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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
四章 決戦の章
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第五話 子どもは育ち、大人になって




「ついに合図が来たか。ここまでは全て予定通りだな」

「ええ。別働隊も上手くやってくれているし準備は完成。後は実戦部隊の仕事よ。ハウンド、貴方はまだまだ忙しいけど、死なない程度に頑張ってね」

「心配しなくとも死ぬ気はない」



 モフモフ帝国の戦士達が集まっている広場で、モフモフ帝国参謀長ハウンドは自分をからかうシルキーに真面目に答えていた。


 数百名の戦士の前に立つ彼の顔は真剣ではあっても緊張の色はない。そこにあるのが当然のように悠然とした態度で新しい大元帥たる『剣聖』キジハタの隣に立っている。


 彼はシルキーの謀略を計算に入れた上で諜報部隊の長、『隠密』ヨークからもたらされた膨大な情報を解析し、あらゆる状況に対応できるようにシミュレーションを行なった。

 戦争は生き物であるため、想定外の出来事も多々起こる。そう考えてはいるが幸い今の状況はハウンドの予測の範囲内にあった。



「ハウンド。作戦の説明を」



 凛とした、しかし、控えめな美しい声。

 声の主、クレリア・フォーンベルグは既にこの場に戻っている。だが、彼女は全軍を指揮する大元帥としてではなく、皇帝たるシバの護衛として彼の後ろに控えていた。


 彼女はこの戦争準備期間中ハウンドからの問いに対しては答えたが、指示は一切出していない。



(厳しい方だ。だけど、それが有難い)



 ハウンドはそう思う。彼は己に対して自信は持っていたが、クレリアを上回っていると考えられるほどには自惚れてはいなかった。

 だが、ハウンドも今回の戦争に限れば彼女よりも己が適任であると自負することが出来る程度の努力はしてきたつもりである。


 だからこそ、他者の命を預かる重圧の掛かる役割を担う覚悟も出来た。

 ハウンドは皇帝シバと大元帥『剣聖』キジハタに一礼すると、自分を見つめる戦士達の方を真っ直ぐに向く。



「作戦を説明する。まず、現状で既に北部、ベリーダムゼルを強襲して陥落させてある。別働隊はその足でハノーアも攻略しているはずだ。諸君らも気付いていると思うが、そちらにはかなりの戦力を振り向けている。当然、我々は正面戦力では相手に劣ることになる」



 モフモフ帝国とオーク族の戦力差は殆どない。数に劣るモフモフ帝国が僅かに不利な程度である。従って軍を分けたことは大きな賭けの要素を含む行為だった。

 本来は取りにくい策である。


 だが、短期決戦となる今回の戦争では補給や医療等後方の差も決定的な差にはならない。

 しかしながら、一方で大きくモフモフ帝国が勝っている部分もある……という状況が、ハウンドにその優位を活かせるこの手段を選ばせていた。


 オーク族の実力を遥かに超える力。それは情報を得る手段、『諜報』。

 『隠密』ヨークというモフモフ帝国のコボルトの中でも古株であり、飛びぬけて特殊な男の存在がオーク族の諜報能力を大きく上回らせていたのである。


 ハウンドはこの唯一持っているオーク族との差を最大限に生かした。

 半年の間にヨークは北部で指揮を取っていたクーンと協力し、北部の警戒網を完全に把握。ケットシー達をオーク族に悟られることなく北部に引き入れることに成功する。


 そして、北部の要であるハイオーク、グレーティアが居なくなるのを辛抱強く待ってから、ケットシー族の族長、ブルー率いるケットシーを中心とした部隊にベリーダムゼルを攻撃させたのである。


 グレーティアは守備隊を置いていたが、不意を突かれたことによる混乱と叩きつけられた圧倒的な戦力差にベリーダムゼルは降伏。そのままブルーは北部のオーク領ハノーアに軍を進めている。



「この場にいる我々は残る戦力でオッターハウンド要塞を攻略し、軍を展開した上で時間を稼ぐ。そして、南下してくる別働隊と共に敵魔王候補、コンラートの軍勢を迎え撃ち、包囲殲滅する」



 端的な説明。細かい打ち合わせは既に幹部の間ではやり尽くしてある。



「作戦名は、『ケルベロス』だ」



 だから、必要なことは戦士達に強大な敵に対して、勇気を持って抗う力を与えること。

 彼は堂々と背筋を伸ばして朗々と語る。



「オッターハウンド要塞は難攻不落だが、あれは我々が作ったものだ。当然に知り尽くしている。恐れることはない。安心して指示に従うように」



 ハウンドは自分がタマのように感情に訴えかけることは出来ないことを知っている。だから、彼は自信を持って簡単なことのように話すことを心掛けていた。



(みんなに動揺はない。これなら大丈夫)



 歴戦の戦士達も新しく立ち上がった新兵達も等しく熱情を抑え混んだような表情をしていることに安心し、ハウンドは大元帥であるキジハタの方を向いて頭を下げる。


 老年期に差し掛かっている『剣聖』キジハタだが、所作には老いを感じさせるようなところはまるでなく、小柄ながらに圧倒的な存在感と貫禄を持ち合わせていた。


 彼はハウンドに視線を向けずに『御苦労』と一言だけ告げて、剣を杖のように土の上に立ててその柄に手を重ね、全軍を見渡す。



「モフモフ帝国大元帥キジハタだ」



 キジハタの役割は全軍の総司令官である。

 今まではクレリアが担っていた北東部の司令官を遥かに超える大任であったが、彼もハウンドと同様にそれを当然の如く受け入れているようであった。



「半年前、我が軍の多くの勇者達が我々自身の楽園を護る為に散っていったことは、皆の記憶に新しいことだろう」



 キジハタが全軍に向けて訥々と語りだす。



「圧倒的な戦力差に屈しなかった勇者達は我々生き残った者達に、帝国というこの楽園を託した。それはこの帝国が我々の故郷だからだ」



 彼は決して多弁ではない。

 だが、言葉は常に本心から出されている。



「決してシバ様やクレリア様だけの国ではない。皆が発展に全力を尽くしてきたはずだ。畑を作り、布を織り、武器を振り、時には歌を唄い、仲間と笑い、愛するものと語らう。種族を超えて、手を取り合って、知恵を振り絞って我々は自分達の楽園を作ったのだ」



 帝国軍には様々な種族が参加している。

 コボルト、ゴブリン、ケットシー、オーク、バルハーピー、ラウフォックス、ビリケ、エルキー。種族によって特徴に大きく差があり、当然に軋轢もあった。それでも、彼等はそれ以上に仲間意識を抱いている。


 誰もこんな国になるとは考えていなかった。初期から協力しているキジハタでさえも。特に虐げられてきた弱い種族の者たちは想像すら出来なかったことだ。

 そんな奇跡の価値をキジハタは知っている。



「帝国の戦士達よ。我々は魔王候補達の玩具ではない。虫ケラではない。思い出せ! あのオーク族の魔王候補が為した所業を。血の涙を流しながら我々に剣を向けた仲間達の顔を」



 多くの戦士達の表情が引き締まった。第一次オッターハウンド戦役を生き延びた彼等にとって、フォルクマールの手段は決して許せるものではなく、それが故に殆どの戦士達が地獄のような死闘を乗り越えた先にあるこの戦いにも、競うように自ら志願している。



「魔王候補は確かに強大ではある。だが、その力は仲間の数によって上下する不完全なものだ。こちらにも同じ力を持つシバ様とクレリア様がいる以上、勝敗を分けるのは我々、名も無き戦士達の奮闘である」



 魔王候補への批判とも取れる内容の演説をシバは穏やかな表情で聞いている。彼も今回の戦いでは戦士達と同じ革鎧を身に付け、クレリアの持っていた姉妹剣の内の一本を腰に差していた。


 クレリアは何も言わなかった。彼女は何も言わなくともシバの気持ちを察している。

 仲間達を信じ、シバはシバ自身の役割を果たそうとしていることを。だから、彼女も己の役割に集中することを決意している。


 もう子供達は大人へと成長したのだ。

 手助けは必要ない。


 そしてキジハタは大勢の戦死者が出るであろう戦場へと赴く、勇気ある弱い者達を奮い立たせるために魂を込めて宣言する。



「奴らに最早余力はない! 我らの手でこの戦いに決着を付けるぞ!」



 地響きのような轟音が戦士達から上がる。

 帝国の戦士達の戦意は高い。臆病なコボルトも、非力なゴブリンも、孤高なケットシーも敵であるはずのオークも、その瞳には燃えるような意志が篭っていた。



「全軍出撃! 敵魔王候補コンラートの軍勢を撃破する!」




 帝国歴5年晩秋。第二次オッターハウンド戦役は殆どの者の予想を裏切り、モフモフ帝国将軍、ブルーによるベリーダムゼル強襲で幕を開けた。

 魔王候補コンラートは異変に気付くと、別働隊への抑えとして即座に宿将であるアルトリートを北部に派遣、また、帝国の諜報網を躱しながら先行させていたチャガラに、オッターハウンド要塞の防衛を命じる。


 しかし、ハノーアは既に陥落しており、アルトリートがハリアー川に到着した時には既に別働隊の司令官、ブルーは対岸に陣を引いて待ち構えていた。


 だが、それでもなお、オーク族の戦士達は状況を楽観視していた。


 何故ならオッターハウンド要塞がある限り、負けるはずがないからである。そして、四半日もあればチャガラは援軍として守りに付ける状況にある。


 また、要塞は同じコボルトであるバセットによって、魔王候補の能力への対策も訓練されており、時間稼ぎ出来る程度には準備されていた。


 その短時間を守り抜ければ、次々とやってくる援軍によってモフモフ帝国を押し潰すことが出来ると彼等は考えており、それが基本戦略だったのである。


 だが、彼等は気付いていない。

 彼等自身との地獄のような戦闘の数々が、他者を圧倒する異能の才を持つ者達を育て上げてしまったことに。


 そしてそれをありのままに受け入れる土壌がモフモフ帝国にあることに。




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