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私とエロにゃんのビミューな関係

私の名は松下恭華まつしたきょうかといいます。自慢するつもりはないけど、大学院を出たあと、とある大企業の秘書室にウン年間勤務しています。年がばれるからウン年間です。

 

 秘書室は総務部の所属で部内には他に総務課と庶務課があります。秘書室は文字通り役員のスケジュール管理や取継ぎなどの連絡、訪問客の受付対応などを行っています。受付と言っても会社の総合受付は秘書室員の仕事ではありません。一階の受付には『受付嬢』の女性が二名いて、彼女らは総務課の所属です。

 

 同じ受付であっても秘書室の受付と総合受付は根本的に求められているものが違います。

 会社の受付は、その、つまり、受付『嬢』であって、秘書室の受付は、受け付ける『女』です。うーん、分かりにくいな……。会社の受付は会社の『顔』であって、秘書室の受付は会社の『顔の内側』です。ますます分かりにくい。役割の話はこの際やめた。

 

 ウチの会社では総務課の受付嬢と秘書室の秘書はとても仲好しで、よく話もするしアフター5でも一緒にお茶したり、ウィンドウショッピングなどをする機会が多いです。でも、これはおそらく表の関係であって、お互いにアフター5に誘ってみて社員男性と妙な関係になっていないかをけん制していると言った方が本音に近いかも知れません。

 

 よくよく考えてみれば、これはお互いにとって決して利益になる行為でないことは明らかですが、何故かそうなってしまいます。かくして、私、恭華は、秘書なので若い男性は恐れをなして声をかけにくく誘わない⇒ 男性に誘われないので私は暇になり受付嬢をお茶に誘う⇒ 予定が入っていていざというとき男性に「また是非誘ってね」と言って断る ⇒ 男性は金輪際こんな女は誘うものかと思う⇒ 恭華は次第に年を取っていく⇒ ますます男性は誘いにくくなる⇒ ますます恭華はムキになって男性を無視するようになる⇒(元に戻る)、といういわゆる『負のスパイラル』に陥って『婚期』を逃してしまっているのです。


 だからね。そういう話じゃあないって! 私の話はこの際どうでもいいのよ。


 受付嬢の一人にニックネームで『エロにゃん』という女性がいます。エロにゃんの本名は岩下淑子(いわしたよしこ:絶対に仮名)といいまして、本名からくるイメージと当人のイメージがかなりかけ離れているがために、本名で彼女を語る人は男女ともに社内では殆どいません。皆、余程親しい人……たとえば私……、以外は彼女に面と向かって『エロにゃん』とは言いませんが、エロにゃん自身もそのニックネームを承知していて全く気にしてはいません。


 私は、彼女の目が大きく『猫娘』に似ていることからそう呼ばれるようになったと最初のうちは思っていましたが、『エロ』とセットになった時の『にゃん』は猫のにゃんではなく、たとえばベッドルームに備え付けられたスイッチを押すと七色の光が交錯するような場所でのにゃんにゃん、つまり大人の関係の『にゃん』であるかも知れないと思うようになってきました。

 大人の関係のにゃんとは、果たしてにゃんだ? 


……うわあっ、おばやんギャグ出ちゃったよ……


 この問題はあえてスルーします。


 エロにゃんは現在、二八歳です。

 

 経歴を簡単に述べると、彼女は東北地方の高校を中退後、東京都下の場末の風俗店で働いている間に客で同い年の男性……名を岩下輝夫(これも仮名です)さんといいます……、と知り合い、懇意になって、十八歳の若さで輝夫さんとすぐに入籍、一年後に男の子を出産しました。生まれた子は、星輝せいきくんと名付けられました。彼女が東京に出てきてから出産まで一年半くらいの早業です。

 

 ところが、その三年後、夫の輝夫さんはバイク事故でエロにゃんこと淑子とその息子、星輝くんを残しこの世を去りました。彼女は輝夫さんの死亡後、元の風俗店に戻り二六歳までの四年間働いていましたが、その後、二七歳になったある日、派遣会社のエロじじい、いえ、社長に誘われて一夜をともにして登録し、その会社から受付嬢として今のうちの会社へ派遣されるようになったという訳です。今では正社員となって小学三年生になる息子、星輝くんを一人で育てています。


 うちの会社がもと風俗関係の女性を、そうと知って受付嬢に採用することなど考えられないような特例中の特例で、当時人事部長は猛反対をした経緯がありましたが、総務部長はエロにゃんのルックス・スタイルの良さと人見知りしない明るい性格にとことん惚れこんで、人事部長に真っ向から対決を挑み、人事部長と同じ大学の先輩である総務部長がこれを強引に押し切って採用することとなりました。


 ところで、私はエロにゃんの秘密を一つ知っています。彼女はうちの会社の受付嬢となった今でも土日は風俗店で働いており、時々急に月曜日会社を休むことがあります。そんな時、私、恭華は彼女のピンチとして自分の仕事の予定はそのままに総合受付を半日以上やらされることがあるのです。


 総務部長は秘書室長兼任ですから、直属上長としての指揮命令権を発動します。


「エロにゃんがまた月曜病だ。彼女はああ見えても意外とデリケートなんだよ。華ちゃん(私の愛称です)、君には今日一日ピンチを頼むね」


……月曜病?! 違うよね。あのね。彼女はね。二日酔いか、にゃんにゃん疲れだよ。もういい加減にしてよね……


 そう確信していても、私はそれを決して口に出しません。いえ、出せません。


 エロにゃんがたった一人で上京した時のこと。頼りにしていた夫、輝夫さんとの病室での無念な別れ、息子、星輝くんの小学校の入学式での彼女の涙。それから、うちの会社に必死で食い下がった時のこと。彼女との話の中に、私は自分とは根本的に違う境遇とそれに孤独に立ち向かう一生懸命さを強く感じていたのです。

 

 彼女のマンションにプレゼントのラジコンカーを持って訪れたときの彼女の息子、星輝くんのまさに星のように輝く目。一緒になって輝く彼女の大きな瞳……。目に焼きついて離れません。


 この話は、彼女から直接聞いた、とても信じられないような不思議な話です。彼女がうちの会社に派遣される一年前の二六歳、当時息子、星輝くんは小学校に入学したばかりの頃の話です。


 たとえば彼女の話の中では明らかに一人の人間が死んでいるのに、その跡形も有りません。ニュースにもなっていません。信じられない話ですが、それを熱心に語る彼女の目を見ていると、もはや私はその話を疑うわけにいかなくなってきます。



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