保護者面談
エロにゃんはとうとうある日、学校に呼び出された。
息子、星輝の担任の先生には初対面だったが、その先生は三十歳代半ばくらいの温厚なタイプの男性教師であった。話し方も礼儀正しく落ち着いた感じの先生だった。
名前を柴田先生という。
ところが、エロにゃんが父親と共に子供を半ば放ったらかしにしている様子を聴くにつけ、段々と溜まっていた怒りが込み上げてきたのか、人が変わったように声を荒げるようになった。
エロにゃんの目には次第に涙が溜まっていった。相手にきつく言われているからではない。息子、星輝のために今までどんなにつらいことがあってもじっと耐え、がんばってきた自分が、逆に今は抜け殻のように子供を放任してしまっている。愛情まで失ってしまったかのように……。
そんな自分が憎たらしくてどうしようもなかったのだ。
目の前で、強い口調で自分を叱咤する先生。その言葉はエロにゃんにとって辛くて聞いていることができなくなり、単なる音声となっていた。
エロにゃんの意識は机の下の掌に隠れている携帯に移されていき、自然とあの人のアドレスを呼び出していた。
……あの人……
……自分が重度のうつ病、精神病という彼。何百通ものメールをやり取りした彼。ああ、あの人に会いたい……
エロにゃんは精神に障害がある彼に少しでも力になることができたら、というつもりでメール交換を始めたわけであったが、今では逆に必死になって彼に助けてもらおうとしている。
柴田先生の話を聞いているフリだけしながら、エロにゃんはメールを送信した。
『あなた。私はもう駄目です。子供を育てる事が出来ません。そんな資格のない人間です……』
話を聞いていないことに気が付いたのか、目の前の柴田先生は一気に眉を吊り上げ気を吐いた。
「ちょっと待って下さいよ!」
柴田先生はため息をつきながら、ゆっくりと席を立ち窓の方へ歩いて行った。
いつものように即座に返信があった。
『どうしたの? 君は子供のことで悩んでいたけど、その子供がまた何かしたの? もっと詳しく教えて』
もっと詳しく、これが安心感だ。
『ごめんね。急にそんなこと。あなたに。やっぱりあとでもっとちゃんとメールするわ』
ところが、メールの彼は退かなかった。
『メールはもういいんだ。会おうよ。君に会いたいんだ。君のイメージがどんなに変ってもいい。僕は今、自分の気持ちが抑えきれないんだ!』
教室内で突然柴田先生が振り返った。
「山城さん。もう、はっきり申し上げてあなたのお子さん、星輝くんの話ではなくて、親であるあなたに何とかしてもらわないと、これはどうしようもありませんよ。」
それでも、先生の言葉を無視し、もうとっくにばれている手元の携帯に目を向けるエロにゃん。
『私、あなたに今から会う!』メールを送る。
柴田先生は自分の言葉を無視している彼女に対して、いわゆる、堪忍袋の緒が完全に切れていた。
「お母さん! いい加減にして下さいませんか!」
それでも無視してエロにゃんは発信する。
『これからAライン線、河童平駅北口改札に行きます。そこで会いましょう。私はストライプワンピにエンジのカーデガン、ピンクのブーツで行きます』
そしてまた返信があった。
『ありがとう。君に会える。本当にありがとう。』
エロにゃんはなおもメールを送り続ける。
『ありがとうございます。私も胸が一杯です』
『あと、三十分くらいかかるよ。』
『あなた、今どこ?』
『小学校の校舎の中。』
『小学校って? どこの?』
エロにゃんには、窓の方を向いている柴田先生の携帯電話のLEDがぴかっと光ったのが見えた。メールの受信だ。
『角町第二小学校だよ。僕は精神病って言ったろう。嘘じゃない。それでも学校の先生なんだ。病歴も、今、精神科医にかかっていることも、みんな隠している。あきれただろう。精神病の教育者さ』
エロにゃんは柴田先生の掌に開いたままの携帯電話があることに気が付いた。彼の指は彼女と同じように携帯を打っている。間違いなく……!
……まっ、まさか……
メールでのやり取りの途中から予感が有ったが、それが的中しエロにゃんは愕然とした。メールの相手は目の前の柴田先生に間違いなかった。
……柴田先生が、あの人……
柴田先生は目の前の彼女がメールの相手だとは全く気が付いていない。そうと分かったら柴田先生に会うことなど絶対にできない。
『これから向かうよ。待ってる。遅れてもいい。ずっと君を待っているから』
エロにゃんは覚悟を決めた。
……私は子育ても出来ない女。それが悩み。あなたは先生。悩んでいる先生が私を助けるのよ。ほら、あなた生きているでしょう? そう、生きているのよ。生きているからあなたが必要なのよ。相手が誰であっても、私もあなたもお互いを捨てることなどできないはずよ。絶対に……