エロにゃん再婚
エロにゃんは、その日店長に『鴨がネギ背負って来ましたので、今日は店を出て明日、外から同伴して常連さんになってもらうようにします。今日の個別(行動)はお給料から引いておいていいですから……』と言って、男と共に店を出た。
エロにゃんの部屋にあがりその男が服を脱ぐと、その男は服の上から想像していたよりも意外に貧弱な体つきだった。しかし、東京スカイツリーだけは取って付けたように、見た目がもの凄いものだった。
男は自分の名を山城樹と自分で名乗った。
樹は、翌朝『仕事に行く』と言って札束の入った鞄をエロにゃんの部屋に無造作に残したまま、彼女の息子、星輝が起きる前に一人で出掛けて行った。宵の口、彼女と外で落ち合い同伴で店に入る。彼女は樹の鞄からお札を予め抜き取っておいて、店にはそれを支払う。そしてまた夜半に彼女と樹は連れ添って店を出て彼女の部屋へ帰る。
そんな毎日が続いた。店としてもエロにゃん目当てに店を訪れる客に対して『あいにく今日は……』を繰り返さなければならず、面倒ではあったが、予想の三~四倍以上の金銭が安定的に手に入るため、特に文句を言うことはなかった。
一つの疑問。
樹は『仕事に行く』と言って毎朝エロにゃんと別れ、宵の口に彼女と再会するが、仕事とは何だろう。もし、本当に何らかの仕事をしていたとすれば、彼はいったいいつ寝ているのだろう。少なくとも彼女と一緒にいる間、彼は一睡もしていない。
ある日、エロにゃんの息子、星輝が偶然に早起きしたことから樹と二人がばったりと顔を合わせることになった。
息子、星輝は樹を見上げ、驚きもせずに突拍子もないことを口にした。
「おじちゃん、宇宙人でしょ」
樹は興味を持ったように星輝を見た。
「何故そう思うんだい?」
「だっておじちゃん、息してないもん」
その場所まで来ていたエロにゃんは慌てて二人の間に割って入った。
「星輝。何てこと言うの?! おじさんに謝りなさい!」
しかし、彼女はむしろその後の樹の言動のほうが気になっていた。
「そうか。息ねえ……そうか。」
もしかして息子の星輝はとうに樹の存在に気が付いていて、朝方時々寝たフリをしていたのかも知れない。そして、樹のことを子供なりにじっと観察していたのかも知れない。子供というのは、大人が考えるより意外と『したたか』で観察力や勘も鋭いことがある。
エロにゃんと樹は何日も一緒にいて、しかも店でも殆ど一緒だったので、すでに心は充分通い合っていたし、お互いの性格も理解し合うようになってきている。しかし、彼の素性が分からないことに彼女はやや不安を感じていた。住居がないので住民票の記載も無い。出生についても彼は語ろうとしない。それ故、どうしても決心して結婚に踏み切ることができない。
エロにゃんの息子、星輝はもうすぐ小学二年生だ。そろそろ彼女も結婚に踏み切ろうと考えていた矢先のことである。
朝、エロにゃんの部屋に二人で帰った樹は、彼女の氏名欄以外はすべて記入捺印済みの『婚姻届』を差し出してきた。見ると、証人欄にもきちんと記入がある。戸籍謄本なるものも用意されていて、本籍は横浜市になっている。彼女は不思議に思ったが、深く考えずこれに署名し捺印した。