第七話 交易の拡大
モフモフ帝国はキジハタが攻めてきた後もたまに少数のコボルトやゴブリンが攻めて来ていたが彼等にはあまり戦意がなく、要塞の存在と防衛体制を見るとすぐに降伏したりさっさと逃げたりと割と平和な日々を過ごしている。
本格的な戦争が起こらないのは外的な要因が多いのだが……。
そんなとりあえずの平和が訪れているモフモフ帝国に前回の会議から一ヶ月ほど経ったある日、近々来ると報告されていたビリケ族がようやく訪れていた。
ビリケ族は人間の子供くらいの身長の種族で牛の頭を持っている。肌は黒く、体付きはどちらかというと丸っこく、筋肉質というよりはぷよぷよそうである。
ただ、そんな体でも力は強いのか自分の体より大きな荷物を包んだ布製の袋を軽々と背中に背負って、魔王領の様々な場所で取引を行いながら旅をしている。
クレリアはシバと一緒に数人のビリケ族が広場で荷物を広げて準備を行うのを見ながら、小さいけどあんまり可愛くはないなぁと、こっそり残念に思いながら彼等の様子を伺っていた。
すると、広場の準備を一番初めに行っていた一人の牛頭……ビリケ族が二人が見ている場所へと歩いてきた。彼か彼女かどちらかは外見では見分けられない。
そんなビリケ族の牛頭は彼女達の前に立つと軽く頭を下げて笑った。
「シバちゃんっ! 久しぶりー。元気ぃ~?」
「お久しぶりです。ブモーさん」
クレリアはピクッと小さく反応する。低めの声だが、彼女のセンサーは目の前のぽっちゃり二頭身牛頭が女であることに気付き、警報を鳴らしていた。
何度も会ったことがあるような好意的な様子に警戒しつつも、帝国のためにシバの隣で彼女との会話をしっかりと頭に入れる。
「いやいや、参った参った。オークの野郎は私達まで支配しようとするんよ。あいつら私等襲って荷物奪おうとするとかまじありえんっしょ!」
「ああ、今回は来るのが遅いなって思っていたんですよ。大丈夫でしたか?」
「くぅ~~そんな優しいこと言ってくれるのシバちゃんだけやっ!」
大袈裟に泣き真似をしようとして抱きつこうとして……ブモーと呼ばれた彼女は間に割り込んだクレリアを抱きしめてしまう。
クレリアの氷のように冷たい蒼い瞳を間近で見たブモーはうぉっ! と叫んでクレリアを離して飛び退き、牛のような顔を強ばらせ、用心しながらまじまじとクレリアを見た。
「ああーびっくりしたぁ。あんた見たことないけど誰や?」
「クレリア・フォーンブルグ。シバ様の護衛です。よろしくお願いします」
あくまで表情を変えず、クレリアは一礼する。一瞬ブモーはぽかんとクレリアを見ていたが、彼女は気を悪くした様子もなくからからと笑って肘でシバを突っついた。
彼女の腕は短いため届いてないが。
「なんや。シバちゃんも隅に置けんなぁ。こんな美人さん捕まえて」
「うん。クレリアは凄い優秀だし格好いいんだよ」
からかうようなその言葉に、邪気の欠片も感じさせないきらきらした瞳でシバは返していた。そんな彼にブモーは自分の顔を両手で覆う。
「あかん! シバちゃんは眩しすぎる。ま、いいや……私はビリケ族のブモー。よろしくな。魔王領で今は物々交換しながら旅しとる。主に『死の森』周辺が中心やな」
「こちらこそよろしく」
手を差し出してきた彼女とクレリアは握手する。愛嬌に溢れているのは相手に警戒心を与えないためだろうか。そんな風に冷めた心で彼女は考えていた。
彼女基準で可愛くない相手にはクレリアはとことん冷静である。
「そういえば先程オークに襲われたとか」
「ん、ああ、そうやけど……って、ああ! 思い出した。最近この村が身の程知らずにも帝国名乗ったって噂があったなぁ。あんたの名前も噂に聞いてたわ!」
ブモーは愉快愉快と大笑いし、クレリアの肩をパシパシ叩く。ブモーの手は蹄っぽい堅いものが手の表面にあって痛むため、彼女は少しだけ顔を顰める。
「ああ、ごめんごめん。今のこの村みたら本気ってわかったわ。あんたも可愛らしいコボルトとはとても思えん迫力もあるし。ああ、そうそう。襲われた話やったな」
早口で喋るだけ喋るとブモーは牛頭をコクコクと動かし、説明を始めた。
「語るも涙。聞くも涙な話でなぁ~」
魔王が死に、後を継ぐべき魔王を倒した魔物も相打ちで死んでしまうと魔王領には魔王が存在しなくなってしまった。そのため次代の魔王を狙って様々な種族が争いを始めてしまう。
それまでの秩序は失われその結果、様々な悲劇が起こったのである。
クレリアが来るまでのコボルト族のように。
元々、様々な部族間の生産物を売買したり物々交換することで、裕福に生きていたブモー達ビリケ族も真っ先に色んな勢力から狙われてしまったのである。
彼等の多くは自分たちの生命と荷物を守るために、各地域で最も強い勢力の支配を受けてしまった。それを嫌がった者たちは強力な種族の存在しない地域に四散することになる。
そのうちの一つが『死の森』周辺を廻っているブモー達の一団らしい。
しかし、最近『死の森』もオーク達の勢力が強くなり、今回も彼らの仲間に襲われて逃げ回りながら遠回りをしてしまったために遅れてしまったらしい。
そこまで説明すると、はぁぁぁぁと牛頭のブモーは大きな溜息を吐いた。
「ここからエルキーの領土までは安全なんやけど」
「オークの領土も廻らないの?」
クレリアがそう聞くと、ブモーはとんでもないと首を横に振る。
「無理無理。一回行ったけど荷物守って命からがら逃げたわ。あんの強欲共!」
「今は他はどこを廻ってる?」
「ここの織物とエルキーの薬を持って、北のガルブン山地に持っていくんや。あの辺は巨龍ガルブンが魔王戦に不介入で睨みも効かしてるさかいにここより安全でな」
ふむ、とクレリアは考える。取引をしている物やコボルト達の様子を見ると暴利を貪っているとかそういうのは無いようだ。貨幣を使っている様子もない。
「交換して……どうするの?」
「昔は魔王様が石で貨幣を作ってたけど、今じゃ重石くらいにしかならんしね。交換して余った分はみんな隠れ家に置いとるわ」
やれやれと大きなお腹をぽんぽんと叩いて頭を横に振る。
「さっさと平和になって欲しいもんや」
「なるほど。それじゃモフモフ帝国の北を抑えれば、行動しやすくなる?」
「ん、ああ。今のところ『死の森』東部を南北で歩いとるからな。他は危険やし」
クレリアの質問の意図がわからないのかブモーが短い首を傾げようとしてバランスを崩し、こけそうになる。おっとっとと倒れそうになるのをクレリアは支えた。
「ブモー。貴女に頼みがある。貴女にも益はある」
「伺いましょ」
クレリアはブモーの牛っぽい瞳に利益を求める商人のような光が浮かんだのがわかった。
「我が帝国に積極的に協力して欲しい」
「具体的にどうしろと?」
「取引されているものを見ると鉄製品とかも混じってる。その取引量を増やしたい」
ううーむ。と短い腕を組んで……届いていないが、組もうとしている仕草をしながら彼女は首を横に振る。
「そら難しいな。あんた達だけ特別扱いはできんわ」
「ああ。だから、取引する物の種類を増やしたり付加価値を上げていきたいと思ってる。幸いコボルトは手先が器用だし、人口も増えてる。それともう一つ」
ほぅ……とブモーは興味深そうにクレリアを見る。
人間のように騙して足元を見て……というのは無いようだが、こういう自分の利益に敏感なところはブモーは人間の商人達に似ているとクレリアは思っていた。
利益になることであれば、妥協点を探りながら交渉を仕掛けてくるだろうと。
「貴方達からの依頼があれば安全を確保する。報酬は貰うけど」
「報酬として多めによこせってか。姉さん本当にコボルトか?」
黙って二人は見つめ合う。はらはらして慌てているシバが何とかしようとしている中、時間だけが流れていき……ブモーが声を上げて笑った。
「シバちゃん、もし帝国さんが大きくなったら私らの扱いどうするんや?」
「え、え? ブモーさん平和になったら商売するんじゃないんですか?」
いきなり振られて訳も分からず、素直にシバが返事する。彼が本気でそう言っていることはクレリアにもブモーにもはっきりとわかった。
「要するに、勝つ気でおるって訳か。たまげたな」
「大きな商売をする気なら投資も必要。受け売りだけど」
なるほど、でかい儲け話ね……当たれば……とブモーは小さく呟く。
そしてしばらく考えて縦に首を振った。
「まあ、私達の立場として協力出来るとは残念やけどいえん」
「はあ、やっぱりそうですよね」
ブモーの返事を聞き、シバが耳を寝かせてしょぼんと俯く。しかし、彼女はわざとらしく明後日の方を向いて続ける。
「だけど、いい商品があれば高めに引き取るし、仕事は頼むかもしれんなあ。それに必要な物の注文も取れるかもしれん。うっかり計算間違え……とかもしてまうかも」
「ふふっ……うっかりなら仕方ないな。多めにもらった分は、利子を付けて返す。それと……商品の付加価値を上げる案だが、適任の者を紹介してもらえないか?」
「ここにおるもんは無理や。まあ、北で他のもんとも合流するし聞いとく」
ぽかーんと、意味が分からず惚けているシバを置いて、クレリアとブモーは二人で顔を合わせて性格の悪そうな笑い声を上げていた。