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『家門の恥』と追放された次女、隣国で魔導商会の主となる ~破産寸前の実家を救済? いいえ、私が買収いたします~  作者: jnkjnk


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第二話:隣国での開花と実家の翳り

隣国、商業都市バルモア。

かつて私が住んでいた王都よりも遥かに活気があり、常に新しい風が吹いているこの街は、商売人にとっての聖地とも呼ばれている。

大通りには色とりどりの煉瓦で造られた建物が並び、ショーウィンドウには最新鋭の魔導具や異国の織物が所狭しと飾られていた。


「──以上が、今回の契約内容になります。この条件で、貴社の新型魔導回路を独占的に買い取らせていただきたいのですが」


私は静かに、しかしはっきりとした口調で告げ、テーブルの上に契約書を滑らせた。

対面に座っているのは、この街でも指折りの工房を持つ頑固な老職人、ガルド氏だ。彼は気難しそうな顔で契約書を睨みつけていたが、やがてその太い眉が驚きに跳ね上がった。


「おいおい……こりゃあ、随分と好条件じゃねえか。買い取り価格が相場の二割増し? それに、開発資金の援助までつけてくれるってのか?」

「はい。ただし条件がございます。今後三年間、この回路を用いた製品の販売権は、我が『ルシアン商会』が優先的に保持すること。そして、改良の際には必ず私の意見を取り入れていただくこと」


私は手元のティーカップに視線を落とし、湯気の向こうで微笑んだ。


「ガルドさんの作る回路は、魔力伝導率の安定性が抜群です。今はまだ小型のコンロやランタンに使われている程度ですが、これを応用すれば、大型の空調設備や、あるいは医療用の精密機器にも転用できる可能性があります。私はその“可能性”に投資したいのです」


ガルド氏はしばらく私をじっと見つめていたが、やがて豪快に笑い声を上げた。


「はっはっは! まいったね。あんた、まだ若いのにとんでもない目利きだ。俺の技術がコンロ止まりじゃねえって見抜いたのは、あんたが初めてだよ」

「商売人にとって、職人の方々の技術は宝ですから」

「気に入った! 契約成立だ。ルシアン商会の“若き女狐”に騙されてみるのも悪くねえ」


女狐、というあだ名には苦笑するしかないが、この街ではそれは勲章のようなものだ。

ガルド氏が力強く契約書にサインをするのを見届け、私は安堵の息を吐いた。


「ありがとうございます。必ず、大きな利益として還元いたしますわ」


工房を出ると、心地よい風が頬を撫でた。

3年前、雨に濡れて震えていた私はもういない。

今、私の身を包んでいるのは、上質なシルクのドレスと、オーダーメイドのジャケット。髪は動きやすいようにアップにまとめ、耳元には自らデザインした魔導通信用のイアリングが光っている。


「いい商談だったな、アリア」


背後から声がかかる。振り返ると、師匠であり恩人であるルシアンが、馬車の横で腕を組んで立っていた。

相変わらずの鋭い眼光だが、その口元には満足げな笑みが浮かんでいる。


「ルシアン様。盗み聞きですか?」

「人聞きが悪い。部下の成長を見守っていただけだ。……あの頑固者のガルドを口説き落とすとはな。俺でも手こずっていた案件だぞ」

「彼の技術に対するリスペクトを示しただけです。彼は金銭よりも、自分の技術が正当に評価されることを望んでいましたから」


ルシアンは鼻を鳴らし、馬車の扉を開けてくれた。


「人の欲求を見抜くのが上手くなった。拾った甲斐があったというものだ」

「ふふ、最高の褒め言葉として受け取っておきます」


馬車に乗り込み、革張りのシートに深く腰掛ける。

この3年、私は死に物狂いで働いた。ルシアンの商会で見習いから始め、倉庫整理、帳簿付け、市場調査と、あらゆる業務をこなしながら商売のイロハを叩き込まれた。

私の強みである「鑑定眼」は、ルシアンの指導によってさらに磨きがかかり、今では商品の真贋だけでなく、その商品が持つ将来的な市場価値まで見通せるようになった。

そして1年前、私はルシアン商会の中に新設された「生活魔導具部門」の責任者を任されることになったのだ。


「それで、例の件はどうなっている?」


動き出した馬車の中で、ルシアンが唐突に切り出した。

私は表情を引き締める。彼の言う「例の件」が何を指すのか、すぐに理解できたからだ。


「……調査報告書が届いています。予想通り、かなり深刻な状況のようです」


私は鞄から一通の封筒を取り出した。

差出人の名はなく、封蝋もシンプルなものだが、中には私の故郷──王都にある「ルクレール商会」の現状が詳細に記されていた。


ルクレール家。私を捨てた実家。

3年前、私が家を追い出された後、経営権を完全に掌握した義母ベアトリスと義姉リリアナは、私の忠告通り、いや、それ以上の速度で没落の一途をたどっていた。


「読んでみろ」


ルシアンに促され、私は報告書を読み上げる。


「『当期純利益は前期比マイナス60パーセント。主要取引先であった王宮魔導局との契約は、納品遅延と品質不良により打ち切り。熟練の職人は給与未払いを理由に半数以上が離職……』」


声に出して読むと、その惨状がより鮮明に浮かび上がる。

父が一代で築き、私が必死で守ってきた商会の見る影もない姿。


「原因は明白だな」

「はい。リリアナ義姉さんが主導した『高級路線』の失敗です」


リリアナは、「魔導具はアクセサリーのように美しくあるべき」という持論を展開し、機能性よりも装飾性を重視した商品を次々と開発させた。

宝石をちりばめた杖、純金メッキを施した大釜。それらは確かに見た目は華やかだが、重くて実用に耐えず、魔力伝導率も劣悪だった。

当然、プロの魔導師たちは見向きもしない。

売れ残った在庫の山、膨れ上がる開発費、そして見栄のために開催し続けた豪華なパーティー費用。

それらがボディブローのように商会の体力を奪っていったのだ。


「さらに悪いことに、ベアトリス義母さんは損失を埋めるために、高利貸しに手を出しています。担保は……ルクレール家の屋敷と、商会の土地すべて」


そこまで読み上げて、私は小さく息を吐いた。

胸が痛まないわけではない。

あの屋敷には、父との思い出が詰まっている。庭の木々、図書室の蔵書、父が愛用していた執務室。それらが今、他人の手に渡ろうとしている。

それも、あの二人の愚かな見栄のために。


「……アリア。お前はどうしたい?」


ルシアンの低い声が、私の迷いを射抜くように響いた。

彼は窓の外を見つめたまま、淡々と言葉を続ける。


「放っておけば、ルクレール家は半年以内に破産だ。屋敷は競売にかけられ、商会の名は地に落ちる。あの母娘も路頭に迷うだろう。それは、お前を追い出した連中への最高の復讐になるんじゃないか?」


確かにそうだ。

あの日、雨の中で私に浴びせられた罵倒を思えば、彼女たちが破滅していく様を高みの見物と決め込むこともできる。

「ざまぁみろ」と笑ってやる権利が、私にはあるはずだ。


けれど。


「……いいえ、ルシアン様。私は、それを望みません」


私は報告書を膝の上に置き、拳を握りしめた。


「ルクレール商会は、父が命を削って育てた店です。あの屋敷も、使用人たちも、父が愛したものです。それを、あの二人の愚行と一緒に泥の中に沈めるわけにはいきません」

「ふむ。つまり?」

「助ける、というのではありません。……取り戻したいのです。私のやり方で」


ルシアンがゆっくりとこちらを振り向いた。その瞳が、試すように光る。


「取り戻すといっても、今のルクレール家に自浄作用は期待できないぞ。借金を肩代わりしてやるか? それとも経営顧問として乗り込むか?」

「いいえ。そんな生ぬるい方法では、彼女たちはまた同じ過ちを繰り返します。それに、私が頭を下げて戻ったところで、彼女たちのプライドが許さないでしょう」


私は鞄の奥から、もう一つの書類を取り出した。

それは、私がこの数ヶ月、密かに作成していた「事業計画書」だ。


「買収します。ルシアン商会の名を使って、ルクレール家の負債ごと、全ての権利を買い取ります」

「買収、か」

「はい。ただし、表向きは『隣国の新興企業による救済合併』として話を持ちかけます。彼女たちは私の名前が出た瞬間に拒絶するでしょうから、契約が成立する最後の瞬間まで、私の正体は隠します」


ルシアンの口元が、ニヤリと吊り上がった。


「なるほど。罠を張るわけか。追いつめられた獲物が、自ら籠に入ってくるように」

「罠ではありません。ビジネスです。彼女たちは資金を欲し、私は商会の権利を欲している。利害は一致しています」

「ククッ……お前も悪よのう。だが、嫌いじゃない」


ルシアンは愉しげに笑うと、ワインキャビネットからボトルを取り出した。


「いいだろう。その計画、俺が一口乗ろう。資金と『謎の女商会長』という舞台装置は用意してやる。あとはお前が主演女優として、最高のショーを見せてくれ」

「感謝いたします、師匠」


グラスが触れ合う澄んだ音が、馬車の中に響いた。

それは宣戦布告の鐘の音のようでもあった。


***


一方、王都にあるルクレール家の屋敷。

かつては手入れが行き届いていた庭園は、雑草が生い茂り、噴水は枯れ果てていた。

屋敷の外壁には蔦が絡まり、所々の塗装が剥げ落ちている。使用人の数が減り、維持管理が追いついていないことは誰の目にも明らかだった。


屋敷のサロンでは、ヒステリックな声が響き渡っていた。


「どういうことなのよ! またドレスの請求書が届いたじゃない!」


ベアトリスが封筒を床に叩きつける。

その顔には深い皺が刻まれ、厚化粧でも隠しきれない疲労と焦燥が滲んでいた。

対するリリアナもまた、かつての覇気はなく、目の下に隈を作っていた。


「仕方ないじゃない! 今度の舞踏会には、公爵家の御曹司がいらっしゃるのよ? そこで私が彼に見初められれば、一発逆転できるんだから! お母様だって、新しい宝石を買ったばかりでしょう?」

「私は当主としての威厳を保つために必要なのよ! あなたの遊びとは違うわ!」

「遊びじゃないわよ! これも商会のための営業活動よ!」


二人の罵り合いを、部屋の隅で老執事のセバスチャンが悲痛な面持ちで見守っていた。

彼の背中は以前よりも小さくなり、白髪も増えていた。

給金はここ数ヶ月支払われていない。若い使用人たちは次々と去り、今残っているのはセバスチャンと、行き場のない老齢のメイド数人だけだ。


「……奥様、お嬢様。そろそろ現実をご覧になってください」


セバスチャンが意を決して口を開いた。


「商会の資金は底をついています。銀行からの融資も断られました。このままでは、来月の支払いも……」

「うるさいわね!」


ベアトリスが叫び、テーブルの上の花瓶を薙ぎ払った。

ガシャン、と陶器が砕ける音が、屋敷の静寂を引き裂く。


「そんなことは分かっているわよ! でも、どうすればいいのよ! アリア……そうよ、あの子がいなくなってから、何もかも上手くいかない!」

「そうよ! あの地味な女が、何か呪いでもかけていったんじゃないの!?」


リリアナも責任転嫁するように叫ぶ。

自分たちの無能さを認めるくらいなら、いない人間のせいにする方が楽なのだろう。

セバスチャンは心の中で深くため息をついた。

(アリアお嬢様……あなたが正しかった。この家はもう、終わりです)

彼は懐に忍ばせた辞表を握りしめた。だが、亡き旦那様への忠義が、最後の一歩を踏みとどまらせていた。


その時、玄関の呼び鈴が鳴った。

使用人が誰も出ないため、セバスチャンが重い足取りで向かう。

扉を開けると、そこには仕立ての良い制服を着た使者が立っていた。


「隣国の『ノワール商会』の者です。当主のベアトリス・ルクレール様に、親書を預かって参りました」

「ノワール商会……?」

「はい。現在、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長している大商会です」


セバスチャンは不審に思いながらも、銀盆に手紙を載せてサロンへ戻った。

ベアトリスは不機嫌そうに手紙をひったくったが、中身を読んだ瞬間、その表情が劇的に変化した。


「……え? うそ……!」

「どうしたの、お母様?」

「リリアナ、見てちょうだい! 救いの神が現れたわ!」


ベアトリスの手が震えている。

彼女は興奮した様子で手紙の内容を読み上げた。


「『貴家の由緒ある歴史とブランドに敬意を表し、現在抱えられている負債の全額肩代わり、および事業提携をご提案申し上げます。つきましては、詳細についての話し合いの場を設けたく……』」

「負債を全額肩代わり!? 本当なの!?」

「ええ、ええ! しかも相手は隣国の大商会よ! きっと、私たちの高貴なブランド価値に気づいたのね!」


二人は手を取り合って喜んだ。

その目は欲望に濁り、自分たちが「買われる」立場であることの意味など、微塵も理解していないようだった。

「事業提携」という甘い言葉の裏に、「買収」という冷徹な事実が隠されていることにも気づかずに。


「セバスチャン! すぐに一番いいドレスを用意なさい! アイロンをかけて! 靴も磨くのよ!」

「美容師も呼ばなきゃ! ああ、忙しくなるわ!」


先ほどまでの陰鬱な空気はどこへやら、二人は舞踏会に行く前のような高揚感に包まれていた。

セバスチャンは、その光景を冷めた目で見つめていた。

(……虫が良すぎる話だ。何かの罠ではないか?)

長年の勘が警鐘を鳴らしていたが、今の二人に何を言っても無駄だろう。

彼は静かに一礼し、部屋を出ようとした。


その時、ふと手紙の差出人の名が目に入った。


『ノワール商会 特別代表補佐 A.L』


A.L。

そのイニシャルに、セバスチャンは既視感を覚えた。

まさか。

いや、そんなはずはない。あのお嬢様は3年前に家を追い出され、行方知れずのはずだ。

だが、もしも。

もしも、これが彼女の帰還を意味するものだとしたら──。


セバスチャンの胸に、消えかけていた希望の灯火が、微かに、しかし確かに揺らめいた。


***


数日後。

バルモアのルシアン商会の応接室で、私は仕上がったばかりの「舞台衣装」に袖を通していた。

顔を覆うのは、黒いレースのヴェール。

ドレスは深紅のベルベットで、あえてルクレール家が好むような派手さを少し取り入れつつも、圧倒的な素材の良さで格の違いを見せつけるデザインだ。


「準備はいいか、アリア」


ルシアンが鏡越しに私を見る。


「はい。完璧です」


私は鏡の中の自分──「謎の女商会長」に向かって微笑んだ。

その笑顔は、かつての気弱な次女のものではない。

獲物を前にした狩人の、冷徹で美しい笑みだった。


「さあ、始めましょうか。愛しいお義母様、お義姉様。……感動の再会の時間です」


私の手には、ルクレール家の全資産リストと、膨大な借用書の写しが握られている。

これは復讐劇ではない。

これは、正当なる後継者による、家督の奪還劇だ。


窓の外では、また雨が降り出していた。

けれど、今の私にとってその雨音は、勝利のファンファーレの前奏曲にしか聞こえなかった。

私はヴェールを下ろし、静かに部屋を出た。

その足取りに、もはや迷いはなかった。

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