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エロにゃんあぶない!

 エロにゃんは目の前の柴田先生に、『メールの相手は私です』と言う勇気はなかった。勇気がなかったというより、改めて携帯の中の男と女という会い方でないと、今までのお互いのメールが全て無意味になるような気がしたのだ。Aライン線の河童平駅を待ち合わせに場所に指定したのは、携帯の中の彼女であって、エロにゃんではない。そして、携帯の中の彼はそこへ向かうのである。


 柴田先生は、『もういいです』と言い、エロにゃんを解放した。


 彼女は帰宅して服装を着替え、携帯の中の女になって待ち合わせ場所へと向かった。河童平駅は、一応、人目を気遣って最寄駅の三つ隣の駅である。柴田先生は自動車通勤である。おそらくそのまま車に乗って最短距離で駅の駐車場まで来るだろう。そうなると待ち合わせ場所に着くのは彼女の方が後になる筈である。相手には彼女の服装を連絡してあるから、見つけて声を掛けるのは相手の役割だ。柴田先生がエロにゃん、いや、彼にとっては星輝の母である淑子と知ってそれでも声を掛けるのか、それとも……。


 電車の中で、エロにゃんの携帯電話がメールを受信して振動した。

 メールの発信は、夫の樹からだった。


『今日は店には出ないんだろう? じゃあ待ち合わせ場所はいつものところじゃなくてホテルに近い河童平駅にしよう。今から二〇分後、河童平駅北口の改札口で待ってるから来てくれ』


……ええっ?! まっ、まずいよそれ! 場所も時間も同じじゃないの! たっ、大変だ!! ……


『あなた。今日はアパートに帰って待っててね。私寝てないから眠いの。今日はデートはキャンセルよ』慌ててメールを送る。


『いいよ。駅前ホテルの豪華な部屋を取るから、君はそこでぐっすり寝ればいい。生殖活動は睡眠取ってからでいいよ。北口改札ね』


『あなた。ダメダメ。今は駄目。だめだめだめだめ。だめーーー! 家に帰って。早く』


『どうしたの? 駄目って何が? まずは睡眠だろう? もう着くから。待ってるよ。なるべく早くきてね』


……アウトだ。どうしよう。メールの彼と柴田先生だけでもややこしいのに、宇宙人みたいな夫まで一緒になっちゃった。もう私どうしたらいいか分からない ……


 エロにゃんがぼうっとしていると、電車はすでに河童平駅に滑り込んでいた。ただ、どうしたらいいか分からず、とぼとぼとホームへ降り立つ。北口は右方向。携帯の中の精神障害の彼を見捨てて帰る訳にはいかない。しかし、対応の途を絶たれた彼女は北口を恐れその場に立ち尽くす。そして、ふと思った。


……そうか。夫も柴田先生もお互いの顔は知らないんだ。やっぱり私がここにいたらまずいんだ……


 そう思って南口に向かい始めた時である。


「あれ? 星輝君のお母さん。またお会いしましたね」


……柴田先生だ……


……超。まずい……


「ああ。先生。こちらで何なさってるのですか?」


「いやあ。ちょっと人と待ち合わせしてましてね。でも初対面なので……。それが、紛らわしいんですよ。私の相手の方の服装とあなたの今の服装がほとんど同じだったから、てっきりあなたがその方だと思って声をかけてしまいました」と柴田先生。


……ええっ?! 気が付かないわけ? 私が『てっきりその方』だよ。本人だよ。超鈍感というか、ノウテンキというか。何? この予想しない展開って……


 エロにゃんが言葉を失っておろおろしていると、突然後ろから大きな声が聞こえた。


「おい! 淑子。その男は誰だ!」


 言うまでもなく夫、樹の声である。


「あなた。星輝の学校の先生よ。柴田先生」


 柴田先生の超鈍感によって、この場は何とか乗り切れそうである。ところが……。


「もっ、もしかして、ケメ子さん。私の愛するケメ子さん。本当はあなただったのですか?」


 『ケメ子』とは、エロにゃんのメールでのニックネームである。


……ああ。何で急に頭が鋭く回転しちゃうわけ? そのままで良かったのに……


「おい! ケメ子とは何だ。おまえ、人の女房に向かって愛するとか、私のケメ子とか、ふざけたことを抜かすな!」


……夫の樹。こんなにヤキモチ焼きだったかぁ? 何で急に性格変わるわけ? やっぱりあんた宇宙人だね。マッタク……


 次の瞬間、エロにゃんは、この世のものとも思えない信じられない光景を目にした。樹の頭が紫色に輝きだして光を発したと思うと、その光の先で淑子の隣に立っていた柴田先生の頭が一瞬にして消え去り、首から下も段々と上から消滅していった。そして数秒のうちにその場には跡形もなくなった。


 エロにゃんの口は声を発するために開かれていたが、呆気にとられたように開いたまま閉じない。


……ええっ! ああ。あんた、そんな。ウソ! まさかっ! うっ、宇宙人かよぅ。ホンマもんの……


 ここにいてはいけない、と一瞬のうちに彼女は直感した。……夫の樹は人間ではない…… このことだけは確かなような気がした。南口改札口を全速力で駆け抜け、駅前に置いてあった自転車に飛び乗って全速力で突っ走る。幸か不幸かこの時間帯での駅の乗降客は殆どいない。走りながらエロにゃんは一瞬後ろを振り向いた。夫の樹は腕が前足となって四足で追いかけてくる。


「ぎゃあああああ」


 断末魔の叫び声を発しながら、彼女は殆ど車の走っていない車道を疾走した。頭の記憶には、夫、樹との数限りない夜の生活が蘇る。


……もしかして、もうすでに、私のお腹の中には四足の怪物が宿っていたりして……


「いやあああああ」


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