪を。失望を。恐怖を。諦観を。彼が訓練を施したゴブリン達が、そして彼等と共にこの砦を守るコボルト達が、二百名を超える彼らがどんな想いも抱いていないとでも思っているのだろうかと。



 『剣聖』キジハタが率いるモフモフ帝国軍は整備された道を使い、僅かな時間でオッターハウンド要塞に辿りついていた。この要塞の周囲の森は拓かれていて見通しは良く、軍勢が隠れる場所はない。


 逆にこの道と要塞の周囲以外のは森は深く、毒蛇や底なし沼が無数に存在する死の森でも有数の危険地帯となっており、それが故に安全な道を抑える形になっているこの要塞は重要拠点となっていた。


 戦士達の表情は一様に固い。モフモフ帝国の戦士達はこの要塞の恐ろしさを最も理解している。この要塞が無ければ前回の戦いでもオーク族に完敗していたであろうことを、彼等は身に染みにしみて知っていたからだ。


 しかし、キジハタは魔王候補であるシバとクレリア、そして相手と同数程度のゴブリンとコボルトの新兵を残すと、他の者達の指揮をを参謀長ハウンドに委ね、ガリバルディに見せつけるように要塞の周囲から移動させた。


 そして、キジハタは要塞の門の前まで無造作に歩き、要塞の壁の上に立つガリバルディに視線を向ける。


 そんなキジハタをガリバルディは、要塞の上から両手剣を向けて嗤っていた。


 キジハタに向けた剣を見たクレリアは僅かに眉を寄せる。

 遠目でも間違うことはない。ミスリル銀製のその剣はフォルクマールに敗北し、置いて行かざるを得なかった彼女の剣だったからである。



「久しいな。キジハタ。何を企んでいるかは知らんが、小細工などしても無駄だ。同胞のよしみだ。今のうちに俺に従えばお前を有効に使ってやるぞ。また捨て駒としてな」

「貴様には感謝しているぞ……ガリバルディ。拙者をシバ様とクレリア様に出会わてくれたからな」



 キジハタもガリバルディに獰猛な笑みを返す。



「せめて苦しまずに殺してやろう」

「出来るならな。その程度の戦力でお前達が築き上げたこの要塞が落ちるとでも思っているのか。馬鹿め」



 侮蔑の篭った罵声を受けたキジハタは笑みを収め、憐れむようにガリバルディを見た。

 以前のガリバルディは残酷な面はあったが視野も広く、巨大なゴブリン族を治める族長として有能な男であった。オーク族の魔王候補がフォルクマールでさえなければ、数に勝るゴブリン族を率いてオーク族に勝利することも可能だったかもしれない。


 キジハタを捨て駒にしたことにしても、圧倒的な優勢にあったオーク族に忠誠を見せなければゴブリン族がどんな扱いを受けるかわからなかったのだ。

 事実、逆らい続けたコボルト族は壊滅に近い被害を受け、上位種であるハイコボルトもシバを除いて全滅している。


 臆病者と憎しみながらもキジハタは、一族全体のためにどれ程非道であろうと正しい判断を選んできたガリバルディを認めていた。



(衰えたな)



 だが、今の彼には憎悪も嫌悪感も感じない。ただ、憐れだとだけキジハタは思った。



「コンラート最大の失敗は誰でもない貴様にこの要塞を与えたことだな。簡単に殺せるとでも考えていたのだろうが……身の程を知らぬ者に訪れるのは破滅だけだぞ。ガリバルディ。これは最期の忠告だ。降伏し、余生を静かに暮らせ」



 落ち着いた口調でキジハタはガリバルディに告げた。

 心の底からキジハタはそう思っていたが、この提案はシバがハウンドとシルキーの作戦を実施するための条件に加えたものだ。


 当初はハウンドもシルキーもガリバルディが確実に裏切ることを理由に反対し、キジハタ自身も甘いと思っていた。シルキーは特に過激で、味方にすれば敵の時より遥かに邪魔だとはっきりとシバに忠告している。

 しかし、この場で砂上の楼閣に立って誇っているガリバルディを見ていると、キジハタはシバの提案にも納得することが出来ていた。



「ははははははははははっ! 頭の固いお前にしては面白い冗談だなキジハタ!」

「降伏か死か。選べ、ガリバルディ」



 大笑いするガリバルディにキジハタは淡々問い掛ける。

 キジハタが本気なのだと気が付くとガリバルディは笑うのを止め、彼を指差した。



「選んでやるとも……キジハタ。お前の死だ!」



 大きな溜息を吐くとキジハタは皇帝であるシバに対し、頭を下げる。シバは小さく頷くとコボルトの矢が届かないギリギリの場所まで前に出た。

 そんな両名を帝国の戦士達は固唾を呑んで見守っている。


 静まり返る戦場。誰もがシバの言葉を待っていた。

 どこにでもいそうな少年のような容姿のシバだが、それでも彼は見る者の目を引いている。魔王候補としての力だけではなく、多くのものを統べる覚悟を決めた皇帝としての貫禄がそうさせるのかもしれないと傍らに立つキジハタは思った。


 それは彼が目指す力とは異なるものであったが、敬意は感じている。



「要塞を守る者達よ。僕は武器を捨てた者は殺さない。逃げる者は追わないし、捕まえても解放する。そして我々に協力する者は同じ仲間として迎えるつもりだ」



 遠吠えで情報を伝え合うコボルト族の声は、淡々としたものであっても要塞の全ての戦士に届いている。そして、シバの言葉に要塞は小さくざわめき始めていた。



「だけど、戦うなら僕は手段を選ばない。悪いけれど考える時間は僅かしか上げられないんだ。だから選んで欲しい。僕達帝国を選ぶか、コンラートを選ぶか」



 後ろで聞いていたシルキーの眉が上がる。計画では引き合いにはガリバルディを出すことになっていた。彼の評判を流言によって徹底的に下げたのも、そのためである。

 だが、シバは敢えてコンラートの名を出した。



(仕方がないなぁ。シバ様も)



 シルキーは苦笑いする。だが、問題はないと彼女は考え直す。

 要塞の戦士達はシバの正直な言葉に十分に揺れている様子だったからだ。


 そしてシバは締めくくる言葉を要塞にいる全ての者に告げる。



「オッターハウンド要塞の全ての戦士達よ。『降伏』しろ」

「はははっ! するわけ無いだろう。この愚か……」



 ガリバルディは最後まで言い終えることは出来なかった。



「お前如きがその剣を持つのは、全ての戦士への侮辱だっ!」」



 なぜなら、首が落ちても話せるほどハイゴブリンの身体は頑丈ではなかったからだ。

 傍に立っていたカナフグが怒りの咆吼と共にガリバルディの首を一刀で断ち切っていた。


 同時にあちこちにいたハイゴブリンの指揮官に剣が突きつけられ、戦闘に備えて上げられていた巨大な木の門が轟音を立てて下ろされる。


 要塞を守る戦士達は何が起こったのか理解できず、ただ、呆気にとられて動くことが出来なかった。そんな中、全てを知っている者だけが平静を保っている。



「全軍前進。さっきの僕の言葉は厳守するんだ。いいね? キジハタ、後は任せるよ」

「承知」





 第一次オッターハウンド要塞攻防戦において、それまでの敵とはいえ、降伏した同族を捨石にするような戦術をオーク族に提案した事実を広められたガリバルディは同族の信頼を完全に失っており、元々オッターハウンド要塞の戦士達の戦意は高くはなかった。


 どちらかと言えば、ガリバルディへの不信がオーク族への憎悪へと繋がっており、彼が謀殺されても仇を取ろうとする者はおらず、門が開かれてなお、抗ってこの要塞を守ろうと思う者もまた、殆どいなかった。


 結果オッターハウンド要塞は殆ど血が流されることなく陥落し、捕虜の一部はオーク属領へ、一部は剣を捨てて帝国領へと去り、残りはそのまま帝国軍へと寝返ることになる。



 オーク族との間に起きた数多くの戦闘の中で最大の激戦であり、最も被害の大きかった戦いは第一次オッターハウンド要塞攻防戦である。



 そして、最も短く、被害の少ない戦いは第二次オッターハウンド要塞攻防戦であった。






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