うつ病の男
入籍してからも新家族のパターンは何一つ変わることはなかった。金銭面の不安は全くなかったし、生活は段々と外食や高級な惣菜を買うことが多くなってきて、エロにゃんが台所に立つことは殆どなくなった。普通の新婚生活とはむしろ逆のパターンである。
樹は必要最低限以外の家事をエロにゃんに求めることはなかったし、金は使い放題だった。息子、星輝の衣服やゲーム機、そのソフトなどはふんだんに買い与えられ、見た目は貧乏生活、金は使い放題という実にアンバランスな生活が続いた。
樹がエロにゃんに求めるものは、殆ど毎日数回の彼曰く『生殖活動』だけであった。
エロにゃんはそんな生活に逆にストレスを溜めるようになり、入籍間もない時期より、いわゆる『出会い系』サイトで数人の男性とメール交換するようになった。お相手の男性が、『サクラ』であったのか、すでに数十万という高額のメール料金を支払いながら、まだ、一度も実際に男性と出会えたことがない。いよいよ出会いの場所や時間をきっちりと決めることができたかと思うと、思いっきり当てが外れることばかりだ。
お相手の男性曰く、『お会いする時の、あなたの服装目印を教えて下さい。私は、花柄のワンピに熊柄の下着です』と……。
……それ違うよーー! だいいち公衆の面前で、下着を目印にするなよ……
『実はボク、M男でーす。ハイヒールで思い切り踏んづけてね』とか。
『私は、医者です。だからお医者さんごっこが大好きです』とか。
……だから、じゃないだろ。違う! 違う! 趣味からして違ってるから……
もっと変なのになると、『大食い競争しませんか? 自信ありますか?』とか、『水中で生活しませんか?』とか『ついにタイムマシン作りました』とか……。
……もう、違うとかそういう問題じゃないし! ……
そんなある日、ある一通のメールがエロにゃんの目にとまった。
『私は重度のうつ病です。かつては精神病とまで医師に言われたこともあります。でも、入院はしていません。病院に見放されたのです。最近では親兄弟にも見放されています。でも、私は人間として生きている。そう思いたいのです。そう信じたいのです。こんな私でも良ければメールだけでもお付き合い下さい』
エロにゃんは大いに興味を持った。こんな悲惨なメールは絶対に『サクラ』ではない、実在する男性だと直感した。今、自分はストレスの塊に悩まされている。しかし、この携帯の向こう側には、現にもっともっと悩んでいる人間がいる。
……私の悩みなど、ちっぽけなもの。今は彼を助けてあげなければ……
エロにゃんはメールを送った。
『私は結婚間もない二六歳です。無くなった前夫との間に子供が一人います。今の生活は金銭面で満たされているだけでストレスだらけです。でも、私の悩みなど、あなたに比べればちっぽけなものです。お互いに心の支えになりませんか?』
それからというもの、メール交換は本格的に始まった。お互いにサイトを通じずに直アドを交換し、多いときには日に三十通以上の返信を互いに毎日交わした。ちょうどその頃から、息子、星輝がたびたび授業をサボってどこかに蒸けていたり、同級生へのいじめが酷くなったりと学校で問題になってくるようになった。