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ACT.3 「雲龍」

          act.3 雲龍


           1


 


「作業の進捗状況はどうですか、博士?」


 樹木の妖怪じみたケーブルの海に埋もれるように設置された大規模な端末群に、さらに埋もれて作業している矮躯の博士へ、対照的に大柄なヒゲの軍人が声をかける。


「ん? 順調ダヨ」


 バンガスはモニターから顔も上げずに短く言った。


「それでは、すぐにでも移動できそうですか?」


「せっかちダネ。君は順調に作物が育っていると言う農民にも、同じようにすぐ収穫できるか聞くのカネ?」


 婉曲なイヤミの多いこの奇人の言動にもいい加減慣れてきた軍人は、溜息と一緒に不愉快な気分もしっかりと吐き出す。


「例の連中が、近くをうろついています。妙なちょっかいをかけてくる前に、至近の基地に移動したいのですよ」


「その連中に手出しをさせない為に君らが居るんじゃないのカネ。自分たちに与えられた仕事もまともにできないのでは、君ら軍人など何の為にいるのか解らンネ。それに、こうしてワタシの邪魔をすることで、作業がその分確実に遅くなるのだと、考えなくても理解してはもらえないものカナ?」


 さすがに後ろに控えていた部下が、怒気を膨らませるのがヒゲの軍人には判った。


 片手を上げて部下を制止しながら、冷静な声で言葉を続ける、


「あまり余計な危険は犯したくないのです。博士にしても、こんないつ雲龍に襲われるか判らないような場所で、いつまで作業したいわけではないでしょう?」


「そういや、そんな要素もあっタネ。夢中になってて忘れていタヨ。そっちのことは専門家に任せているものデネ。まあそういうことなら、後はそうそう時間はかからないと思ウヨ」


「根拠は?」


「説明して解るとも思えんガネ。最初のプロテクトが一番厄介だったんだが、これはもう突破してアル。コア部分のプロテクトは今無理に解除する必要はないかラナ」


「今更かもしれませんが、本体ごと移動すればプロテクト云々は関係ないのではないですか。いくら巨大とは言っても、戦艦数隻で釣り下げて運ぶことは可能ではないのでしょうか」


「本当に今更ダネ。そういえば、後から派遣されてきた君たちには説明してなかっタネ。おそらく安全装置のような物だと思うが、これの座標は、空間そのものに固定されてイル。現状、今の科学技術では、ここから一ミリも動かすことができんだろウネ」


「こんな技術を持っているのにですか……」


 ヒゲの軍人が上を見上げると、透明な天蓋の向こうで、雲海が渦巻いているのが見えた。


 ここは雲海の底なのだ。


 ドーム状の大きな空間の中に、いくつかの大きなテントが張られ、学者らしい白衣姿や、作業員らしい姿が散見できた。


「こんなものB・B特性の応用発展でしかなイヨ。君でも知ってると思うが、B・Bの構造に関しては、まだ基礎理論すら存在しナイ。使えてはいるが、使いこなせているわけではないのダヨ」


 興が乗ってきたのか、手を止めて端末の包囲から出てくるバンガス。


「おそらく、いや間違いなく、これは神話に伝わる創世の三柱神。その一柱ダネ」


 悪魔的な笑いを浮かべ、コードの海の向こう、もう片方の端に眼を向ける。


 その先には、半ば岩と同化したように俯きに座り込んだ、巨大な人型機械の姿があった。


「こいつを解析することができれば、様々な謎が一気に解けるかもしれなイヨ。まさしく宝箱ダネ!」


 邪悪な高笑いを上げて、人型機械を眺めるバンガスに生理的嫌悪を感じたのか、ヒゲの軍人は形ばかりの礼を言ってその場を離れた。


 


「学者というのは、みなあのように不愉快な物なのでしょうか?」


 充分離れたところで、ヒゲの軍人の部下・ミンスターが吐き捨てるように言った。


「あれは特殊な部類だろうな。学問が無ければ、病院に入ってるたぐいだろう」


 容赦のない寸評をくわえる上官にミンスターは少し笑顔を浮かべたが、すぐに眉を寄せた。


「大佐。あれは、それほど重要なものなのでしょうか……」


「あの博士の言ってることが事実なら、世界がひっくり返るだろうな」


 息を飲む部下に、大佐は苦笑いを見せる。


「言ってることが事実なら、の話だがな。派遣された戦闘力の高い部隊が我々だけなところを見ると、軍首脳部も眉唾だと思っているのではないかな」


 現状、戦闘用艦載機による打撃部隊は、ピアシング所属の部隊だけだ。


 一般の艦載機部隊もいるが、これは作業用の色が濃い編成で、もしもウンディーネと一戦交えるなら、戦力としてはいささか心許ない。


「だが、どうも?魔女?に目をつけられていそうなところを見ると、信憑性は高そうだな」


 出てきた魔女の名前に、一瞬ミンスターの表情が硬くなった。


 それに目敏く気付いた大佐が、この人物には珍しく気遣わしげに訊いた。


「もし、あいつが出てきたら、戦えるか?」


「は、はい!」


 心中を見透かされたような言葉に、頬をやや紅潮させてミンスターは答えた。


「それが、任務ですから!」


「そうか」


 ミンスターの力が入って強ばった肩をポンと叩き、大佐は頷いた。


「今回連れてきた部隊の中では、お前が一番の腕利きだ。もしもの時は頼んだぞ」


「はっ!」


 直立不動で、鉄の芯でも入っているのかと思うような敬礼をするミンスターに、もう一度しっかり頷くと、大佐は歩き出す。


 ミンスターもすぐにその背を追って歩き出した。


 


 採取調査二日目。


 前日に仕掛けた網の引き上げが主な作業だったものの、掛かった獲物は昨日のトロールで獲れたものと大差ない内容だ。比較的食用の魚が多くかかったので何日かは食事の品目が増えそうだという以外に、目立った収穫は無かった。


 午前中に網の引き上げ。午後から獲物の整理とコンテナ詰め作業で、これも大して変わったことがあったわけでもなく。


 だが、この二日間通しての採取作業はトリンにとっては大成功だったらしく、気が弛んだのもあったか、夕飯の席で勧められるがままに酒を飲み、早々に潰れて客室に引っ込んでいった。


「寝かしてきたよー」


 トリンを部屋まで送ってきたセシリーが戻ってくる。


「それでは、いいか?」


 ウンディーネクルーが全員集合した食堂で、ラキッズが一同を見回す。


 声に含まれた色に、全員の顔が引き締まる。


「明朝、06:00(マルロクマルマル)、行動開始。いいな?」


 黙って全員が頷く。


「それでは、概要を説明します」


 フィーが立ち上がって、壁のモニターを展開し近海の地図を表示する。


「と言っても、そう難しいことをするわけではないのは、いつもの通りです。今現在この地点です。目標地点はこの辺り」


 と、ポインターで最初に画面の右下の辺りを示し、続いて左上の辺りを示す。


「付近の海流はこのようになっています」


 画面に透明なブルーで二本の大きな流れが表示される。お互いに擦れ違うような流れである。 画面下のメルティング・ポットから流れ出る形の海流上にウンディーネがあり、上方の海流をかすめるように目的地がある。


上方(こちら)の流れに乗って接近、ある程度近づいた後、トラブルを装って救難信号を発しつつ、さらに接近。おそらく、以上のどこかの段階であちらが接触してくると思われます。素直に救援しに来るとは考えられませんので、交戦状態になるでしょう。交戦状態に入ってからですが」


 モニターを変えて、ウンディーネと相手戦力の布陣画面を出す。


「今のところ確認されている戦力は、中型戦艦一隻、艦載機搭載型強襲駆逐艦三隻。大型補給艦が一隻いますが、これは物資輸送と、作業用艦載機運搬の為のものでしょう。戦闘用艦載機は、三機編成の小隊が三つの中隊で、九機。これはピアシング所属ですので、実際の機数以上の戦力と言えるでしょうね。後は準戦闘型が八機。一応戦闘もできるでしょうが、これはさほどの驚異ではないと思います」


 ポインターで丁寧に説明を進め、相手方布陣前面の光点の群れを指す。


「この光点ですが、これは知能機雷です。どうもかなりの数が散布されているようですね」


 機雷は主に船舶に対する、トラップや防壁の役割を持つ強力な爆弾である。


 古い物は単に海上に浮かぶだけのものだが、この知能機雷は、他の機雷との距離を自動で調整するようにできており、例えいくつかが爆発しても、船舶が通れる隙間を自動で埋める機能がある。また、強引に突破しようとする動体に対して群がる機能を搭載したものもある。


「本来知能機雷は、艦からの遠隔操作のサポートを受けて機能する物ですので、その回線に割り込んで無力化することが可能なのですが、この機雷は最新型で遠隔操作の必要が無く、この機雷同士の通信は到達距離の短いものが採用されています。一種類のみのバンドを使用しているようですが、当然スクランブルがかかっています。相当近づかないと解除コードを知っていたとしても入力を受け付けないようですし、そもそも電波が届きません。さらに、この機雷のもっとも面倒な部分は、対空対海兼用ということですね。B・Bの斥力場を応用して、空中へも配置できるようです。もちろん、半永久的というわけにはいかないでしょうから、機能的にはある程度短期間向けのものでしょう」


「明らかに、オレらを意識した装備だよねぇ」


「それどころか、我々の為だけに開発されたものかもしれませんよ」


 レオとピースが口々に感想を口にする。


「とりあえず、船載機はこれを気にする必要は無いでしょう。向こうもわざわざ機雷原で戦闘をするほど酔狂ではないでしょうし。一応、頭には入れておいて下さい」


 船載機乗りの二人が頷くのを確認して、フィーは説明を続ける。


「船載機は戦闘に入ったら、なるべく敵艦載機部隊を引き離して下さい。その間にこちらは、敵機雷原を突破します」


「アテはあるの?」


「いくつか手はある。ただ、少しイレギュラーも予想できるから、今のところこれという風に決めているわけじゃないな」


 レオの疑問にはラキッズが答えた。


「イレギュラーとは?」


「雲龍でしょ」


「そうです」


 ピースとセシリーの言葉には引き続きフィーが答え、モニターを先ほどの海流のものに戻す。


「トリンシアさんに確認したところ、雲龍はこの上下の海流を乗り換えながら、この近海の比較的狭い範囲を回遊しているのではないかとの事です。狭い範囲とは言っても、この数日で姿を確認する機会が一度も無かったところをみると、かなりゆっくりした回遊なのではないかとのことです」


「計画に組み込むほど確実な要素ではないが、無視できるほど可能性の低い話ではない、ということだな」


 ドムギルの確認にラキッズが頷く。


「今回も強引でゴリ押し気味な計画だがな。不確定要素も考えつつ、いつものように臨機応変でいく。みんな、今回も頼むぞ」


「「アイアイ・キャプテン」」


     


          2


 


「な、なんです?!」


 船内に緊急警報が流れ、トリンはベッドから跳ね起きた。


【トラブル発生、トラブル発生。船内に非常事態発令。乗組員は、手の空いた者からブリッジに集合をお願いします】


「と、トラブル? まさか雲龍かしら……? それとも、また海賊?」


 慌てて枕元の眼鏡をかけ、酔って寝たせいで脱ぎ散らかしていた服をかき集めて着替えると、走ってブリッジに向かう。


 


「なにがあった…………ん、です……か?」


 前回と同じように、全員そろったブリッジに一番遅れて入ってきたトリンは、ブリッジの雰囲気に既視感を覚えた。


「あ、トリンさん、おはよう。ほら、今からトラブル発生するから、座った座った」


「はあ……?」


 促されるままに、ビジター席に座るトリン。


 海賊の時と同じく、ブリッジに一切の緊迫感は無かった。


「ままま、いいからいいから。すぐに始まるよ」


 一応自分の席はあるが、ビジター席の側で立ったままのレオが気楽に言った。


 その隣では、ピースも同じく壁に背を預けて立っている。


「始まるって……」


 意味を尋ねようとレオを振り返ったと同時に、ラキッズがマイクに向かって喋りだした。


「緊急連絡。近海の船舶へ。こちら組合所属、中型汎用船舶?雲海の乙女?号船長、ラキッズ・ロウ。緊急事態発生。現在、自船は操舵不能に陥っている。エンジントラブルも同時に発生している為、停船も不可能。救助を求む」


 同じ内容のアナウンスをもう一度繰り返し、ラキッズはマイクのスイッチを切った。


「たたたた大変じゃないですか! どうしましょう?!」


 ラキッズが放送した内容にトリンは仰天してブリッジを見回すが、誰一人として慌てていなければ、深刻な顔をしている者もいない。


 さすがにトリンもすぐ冷静さを取り戻して、首を傾げた。


「……なんです?」


「それでは、総員配置についてくれ」


 深刻ではないが厳格な声でラキッズが指示を出し、ブリッジから次々に自分の配置へと向かっていく。


「ま、色々疑問はあると思うけど、なにかあっても見なかったことにしてさ。のんびり席に座ってれば、すぐに終わるから」


 ぼう然としているトリンの肩を叩いて、レオも小走りにブリッジを出て行った。


「不自由をおかけしますが、しばらく我慢して頂けますか。申し訳ありません」


 本当に申し訳なさそうな表情で、船長席正面の管制席からフィーが言う。


 それほど長い付き合いではないが、トリンもこの船に乗る人たちのひととなりが少しは解ってきている。


 なにかやろうとしているのかは判らないが、それが悪いことではないのだろう、という確信だけはある。


 とりあえず、思い切り溜息をついて、トリンは大人しく席に座った。


 


「白々しい事を言ってくれるな……」


 連邦軍所属の中型戦艦、「シムルガムル」のブリッジで大佐は苦笑いした。


 付近の海域に、ステルスで身を隠している連邦の船舶以外の船影はない。向こうでもそれを解って救難信号を出しているのだろう。


「本当に救援に行ってやろうかとも思うが、面白いだけであまり意味は無いな」


「救援にいく振りをして近づいて、そのまま戦闘に持ち込んでは?」


「普通の船ならそれでもいいだろうがな。下手に奇手に出ると、どんなしっぺ返しを食うか解らん。なにより、わざわざ迎撃準備を整えているのだから、こっちから相手の土俵に踏み込んでいく必要もあるまい」


 副官の提案をやんわりと却下して、大佐は戦闘指揮用のインカムを装着し、アブドミナル回線で全艦放送する。


「全艦戦闘態勢! お待ちかねの美女が登場だ! ピアシング全機発艦準備! 警戒ラインを越えてきたら、順次発艦だ!」


 


「聞いたな? 連中が警戒ラインを越えてくるまで少し時間がある。各員、艦載機に搭乗して待機!」


 自らの僚機に搭乗する二人の青年に鋭く指示を飛ばし、その背中が遠ざかっていくのを眺め、ミンスターはゆっくりと息を吐き出し、自分の両頬を思い切り叩いた。


「よし」


 眼に力を漲らせ、ミンスターは自らの乗機に向かった。


 ピアシングの乗機は、連邦製のGHD‐06ポルテル・セネグで統一されている。やや大型の攻撃機で、電撃作戦に向いた高い攻撃力と機動性を誇り、やや運用効率に劣るところがあるが、軍用艦などのバックアップを受けることで、その難は補って余りある。


 各戦闘には内蔵武器のみで一通り対応ができる武装の豊富さと、ハードポイントへの追加武装適応の高さにも定評がある。


 ダイバー形態は、突撃力の高さを伺わせる縦長のシルエット。ストラグラー形態は、やや手足が長めで四肢が太い。


 機体の色は、オリーブグリーンが基調で、ピアシング所属機は左肩アーマーが黄色に塗られ、さらに隊長機は頭部の形状が若干異なり、赤く塗られている。


 自機に乗り込んだミンスターは、起動プロセスを確認。灯の入ったモニターが、次々に緑色に変わっていく。


 インカム付きのヘルメットを被り、パイロットグローブに手を通したミンスターの眼には、迷いは無いように見えた。


 しばしの間、緊張に満ちた時間が流れる。


 どれだけの時間が経ったのか、アラームが鳴り、管制の声がコクピットに流れる。


【?魔女?が警戒ラインを越えました。ピアシング各機、出撃願います】


「ピアシング各機、出撃!」


【了解。ベータ、出ます!】


 ミンスター機コクピットの指揮官用モニターに、次々と出撃のマークが入っていく。


【チャーリー、行きます!】


 三号機に乗り込む少尉の緊張した声が聞こえ、目前のポルテルが雲海に降りる。


「アルファ、出る」


 軽い衝撃、雲海へ着水。


「行くぞ」


 僚機と他小隊の体勢が整っているのを確認して、ミンスターが指示を出し、九機のポルテルはウンディーネへと速度を上げた。


 


「相手艦載機の発艦を確認、数は九」


「出し惜しみなしの、問答無用か」


「私達も、随分悪名が響き渡っているようですし、あまり余計な手間はかけたくないのでしょうね」


 救難信号は、短距離・中距離の両共通チャンネルで流しているが、近づいて来る艦載機も、その向こうの軍用艦からも、反応が返ってくる様子は無い。


 フィーの報告と評価に苦笑いして、ラキッズは指示を出す。


「レオ、ピース、準備は良いか」


【アルファ、大丈夫】


【ベータ、行けます】


「では、頼む」


「アルファ、ベータ。両機発進願います」


【【了解!】】


 ウンディーネの両機もまた、迫るピアシングに向けて出撃する。


 


 ほどなく、艦・船載機用共通チャンネルの範囲に入ったところで、ピースが通話モードを入れて呼びかける。


「こちら雲海の乙女号所属船載機。接近中の所属不明機へ。現在、自船はトラブルにより航行制御不能状態にあり、救援を求めています。そちらの目的は、こちらの救援でしょうか。そうならば、所属を明らかにして、一旦接近を中止を願います」


 返事はおそらくないであろうことが前提の通信だったが、驚くことに相手隊長機から返答があった。


【雲海の乙女号所属船載機へ。こちらの所属は明かせない。当方は現在この海域にて作戦行動中。貴船が即刻この海域から退去しない場合、敵性行動として排除する。以上】


 冷徹な女の声が一方的に言い放ち、通話を切る。


 その声に、ピースは聞き覚えがあった。ラキッズから話を聞いた時から予想しなかったわけではないが、予想が望まない方向に当たってしまったわけだ。


 溜息をついて共通チャンネルを受信モードに落とし、操縦桿を握り直す。


 通信に応対した、ということは、今は隊長なのですね。


 つい先日会ったミンスターと、出会ったばかりの新兵だった頃のミンスターが交互に脳裏をよぎった。


「順調に出世しているようで、なによりです」   


 嫌味でもなんでもなく、正直にピースはそう思った。


 軍を脱走したのは、ただの自分自身の都合と我が儘だったのだ。もちろんそのことを後悔してはいないが、その結果として、当時の部下だったミンスターに迷惑をかけてしまったのではないか、という事だけが唯一の心残りだった。


 なにかしらの処罰を受けていれば、期間を考えると隊長になどなれていないはずだった。


 不思議と、今から命のやりとりをすることに関しては、特に何の感慨も浮かばない。


「結局、僕も軍人だということですね」


 ほんの少し寂しそうに、ピースは自嘲の笑いを浮かべた。


 


「よろしいので?」


 戦況を見つめる大佐に、副官が確認する。


 相手の通信に対しては無言を貫くように、という指示が出ていたのにも関わらず、ミンスターが通信を返したからだ。それほど優先順位の高い指示ではないが、命令違反と取られても仕方がない行動だ。


「まあいいだろう。ひょっとしたら、敵後衛の動揺を誘えるかもしれん」


 可能性は低いかもしれんが。


 かつて自らの部下だった、今は名前を捨ててしまった青年の顔を思い出し、大佐は周りに解らない程度に、少しだけ懐かしそうな表情を浮かべる。


「敵前衛、雲海上に出ます!」


 戦闘が始まる。


 大佐は表情を引き締めて、モニターを食い入るように見つめた。


 


 接敵まで多少の距離を残し、トリファが浮上。


 ストラグラー形態で、雲海上から距離を詰める。


 艦・船載機の基本戦術は反航戦だが、彼我の戦力差が大きい場合、反航戦を行うと、その後に包囲や背後を取られる危険が高い。


 あまりに戦力差がある場合は、逃走を選ぶのがもっとも効率的だが、それができない場合は次善の手段として、雲上での接敵というのが一つの選択肢だった。


 続いてポルカ・ドットも後方で浮上する。


 ピアシング部隊のうち、後衛を担当する三機が雲海面まで浮上。海面上に露出したポルテルの背面上部が展開して、無数の小型短距離ミサイルを吐き出した。


 短距離で雲海上となれば、ホーミング性能は高い。ミサイル群は生き物のように曲線を描き、ランダムな軌道変更と細かい方向修正を繰り返しながら、トリファへと襲いかかる。


 トリファは殺到するミサイルに、まるで恐怖を感じていないかのようにギリギリまで引きつけ、急激な横への軌道変更で振り切りを計る。


 半分が雲海面に接触して自爆し、残りのうちの半分も誘爆して数を減らす。だが、残った四分の一のミサイルが、執念深くトリファを追う。


 接近してきたピアシング前衛が、ミサイルの爆発を煙幕代わりに次々と浮上していく。


 その内の一体が、浮上と共に横に吹っ飛んだ。


 ポルカ・ドットからの狙撃だ。


 ミサイルの爆発と、それによって巻き上げられた雲を貫いての一撃。それは神業の域だ。


 両足を共に吹き飛ばされたポルテルは、コクピットこそ無事なようだが、これで戦闘不能になった。


 


「エコー戦闘不能! 搭乗員は生存を確認!」


「『魔弾の射手』は健在か……」


 大佐の複雑な表情は、一瞬喜びの笑いにも見えた。


 


「も一機もらうよ!」


 ミサイルを引き連れたトリファが急旋回で、浮上するポルテル達に突入。すり抜けざまに、手近のポルテルのバックパックに一撃。さらにトリファを追いかけてきたミサイルが右側面に着弾。右腕と右足を失い、これもまた雲海上に倒れ込んだ。


「なんだ、あんまり手応えないなぁ。この前の海賊の方がずっと強かったね」


 ストラグラー形態に変形し終え、牽制射撃をしてくる前衛ポルテル達から、ジグザグのランダム機動で距離を取るトリファの中でレオが笑った。


 


「ゴルフもやられたか。こちらもパイロットは無事……手加減されているな」


 一機だけ浮上しなかったミンスター機は、モニターで僚機の様子を確認して唇をかんだ。


 ミンスターの標的は、ポルカ・ドット。


 もちろん、戦術的に言っても当然の選択だった。トリファの戦闘能力と、ピースの射撃能力を考えれば、トリファが格闘戦で粘っているうちに、遠距離狙撃で一体ずつ無力化されていく危険性が高かったからだ。


 私情は無い、と思う。


 ピースの実力をよく知り、そのクセやひととなりもよく知っている。


 なにより、この場にいるピアシングの中では、艦載機戦闘で彼に対抗できるのは自分だけだからだ。僚機を置いてきたのも、遠距離狙撃を得意とするピースのポルカ・ドットには格闘戦を挑むのが最善手なのだから、実力に劣る僚機はむしろ邪魔になる。


「言い訳か……」


 みるみるうちに近づいてくるポルカ・ドットの反応を見ながら、自嘲的に笑う。


 ミンスター機が近づいているのは解っているのだろう、ポルカ・ドットは回避行動を取っているが、ダイバー形態のポルテルの方が速い。


 速度をさらに上げて浮上機動。それに反応してポルカ・ドットが小さな旋回を行う。浮上の瞬間を横から狙うつもりだろう。


 ミンスターは海上に出る瞬間、素早く上昇舵と旋回舵を操作した。


 


 ピースは浮上するポルテルを迎え撃つ為、ポルカ・ドットの大口径ライフルを背後に収納、左手の榴弾をセットした。


 ほんの少しの間の後、雲を吹き上げてポルテルが浮上。


 素早く榴弾を向けるポルカ・ドットのモニターに、ダイバー形態のままこちらに機銃を向けるポルテルの姿が映る。


「!」


 咄嗟の判断で榴弾を発射すると共に緊急回避。


 ポルテルの掃射した機銃弾と榴弾が空中で接触。空中に炎の華が咲く。


 爆風に押され、ポルテルの体勢が崩れるが、ストラグラーへの変形と共に姿勢制御。海面に降りると同時に、線位を変えつつあるポルカ・ドットを追ってくる。


「腕を上げましたね」


 迫ってくるポルテルの姿に、ピースは場違いに和んだ表情を浮かべる。


 ランダム機動で近づいて来るポルテルに牽制の機銃を一掃射。近接戦闘用のロッドに持ち替える。


 ポルテルも、両手のナックルを展開して迫る。


 接近の勢いを借りたポルテルの一撃を、ポルカ・ドットは体を開いて回避しながら相手の間接部を狙ってロッドを突き出す。


 だが、その一撃は機体をスピンさせて向き直ったポルテルのナックルに弾かれる。


 お互いの攻撃を躱した勢いでつかの間距離が開くが、すぐにポルテルが追いすがる。


 そのほんの短い時間にポルカ・ドットはライフルを展開。射撃。


 それは、やや雑な一射に見えた。


 


 らしくないな。


 近距離からのライフルを易々と躱しながら、ミンスターは思った。


 明らかに当たらないことが解っていて、大きな攻撃をするとは。軍を離れて腕が鈍った?


 その時、コクピットにアラートが鳴り響いた。


 驚いてモニターに眼をやると、第三小隊の後衛が戦闘不能になっていた。その上、またもパイロットは生存。


「まさか今の一撃で……?」


 それはつまり、ミンスターの攻撃を捌きながら狙撃し、かつ手加減をできるほど実力差があるということだ。


 ぎり、と奥歯を噛む。


 ピースがいなくなってから、自分は特殊部隊の第一線で実戦を繰り返してきた。


 それなのに、なぜこんなにも差がある。


 すぐにポルカ・ドットに追いつき、ナックルの一撃。ロッドで流されるが、流されるままに機体を回転。逆の腕での追撃は屈んだポルカ・ドットの頭上を行きすぎる。


 また狙撃の隙を見つけようというのか、距離を取ろうとするポルカ・ドットを全力で追いかける。狙撃の隙を与えてはいけない。


 ふとミンスターは思った。


 なぜ攻撃してこない? 狙撃する余裕があるなら、いくらでも攻撃できる隙はあるはずだ。


 情けをかけられているのか?


 そう考えが至った瞬間、心の中が怒りで真っ赤になった。


 ミンスターは衝動的に、共通チャンネルを開いていた。


 


 ピースにはミンスターが思うほど余裕があったわけでも無かった。


 先ほどの狙撃も、偶然その隙があったから反射的にやっただけで、もう一度やれと言われても無理だろう。


 ミンスターの攻撃も、先程の狙撃を見てから、さらに執拗で激しいものになっている。


 実のところは、かなり追い詰められている。撃墜しようと思えばできないことはないが、ピース達に与えられた任務は敵の殲滅ではない。


【中尉。今は敢えてそうお呼びします】


 突然共通チャンネルから聞き覚えのある声が聞こえて、さすがのピースも驚いた。


 目の前のミンスター機からの通信である。だからといって、ポルテルからの攻撃が止んだわけではない。


「ミンスター中尉ですね」


【はい】


「戦闘中に、敵機に対して通信して大丈夫ですか?」


【極短距離通信を使ってます。問題ありません】


 固い声で答えるミンスターの言葉に、そういう問題ではなかろうとピースは思ったが、それについては何も言わずに促す。


「なにか話が?」


【どうしても、聞きたいことがあります】


「聞きたいこと?」


【なぜ……】


 ミンスターが少し言いよどむ。その間もポルテルはポルカ・ドットを追い、ピースは言葉を待ちながらも、精密な操作でポルテルを躱し続ける。


 お互い、呼吸をするように操縦がこなせる程度には練度が高い。


【……軍を脱走したのですか?】


 選んだ末に出てきた言葉は、嘘ではないが含まれていないものが多くあった。


 


          3


 


        ・・・・・・・・・・・


 


 彼が姿を消したのは、ミンスターが随行を許されなかった機密性の高い任務中だった。


 戻ってきた少人数の部隊内に、彼の姿が無いことを不審に思い、上官に尋ねたところ「戦死」したと聞かされた。


 精神的な衝撃で目の前が暗くなることがあるのだと、この時ミンスターは初めて知った。


 軍学校時代から艦載機操縦の才を見いだされ、専門の過酷な訓練を積み、ピアシングに配属されたばかりの頃でも、部隊内に近接戦闘でミンスターの相手になれるものは多くなかった。


 だが、一級の実力を持つミンスターだったが、その後衛になろうという者はいなかった。


 理由は馬鹿馬鹿しくも単純なものだ。


 女のケツにつけるか。


 はっきり面と向かって言われたわけではないが、そういうことだ。


 ピアシング初の女性隊員でもあり、鳴り物入りだったミンスターへの風当たりは予想以上に強かった。学生時代にも同じような扱いを受けた経験のあるミンスターは、溜息一つついただけで、さほども気にしなかった。


 だが、ある時ピアシングに編入されてきた若い狙撃手は違った。


 その狙撃手は編入と同時に一階級上がって中尉と、周りより一階級上だったが、新入りということもあって、誰もやりたがらないミンスターの後衛を押しつけられたようだった。


 さすがに上官はミンスターほどの戦力を遊ばせておくのは勿体ないと考えていたようで、人員を入れ替わり立ち替わりして部隊の編成に苦慮していたが、この時期ミンスターの配置は宙に浮いていたので、その狙撃手とのバディを組むことになった。


 最初に引き合わされた時抱いた、ミンスターの狙撃手に対する第一印象は、どこかの大学のキャンパスの方が似合ってるんじゃないか、というものだった。


 軍人としてはやや線が細く、殺伐とした雰囲気ではないが、柔和なわけでもない。


 後に、様々なタイプの軍人を見て、何か一つの技能に秀でた者にどこか共通する雰囲気だということを知った。


 他の者のように露骨な態度をみせてはいないが、どうせこいつも同じだろう。そう思っていたミンスターが認識を変えたのは、バディを組んで初めての、実機を使った模擬戦闘訓練の時だった。


 三機編成の部隊の中で、ミンスター達の部隊だけが二機編成で、すでに数の上で不利だった。その上、狙撃手とのコンビネーションを期待できるほどの習熟時間も無かった。


 まだミンスターは小隊単位での戦闘に慣れていないし、いくら鳴り物入りとはいえピアシングの精鋭相手に、多対一の戦闘ができるのほどの腕もまだない。


 適当に嬲られて終わりか……。


 ミンスターに対して、思うところのある隊員は多いのだ。この機会にこちらをいたぶってやろうと思っているのは一人や二人ではあるまい。


 艦載機の操縦席で、そっと憂鬱な溜息をつくミンスターに、狙撃手の艦載機から通信が入る。


「……こちらミンスター」


【単刀直入に聞きます少尉】


 淡々とした口調で、狙撃手が短く切り出す。


【僕は少尉を信用できます。少尉は僕を信じられますか?】


「え?」


 どきりと心臓が跳ねた。


 真摯で真っ直ぐな言葉だった。軍に入って初めて、いや、今までの人生でも聞いたことのない誠実な言葉だった。


「し、信じたら、なにかあるのですか?」


【この模擬戦闘訓練で、勝てます】


 なんの根拠もないのに、まるで確定した未来を語っているようだ。


 だが、ミンスターはその言葉を信じた。


「わかりました、……信じます」


【それでは、作戦を伝えます……】


 そしてその結果、被撃墜0。撃墜数はトータルで一八機という大記録を残したミンスター達のバディは、ピアシングだけでなく連邦軍上層部にまでその名が響いた。


 それから数々の任務をこなし、一躍部隊のトップに躍り出たミンスターへのやっかみや中傷は次第になりを潜め、ミンスター達は部隊のトップエースへと成長していった。


 模擬戦からしばらくして、ミンスターは狙撃手に聞いたことがあった。なぜあのとき声をかけてくれたのか、と。


「偶然ですが、少尉を辱めてやろうと相談している連中の話を立ち聞きしまして。個人的に気に入らなかったので、逆襲してやろうかと」


 同情ですか、と重ねて問うミンスターに、狙撃手は「いえ」とあっさり首を横に振った。


「僕はバディを組んでからずっと、少尉の実力には一目置いていました。少尉の実力を評価せずに感情で否定するなど愚の骨頂です。そういう連中に少尉の実力を認めさせ、ついでに連中にも少し学んで貰うには良い機会かと思いまして」


 話の最中、クスリともしなかったので、すべて本心だったのだろう。


 彼になら、自分の背中を預けられる。


 ようやく、自分の居場所を見つけられたと思った。


 ずっと続くと思っていた幸福な時間は、驚くほどあっさりと終わった。


「戦死」


 軍で生きていく以上、それは常に己に寄り添っているものだ。ミンスターも、軍人としてその覚悟はしていた。


 だが、まさか彼が戦死するなどと、夢にも思っていなかった。


 例え部隊が全滅したとしても、彼だけは生き残ると思っていた。それほど彼の実力を認め、信頼を越えた崇拝に近い気持ちを抱いていた。


 涙は出なかった。


 それよりも、随行を許されなかった自分の不甲斐なさに、張り裂けんばかりの怒りを感じた。


 バディを失ったミンスターだったが、すでにその実力を認められていた為、僚機に付くことを嫌がる者はいない。


 まるで哀しみと怒りを忘れようとしているように、ミンスターはただひたすら任務をこなし続け、中尉に昇進し、いつしかピアシングの中隊長を任されるに至った。


「戦死じゃない?」


 隊長に任命され、閲覧できる軍内部情報が増えたミンスターは、彼が消えた作戦の資料を調べ、彼が戦死ではなく脱走したのだと知った。


 その作戦内容は機密レベルが高く閲覧できなかったが、彼が生きているという事実だけでも、充分に衝撃だった。


 そして、それからほどなく、軍内部で最重要マーク対象である?魔女?に、名前を変えた彼が乗り込んでいるという情報が届く。


 同じような時期にピアシングが?魔女?に対抗できる戦力として期待されつつあった。


 ひょっとしたら、作戦行動の過程で彼に逢えるかもしれない。


 逢って、どうしても確認したかった。


 


         ・・・・・・・・・・・


 


【それを訊いてどうします? 意味があるとも思えませんが】


 ピースの返事は必要以上に冷酷に聞こえた。


「私にとって、中尉は軍人の手本でした。直接なにかの教えを受けたわけではありませんが、軍人が持つべき矜恃(きようじ)も、技能も、他にも様々なものを中尉に学びました。その中尉が、なぜ、任務を放棄して脱走しなくてはいけなかったのですか」


 当たれば行動不能どころか、コクピットブロックごと相手を潰死させるであろう一撃を連続で繰り出しつつも、ミンスターの声にはどこか悲壮な色が混じっている。


 ピースの声を聞いた瞬間、溢れていた怒りはどこかに行ってしまった。


 今はただ、彼の言葉が聞きたかった。


 しばらく無言の間。その間も、お互いの乗機はハイレベルの攻防を繰り広げている。


 返事は無いか。


 そう思った時、ピースが口を開いた。


【銃は与えられたものでも、その引き金を引くのは自分の意志でありたいのです】


 ミンスターが初めて聞く、あまりに痛みに満ちた声だった。


 一体何があったというのか。そんな疑問が浮かぶが、ミンスターは衝動的に言葉を返す。


「それは綺麗事です!」


【それはそうなのでしょう。でも、それが今の僕の考えです。中尉には中尉の信じることがあるのでしょう。僕はそれを否定しません。だから中尉も僕を否定しないで下さい】   


「……っ!」


 その言葉はミンスターにとって、その戦死を告げられた以上の衝撃だった。


「それはっ……!」


 ワタシノコトヲステテマデ、ヤルベキコトダッタノデスカ……。


 本当に訊きたかった言葉は、ふいに鳴り響いたアラートに阻まれた。反射的に回避行動を取りながら、ポルカ・ドットとの距離を開ける。


 機銃による牽制を行いながら、ポルカ・ドットとポルテルの間に割り込んできたのはレオのトリファだった。


 すれ違いざまの一撃を振るい、その一撃を躱されると同時にスピンをかけてポルカ・ドットの横につく。


「くっ……」


 悔しそうに声を漏らすと、カメラアイを巡らせてトリファを追ってくる友軍機を確認、合流する為にその場を離れた。


 


【なんか苦戦してたみたいじゃん?】


 滑るように遠ざかっていくポルテルを見送って、レオが通信を送ってくる。


「苦戦と言えば苦戦ですか。隊長機を引きつけておけば、本隊も追いかけてくるかと思いましてね」


 予想通り本隊はこちらに向かっており、ウンディーネの突入経路は確保されつつあった。


【あと何機か減らした方がいいかな?】


「二機くらいでしょうか」


【じゃ、例の奴で】


「少し、不安がありますが」


【なんで?】


「読まれる可能性があるかと」


【ま、そうなったらそうなったで】


「……了解」


 どこか気落ちした声で、ピースは同意した。


 


【アルファ、無事ですか】


「……問題ない」


 盛大に息を吐き出し、すぐさまピアシングとしての己を取り戻す。


「アルファ小隊は無事だな。現時点よりベータ、チャーリー小隊は合わせてベータ小隊と呼称。相手は二機だ、掻き回されなければこちらに勝機がある。ぬかるな。散開!」


 ミンスターの号令で残り七機のうち前衛の五機が散開。後衛の二機が短距離ミサイルを一斉にばらまく。


 殺到するミサイルを充分に引きつけたトリファとポルカ・ドットは、急加速で左右に分かれ、大きな弧を描いてポルテル達を迎え撃つ。


 鋭い角度でポルテル達の前衛に突っ込むトリファが引き連れていたミサイルは、敵味方識別装置の働きで明後日の方向に飛び去る。


 ポルカ・ドットを追ったミサイルは、丁寧な機銃掃射でほとんどが空中で華を咲かせた。


 敵前衛に突っ込んだトリファを、ナックルを装備したポルテル達が出迎える。


 隊長機だけが両手にナックルを装備しているタイプで、あとのポルテルは片手だけにナックルを装備している。


 絶妙な時間差で攻撃してくる四機の攻撃を、まるで踊るような動きで躱すトリファ。


 駆け抜けたところで待ち構えていたミンスター機の一撃を、左手で流し、続く二撃目を跳躍しつつ躱し、そのまま宙に躍り上がり眼下へ機銃をバラまく。


 空中のトリファに対して応戦の銃撃は、トリファの両腕の厚い装甲に弾かれる。


 防御したその一瞬をついて、空中戦に持ち込もうと二機が飛び上がった。


 トリファは上昇の勢いのまま一撃を繰り出すポルテルの腕を蹴り、一瞬脱力したように高度度を下げる。


 その不可解な機動に一瞬だけポルテル達の動きが止まる。


 がんっ! と衝撃。


 乱戦から距離をとっている、ポルカ・ドットからの狙撃だ。


 もちろん、ポルカ・ドットの方にもミサイルを放出した後衛二機が牽制に向かっているが、牽制の役に立っていない。あまりに実力差があるからだ。


 空中に上がったポルテルの一機が、両足を射貫かれて海面に落下。


 さらにトリファは自由落下途中で急上昇、空中の残り一機に体当たりをし、相手が上に弾かれたところで、また急落下。


 また衝撃。


 今度は打ち上げられたポルテルが、左腕と左足を失ってこれも落下する。


「?!」


 ミンスターは、その特徴的な戦法に覚えがあった。


 それはかつて、初めての模擬戦闘で彼に提案された戦法だった。


「貴様……っ!」


 高度を下げようとしていたトリファに、ミンスターのポルテルが猛然と襲いかかった。


 ミンスター機の勢いに驚いたのか、ミンスター機の一撃を受け流せず、まともにガードしたトリファが吹っ飛ぶ。


 そのままの勢いで追いすがるポルテルから逃れるように、トリファがまた宙に飛び上がる。


 さらにそれを追って上昇しながら、ミンスターは我知らず叫んでいた。


「なぜ貴様がそこにいるっ……!」


 鬼神のような勢いで迫るミンスターに、トリファは防戦一方になっていく。


「そこは、私の場所だったのにっ!!」


 モーションが大きくなった一撃を辛うじて避けたトリファが、瞬転、高度を下げた。


「逃がすか!」


 まるでそのタイミングを知っていたような素早さで、ポルテルも急降下。


 無防備に高度を下げるトリファの背後に、ピタリと張り付く。


 背面は推進器が多く配置され、多くの艦・船載機にとって、背面からの攻撃は小口径の機銃であっても致命傷になり得た。それは装甲の厚いトリファであっても同じだった。


「もらった!」


 ポルテルの内蔵機銃がトリファの背中を照準する。


 


「うわっ、やばっ!」


 さすがにレオも、焦りの悲鳴を上げた。


 致命傷をなんとか避けようと操縦桿に力を入れようとした刹那、雷鳴が轟いた。


 



 


 衝撃は、艦載機の戦闘地域から離れた位置にあるシムルガムルのブリッジも襲っていた。


「何事だ!」


 強烈なノイズを吐き出すインカムを一旦外しながら、大佐は管制に確認を取る。


「レーダー範囲外からの、超長距離からの砲撃のようです。今解析を……なんだこれは!」


「驚くのは後にしろ! 報告!」


「なんらかの実弾兵器、おそらくは電磁砲(レールガン)の一種と思われますが、出力は大型戦艦主砲の五倍以上。ベータ小隊駆逐艦が、直撃ではありませんがほぼ大破。戦闘不能です」


「機雷原の一部が消滅。再展開はすでに開始していますが、あまりに広範囲の為、終了まで三分以上」


「長距離レーダーに動体反応! なんて大きさ、それに速すぎる!」


 悲鳴混じりの報告がブリッジに響き渡る。


 だが、その断片的な報告で、大佐は何が起きたのか正確に把握した。


「なにもこんなタイミングで現れなくともよかろうに……!」


 吐き捨てるように、大佐は言った。


 


 ウンディーネの方でも、雲龍の接近は感知していた。


 ふう、と息をついて、ラキッズが目頭をマッサージしながら呟く。


「また、面倒なタイミングで現れるものだな」


「テリトリー内で騒いでるのが判ったら、回遊を止めて異物の排除を優先すると思いますよ。子育て中だったらなおさらです。おそらくは熱源が強いものを優先して襲うと思うので、こちらに向かってくる可能性は低いと思いますけど……」


 黙って座ってろと言われたが、思わずトリンは口を挟んだ。無視されるかと思ったが、ラキッズはその言葉に頷く。


「至極当然のなりゆきと言うことだな。少し予定を変えないといけないか」


「雲龍、船載機群に向けて移動開始。三分後には接触します」


「のんびりしても居られないようだ。仕方ない、機雷原突破に使うつもりだったが……」


 ラキッズが目配せすると、フィーは頷いてコンソールを素早く操作した。


「?ニケ?射出シーケンス、開始します」


 


「何だね、騒がしイネ」


 ドームの中に響き渡った衝撃と轟音に、ほとんどの技術者や警備の兵は驚いて身を伏せたと言うのに、バンガスは立ったまま眉をしかめただけで、ほとんど慌てた様子を見せなかった。


「バンガス博士」


「ん? 今の衝撃と電磁波で多少プロセスがキャンセルされたようだが、プロテクト解除は進んでいルヨ。一応、念入りにシールしておいた甲斐があったというものダヨ」


 不安そうに声をかけた軍の技術官に答え、にやりと笑う。


 明らかになにかが起きてるというのに、目の前の作業以外はどうでも良さそうだった。


 技術官は、その態度に僅かな尊敬と、多大な恐怖を感じて絶句する。


「バ、バンガス博士!」


 まだ若い、学生らしい青年が慌てて走ってくる。その表情には恐怖が満ちていた。


「雲龍です、雲龍が襲ってきたそうです!」


「そうカネ」


「そうかねって……」


 微塵の同様も見せないバンガスに、青年の顔にも恐怖が宿る。


「雲龍の件に関しては、君に一任するといったはずダガ。早いところ追っ払ってくれたマエ。気が散ってかなわンヨ」


「そ、そんなの無理に決まってるじゃないですか! 相手は雲海最強の生物ですよ?!」


「ナニ? 君は専門家ではないノカ? そんなもので、よく専門家を名乗れるもノダ。折角第一学部から借り出してきたのに、まったくの無駄だったのではないカネ」


 さほど重要な話ではない、というように詰まらなそうな顔で勝手な事を言ったバンガスは青年に興味を失い、しっしっと犬を追い払うような仕草をして背を向けた。


「役に立たないなら、せめて邪魔にならんように隅っこにいたマエ。こちらは、もう少しで終わりそウダ。それまでの間くらいなら、軍の連中にも足止めくらいできるだロウ」


 


「なんだ?!」


 トリファを獲ったと思った瞬間、正体不明の衝撃波で吹き飛ばされたものの、ミンスターは素早くダイバー形態に変形しつつ雲海内へ潜行。状況を確認する。


「これは一体……」


 レーダーに映ったのは、百メートル級の動体反応。それが、船舶ではあり得ない速度で近づいて来る。


【雲龍です。ここは一旦、お互いに引きましょう】


「雲龍?」


 共通チャンネルで呼びかけてきたピースの言葉で、状況を一瞬で把握する。


 それとほぼ同時に、ブリッジから撤退のサインが届く。


 これ以上の戦闘は無意味だった。


「……休戦については了解です。ですが、こちらは撤退できません」


【中尉?】


「身動きが取れなくなっている部下がいます。雲龍の進路から部下達が完全に撤退するまで、私は逃げるわけにはいきません」


 部下達の中にはかつて自分を認めなかった者もいるが、それが今隊長としての務めだと思っている。


 モニターで確認すると、戦闘で行動不能にされた者以外は、全員無事のようだ。ミンスターを除いて、丁度半分が健在である。


 回線を開き、全部隊に命令を出す。


「総員退却。動ける者は、動けない者を回収しつつ後退。しんがりは私が務める」


 通信しながら艦載機を浮上させ、ストラグラーに変形する。


 モニターで周囲を見回すと、四機の無事なポルテル達が逡巡するような雰囲気を見せていた。 明らかに危険な状況で、隊長機のみを残していくことに抵抗があるのだろう。


「なにをしている、急げ!」


 さらにミンスターが一喝すると、さすがに一級の訓練を受けている隊員達は、一糸乱れぬ動きで退却を始めた。


【んじゃ、お手伝いしよっかな】


 聞き慣れない、お気楽そうな声が共通チャンネルを通して聞こえ、トリファが近づいてきた。この声はトリファのパイロット、確か「黒猫」の声だ。


「お前達には関係のないことだろう」


 先程の戦闘時の雰囲気を引きずっている為、どうしても声に棘が出る。


 ほんの少し前に自分の命を脅かした人間に、なぜこれほど気楽に話しかけられるのか、ミンスターは理解に苦しんだ。


【そちらの人員が動けなくなったのは、言い訳のしようも無くこちらのせいですから】


 ポルカ・ドットも近づいてきた。


「……礼は言いません」


【結構ですよ】


 ミンスターの言葉に、笑みを含んだ声でピースが答えた。


 


「ここからは時間との勝負だな」


 ラキッズが小さく呟く目の前で、フィーが作業を進めていく。


「動力室、射出シーケンス用意」


『アイアイ』


 妙に古めかしい伝声管に向かってラキッズがいうと、ドムギルの声が返ってくる。


 アンティーク趣味で見た目だけ真似ているかのように見えるが、聞こえてきたドムギルの声を聞くと、どうやら本当に伝声管のようだ。


「仰角、方位よし。亜空間錨固定」 


『エンジン出力上昇、異常なし』


 ゆっくりとブリッジから見える景色が回転、水平線の角度がほんの僅か変わる。


 普段からジャイロによる姿勢制御で船体の揺れは最小限だったが、その最小限の揺れさえもピタリと止まった。


 


「来ますよ!」


 ピースがわざわざ注意を喚起しなくとも、雲海を蹴立てて迫り来る巨大生物の姿はカメラアイの映像でもはっきり判った。


 雲海の表面で潜り、浮かびを繰り返し、うねりながら近づいて来る姿は、遠近感が狂いそうなほど巨大で、圧倒的だった。


「まさしく自然災害ですね、これは。二人とも、適当に注意を引きつけて時間を稼いだら、早々に撤退しましょう。まともに相手をしてたら命がいくつあっても足りなさそうです」


 その間も着々と雲龍は近づいて来る。もう細部を観察できる位の距離だ。


 蛇に似た胴体は強靱な鱗覆われ、その一枚が艦載機用の盾ほどもあるだろうか。


 長い背中には尖った背びれが並び、その根本にはロープを束ねたような剛毛と呼ぶのも抵抗がありそうな毛が生えている。


 胴体に比べると小さい印象の鉤爪が生えた手は、実際には艦載機を一?みできる大きさだ。


 見え隠れする頭部は小型船舶並の大きさで、背に生えているのとそっくりな毛と、鋭い角が何本も斜めに突き出ている。


 その亀裂のような、無数の牙が並んだ口は、丁度艦載機が一機入りそうな大きさだ。


【さすがにちょっと、逃げたくなってくるなーー……】


 いまいち緊張感のない口調でレオが共通チャンネルで呟く。


 一カ所に固まったピース達の百メートルほど手前で雲龍が一度深く潜り、次いで天を貫くように雲上にそそり立った。


 長い身体をS字状にたわめ、見下ろす頭部の高さは三十メートルはありそうだった。


 その身体が、一瞬太くなった。


「っ! 散開!」


 ピースが警告を飛ばしながら、素早い動作で雲龍に向けて射撃。すぐさまその場所から全力で離脱する。


 頭部にポルカ・ドットの射撃を受けたが、これを易々と跳ね返し、吠えるような仕草を雲龍が見せた瞬間。


 キン、と空気が震える感触が伝わり、一瞬前までピース達のいた辺りが爆発した。


 もちろん、レオもミンスターもそれに巻き込まれるほど間抜けではない。


【なんだ、今のは!】


 雲龍と遭遇するのは初めてのミンスターが、脳を揺さぶるような衝撃の余波に顔をしかめながら言った。


「今のが『龍の咆吼』と呼ばれるものですよ。直撃を喰らえば爆散。運良くそれを免れても、脳が沸騰するでしょうね。でも、今見たように前動作があるので、注意していれば充分避けられます」


 こちらは遭遇経験のあるピース。


【どんな原理なんだろな】


「説明している余裕はないので、今のところは生き残ることに集中しましょう」


 それぞれ別な方向に逃げながら、ピース達は的を絞らせないようランダム機動で雲龍を取り巻く。


 面倒くさそうに地響きに似た唸り声をあげる雲龍は、先に簡単な方から片付けようと思ったのか、ピース達を無視して前進を始めた。知能が高いと言われるだけあって、判断が早い。


 まだ、ポルテル達の撤収は済んでいない。このままでは、簡単に餌食になってしまう。


【行かせるか!】


 部下達を守ろうと、ミンスターのポルテルが腕部内蔵の突剣を伸ばしながら、側面から雲龍へ突撃する。


 がきん、と生物を突いたとは思えないような音を立てて、突剣が強靱な鱗に跳ね返される。


 だが、それですぐにアジャストしたミンスターは、角度を変えて再度突剣を突き刺す。


 血は出なかったが皮膚までは届いたのか、雲龍が苛立たしげな声を上げて、ミンスター機を見た。


「いけない!」


 雲龍の口周辺に小さなスパークが走るのを見たピースが叫び、ミンスター機が素早く離れようとする。


 しかし、雲龍の方が一瞬速い。


 バシンッ! と衝撃音が響き、雲龍の体表面に稲妻が走った。


 共通チャンネルにノイズが流れる。


 密着こそしていなかったが、至近で雷撃を喰らったポルテルのホバーが途切れて、海面に落ちる。


「中尉!」


【だ、大丈夫です……】


 ノイズ混じりだが、ミンスターの声が返ってくる。


「動けますか?」


【駆動系は破損してませんが、システムが再起動状態です。すぐには……】


 ピースとミンスターが会話する間に、波間で動けなくなっているポルテルを、雲龍の瞳が捕らえる。


【ほ〜〜ら、失礼っ!】


 雲龍の死角から回り込んでいたレオが、格闘用のスパイクで腹部を一撃。やはり鱗を貫けないが、ミンスター機を向いていた雲龍の中尉が、逃げていくレオのトリファを向く。


 その瞬間、轟音と共に雲龍の頭部が爆発に飲み込まれた。


 


「主砲、直撃しました!」


「よし、損害を確認。第二射用意!」


 シムルガムルのブリッジで、大佐がキビキビと指示を飛ばす。


 射線を確保する為に機雷を移動させた為、撤退の援護が遅れてしまった。


 雲龍との交戦位置はキロ単位で離れているが、中型戦艦の主砲であれば充分射程内だ。


「第三主砲の照準は?魔女?から離すな。おそらく、この機に乗じて動くぞ」


「第二射準備よし!」


 砲手の報告と同時に、オペレーターが悲鳴を上げた。


「目標確認……無傷です! 外傷は一切確認できません!」


「なんだと!」


 ブリッジの正面モニターに雲龍の顔が大きく映る。


 多少燻されて黒くなっているが、怒りに燃える表情は全くの無傷だ。


「化け物め。第二射! 撃てい!」


 


 続いて発射される艦砲射撃が届く前に、雲龍は雲海に潜った。


 砲弾が雲龍がいた辺りを通過して、少し離れたところで爆発、雲を巻き上げる。


 その隙に、ポルカ・ドットがポルテルを波間から引っ張り上げる。


【大丈夫ですか】


【はい……なんとか】


 共通チャンネルに流れる会話を聞きつつ、ポルテルのホバーが咳き込みながら再始動するのを確認して、レオは雲龍の行き先をレーダーで確認する。


「あれ?」


 雲龍を示す光点は移動していない、ということは。


「……真下に潜ってる?」


 潜ったのであれば、当然浮上してくる。


「やば。二人とも、危ないよっ!」


 急いでそこから離れながら注意を促す。


 素晴らし反応で、ピース達もその場を離れた瞬間、雲龍が凄まじい勢いで浮上。


 勢いで乱れうねる雲海面を、危なげなく乗りこなしてある程度距離を取る。


「なんか咥えてるな」


 格闘戦用スリットを開けて、目を細めて見る。


「……岩かな?」


 海底で拾ってきたのだろう、雲龍は大きな岩塊を咥えていた。


 ぱしり、と雲龍の口元でまたスパーク。


 そのスパークはみるみるうちに大きくなっていく。


 


 モニターでそれを見た瞬間、大佐の背に悪寒が走った。


「全艦、回避!」


 


 強力で断続的なスパークは、まるで小さな太陽のような輝きに変わった。


 次の瞬間。


 耳をつんざかんばかりの咆吼。


 そして、雲龍が咥える岩塊が、一直線に発射された。


 轟音、衝撃。


 嵐のように雲海面が暴れ狂う。


 


「あれが『龍の吐息(ドラゴンブレス)』……」


 恐ろしい破壊をもたらすその閃光は、心が震えるほど美しかった。


 モニターの映像と遠くの輝きに、我知らず涙まで浮かべて呆然としているトリンをよそに、ウンディーネのブリッジでは、まるでなにかの儀式のように、フィーの声が響いていた。


「エンジン出力、40パーセント。?ニケ?80パーセントがコンディション・イエロー。20パーセントがグリーン。発射に問題なし。仮想砲身展開」


 ブリッジから、ウンディーネの前方に光の格子が組み上がっていき、ウンディーネの象徴であるフィギアヘッドと船体の接合部分で、光が漏れるのが見えた。


「射出準備よろし。撃発権移譲します(ユーハブ・ファイアコントロール)」


 ピタリと手を止めて、フィーが宣言する。


「撃発権受け取った(アイハブ・ファイアコントロール)」


 それに次ぐラキッズの宣言で、船長席の足下から銃把の付いた操縦桿のようなものがせりあがってくる。


 がしりと、ラキッズの手が引き金の付いた銃把部分を握りしめた。


「総員、耐衝撃、対閃光防御!」


「え? え?」


 いきなり言われて困惑するトリンに、フィーがそっと教えてくれる。


「しっかり椅子に座って、目をつむって耳を押さえていれば大丈夫ですよ」


 言われた通りに、席のベルトを確認して、目をつむり耳を塞ぐ。


 


(てぇ)っ!!」


 


 ラキッズが引き金を引く。


 閃光と衝撃。


 銀色の乙女は輝きを引きずり、雲龍へと飛翔した。




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