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「あの~すみません」
同日、いったんロッカールームに戻ったところ、ルームメイト四人が何やら話し合っていた。視線が合う。無視してロッカーを開けると、背後から話しかけられた。
「はい! なんでしょ」
うすうす話しかけられそうだなとは予感していたが、本当にそうなるとは思わないで虚を突かれた。いわく、これからルームメイト数人で一緒にクエストに行こうという話になっているらしい。
「同じルームの縁ですし、どうでしょ? 無理なら全然いいんですけど」
共用のロッカールームには三〇人のプレイヤーがランダムに割り振られている。いってみれば、クラスメイトであった。みんなゲームを始めたばかりで群れようとしている。心細いのだろうが、あんまり気乗りしない。これからクールタイムなんですよ、とうそをつくこともできたが、人当たりよく「ぜひぜひ!」なんて請け負った。
ルームメイト同士は仲良くしておかねば、ひそかに拠点攻めされかねないのだ。治安用のアンドロイドの目も、ロッカールーム一室一室にまで充分に行き届いているわけではない。ロッカーはダイアル施錠だけのため、ルームメイト五人程度が結託すれば、アンドロイドに気づかれる前にアイテムを楽々略奪できる。
「どこ行くつもりですか?」
それを今すり合わせるんですよと、残る三人の輪に招かれた。「うお、イケメンきた」なんて社交辞令を言われる。当たり前の返しとして「いやいや」なんて謙遜しつつ、他愛無い雑談が始まった。
「みなさん長いんですか?」
「ハハ、みんなプレイ時間三〇時間もいってないですよ」
ぼく今日始めました、と照れ臭そうに白状されると、さすがに親近感がわいてくる。あ、ぼくもです、と紹介すると「あーやっぱりそうなんだ!」と声を張ってきた。
「やっぱり始めた順に割り振られるんですかねえ?」
「そうでもないみたいですよ。めっちゃベテランの部屋に割り振られた人もいるみたいですし」
どういう基準なんですかね~? なんて話しながら、どこに行くかと打ち合わせる。墨田サーバーが割がいいとか、今後のためにアキバの下見に行きましょうとか。個人的には秋葉原に行きたい。ちょうど二回くらいCCC級のクエストをすれば、シャドウベアの杖を購入できるのだ。別に隠すことでもないので、正直に要望を言ったところ、「それならアキバにしましょう!」と話がまとまった。
「アキバのどっかに五万で売ってくれるNPCがいるそうですよ」
五万! 千代田サーバーの半額ではないか。今の手持ちで買えるとは有り難い。ほかのみんなも初心者すぎて行く宛がなかったらしく、複雑な縦地形の秋葉原ステージの下見に行きたいとか、未来のオタク街を観光したいとか、胸を弾ませていた。間食やトイレなど下準備のため、十七時半に東京駅前に再集合という話になる。
「いったん失礼しまーす」
そうやってログアウトすると、自分の部屋の天井が広がっていた。冬の十七時前だともう陰り始めている。
「ふう」
影の部屋から外の夕焼けを眺めていると、十七時の、夕焼け小焼けが流れてきた。無性にむなしい。小学校の頃の放課後は、いつもこんな気持ちだっただろうか。わるくない。こういう虚無感はけっこう心地よかった。待ちきれずにログインして、ちょっとの時間のうちに、安い電動スケボーを衝動買いした。現実では乗ったことがないが、ついつい、Danteに影響された結果である。駅前で簡単に練習した。操作性は難しいが、歩く走るよりは早い。舗装路しかない千代田サーバーだけなら手軽な移動手段になるだろう。メンバーのひとりがやってくる。ネームは、伍長だった。渋谷在住の二十一歳とのことだが、老け顔のせいで二十代半ばに見える。
「わっか!」
本心など見せないで驚いて見せると、「え? 同じくらいですよね?」と聞いてきた。苦笑いしながら「いやいや、余裕で三十いってますよ」と返したら「え! 見えなっ」とおべっかを言ってくる。
「めっちゃイケメンですよね。何してる方なんでしょ」
その辺の下っ端ですよとはぐらかす。今度は僕が「若いのにいいな~」と話を振ってみたところ「まあまあまあ」と歯切れが悪かった。若くして渋谷に住んでいて、しかも娯楽品に百万も出せるのだから何かしているのだろう。あんまり深入りするべきではない。
全員集合した頃には、丸の内の夜景が美しく映えていた。バス移動する中、わちゃわちゃ話し込む。どうやら僕が一番年上で、伍長が一番下らしい。年の差にもかかわらず、不思議と馬が合った。特にLPV購入の理由が「好きな配信者がやっていたから」とのことで、ほとんど僕と同じなのがおおきかった。
「東承太郎が好きなんですよねー」
おお! と相槌を打つ。登録者二百万人の最大手配信者である。積極的に見こそしないが、Danteとも昵懇なため、ぼくも企画物なんかではよく見知っている。エックス交換しましょうよ、と溌溂に言ってきた。若いなー、と思いつつ断る理由もなかったので相互フォローしてあげた。かるく見たところ、なかなか女好きなようだ。
「あ!」
伍長の目線の先には、地上の星空よろしく台東サーバーが煌めいていた。遠目ではスチームパンクな街並みなのに、巨大な鳥居の存在のおかげで独特の世界観を醸している。あの街のどこかからレアNPCを探すなんて骨が折れそうだ。
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